美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第ニ章 冴ゆ季節、心に積もる

十二

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 アルシャが去ってから、おれはラルジュたちを探しに向かった。
 疲れているからか、いつもと少し雰囲気が違ったアルシャ。あの微笑み。切なさを引きずったまま、足を進める。

 ピヨールルルー

 ふと、耳に入った鳥の声。

 ピヨールルルルー
 ピルールルー

 二羽で会話しているようだ。片方の声が近かったので、なんとはなしに足を向けてみたところ。

「ピルールルー」

 レルヒだった。口に手を当て、彼方を向いて鳴いている。上手すぎて、本当にその口から音が出ているのか疑いたくなるくらい、鳥鳥しい鳥の声である。

「……何やってんだよ」
「あら、リュエル。ウタはもういいのですか?」

 ピルールルー

「ピルールルー」

 どうやら鳥同士で会話を楽しんでいるようなので、おれはラルジュを探すことにした。そのまま歩いていると、木々の合間にオフホワイトのマントがちらついた。覗いてみれば、肩やら腕やら頭やらに鳥を乗せ、彼らと戯れているラルジュの姿。

「リュエル、もういいのかい?」
「……ああ」

 鳥たちよ、その糸目はこう見えて獰猛な糸目だ。騙されてはいけない。おれは心の中で語りかけた。

「昔から動物に好かれる質でね。気づくとこの通りだよ」

 彼らはラルジュを何だと思っているのだろう。鳥を乗せてゆったり歩み来るラルジュは、上手に気配を馴染ませている。もしかしたら鳥たちは、本当に木や何かだと思っているのかもしれない。「たまには動く木に留まるのも悪くないわね」といった感じか。

「レルヒを見たかい?」
「鳥と会話してる」
「ああ。それはレルヒの特技だよ」
「……へえ」

 鳥と会話したり木になったり。本当におかしな人たちだ。

 ピヨックルー?

「そうに決まってんだろ」

 ハッ

 驚いてラルジュの肩に留まっている一羽の小さな鳥を見詰めた。つぶらな瞳を見ていると、意志の疎通ができている気になる。

「何がそうなんだい?」
「、なんでもねえよ」

(おれの頭は正常だ)

 動揺の中、必死に自分に言い聞かせるおれだった。


 ――さて、定期試験の結果は、聖音科の生徒たちに衝撃をもたらした。

「顔とウタだけじゃないのか」

 一位を取った科目もあったから驚きだ。多くの生徒が、学年トップは安定のブリランテだと認めている。ブリランテなら仕方ないよねと思っている。家柄がいいからだ。しかし、リュエルにはラルジュとレルヒという強すぎる味方がいるわけで――。軽く戦慄を覚える生徒たちだった。


「リュエル、スゴいね。勉強もできるんだ」

 メルが羨望の眼差しを向けてくる。

「変な家庭教師のおかげだ」

 おれは肩をすくめた。レルヒがいなかったら、とてもじゃないが、こんなにいい点は取れないだろう。ちなみにメルの順位は総合で真ん中あたり。やはり理系が足を引っ張っている。

「ぼくもがんばろっ」

 ――グランのおかげで悲惨なことにはならなかったが、いつかは「できたよ」とグランに言いたい。
 ぎゅっと握りこぶしを作って可愛く勇ましい顔をするメル。おれは激励の意を込めて、檸檬色の髪をぽふぽふ撫でた。


 ところで、未だに放課後、デルヴィスの執務室へ行く習慣は続いている。本当に、いつまでやらせるんだと思っていた頃、デルヴィスの方からそれについて話が出た。

「テストも終わったことだし、君の補習は今日までとしよう」

 どうやら、ダリヌを鎮めるためにやらせていたという一面もあるらしい。おれは伸ばされた腕を退かしつつ、内心でガッツポーズをした。その心境は、「よく耐えたおれ…!」である。

「そういえば、実技試験の君のウタは酷かったな。改善策は講じているか?」

 デルヴィスは思い出したように口にした。

「……まぁ」
「それならいいが」

 デルヴィスはふむと頷く。

「ありがとうございました」

 ハグをして、最後のキスを。最後と思うと、少しは感謝の念が湧いた。デルヴィスは紺色の瞳を細め、大きな手で頭を撫でてくる。

「たまにはここへ来てキスしておくれ」
「だれが来るかよ」

 おれは鼻で笑って身を翻した。部屋から出るときデルヴィスもやって来て、ラルジュを呼んだ。

「リュエルには優れた感覚がある。聖紋を見ればウタを紡げる。このような者はそういないだろう」

 ――いつか、カムナギの紡ぐ聖紋をリュエルに書かせていたとき、彼が紡いだウタ。デルヴィスは後日、正式に聖華が紡ぐのを聞いた。その音はピタリと一致していた。

「あれを聞いて、私はリュエルに惚れ込んだんだ」

 そこでデルヴィスは悪戯に微笑む。

「私の話は、何かお役に立ちそうかな?」
「ええ、とても。ありがとうございました」

 ラルジュはくっと口角を上げ、お辞儀した。

「君にそんな才能があったとは知らなかったよ」

 帰り際、ラルジュがポツリと落とした。おれは頭を掻く。いつか聖紋を紡いだことは、すっかり忘れていた。

「それなら、わざわざシュネー先生のもとへウタを聞きに行く必要はない。講義で習うより前に聖紋を見て、紡いで、それを覚えればいいんだからね」

 自然に紡がれるウタはきっと、フラムのリズムに違いない。その感覚を忘れずにいれば、教科書通りのウタを聞いても惑わされないだろう。

「そうとわかれば、レルヒに聖紋を書いてもらえば済む」

 聖武科は、聖紋に関することは深く習わない。聖紋を目にする機会もそうない。しかし聖文科は、ウタは習わないが、聖紋についてはしっかり学ばさせられる。優れた文官は、名称を聞けばさらさらと聖紋が書けるものだ。

「あの頭には、教科書の聖紋は全てしっかり入っているだろうからね」

 教科書の聖紋は三年かけて学ぶもの。カムナギや文官の試験で受かるには、それをすべて覚える必要がある。

「……おう」

 「次に君のウタを聞く日を楽しみにしている」と子どものように目を輝かせていたシュネーを思うと、たまには顔を出さないとなと思うおれである。
 その後、合流したレルヒは、話を聞くと目を瞬いた。

「あら、そんな特技があったのですね」
「カムナを書くのも慣れてきたようなので、今後はカムナギ試験に向けて、聖紋をどんどんどんどん覚えさせようと、ちょうど思っていたところです」

 おれは微笑んで言われた内容の圧力に軽く引いた。

「それはちょうどよかったね。どんどんどんどん覚えてもらおう」

 糸目がいい笑顔で続く。どんどんどんどん。ぱっぽうの次に恐ろしい言葉かもしれない。


 〇*〇*〇


 三人が楽しげに寮へ向かう姿を、カーテンの隙間から見ている生徒がいた。

「くっ」

 ラルジュもレルヒも、すでにリュエルと共にいる姿が定着している。
 リュエルを襲おうとした手下は皆、ラルジュに邪魔をされ、未だにリュエルは何事もなくここにいる。
 最初の披露会のときは、たしかにリュエルのウタに惹き付けられた。しかし、この間の試験では見る影もなかったし、あの生意気な雰囲気といい、見ているとムカムカする。

「なんであんなやつを…!」

 ウタや成績、顔。何より一番重要なのは人柄だろう。あんなやつに、ラルジュやレルヒは相応しくない。聞いた話では、リュエルは聖華の推薦状を持っていたという。いったいどうやって手に入れたのだろう。テストでそこそこいい結果になれたのも、何か裏があるかもしれない。

(あれで実は床上手とか?)

 昼間は小生意気に振る舞って、夜は健気に甘えて見せる。なるほど、策士家だ。取り入るために身体を使うのが悪いとはまったく思わない。ただ、化けの皮を剥がして営業妨害してやるのもいいかなと思った。

「あいつに幻想を抱いている人は、きっとガッカリするだろう」

 この頃は、教師に目を付けられて可哀想なんて話す人もいるらしい。健気に従っている姿を見ると襲いた……応援したくなるとか。なんのことはない。もともと健気に応えるタイプの淫乱で、マゾっ気があるのだろう。

「暴いてやる」

 ニヤリと口角を上げたとき、幼馴染みがやって来た。

「今度は何を企んでるの?」
「おまえには関係ない」
「今のところ、全部ラルジュに闇に葬られてるね。あんまりやりすぎると、君も危ないんじゃない?」

 今はまだ、襲おうとしている生徒を懲らしめる程度だが、いつ首謀者に目を向けるかわからない。

「ぼくに楯突くなんてあり得ない」

 彼はどこから湧くのかはなはだ謎な自信をもって、軽く鼻で笑い飛ばした。
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