美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第ニ章 冴ゆ季節、心に積もる

二十

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「リュエルの様子はどうですか」

 部屋から出てきたアルシャに一番に聞いたのはラルジュだ。彼は言うなればリュエルの父ポジションか。略して父ポジ。“チチポジ” というとどこかの部族の長老みたい。

「解毒できたみたいだ」
「そうですか」

 ラルジュとレルヒはホッと息を吐き出した。アルシャも前髪を掻き上げ、息を吐く。その目は冷めた色をしていた。

「今日は警らや人目のある中で、やってくれたね」
「警らの中にも、犯人の仲間がいる可能性がありますね」

 カイトがカチリと眼鏡を上げる。

「犯人の目星はついています」

 感情の窺えない声で返したのはラルジュだ。

「そう」

 アルシャはラルジュをつと見やり、カイトを連れて帰っていった。


 ――部屋から出ると、ラルジュとレルヒがそこにいた。

「武道大会は?」
「もう終わったんじゃないでしょうか。優勝者がいなくなって、少々味気ない雰囲気だったかもしれません」

 ということは、優勝したのはラルジュか。思わず目が丸くなる。けれども優勝者不在の大会閉会式を想像したら、ものすごく申し訳ない気分になって睫毛を伏せた。それに、ラルジュは実力を隠していたのに――。

「気にすることはないよ。それより、このような事態となって本当にすまない。侍衛候補として失格だ」

 切実な声音で言ったラルジュが頭を下げるので、おれは狼狽えてしまう。その上、レルヒまで頭を下げて言う。

「私も、傍にいたのに何もできず、申し訳ありませんでした」
「っやめろよ。あんたはそういう役じゃねえし、ラルジュは聖武科にとって重要な試合だっただろ。そもそも、あんたらのせいじゃねえ。おれが、気を抜いてたからっ…」

 そろそろと顔を上げた二人から視線をそらし、動揺したまま続ける。

「勝手に失格なんて言うなよ。こんなことになって、あんたが授賞式すっぽかしたのも、おれのせいだし」
「自分で選んだことだ。そんなことより、君を護るのが俺の役割なんだから」

 このままでは平行線だ。ラルジュにはまったく非がなく、自分ばかり悪い気がしてしまうが、ラルジュが自分でした選択を自分のせいと言うのも傲慢なような気がして、気持ちに収まりがつかない。
 おれは下を向いてなんとなく足を動かす。石畳の床を一度離れて着地した靴裏がジャリと鳴った。
 息を吐いてラルジュを捉える。

「……どっちもチャラってことでいいだろ。おれはあんたらを責めないし、あんたも、おれを責めない……でいいなら…」

 モヤモヤしたままではあるが、思いついた提案を言ってみると、開眼ラルジュは目を紫にしてふっと笑った。

「君が、それでいいなら」
「じゃあ、この話はここまでな」

 おれは落ち着かない気分で歩き出す。
 ――自分で失格と言っておきながらリュエルの侍衛の座を誰にも譲る気のないラルジュは、気持ちを入れ替えてリュエルに続いた。


 通路をゆくとエレミアとオルキデがいた。
 エレミアの姿を捉えたおれは睫毛を伏せる。もう二度と取調室に来ることがないように。加害者だけでなく、被害者としても。そんなことを言ってくれた人だった。

「すっかりいいのか?」

 こくりと頷く。足が止まっていたおれのところへ、エレミアがやって来た。ポンと頭に手を置かれ、顔を上げる。

「警らの手落ちだ。すまん」
「、いや、」
「犯人は必ず捕らえる。なにか要望はあるか?」

 おれは言葉を選びながら口を開いた。

「このこと、周りに知られたくない。内密にしてほしい」

 今日は武道大会だった。その裏でこんなことがあったなんて、みんなは知らなくていいことだ。

「承知した。この一件は内密に処理しよう」

 真摯な眼差しを受け、ホッと息を吐きだした。


 そうして、夕食後。

「疲れているだろう。今日は早めに休むといい」
「眠れないようでしたら、添い寝しますよ」
「いや、いらねえから」

 いつもより早く家庭教師を切り上げ、二人は言った。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 ふわりとレルヒにハグされる。

「おやすみ」

 たまにあることなので、もはや驚きはない。仄かに香った花のような匂いも、もうお馴染みだ。一方、ラルジュはおれの頭をさらっと撫でる。そうして二人は帰っていった。

(ふぅ)

 一人の部屋でボンヤリする。武闘大会でのこと。机に向かっているときは忘れていられたのに、一人になるとすぐに頭を占領されてしまった。

「シャワー浴びよ」

 さっさと服を用意してシャワールームへ。
 アルシャと色んな話をした。あのときのおれは自分なのだけど普段の自分ではなくて、穴があったら一生はまっていたい恥ずかしさである。

(アルシャ…)

 アルシャも舌打ちなんてするのか。卑怯な部分も知ってしまったし、より人間臭さを感じるようになってしまった。
 
『僕の好きは、この世界で君だけに感じる “好き”だよ』

 ガツン

 思わず額を壁に打ちつけてしまった。おれは頭からシャワーを浴びる。

(あれって、そういう意味だよな)

 考えると顔がじわじわと熱くなり、ドキリとした。そこで視界に入った鏡を見てしまい、

(なに頬染めてんだおれ…!)

 頭を抱えてしまった。自分がおかしい。思えば、幼い頃のアルシャは女の子のようだった。だからというわけではないが、性別すら超越した存在のように思っていたかもしれない。

「、もう、今日はさっさと寝よ」

 振り切るように言い、シャワールームを後にした。


 真っ暗な中で目を閉じていると、やはり思い出すのは大会中の出来事で。

『これは君の本性を暴く薬だよ』

 あの声の人は、何のためにあんなものを盛ったのか。フラムが気に入らないのか、ラルジュたちといるのが気に入らないのか。

(考えても、どうにもならないことだけど)

 おれは自分を守るように丸くなり、眠りに就いた。


 ―――…

 ~~ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~~ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~~

 頭を撫でる優しい手。安らぎの時。紡ぐ声は温かく、風のようにささやかだ。

(ああ、これは母さんの子守唄)

 眠りに就くときよく聞いた。それ以外で聞いたのは、祖父との別れのときくらいだろうか。

『ウタはね、お父さん…、あなたのおじいちゃんから教わったの。おじいちゃんは、お父さんから教わったんですって』

 そのお父さんも、親から教わったんだろう。その親も。ずっとずっと、そうやって受け継がれてきた。

『きっと、聖界にいた頃も同じだったはずよ。ね? わたしたち、なにも変わらないの』

 どこにいても、何も。

『失ったものなんてなんにもないわ』

 母はひょいと眉を上げ、くすくす笑った。

『あなたの髪色がその証ね。古きフラムの血は、失われていないんだって』

 さらりと髪を撫でられる。

『フラムの血はあなたを構成する大事な一部なの。だから、受け入れて、……大切にしてね』

 あの頃のおれは、自分だけ銀髪なことをひどく気にしていた。今思えば、両親は本当におれの親か、なんて、よくストレートに聞けたものだ。戸惑いもなく朗らかに答えてくれたから、疑いはなくなったのだが。
 フラムの血を引いていること。それはたしかに、アイデンティティの一部だ。
 
(良くも悪くも)

 昔の自分なら、そう思っただろう。良いも悪いもない。ただの事実だ。それがそう、今は好ましく思える。

『そうだね、気に入っているよ』

 ああ、たしかに……そんな感じかもしれない。
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