美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第一章 いざ、新天地

二十八

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 取調室のある廊下は静かだ。他にあるのは会議室や委員会室で、人はあまり通らない。ふと、視界を横切った金髪――。

「リュエル?」
「ちょっと」

 アルシャは学生だがカムナギとしての職務もこなしているため、ちょくちょく学び舎を空けていた。会える機会が少ないのは、学年が違うからというだけでないのだ。
 おれは気付けば後を追っていた。螺旋階段を上がってドアを開き、小さな塔のような、とんがり屋根つきの屋上へ出る。ふわりと風に髪を遊ばせて、彼が振り返った。

「やぁ、リュエル」

 目許を和らげ、親しげな雰囲気で言うのでホッとする。

「君の “ウタ紡ぎ” としての活躍を聞いたよ」
「……ああ、」
「僕は他の現場にいて、その村のことは知らなかったんだ。ずいぶん大変なことになっていたようだね。それを君が収めたと聞いて、言葉もなかった」

 アルシャはかすかに眉根を寄せ、感情を押し込めたような声で言った。

「それこそ、カムナギがやるべきことなのに」

 おれがやっていることは常にそうだ。 “ウタ紡ぎ” が必要とされる場は、カムナギの来ない場所なのだから。

「もしおれがカムナギだったら、もっと早くマシなときに、現場に行けたかもしれない」
「っ僕は、君がそんな依頼ばかり引き受けるためにカムナギになるなんて、望まない」

 アルシャは辛そうに眉根を寄せる。群青色の瞳に、怒りのような感情を感じた。ゆっくりと目蓋を下ろし、息を吐いている。額に手をやって、自分を落ち着かせているようだ。おれは初めて見た感情的なアルシャに戸惑った。

「おれは慣れてるし、それもカムナギの仕事なんだろ」
「……そうだよ。率先してやる人なんていない仕事だ。昔は、本当に稀なことだったらしい。言祝ことほぎでないウタを紡ぐなんて…」

 前髪の間から見えた瞳には睫毛の影が落ち、その色がわからない。

「僕は、君にも素晴らしい世界を見てほしいと思ったんだ」

 アルシャが珍しく俯いているので、おれは自分からゆっくりと歩み寄った。手が届きそうな距離で立ち止まり、伺うように言う。

「田舎であんたのウタを聞いて、こんな世界があるんだって、驚いた。おれも、そういう世界がいい」
「僕もそうさ。言祝ぎと君が引き受けているような依頼…、同時に来たら、言祝ぎのほうを優先したい。あの素晴らしい体験のほうが、断然惹かれる」
「だろうな」

 おれが見て来た世界と式典で見た世界は、天と地ほどの違いがある。

「だけど、おれがやってるような事も、誰かがやらねえと」
「その通りだ。僕ももっと、積極的に引き受けるようにするよ」

 ようやく顔を上げたアルシャは、何かを決意したような表情をしていた。なんだか不安になって、言葉を紡ぐ。

「あんた、忙しいんだろ。あんまり無茶するなよ」
「心配してくれるんだ?」

 茶化すように言うアルシャはいつものアルシャで、ちょっと動揺した。

「そりゃ、あんたは、次期聖華っていわれてるくらい人気だし、」
「僕は、それは君だと思うな」
「はあ? ないだろ」

 あまりにも遠い話で現実味の欠片も感じられず、呆れたような声がでた。

「正しくは、君であってほしいと思っている」

 アルシャが自然に言うので目をぱちくりする。

「あんたがなればいいだろ」
「それはたぶん、ムリな話でね…」

 片眉を上げたおれにくすりと笑い、アルシャは群青色の瞳を眩しそうに――とても大切そうに細めた。

「君がここへ来てくれてよかった」

 どうして胸が苦しいのだろう。切ないほどに、アルシャの微笑みが綺麗だったからだろうか。
 アルシャはおれの後ろに目をやると、「またね」と言って行ってしまった。取り残されたおれは、ラルジュのいとこが来るまでアルシャが消えた入り口をぼんやり眺め、突っ立っていた。


「あっリュエル、」

 聖音科の教室へ戻ると、メルがテテテッと走り寄ってきた。

「隊長さん、なんて?」

 眉尻を下げ、海のような瞳をウルウルさせて、胸の前で手を握りしめている。眩しい瞳から目をそらし、ボソリと答えた。

「反省文の提出」
「、よかった~」

 メルはヘロヘロと身体の力を抜き、机に寄りかかる。その姿に目をやるおれは、少し落ち着かない気分だった。

「ぼく、グランに報せてくるよ」

 走りだそうとしたメルの腕を掴む。

「たぶん、ラルジュのいとこが伝えてる」

 一人で教室から出ない方がいい。

「……そっか」

 メルは一瞬キョトンとして、ふわりと笑った。おれはおもむろに手を伸ばし、檸檬色の髪を撫でる。

「……ラルジュのいとこから聞いた」

 するとメルは微笑んだまま、小首を傾げた。まだこの言葉を口にするのは慣れない。だから身を屈め、メルの耳許で囁く。

「ありがと」

 顔を見られるのが恥ずかしくて、こんなふうにしか言えないけれど。これを言えば、落ち着かない気分も少しはマシになると思った。おれは顔を離してそっぽを向く。

「う、ううんっ。あのね、ランの協力が大きかったんだ。ぼくたちだけじゃ、こうはいかなかったよ」

 メルは顔を赤くして、目の前でわたわたと手を振った。

「ラン?」
「あっランザーム。えっと、ラルのいとこの…」
「ああ…」

 ラルジュのいとこはランザームというのか。今さら知ったおれだった。

「ランはね、ブリランテと幼なじみなの。それで説得してくれたんだ」

 取り巻きの中には、メルやグランの説得を受け、本当のことを話す決意を固めた者がいた。ランザームの説得を受けたブリランテは、彼らを力で捩じ伏せるより、自ら事実を話して痛手を減らす道を選んだらしい。
 意外な事実に眉を上げる。そういえばランザームは、警らとして声が掛からなかったと話していたか。

「リュエル、ランとも仲良しだったんだね」

 思い出したように言われ、微妙な顔をしてしまった。


 その後、姿を現したグランは、メルと同じようにホッとした顔をしていた。

「持つべきものは友だろ?」

 胸を張って言うのでいけ好かない。だいたい、友とはグランが勝手に言っているだけなのだ。

「あ、おい」

 おれはグランをスルーし、教室に顔を出したレルヒの方へ向かった。途中、やはり落ち着かない気分で振り返り、

「言ってろばーか」

 あれ、こんなことを言うつもりでは。グランが悪いのだ。あのしたり顔を見ていると、どうも言葉の脳内変換がおかしくなる。

「あの顔は反則だッ」

 ――なんだか知らないが、おれが去った教室では、グランが悶えてましたとさ。
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