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第一章 いざ、新天地
二十一
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そうしてついに、聖音科生の番となる。
「おはようございます」
「おはよう。癒されるな~」
「朝から君に会えて嬉しいよ」
同じグループのメルはやはり人気だ。ふわふわの笑顔を向けられた生徒は、皆ほっこりと頬を緩めていた。
その気持ちはおれもよくわかる。朝から迫りくるぱっぽう鳥と糸目の脅威をくぐり抜け、ようやく教室まで辿り着いたとき、メルの癒し効果ときたら絶大だった。
「はよーーざいます」
一方、おれはやらされている感ムンムンで挨拶していた。人が通るたびにいちいち挨拶するなんて、誰が真面目にやるものかと思っていたが、スルーすると後ろの糸目が開眼するのだ。
「、おはよう」
挨拶を返してくれる生徒の半分は、後ろの糸目の威圧感に負けたからである。そしてもう半分は、おれと言葉を交わしたいと思っていたらしい生徒たち。
「はよーざいます」
「おはよう。ねえ君、付き合ってる人いる? よかったら俺と、」
にじり寄ってきた相手に眉根を寄せて後退する。口を開きかけたとき、
「おはよう」
ラルジュが隣に立っていた。
「……なんだよいたのかよ野暮なやつ。邪魔するなよなー!」
その生徒は言いながら走り去ってしまった。
「思いの外、君は受け入れられているようだね」
「嬉しくねえし」
今が好機とばかりにまじまじと顔を見てくる人や、いきなり手を伸ばしてくる人。人気者のメルにそんなことをする人はいない。何故おれには、妙な人が寄ってくるのだろう。
「メルは君と違って、優しく見守りたくなるような子だからね」
ラルジュは読心術ができるのか。よく心の中で思ったことに答えてくれるおそろしい。
「……どういう意味だよ」
ブスッと返す。するとラルジュは、もっともらしく言葉を紡いだ。
「君の場合は征服欲や苛虐心をそそられる。優しい言葉をかけるより、手を出したくなるというわけさ」
「は、」
「それ、わかる気がします」
微笑んでうんうん頷くレルヒを横目に、カッとして糸目を睨みつける。
「適当なこと言ってんじゃねえ」
「そういうところだよ」
ラルジュはぐっと腰を折り、顔を寄せてきた。ここで引いたら負けな気がする。おれは仰け反りそうになるのを耐え、近距離にある糸目を睨み続ける。
「誘ってるのかい?」
「っ、」
いい声で低く囁かれ、ギョッとした。
「その声やめろっ」
思わず熱くなった耳を抑えて身を引く。するとラルジュはおれの両手首を掴んで耳から離させ、笑みを深めた。
「ご所望なら、いつでもこの声で君の名を呼んであげるよ」
リュエル。
耳に吹き込むように囁かれる。
「~~いらねえっつのッ」
鬼畜糸目が開眼して色気駄々漏れな微笑を浮かべていた。おれはすでに涙目だ。爽やかな朝が猛烈に恋しい。
「っメル!」
救いを求めてそちらを向くと、ちょうどお茶会三人組と挨拶を交わしていた。
「リュエ、ル?」
振り返ったメルが顔を赤くする。
ラルジュがおもむろに掴んでいたおれの手をヒラヒラ振った。メルは小首を傾げつつ、手を振り返してくれる。
「何してんだよっ」
勢いに任せて両手の自由を奪還した。道行く生徒たちが、こちらをチラチラ見てくる。
「リュエル、挨拶を忘れてますよ」
安定のレルヒ。彼は異空間にいるのではなかろうか。おれはこの頃、そんな疑念を抱いている。
「……はよーございます」
仕方なく、おざなりに挨拶して顔を上げた。
「おはよう」
アルシャだ。驚いて固まる。いや、先ほどメルと挨拶していたのを見たけれど。
「おはようございます」
「おはよ」
お茶会仲間を引き連れて、スッと通りすぎてしまう。
(あれ、なんか…)
アルシャの対応は次の生徒にも、その次の生徒にも同じだった。ザラリとした胸の感覚。挨拶する側は緊張していたり目を輝かせたりで、やはり特別な存在なんだなと思う。
「リュエル、いつまで惚けてるんだい」
「ほら、また生徒が来ますよ」
「リュエル」
「、はよーございます」
耳許で呼ばれてハッとする。糸目を一睨みして挨拶運動を再開した。
――オルキデはくつくつ笑う。
「ラルジュのやつ、楽しんでるな」
「メルの護衛では、ああはいかないでしょうね」
カイトは肩をすくませ、アルシャに目をやる。
「人目につく場所での遭遇は、初めてでしたか」
「まぁね」
アルシャは前を向いたまま、ひょいと眉を上げた。
「あいつ、かわいいトコあるのな」
オルキデはフッと笑む。眉を吊り上げている印象の強いリュエルだが、まっすぐなセレストの瞳はいつまでもアルシャの背中を追っていた。
「ラルジュがちょっかいを出したくなるのもわかります」
カイトまでそんなことを言う。
「おまえらは趣向が似てるんだよ」
「そうですか?」
「いいかっこしいでサドだし」
カイトはレルヒの前では決して弱味を見せない。ラルジュも、メルの前ではいいお兄さんといったふうである。二人とも、愛しい者には泥のように甘い。
「そんなおまえらと育ったから、レルヒはちょっとズレてんだ」
“完璧” な兄を盲目的に慕う、どこかメルヘンチックな彼。二人が他人に見せるアレな一面を見慣れているため、ちょっとやそっとでは動じない。たぶん、それらをアレなことと認識してすらいないだろう。ある意味、大物である。
「レルヒは賢い。本当に、愛しい子ですよ」
カイトはクッと口角を上げた。
「ところでアルシャ、彼とはどうです?」
するとアルシャは小さく息を吐いた。
「リュエルは、そういうことはまったく考えていないんだ」
「そうなのか?」
「気になる人はいないんだって」
某教師から聞いた話だ。リュエルの話を振ったら、そんなことを教えてくれた。
「彼が同じ想いを抱くまで、待ち続けるつもりですか」
初めてその歌声を聞いた時からずっと、頭を離れない。綺麗な宝物のように大切にしてきた幼い記憶。姿を見るのも叶わないほど遠くにいた彼が、やっと今、手の届きそうな場所にいる。
「そんな余裕はないよ」
アルシャは息をこぼすように落とした。
「おはようございます」
「おはよう。癒されるな~」
「朝から君に会えて嬉しいよ」
同じグループのメルはやはり人気だ。ふわふわの笑顔を向けられた生徒は、皆ほっこりと頬を緩めていた。
その気持ちはおれもよくわかる。朝から迫りくるぱっぽう鳥と糸目の脅威をくぐり抜け、ようやく教室まで辿り着いたとき、メルの癒し効果ときたら絶大だった。
「はよーーざいます」
一方、おれはやらされている感ムンムンで挨拶していた。人が通るたびにいちいち挨拶するなんて、誰が真面目にやるものかと思っていたが、スルーすると後ろの糸目が開眼するのだ。
「、おはよう」
挨拶を返してくれる生徒の半分は、後ろの糸目の威圧感に負けたからである。そしてもう半分は、おれと言葉を交わしたいと思っていたらしい生徒たち。
「はよーざいます」
「おはよう。ねえ君、付き合ってる人いる? よかったら俺と、」
にじり寄ってきた相手に眉根を寄せて後退する。口を開きかけたとき、
「おはよう」
ラルジュが隣に立っていた。
「……なんだよいたのかよ野暮なやつ。邪魔するなよなー!」
その生徒は言いながら走り去ってしまった。
「思いの外、君は受け入れられているようだね」
「嬉しくねえし」
今が好機とばかりにまじまじと顔を見てくる人や、いきなり手を伸ばしてくる人。人気者のメルにそんなことをする人はいない。何故おれには、妙な人が寄ってくるのだろう。
「メルは君と違って、優しく見守りたくなるような子だからね」
ラルジュは読心術ができるのか。よく心の中で思ったことに答えてくれるおそろしい。
「……どういう意味だよ」
ブスッと返す。するとラルジュは、もっともらしく言葉を紡いだ。
「君の場合は征服欲や苛虐心をそそられる。優しい言葉をかけるより、手を出したくなるというわけさ」
「は、」
「それ、わかる気がします」
微笑んでうんうん頷くレルヒを横目に、カッとして糸目を睨みつける。
「適当なこと言ってんじゃねえ」
「そういうところだよ」
ラルジュはぐっと腰を折り、顔を寄せてきた。ここで引いたら負けな気がする。おれは仰け反りそうになるのを耐え、近距離にある糸目を睨み続ける。
「誘ってるのかい?」
「っ、」
いい声で低く囁かれ、ギョッとした。
「その声やめろっ」
思わず熱くなった耳を抑えて身を引く。するとラルジュはおれの両手首を掴んで耳から離させ、笑みを深めた。
「ご所望なら、いつでもこの声で君の名を呼んであげるよ」
リュエル。
耳に吹き込むように囁かれる。
「~~いらねえっつのッ」
鬼畜糸目が開眼して色気駄々漏れな微笑を浮かべていた。おれはすでに涙目だ。爽やかな朝が猛烈に恋しい。
「っメル!」
救いを求めてそちらを向くと、ちょうどお茶会三人組と挨拶を交わしていた。
「リュエ、ル?」
振り返ったメルが顔を赤くする。
ラルジュがおもむろに掴んでいたおれの手をヒラヒラ振った。メルは小首を傾げつつ、手を振り返してくれる。
「何してんだよっ」
勢いに任せて両手の自由を奪還した。道行く生徒たちが、こちらをチラチラ見てくる。
「リュエル、挨拶を忘れてますよ」
安定のレルヒ。彼は異空間にいるのではなかろうか。おれはこの頃、そんな疑念を抱いている。
「……はよーございます」
仕方なく、おざなりに挨拶して顔を上げた。
「おはよう」
アルシャだ。驚いて固まる。いや、先ほどメルと挨拶していたのを見たけれど。
「おはようございます」
「おはよ」
お茶会仲間を引き連れて、スッと通りすぎてしまう。
(あれ、なんか…)
アルシャの対応は次の生徒にも、その次の生徒にも同じだった。ザラリとした胸の感覚。挨拶する側は緊張していたり目を輝かせたりで、やはり特別な存在なんだなと思う。
「リュエル、いつまで惚けてるんだい」
「ほら、また生徒が来ますよ」
「リュエル」
「、はよーございます」
耳許で呼ばれてハッとする。糸目を一睨みして挨拶運動を再開した。
――オルキデはくつくつ笑う。
「ラルジュのやつ、楽しんでるな」
「メルの護衛では、ああはいかないでしょうね」
カイトは肩をすくませ、アルシャに目をやる。
「人目につく場所での遭遇は、初めてでしたか」
「まぁね」
アルシャは前を向いたまま、ひょいと眉を上げた。
「あいつ、かわいいトコあるのな」
オルキデはフッと笑む。眉を吊り上げている印象の強いリュエルだが、まっすぐなセレストの瞳はいつまでもアルシャの背中を追っていた。
「ラルジュがちょっかいを出したくなるのもわかります」
カイトまでそんなことを言う。
「おまえらは趣向が似てるんだよ」
「そうですか?」
「いいかっこしいでサドだし」
カイトはレルヒの前では決して弱味を見せない。ラルジュも、メルの前ではいいお兄さんといったふうである。二人とも、愛しい者には泥のように甘い。
「そんなおまえらと育ったから、レルヒはちょっとズレてんだ」
“完璧” な兄を盲目的に慕う、どこかメルヘンチックな彼。二人が他人に見せるアレな一面を見慣れているため、ちょっとやそっとでは動じない。たぶん、それらをアレなことと認識してすらいないだろう。ある意味、大物である。
「レルヒは賢い。本当に、愛しい子ですよ」
カイトはクッと口角を上げた。
「ところでアルシャ、彼とはどうです?」
するとアルシャは小さく息を吐いた。
「リュエルは、そういうことはまったく考えていないんだ」
「そうなのか?」
「気になる人はいないんだって」
某教師から聞いた話だ。リュエルの話を振ったら、そんなことを教えてくれた。
「彼が同じ想いを抱くまで、待ち続けるつもりですか」
初めてその歌声を聞いた時からずっと、頭を離れない。綺麗な宝物のように大切にしてきた幼い記憶。姿を見るのも叶わないほど遠くにいた彼が、やっと今、手の届きそうな場所にいる。
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