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第一章 いざ、新天地
二十七
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――さて。リュエルが取調室へ連行された話はすぐに学舎中に広まった。
内容は徐々に誇張され、最終的に、噂のリュエルはとんでもない暴漢となっていた。話を聞いた誰もが、ここへ来た当初のリュエルの姿を頭に浮かべる。
「ああ、彼ならやりかねないな」
そんな感想を抱く生徒が大半だった。
「最初のころに戻っちゃったね」
メルは眉尻を下げる。リュエルがそんなことをするはずがないと確信していた。
「あいつの態度にも問題があるのは確かだが、スカッとしないぜ」
グランは眉間にしわを寄せた。警らが聞き込み調査をしている今、周囲の声といったら、リュエルが一方的に悪いという話ばかりだ。ちなみに張本人のリュエルは、多くを語ろうとはしなかった。
「リュエルはいきなり人を殴ったりしないよ」
「ああ。俺もそう思う」
二人はその旨を警らに申し立てた。話を聞いてくれた隊長は頷くだけで、肯定も否定もしなかった。
「たぶん貴族のやつら、結託してるんだ。リュエルを追い落としたいやつは山ほどいるだろう」
メルも貴族だが、メルの耳にはそういった話は聞こえてこない。リュエルと親しいからというのもあるが、癒しの彼を巻き込みたくないと思われているのかもしれない。
「だれか、本当のことを話してくれるといいんだけど…」
――もう祈るしかない。
メルが両手を胸の前で組んだとき、グランが不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちも取り調べに協力してみるか?」
結果を祈って待つだけなんて、グランの柄ではない。メルを巻き込みたくないという気持ちは強いが、その反面、メルなら相手を説き伏せることができるのではないかと思っていた。
「ぼくにできることがあるなら、なんでもするよ」
メルは凛として頷いた。
さてさて、取り調べに協力しているのは彼らだけではない。
「彼の影響力はトップクラスだ。なかなか骨が折れるね」
「ええ」
ラルジュとレルヒ。彼らも事実を語ってくれる生徒を探していた。
被害者のブリランテは動かせそうにない。彼の家は格式があり、並の脅しは利かないのだ。彼に従う者たちは、半ば不可抗力だろう。
(せめてリュエルがカムナギになるという確信を、皆に抱かせることができたなら)
しかし、今の彼ではいまいち説得力がなかった。ウタや容姿がいいだけではダメなのだ。証言に頼るしかない現状。厳しい状況だ。
「ラルっ」
そんなとき、メルとグランがやって来た。
「ぼく、何か手伝えない?」
グランも真摯な眼差しでラルジュを見詰める。覚悟を決めてここへ来たのだ。メルを巻き込むなど何事か――そう怒鳴られてもおかしくない。そう思っていたのに。
「三下の貴族なら、なんとかなるかもしれない」
ラルジュは迷いなく口にする。瞳を輝かせたメルと異なり、グランは複雑な気分になった。リュエルの侍衛になると決めたときから、ラルジュはリュエルのことを一番に考えている。それをまざまざと感じさせられた。
リュエルをカムナギにするためなら、ずっと一緒だったメルを利用することも厭わないのだろうか。
「ぼく、話してみるよ」
グランはメルの意気込んだ声でハッと我に返った。
「無理だと感じたら、潔く切り上げるんだよ」
「うんっ。行こう、グラン」
「あ、ああ…」
小さな背中を慌てて追いかける海のような瞳は、友人のことを思い、純粋に煌めいていた。
「みんな、リュエルのことを誤解してるんだ。リュエルは優しくて、本当は、争うのも好きじゃないんだと思う」
「……ああ、そうだな」
繊細そうなセレストの瞳を知っている。グランはなんとか気持ちを切り替え、目の前のことに集中しようと心がけた。
そうして、ついに判決の時がきた。
取調室へ呼ばれたおれに、ラルジュが言った。
「重くて数週間の謹慎、軽ければ反省文で済むだろう」
周囲の態度や眼差しからして謹慎だろうと思っていた。今やおれは腫れ物扱いだ。不躾な視線すらこっそりしている。
調書室へ入ると、促され、椅子に腰かける。
エレミアは、淡々と口にした。
「一週間以内に反省文を書き、提出するように」
おれはかすかに目を丸くする。
「君は心ない言葉を受け、手を上げた。きっかけを与えたのは向こうだ。君の攻撃には迷いが見られた。君にはあのとき、理性があった」
あの目。白い頬、深まった笑み。――まんまと挑発に乗せられた。そんな思いが頭の片隅にはあった。
「手を上げてから後悔したのだろう?」
あのときは、どうにでもなれと思った。でも、それよりも――ラルジュやレルヒ、アルシャ。様々な人が頭に浮かんで――。
(胸が痛い)
ふと、大きな手に頭を撫でられる。
「己を大切にするんだ。それは弱さではない」
おれはかすかに首を傾げる。
「真の強さは、己への信頼から生まれる。内に揺らがぬ “しん” があれば、誰に何を言われようと、何があろうと、動じずにいられる」
『俺は自分を信頼してるんだ』
だからラルジュはあんなに強いのか。いや、あの人間離れした身体能力はさすがに無理だろう。――わかっている。それは武術に限った話ではないと。
「ここのやつらはみんな、自信満々で。おれにはそんなの、」
「できるできない。そんな言葉は聞かないぞ。肝心なのは、そうありたいかどうかだ」
思わず眉根を寄せる。
「そうありたいと思うなら、やってみろ」
それからエレミアは、「もう二度と取り調べのためにここへ来るなよ」 と言った。無言で頷いたおれに、小さく息を吐いている。
「加害者だけでなく、被害者にもならないようにな」
おれは目を瞬いて、やはりコクリと頷いた。
取調室から出るとラルジュたちの姿はなかった。その代わり――。
「どうだった? 隊長さんは公平な人だから、悪いことにはならなかったろ」
おっとり歩み寄るのはラルジュのいとこだ。のんびりとした話し方に気が抜ける。
「……まぁ。なんであんたがいるわけ」
「それがさ、次の講義の関係で行かなきゃならないとかで、いきなり連れて来られたんだ」
ラルジュには逆らえないだろう。苦笑した彼に、ちょっと申し訳なく思う。
「おまえは今さら遅刻や欠席なんて気にならないだろうけど、ってさ。その通りなんだけど、ちょいちょいしてるの、なんでバレたんだろう」
彼は顎に手を当て、唸っている。真剣に考えているようだが、内容からして気が抜ける。彼と話していると、自分の状況を忘れそうである。
おれは肩をすくませ、歩き出す。事実に辿り着き、公平な判断をしてくれたエレミアのことを考えていた。いつの間にか隣に並んだラルジュのいとこが、穏やかに言う。
「君は早く戻って、メルやグランを安心させないとな」
なんとなくその言葉が気にかかり、彼に目を向けた。
「君のためにずいぶん走り回ってたよ。俺も、グランの勢いに負けたんだよね」
知らなかった。わざとらしく距離を置いたような周囲の雰囲気。ザラついた気分になるそれを頭から追いやろうとして、おれは殻に閉じこもっていた。たまにネージュの研究室へ避難して。するとネージュは、何も言わずにココアを出してくれたのだ。
「隊長さんもいいトコの出だけど、そういう威圧感だけじゃ動かせないものってあるんだよな」
彼は前を向いたまま、おっとり語る。
「特にメル。あの目でお願いされたら断れないって」
おれが開き直りの境地で周りを遮断している間、彼らはおれのために力を尽くしていたなんて――。ぐっと唇を引き結ぶ。
「どうかした?」
「……なんでもねぇよ」
ジワリと湧き上がった思いの名は、まだ知らない。ところで、このラルジュのいとこも何かしてくれたのだろうか。チラリと目をやると、ちょうど振り返って「ああ、」と言葉を紡ぐ。
「俺、警らなんだ。今回は声が掛からなかったから、関わらない方がいいのかなーと思ってたんだけどさ」
グランの気迫に押されてしまったという。それにしても、彼は警らだったのか。実に意外だ。
「遅刻とか大目に見られるのも警らだからさ。だから辞められないんだよね」
こんな理由で警らをやっているのは、彼くらいだと思いたい。
内容は徐々に誇張され、最終的に、噂のリュエルはとんでもない暴漢となっていた。話を聞いた誰もが、ここへ来た当初のリュエルの姿を頭に浮かべる。
「ああ、彼ならやりかねないな」
そんな感想を抱く生徒が大半だった。
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メルは眉尻を下げる。リュエルがそんなことをするはずがないと確信していた。
「あいつの態度にも問題があるのは確かだが、スカッとしないぜ」
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メルも貴族だが、メルの耳にはそういった話は聞こえてこない。リュエルと親しいからというのもあるが、癒しの彼を巻き込みたくないと思われているのかもしれない。
「だれか、本当のことを話してくれるといいんだけど…」
――もう祈るしかない。
メルが両手を胸の前で組んだとき、グランが不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちも取り調べに協力してみるか?」
結果を祈って待つだけなんて、グランの柄ではない。メルを巻き込みたくないという気持ちは強いが、その反面、メルなら相手を説き伏せることができるのではないかと思っていた。
「ぼくにできることがあるなら、なんでもするよ」
メルは凛として頷いた。
さてさて、取り調べに協力しているのは彼らだけではない。
「彼の影響力はトップクラスだ。なかなか骨が折れるね」
「ええ」
ラルジュとレルヒ。彼らも事実を語ってくれる生徒を探していた。
被害者のブリランテは動かせそうにない。彼の家は格式があり、並の脅しは利かないのだ。彼に従う者たちは、半ば不可抗力だろう。
(せめてリュエルがカムナギになるという確信を、皆に抱かせることができたなら)
しかし、今の彼ではいまいち説得力がなかった。ウタや容姿がいいだけではダメなのだ。証言に頼るしかない現状。厳しい状況だ。
「ラルっ」
そんなとき、メルとグランがやって来た。
「ぼく、何か手伝えない?」
グランも真摯な眼差しでラルジュを見詰める。覚悟を決めてここへ来たのだ。メルを巻き込むなど何事か――そう怒鳴られてもおかしくない。そう思っていたのに。
「三下の貴族なら、なんとかなるかもしれない」
ラルジュは迷いなく口にする。瞳を輝かせたメルと異なり、グランは複雑な気分になった。リュエルの侍衛になると決めたときから、ラルジュはリュエルのことを一番に考えている。それをまざまざと感じさせられた。
リュエルをカムナギにするためなら、ずっと一緒だったメルを利用することも厭わないのだろうか。
「ぼく、話してみるよ」
グランはメルの意気込んだ声でハッと我に返った。
「無理だと感じたら、潔く切り上げるんだよ」
「うんっ。行こう、グラン」
「あ、ああ…」
小さな背中を慌てて追いかける海のような瞳は、友人のことを思い、純粋に煌めいていた。
「みんな、リュエルのことを誤解してるんだ。リュエルは優しくて、本当は、争うのも好きじゃないんだと思う」
「……ああ、そうだな」
繊細そうなセレストの瞳を知っている。グランはなんとか気持ちを切り替え、目の前のことに集中しようと心がけた。
そうして、ついに判決の時がきた。
取調室へ呼ばれたおれに、ラルジュが言った。
「重くて数週間の謹慎、軽ければ反省文で済むだろう」
周囲の態度や眼差しからして謹慎だろうと思っていた。今やおれは腫れ物扱いだ。不躾な視線すらこっそりしている。
調書室へ入ると、促され、椅子に腰かける。
エレミアは、淡々と口にした。
「一週間以内に反省文を書き、提出するように」
おれはかすかに目を丸くする。
「君は心ない言葉を受け、手を上げた。きっかけを与えたのは向こうだ。君の攻撃には迷いが見られた。君にはあのとき、理性があった」
あの目。白い頬、深まった笑み。――まんまと挑発に乗せられた。そんな思いが頭の片隅にはあった。
「手を上げてから後悔したのだろう?」
あのときは、どうにでもなれと思った。でも、それよりも――ラルジュやレルヒ、アルシャ。様々な人が頭に浮かんで――。
(胸が痛い)
ふと、大きな手に頭を撫でられる。
「己を大切にするんだ。それは弱さではない」
おれはかすかに首を傾げる。
「真の強さは、己への信頼から生まれる。内に揺らがぬ “しん” があれば、誰に何を言われようと、何があろうと、動じずにいられる」
『俺は自分を信頼してるんだ』
だからラルジュはあんなに強いのか。いや、あの人間離れした身体能力はさすがに無理だろう。――わかっている。それは武術に限った話ではないと。
「ここのやつらはみんな、自信満々で。おれにはそんなの、」
「できるできない。そんな言葉は聞かないぞ。肝心なのは、そうありたいかどうかだ」
思わず眉根を寄せる。
「そうありたいと思うなら、やってみろ」
それからエレミアは、「もう二度と取り調べのためにここへ来るなよ」 と言った。無言で頷いたおれに、小さく息を吐いている。
「加害者だけでなく、被害者にもならないようにな」
おれは目を瞬いて、やはりコクリと頷いた。
取調室から出るとラルジュたちの姿はなかった。その代わり――。
「どうだった? 隊長さんは公平な人だから、悪いことにはならなかったろ」
おっとり歩み寄るのはラルジュのいとこだ。のんびりとした話し方に気が抜ける。
「……まぁ。なんであんたがいるわけ」
「それがさ、次の講義の関係で行かなきゃならないとかで、いきなり連れて来られたんだ」
ラルジュには逆らえないだろう。苦笑した彼に、ちょっと申し訳なく思う。
「おまえは今さら遅刻や欠席なんて気にならないだろうけど、ってさ。その通りなんだけど、ちょいちょいしてるの、なんでバレたんだろう」
彼は顎に手を当て、唸っている。真剣に考えているようだが、内容からして気が抜ける。彼と話していると、自分の状況を忘れそうである。
おれは肩をすくませ、歩き出す。事実に辿り着き、公平な判断をしてくれたエレミアのことを考えていた。いつの間にか隣に並んだラルジュのいとこが、穏やかに言う。
「君は早く戻って、メルやグランを安心させないとな」
なんとなくその言葉が気にかかり、彼に目を向けた。
「君のためにずいぶん走り回ってたよ。俺も、グランの勢いに負けたんだよね」
知らなかった。わざとらしく距離を置いたような周囲の雰囲気。ザラついた気分になるそれを頭から追いやろうとして、おれは殻に閉じこもっていた。たまにネージュの研究室へ避難して。するとネージュは、何も言わずにココアを出してくれたのだ。
「隊長さんもいいトコの出だけど、そういう威圧感だけじゃ動かせないものってあるんだよな」
彼は前を向いたまま、おっとり語る。
「特にメル。あの目でお願いされたら断れないって」
おれが開き直りの境地で周りを遮断している間、彼らはおれのために力を尽くしていたなんて――。ぐっと唇を引き結ぶ。
「どうかした?」
「……なんでもねぇよ」
ジワリと湧き上がった思いの名は、まだ知らない。ところで、このラルジュのいとこも何かしてくれたのだろうか。チラリと目をやると、ちょうど振り返って「ああ、」と言葉を紡ぐ。
「俺、警らなんだ。今回は声が掛からなかったから、関わらない方がいいのかなーと思ってたんだけどさ」
グランの気迫に押されてしまったという。それにしても、彼は警らだったのか。実に意外だ。
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※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
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