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第ニ章 冴ゆ季節、心に積もる
九
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紡ぐおれは焦燥に駆られていた。違う。こんなふうに紡ぎたいんじゃない。もっとちゃんと紡がなくては。思うほど、ウタは思いとは正反対になる。
なんとか紡ぎ終えると、湧き上がる思いを隠すように俯いた。唇を噛みしめ、今すぐ走り去りたいのを堪える。どうやって席に戻ったのか覚えていない。言いようのない悔しさと、訳のわからない焦り。上手くやろうとするほどできないことへの動揺。
(今日のウタは、今までの中で最悪だった)
何故そうなってしまったのかわからない。ぐっと手を握って俯いているおれを、メルが心配そうに見ていた。
ようやく全員終わり、お開きとなる。早く聖堂から出たい。歩き出したおれの前に立ち塞がったのは、ブリランテだった。
「散々な出来だったな。発音だけはマシだったが、あんなもの、ウタとはとてもいえな…」
眉根を寄せて俯いていたおれは、隠しきれない動揺に揺れる瞳のまま、それでもブリランテを睨みつけた。ブリランテは鼻で笑って見下すように語っていたのだが、ふとおれの顔を見て言葉を呑む。
「自分が一番わかってんだよ」
――垣間見られた困惑。うっかり胸にキュンときたブリランテの方こそ困惑する。
「き、今日の君のウタは教科書通りだった。君は耳がいいから、先生のウタを覚えて、そのまま紡いでしまったんだろう」
おれは片眉を上げた。それのどこがよくないのだろう。素直に耳を傾けていたら、ブリランテは動揺したようにどもりつつ、それでも言葉を続けてくれた。
「っ、君はフラムだ。フラム特有のリズムがあるだろう。それは、素晴らしい個性なんだ」
あんなに突っかかってきたブリランテがまともなことを話してくれるので、唖然としてしまう。
「聖紋には音の指定しかない。音の取り方は、長年に渡ってそれぞれの血筋が独自に聖紋を解釈し、表現しようとしてきた努力の結晶だ。どれもが素晴らしく、誇りを持って伝えるべきものなんだ」
ブリランテは言い切ると、落ち着かない雰囲気でおれを真っ直ぐに捉える。
「ぼくは、フラムのウタも後生に残すべき素晴らしいものだと思っている」
思わず目を見開いた。まさかあのブリランテから、こんなことを言われるとは思わなかった。
「勘違いするなよ。君を認めたわけじゃないからな」
耳を赤くして眉を吊り上げるブリランテ。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ねぇ、リュエル」
いつの間にかブリランテの後ろに佇んでいたラルジュが、いい笑顔でポンとブリランテの肩に手を置いた。ブリランテはビクリと肩を揺らして振り返る。
「ぼ、ぼくはウタの重要性の話をしていただけで、」
「ええ、君の話は素晴らしかったです」
レルヒが微笑を浮かべて言うので、ブリランテは諦めたように口を噤んだ。二人の登場に、おれは俯く。
「リュエル、これから毎日、君のウタを聞かせてもらうよ」
「……わかんねえ」
「好きなウタを好きなように紡いでいれば、思い出せますよ」
レルヒにさらりと髪を撫でられ、クシャリと顔が歪んだ。
寮部屋に帰ると、ラルジュは淡々と今のおれの状況について語り始めた。
「普通は、文字と発音を習うところから始まるものなんだ。基本をしっかりと身につけてから、各家に伝わるリズムでウタを聞いて覚える」
基本の発音に音程とリズムがつくと、流れができる。その内、基本の土台に独自のリズムや解釈を入れ込むという作業が、自然にできるようになる。大抵は、だいたいどんな発音か覚えた頃に、発音の練習と共にリズムを学ばせる。発音は完璧に身につけるのが非常に難しいからだ。
「君はすでに、フラムのリズムに合わせた発音ができていたね。基本の発音だって、リズムに乗れば多少は変化するものだ」
基本通りにやろうとすれば、ウタの流れを止めてしまう。
「発音のことは深く考えなくていい。リズムと流れをもっと意識してごらん」
おれは渋い顔でラルジュの話を聞いていた。
「さぁ、紡いでみてください」
一つ頷き、息を吸う。一瞬、聖堂での最悪なウタが頭をよぎり、唇が震えた。好きなウタもあんなふうになってしまったらと思うと、声が掠れた。
~ホィスモッ゙ ビェナ~ォイイメシ゚~~
「君はずっと紡いできた。それを思い出すんだ」
緑の木漏れ日と、黄金色の光――。徐々に肩の力が抜け、いつものように紡ぐことができた。
「うん、いいウタだったよ」
「君らしいウタでした」
二人はうんうん頷く。
「ということは、フラムのリズムで紡がれたウタで聖紋を覚えれば、そのように紡げるということですね」
「教科書の聖典に載っているウタを、フラムのリズムで紡げる人、か」
おれが大人しく成り行きを見守る中、二人はどんどん話を進めてゆく。
「あの方はどうです? リズムの研究をなさっている…」
「ああ、シュネー先生か。あの方はたしかカムナギだったね」
シュネーは図書館の奥に籠っており、あまり姿を現さない。会えたらいいことがあると言われているほどだ。
「リュエル、シュネー先生に会いに行こう」
おれは首を傾げつつ、頷いた。
図書館を奥へ奥へと進む。こんなに入り組んでいるとは思わなかった。本棚には古い本が並ぶ。生徒の姿はあまりない。
「行き止まり…」
ここまで来て、袋小路にはまってしまった。道を間違えたのかと思ったのだが。
「この辺だったかな」
ラルジュがおもむろに本棚から本を抜き、腕を突っ込んだ。
それからしばらく。
カチッ
かすかな機械音の後、目の前の壁がガガガと横へ収納され、奥へ続く暗い道が現れた。
「行きましょう」
ポカンとしていると、レルヒに背中を押される。ラルジュの背中を追って後に続いた。
少しして、向こうの壁から灯りが漏れてくる。ラルジュが扉をノックし開くと、開けた空間があった。壁中に本棚があり、真ん中に置かれたソファには毛布などがかけられている。その前には硝子板の机。積み上げられた本が倒れそうだ。窓際に木製のどっしりとした机が一つあり、黒髪長髪の人が本を読み耽っていた。年の頃は三十路くらいか。
「シュネー先生、ちょっとよろしいですか」
ラルジュが話しかけたものの、シュネーの視線はひたすら手元の本にある。
「シュネー先生」
「私は忙しいのです」
「フラムのウタ、聞きたくないですか?」
「私は忙しいのです。……、フラムの?」
ようやく顔を上げた。淡い灰青の瞳がラルジュをスルーしておれを捉えると、目が見開かれる。
「君は…」
ガタリと立ち上がり、こちらへスタスタやって来たかと思うと、逃がさないとでも言うように肩をガシリと掴んできた。
「、」
「フラム…。ああ、ゆめのようだ。この銀髪にお目にかかれるなんて……あのウタを……まさか聞く機会があるとは…」
震える指をおれの髪に通し、うっとりと口にする。その目は潤んでいた。
「先生に相談したいことがあり、伺いました」
「……ああ…」
シュネーはひたすら見詰めてくる。おれは助けを求めるようにラルジュを振り仰いだ。ラルジュは肩をすくめると、次の瞬間、シュネーからおれを奪還した。そうして、後ろから覆い被さるように抱きしめてくる。
「っ、」
「ああっ」
「シュネー先生。まずは話を、聞いてくださいますね」
名残惜しそうに伸ばされた腕。シュネーはぎゅっと手のひらを握りしめ、ようやくラルジュの顔を見た。
なんとか紡ぎ終えると、湧き上がる思いを隠すように俯いた。唇を噛みしめ、今すぐ走り去りたいのを堪える。どうやって席に戻ったのか覚えていない。言いようのない悔しさと、訳のわからない焦り。上手くやろうとするほどできないことへの動揺。
(今日のウタは、今までの中で最悪だった)
何故そうなってしまったのかわからない。ぐっと手を握って俯いているおれを、メルが心配そうに見ていた。
ようやく全員終わり、お開きとなる。早く聖堂から出たい。歩き出したおれの前に立ち塞がったのは、ブリランテだった。
「散々な出来だったな。発音だけはマシだったが、あんなもの、ウタとはとてもいえな…」
眉根を寄せて俯いていたおれは、隠しきれない動揺に揺れる瞳のまま、それでもブリランテを睨みつけた。ブリランテは鼻で笑って見下すように語っていたのだが、ふとおれの顔を見て言葉を呑む。
「自分が一番わかってんだよ」
――垣間見られた困惑。うっかり胸にキュンときたブリランテの方こそ困惑する。
「き、今日の君のウタは教科書通りだった。君は耳がいいから、先生のウタを覚えて、そのまま紡いでしまったんだろう」
おれは片眉を上げた。それのどこがよくないのだろう。素直に耳を傾けていたら、ブリランテは動揺したようにどもりつつ、それでも言葉を続けてくれた。
「っ、君はフラムだ。フラム特有のリズムがあるだろう。それは、素晴らしい個性なんだ」
あんなに突っかかってきたブリランテがまともなことを話してくれるので、唖然としてしまう。
「聖紋には音の指定しかない。音の取り方は、長年に渡ってそれぞれの血筋が独自に聖紋を解釈し、表現しようとしてきた努力の結晶だ。どれもが素晴らしく、誇りを持って伝えるべきものなんだ」
ブリランテは言い切ると、落ち着かない雰囲気でおれを真っ直ぐに捉える。
「ぼくは、フラムのウタも後生に残すべき素晴らしいものだと思っている」
思わず目を見開いた。まさかあのブリランテから、こんなことを言われるとは思わなかった。
「勘違いするなよ。君を認めたわけじゃないからな」
耳を赤くして眉を吊り上げるブリランテ。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ねぇ、リュエル」
いつの間にかブリランテの後ろに佇んでいたラルジュが、いい笑顔でポンとブリランテの肩に手を置いた。ブリランテはビクリと肩を揺らして振り返る。
「ぼ、ぼくはウタの重要性の話をしていただけで、」
「ええ、君の話は素晴らしかったです」
レルヒが微笑を浮かべて言うので、ブリランテは諦めたように口を噤んだ。二人の登場に、おれは俯く。
「リュエル、これから毎日、君のウタを聞かせてもらうよ」
「……わかんねえ」
「好きなウタを好きなように紡いでいれば、思い出せますよ」
レルヒにさらりと髪を撫でられ、クシャリと顔が歪んだ。
寮部屋に帰ると、ラルジュは淡々と今のおれの状況について語り始めた。
「普通は、文字と発音を習うところから始まるものなんだ。基本をしっかりと身につけてから、各家に伝わるリズムでウタを聞いて覚える」
基本の発音に音程とリズムがつくと、流れができる。その内、基本の土台に独自のリズムや解釈を入れ込むという作業が、自然にできるようになる。大抵は、だいたいどんな発音か覚えた頃に、発音の練習と共にリズムを学ばせる。発音は完璧に身につけるのが非常に難しいからだ。
「君はすでに、フラムのリズムに合わせた発音ができていたね。基本の発音だって、リズムに乗れば多少は変化するものだ」
基本通りにやろうとすれば、ウタの流れを止めてしまう。
「発音のことは深く考えなくていい。リズムと流れをもっと意識してごらん」
おれは渋い顔でラルジュの話を聞いていた。
「さぁ、紡いでみてください」
一つ頷き、息を吸う。一瞬、聖堂での最悪なウタが頭をよぎり、唇が震えた。好きなウタもあんなふうになってしまったらと思うと、声が掠れた。
~ホィスモッ゙ ビェナ~ォイイメシ゚~~
「君はずっと紡いできた。それを思い出すんだ」
緑の木漏れ日と、黄金色の光――。徐々に肩の力が抜け、いつものように紡ぐことができた。
「うん、いいウタだったよ」
「君らしいウタでした」
二人はうんうん頷く。
「ということは、フラムのリズムで紡がれたウタで聖紋を覚えれば、そのように紡げるということですね」
「教科書の聖典に載っているウタを、フラムのリズムで紡げる人、か」
おれが大人しく成り行きを見守る中、二人はどんどん話を進めてゆく。
「あの方はどうです? リズムの研究をなさっている…」
「ああ、シュネー先生か。あの方はたしかカムナギだったね」
シュネーは図書館の奥に籠っており、あまり姿を現さない。会えたらいいことがあると言われているほどだ。
「リュエル、シュネー先生に会いに行こう」
おれは首を傾げつつ、頷いた。
図書館を奥へ奥へと進む。こんなに入り組んでいるとは思わなかった。本棚には古い本が並ぶ。生徒の姿はあまりない。
「行き止まり…」
ここまで来て、袋小路にはまってしまった。道を間違えたのかと思ったのだが。
「この辺だったかな」
ラルジュがおもむろに本棚から本を抜き、腕を突っ込んだ。
それからしばらく。
カチッ
かすかな機械音の後、目の前の壁がガガガと横へ収納され、奥へ続く暗い道が現れた。
「行きましょう」
ポカンとしていると、レルヒに背中を押される。ラルジュの背中を追って後に続いた。
少しして、向こうの壁から灯りが漏れてくる。ラルジュが扉をノックし開くと、開けた空間があった。壁中に本棚があり、真ん中に置かれたソファには毛布などがかけられている。その前には硝子板の机。積み上げられた本が倒れそうだ。窓際に木製のどっしりとした机が一つあり、黒髪長髪の人が本を読み耽っていた。年の頃は三十路くらいか。
「シュネー先生、ちょっとよろしいですか」
ラルジュが話しかけたものの、シュネーの視線はひたすら手元の本にある。
「シュネー先生」
「私は忙しいのです」
「フラムのウタ、聞きたくないですか?」
「私は忙しいのです。……、フラムの?」
ようやく顔を上げた。淡い灰青の瞳がラルジュをスルーしておれを捉えると、目が見開かれる。
「君は…」
ガタリと立ち上がり、こちらへスタスタやって来たかと思うと、逃がさないとでも言うように肩をガシリと掴んできた。
「、」
「フラム…。ああ、ゆめのようだ。この銀髪にお目にかかれるなんて……あのウタを……まさか聞く機会があるとは…」
震える指をおれの髪に通し、うっとりと口にする。その目は潤んでいた。
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「……ああ…」
シュネーはひたすら見詰めてくる。おれは助けを求めるようにラルジュを振り仰いだ。ラルジュは肩をすくめると、次の瞬間、シュネーからおれを奪還した。そうして、後ろから覆い被さるように抱きしめてくる。
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※なるべくさくさく更新したい。
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