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第ニ章 冴ゆ季節、心に積もる
二十一
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武道大会翌日。ぱっぽうから始まり教室へ向かったおれを迎えた癒しのメルは、目をぱちくりした。
「リュエル、何かいいことあったの?」
「あ?」
――教科書へ目を落としているときや、窓の外へ目をやっているとき。メルはふと、リュエルの美しさに身惚れてしまうときがある。今日のリュエルはそれがナチュラルに全開で、ちょっとドキドキした。雰囲気もいつもより柔らかい。
リュエルが訝しむような顔をするので、メルは早々と話題を変えた。
「あ、昨日のラルすごかったね。ぼく、何が起こったのかぜんぜんわからなかったよ。始め! ってなって、気づいたらエレミアさんのところにいたの。それで、すぐにいなくなっちゃって…」
「あ、ああ、そうだな」
――ラルジュはどんな言い訳を考えたのだろう。聞いておけばよかった。煌めく海のような瞳を直視できず、おれはさりげなく視線をそらす。
「エレミアさんもいなくなっちゃうし…、何かあったのかな。リュエル、知ってる?」
「いや?」
「ラル、試合が始まる前ね、一瞬だけスゴくこわい顔したんだ。何か大変なことがあったんじゃないかって思って…」
メルは窺うようにおれを見ている。
「リュエル、」
「っトイレに行きたかったんだろ」
おれはとっさに出た嘘に自分で動揺した。トイレに行きたかった自分やレルヒが頭に浮かんで、ついうっかり言ってしまったのだ。メルがきょとんとしている。
「温まるっつって、みんなよく飲んでたし」
苦し紛れに続け、さも大した話じゃないと言わんばかりに肩をすくめる。
「そうなのかな」
「そうだって。後で聞いてみろよ」
メルを安心させるようにくっと口角を上げた。そんなおれだが、内心では物凄く焦っていた。メルに嘘がバレることではなく、そんな嘘をついた自分へのラルジュの反応がひたすら怖い。
「うん…」
メルは澄んだ瞳でじっとおれを見上げていた。
休憩時間にはふらりとブリランテがやって来て、腕を組んで言う。
「話がある」
着いて来いと言い、廊下の方を顎でクイッと示された。その目が真剣だったので、おれは眉根を寄せて従った。
「なんだよ、話って」
人のいない階段付近で、ブリランテはようやく足を止めた。
「武道大会で、何かあったのか」
ブリランテが真剣な顔で振り返る。
「……なんで」
浅緑の瞳は確信しているようだ。
「ラルジュさんが動くのは君の関係だろ。警ら隊長のエレミアさんも、それを察して後を追ったんじゃないか?」
まったく、ズバズバと語ってくれる。しかし、周りに人がいなくてよかった。
「何があった。主犯は捕まえたのか?」
わざわざこんなところで聞くのだから、ブリランテはきっと他言したりしないだろう。おれは短く息を吐き、口を開いた。
「まぁ、ちょっと。……仕組んだやつは、まだ捕まってないと思う」
昨日の一件については、アルシャと話したインパクトが強い。落ち着いて語れるほど達観していないため、すっと視線をそらした。
「そうか…」
ブリランテは神妙な顔をする。しかしすぐに、ハッとして口を開いた。
「ぼくは関与してないからな」
おれは後ろ頭を掻いて言う。
「んなこと思ってねえよ」
ブリランテはこれで意外と真っ当だ。讃美歌の練習ではおれを含め、メンバー一人一人に的確なアドバイスをしていた。真っ当なやり方で真面目にやって、全部きちんとこなせてしまうタイプなのだろう。秘密兵器のような家庭教師の力で追い抜こうとするのが心苦しく感じるくらいだ。
「そ、そうか」
ブリランテはぎこちなく頷く。それから、つっけんどんに続けた。
「君には、最強の味方がいるんだ。それでも、一年のトップはこのぼくだけどな。ぼくはそれを証明し続ける」
そうしてビシッとおれを指差した。――その内心は、「決まった! 今度は当たってない」だろう。
「だから、どこの馬の骨とも知れないやつに勝手にやられてカムナギを諦めるなんてなったら、承知しないからな」
特に後半の流れに、おれは眉根を寄せたまま小首を傾げる。いまいち理解できなかったが、つまりはカムナギを諦めるなと。これは励まされているのだろうか。
「……おう」
「っ話は終わりだ。戻るぞ。……さっさと来い! また一人になって何かあったらどうするんだまったく…!」
「、」
プリプリ怒りながら腕を引かれた。
「おい、」
「ぼくは首席なんだぞ。君に何かあったって、少しは責任を感じるんだからな」
首席はクラスの長のようなイメージがある。どうやらブリランテは、責任感が強いらしい。
「何かあってほしかったんじゃないのかよ」
あんなに嫌みを言っておいて。それが発端となり、補習させられたり取調室へ連行されたりしたのだ。自分の取った行動が原因だが、思い出すとちょっとイラッとする。
「ああ、そうさ。ぼくはいいんだ。でも、君が他のやつにやられるのを想像するとイライラする」
「ああ? 、っ」
教室まで来ると、いきなり腕を突き放された。テテッとやって来たメルが心配そうに見上げてくる。
「リュエル、ブリランテ…?」
「心配するようなことは何もない」
ブリランテは踵を返して行ってしまった。おれは片眉を上げて去りゆく後ろ姿を眺める。
「……なんなんだ」
首席の頭に着いていけない。いや、ブリランテが変わっているのか。それを言うなら、レルヒもラルジュも普通ではない。
(首席はおかしな人がなるんだな)
一つ悟ったおれである。
「リュエル、何かいいことあったの?」
「あ?」
――教科書へ目を落としているときや、窓の外へ目をやっているとき。メルはふと、リュエルの美しさに身惚れてしまうときがある。今日のリュエルはそれがナチュラルに全開で、ちょっとドキドキした。雰囲気もいつもより柔らかい。
リュエルが訝しむような顔をするので、メルは早々と話題を変えた。
「あ、昨日のラルすごかったね。ぼく、何が起こったのかぜんぜんわからなかったよ。始め! ってなって、気づいたらエレミアさんのところにいたの。それで、すぐにいなくなっちゃって…」
「あ、ああ、そうだな」
――ラルジュはどんな言い訳を考えたのだろう。聞いておけばよかった。煌めく海のような瞳を直視できず、おれはさりげなく視線をそらす。
「エレミアさんもいなくなっちゃうし…、何かあったのかな。リュエル、知ってる?」
「いや?」
「ラル、試合が始まる前ね、一瞬だけスゴくこわい顔したんだ。何か大変なことがあったんじゃないかって思って…」
メルは窺うようにおれを見ている。
「リュエル、」
「っトイレに行きたかったんだろ」
おれはとっさに出た嘘に自分で動揺した。トイレに行きたかった自分やレルヒが頭に浮かんで、ついうっかり言ってしまったのだ。メルがきょとんとしている。
「温まるっつって、みんなよく飲んでたし」
苦し紛れに続け、さも大した話じゃないと言わんばかりに肩をすくめる。
「そうなのかな」
「そうだって。後で聞いてみろよ」
メルを安心させるようにくっと口角を上げた。そんなおれだが、内心では物凄く焦っていた。メルに嘘がバレることではなく、そんな嘘をついた自分へのラルジュの反応がひたすら怖い。
「うん…」
メルは澄んだ瞳でじっとおれを見上げていた。
休憩時間にはふらりとブリランテがやって来て、腕を組んで言う。
「話がある」
着いて来いと言い、廊下の方を顎でクイッと示された。その目が真剣だったので、おれは眉根を寄せて従った。
「なんだよ、話って」
人のいない階段付近で、ブリランテはようやく足を止めた。
「武道大会で、何かあったのか」
ブリランテが真剣な顔で振り返る。
「……なんで」
浅緑の瞳は確信しているようだ。
「ラルジュさんが動くのは君の関係だろ。警ら隊長のエレミアさんも、それを察して後を追ったんじゃないか?」
まったく、ズバズバと語ってくれる。しかし、周りに人がいなくてよかった。
「何があった。主犯は捕まえたのか?」
わざわざこんなところで聞くのだから、ブリランテはきっと他言したりしないだろう。おれは短く息を吐き、口を開いた。
「まぁ、ちょっと。……仕組んだやつは、まだ捕まってないと思う」
昨日の一件については、アルシャと話したインパクトが強い。落ち着いて語れるほど達観していないため、すっと視線をそらした。
「そうか…」
ブリランテは神妙な顔をする。しかしすぐに、ハッとして口を開いた。
「ぼくは関与してないからな」
おれは後ろ頭を掻いて言う。
「んなこと思ってねえよ」
ブリランテはこれで意外と真っ当だ。讃美歌の練習ではおれを含め、メンバー一人一人に的確なアドバイスをしていた。真っ当なやり方で真面目にやって、全部きちんとこなせてしまうタイプなのだろう。秘密兵器のような家庭教師の力で追い抜こうとするのが心苦しく感じるくらいだ。
「そ、そうか」
ブリランテはぎこちなく頷く。それから、つっけんどんに続けた。
「君には、最強の味方がいるんだ。それでも、一年のトップはこのぼくだけどな。ぼくはそれを証明し続ける」
そうしてビシッとおれを指差した。――その内心は、「決まった! 今度は当たってない」だろう。
「だから、どこの馬の骨とも知れないやつに勝手にやられてカムナギを諦めるなんてなったら、承知しないからな」
特に後半の流れに、おれは眉根を寄せたまま小首を傾げる。いまいち理解できなかったが、つまりはカムナギを諦めるなと。これは励まされているのだろうか。
「……おう」
「っ話は終わりだ。戻るぞ。……さっさと来い! また一人になって何かあったらどうするんだまったく…!」
「、」
プリプリ怒りながら腕を引かれた。
「おい、」
「ぼくは首席なんだぞ。君に何かあったって、少しは責任を感じるんだからな」
首席はクラスの長のようなイメージがある。どうやらブリランテは、責任感が強いらしい。
「何かあってほしかったんじゃないのかよ」
あんなに嫌みを言っておいて。それが発端となり、補習させられたり取調室へ連行されたりしたのだ。自分の取った行動が原因だが、思い出すとちょっとイラッとする。
「ああ、そうさ。ぼくはいいんだ。でも、君が他のやつにやられるのを想像するとイライラする」
「ああ? 、っ」
教室まで来ると、いきなり腕を突き放された。テテッとやって来たメルが心配そうに見上げてくる。
「リュエル、ブリランテ…?」
「心配するようなことは何もない」
ブリランテは踵を返して行ってしまった。おれは片眉を上げて去りゆく後ろ姿を眺める。
「……なんなんだ」
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