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第三章 冬の休暇、別荘合宿
七
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ここは何も変わらない。ゆったりとした時の流れも、景色もテオも。
「疲れてんのか?」
「いや。……おまえも年末年始、帰るのか?」
「街にいるぜ。帰るところなんてないしな」
おれは顔を正面に戻す。
「俺の家族はもういない」
淡々と紡がれた言葉に、かすかに目を見開いた。そういえば、テオが家族について話すのを聞いたことがない。
「もともと片親だったんだ。住んでた所が山火事に巻き込まれたとき、近所の子が逃げ遅れてさ。俺の母さんはその子を助けて、死んじゃった」
「いつの話だ」
「二年前」
それでは、出会ったとき、すでにテオは独り身だったということだ。
「あのとき、大人たちがみんなでその子を探してた。たまたま見つけたのが俺の母さんで、一緒に逃げるとき、煙をたくさん吸っちまったんだ」
肩をすくめるテオは落ち着いた様子だが、聞いているおれはそうはいかなかった。想像を超える体験に言葉も出ない。
テオはどこか遠くを見るような目で語る。
「……母さん、最期におれの手を握って笑ったんだ。そのとき、これから先もちゃんと生きなきゃって思った。そりゃあ悲しかったけど、寂しさはなかった。独りになった感じはしなかったんだ」
あのとき、母さんから大切なものをもらった気がすると、テオは灰色の瞳を不思議に輝かせて言った。
「……だから街に?」
「そ。住んでた家は焼けちまったし。周りは良くしてくれたけど、なんか、居づらくてさ」
テオはソファの背凭れに肘をつき、そこに顎を乗せる。
「おまえのウタを聞いたとき、衝撃だった。初めて精靈を身近に感じたんだ。ああ…、俺らがこんなだったから、山火事が起きたのかもって」
テオが住んでいた地域は古くから人が住んでいた土地ではなく、新たに開墾された場所だった。移住してきた人ばかりで、周囲の自然や精靈への敬いなどは、特になかったらしい。
「カムナギのウタを聞いたのも、街に出てからだ。自然は当たり前にそこにあって、たぶん精靈もそうなのに、それまで俺は無頓着だった。気付いてなかったんだ。あえて意識することなんてなかった」
『フィリァがなければ世界は成り立たない』
ふと脳裏に響いた声に睫毛が震えた。ラルジュがいつか話していた、フィリァというもの。
『君も、本当は知っているはずだ』
それはもしかして、こんな感覚かもしれない。
「俺はさ、おまえと出会って、精靈を身近に感じられるようになったんだ。自然や精靈を思う心…、精靈たちの思いも知った」
澄んだ灰色の瞳がリュエルを捉える。
「おまえと出会えてよかった」
自分で言って恥ずかしかったのか、「っつか俺、なんでこんな話してるんだ?」と、テオは頭を掻いている。それから、付け足すように言った。
「まぁさ、俺みたいのもいると思うぜ。だからウタって、必要だと思うんだ」
黙って聞いていたおれは、大切なことに気づかせてくれたテオをまっすぐに瞳へ映す。
「ウタを聞いてるとき、精靈の光が見えたりするか?」
「ああ…。おまえはいつも見えてるんだっけ。いいな」
それを忘れている人々は、単に実感がないのだろう。おれは、人は本来自然や精靈を思う心があると確信している。でなければ、ウタに感動することも、涙を流すこともないはずだ。
(忘れてるだけだ)
人々がウタを聞く機会を増やした方がいいかもしれない。忘れているだけなら、思い出せばいい。
「あー、俺のこと、失望した?」
横を向いたまま言いづらそうに問われ、目を瞬く。
「失望?」
「一緒にウタのことやってたのが、こんな奴だったって」
「……おまえはべつに、いいやつだろ」
それに、スゴいやつだ。両親がいないこともそのような体験をしていることも全く感じさせない前向きさで、真っ直ぐさで、ちゃんと生きている。
(テオはフィリァを知っている)
大切なことを知っている。そんな相手に、どうして失望などするだろう。意味がわからず首を傾げると、こちらを横目で捉えたテオは肩の力を抜いていた。
おれは思い出して言う。
「それじゃあ、年末年始は店主とここで過ごすのか」
「さすがに店も閉まるって。去年はネージュさんの所にいたんだけど、今年はまだわかんねえ」
「ネージュさんはまだフィーデル?」
「いや、こっち来てるみたいだぜ?」
ということで、二人はネージュのいる古書店へ向かった。
テオは寒いのが苦手だ。身体を丸めてポケットに手を突っ込んで歩いている。
「今の学問所、どんな感じ?」
「最初はぜんぜん違う所に入り込んだ感じだったけど、慣れたな」
おれの顔を見上げて、テオはふっと息を吐くように笑う。
――いまのリュエルはどこかキラキラしている。お坊ちゃん学校に行っていると聞いても、誰も驚かないだろう。
「勉強も順調か?」
「レルヒのおかげでな。あの人、二年の首席だったんだ」
「へえ。……っ俺はそこまでは知らねえよ」
そんな話をしているうちに、古書店に着いていた。入口のドアは開かれたままにされており、店先の日陰に古書が並べられている。
「掃除中かな」
そこへエプロンをつけたネージュが店の中から現れた。突っ立っているおれらを見つけ、微笑を浮かべる。
「やぁ。少し散らかっているけれど、ココアでも飲んでいくかい?」
おれはテオと目を合わせ、ネージュに頷いた。
ネージュに続いて入った店内はいたるところに本があり、目を瞬いてしまう。
「掃除と調べものを同時に行った結果がこうさ」
「ネージュさん、没頭すると周りが見えなくなるんだぜ」
テオがこそっと囁いた。
「片付け、手伝おうか」
「ありがとう。もう少し調べたいことがあるから、今はいいよ」
ネージュはかろうじて二人座れるほど空いていたソファを示し、「座って」と言った。そうして、マグカップの用意にかかる。
「年が明けるまでに、なんとかなるだろう。テオ、もし間に合わなかったら手伝ってくれるかい? 年越しは私の家で、今年も一緒に年越しシチューを食べよう」
テオは目を瞬いて、「おう」と笑った。
「だけど、ネージュさんは貴族なんだろ。家に帰らなくていいの?」
「我が家は皆、自由でね」
「兄弟いるんだ」
「姉が一人に、弟と妹が一人ずつ。姉はカムナギで、妹は結婚して家を出た。家督を継ぐのは弟の予定だ」
一人っ子のおれとテオは目を丸くする。四人兄弟とは、想像を超えた世界だ。
「ネージュさんって、弟で、お兄さんなんだな」
「そうだね」
ネージュはくすりと笑ってココアを持ってきてくれた。自身も近くの椅子に腰かけ、一休憩するようだ。
「私はカムナギではないけれど、同じ世界を目指しているつもりだよ」
藍白色の瞳がおれを捉え、大切そうに細められる。
「俺もそうだぜ、リュエル」
テオも真面目な顔で言った。
改めて、自分は恵まれていると思う。それぞれの道を歩んでいながら、同じ方向へ向かっている仲間までいるのだから。
「おう」
心強い彼らに、知らず微笑が浮かんだ。
「疲れてんのか?」
「いや。……おまえも年末年始、帰るのか?」
「街にいるぜ。帰るところなんてないしな」
おれは顔を正面に戻す。
「俺の家族はもういない」
淡々と紡がれた言葉に、かすかに目を見開いた。そういえば、テオが家族について話すのを聞いたことがない。
「もともと片親だったんだ。住んでた所が山火事に巻き込まれたとき、近所の子が逃げ遅れてさ。俺の母さんはその子を助けて、死んじゃった」
「いつの話だ」
「二年前」
それでは、出会ったとき、すでにテオは独り身だったということだ。
「あのとき、大人たちがみんなでその子を探してた。たまたま見つけたのが俺の母さんで、一緒に逃げるとき、煙をたくさん吸っちまったんだ」
肩をすくめるテオは落ち着いた様子だが、聞いているおれはそうはいかなかった。想像を超える体験に言葉も出ない。
テオはどこか遠くを見るような目で語る。
「……母さん、最期におれの手を握って笑ったんだ。そのとき、これから先もちゃんと生きなきゃって思った。そりゃあ悲しかったけど、寂しさはなかった。独りになった感じはしなかったんだ」
あのとき、母さんから大切なものをもらった気がすると、テオは灰色の瞳を不思議に輝かせて言った。
「……だから街に?」
「そ。住んでた家は焼けちまったし。周りは良くしてくれたけど、なんか、居づらくてさ」
テオはソファの背凭れに肘をつき、そこに顎を乗せる。
「おまえのウタを聞いたとき、衝撃だった。初めて精靈を身近に感じたんだ。ああ…、俺らがこんなだったから、山火事が起きたのかもって」
テオが住んでいた地域は古くから人が住んでいた土地ではなく、新たに開墾された場所だった。移住してきた人ばかりで、周囲の自然や精靈への敬いなどは、特になかったらしい。
「カムナギのウタを聞いたのも、街に出てからだ。自然は当たり前にそこにあって、たぶん精靈もそうなのに、それまで俺は無頓着だった。気付いてなかったんだ。あえて意識することなんてなかった」
『フィリァがなければ世界は成り立たない』
ふと脳裏に響いた声に睫毛が震えた。ラルジュがいつか話していた、フィリァというもの。
『君も、本当は知っているはずだ』
それはもしかして、こんな感覚かもしれない。
「俺はさ、おまえと出会って、精靈を身近に感じられるようになったんだ。自然や精靈を思う心…、精靈たちの思いも知った」
澄んだ灰色の瞳がリュエルを捉える。
「おまえと出会えてよかった」
自分で言って恥ずかしかったのか、「っつか俺、なんでこんな話してるんだ?」と、テオは頭を掻いている。それから、付け足すように言った。
「まぁさ、俺みたいのもいると思うぜ。だからウタって、必要だと思うんだ」
黙って聞いていたおれは、大切なことに気づかせてくれたテオをまっすぐに瞳へ映す。
「ウタを聞いてるとき、精靈の光が見えたりするか?」
「ああ…。おまえはいつも見えてるんだっけ。いいな」
それを忘れている人々は、単に実感がないのだろう。おれは、人は本来自然や精靈を思う心があると確信している。でなければ、ウタに感動することも、涙を流すこともないはずだ。
(忘れてるだけだ)
人々がウタを聞く機会を増やした方がいいかもしれない。忘れているだけなら、思い出せばいい。
「あー、俺のこと、失望した?」
横を向いたまま言いづらそうに問われ、目を瞬く。
「失望?」
「一緒にウタのことやってたのが、こんな奴だったって」
「……おまえはべつに、いいやつだろ」
それに、スゴいやつだ。両親がいないこともそのような体験をしていることも全く感じさせない前向きさで、真っ直ぐさで、ちゃんと生きている。
(テオはフィリァを知っている)
大切なことを知っている。そんな相手に、どうして失望などするだろう。意味がわからず首を傾げると、こちらを横目で捉えたテオは肩の力を抜いていた。
おれは思い出して言う。
「それじゃあ、年末年始は店主とここで過ごすのか」
「さすがに店も閉まるって。去年はネージュさんの所にいたんだけど、今年はまだわかんねえ」
「ネージュさんはまだフィーデル?」
「いや、こっち来てるみたいだぜ?」
ということで、二人はネージュのいる古書店へ向かった。
テオは寒いのが苦手だ。身体を丸めてポケットに手を突っ込んで歩いている。
「今の学問所、どんな感じ?」
「最初はぜんぜん違う所に入り込んだ感じだったけど、慣れたな」
おれの顔を見上げて、テオはふっと息を吐くように笑う。
――いまのリュエルはどこかキラキラしている。お坊ちゃん学校に行っていると聞いても、誰も驚かないだろう。
「勉強も順調か?」
「レルヒのおかげでな。あの人、二年の首席だったんだ」
「へえ。……っ俺はそこまでは知らねえよ」
そんな話をしているうちに、古書店に着いていた。入口のドアは開かれたままにされており、店先の日陰に古書が並べられている。
「掃除中かな」
そこへエプロンをつけたネージュが店の中から現れた。突っ立っているおれらを見つけ、微笑を浮かべる。
「やぁ。少し散らかっているけれど、ココアでも飲んでいくかい?」
おれはテオと目を合わせ、ネージュに頷いた。
ネージュに続いて入った店内はいたるところに本があり、目を瞬いてしまう。
「掃除と調べものを同時に行った結果がこうさ」
「ネージュさん、没頭すると周りが見えなくなるんだぜ」
テオがこそっと囁いた。
「片付け、手伝おうか」
「ありがとう。もう少し調べたいことがあるから、今はいいよ」
ネージュはかろうじて二人座れるほど空いていたソファを示し、「座って」と言った。そうして、マグカップの用意にかかる。
「年が明けるまでに、なんとかなるだろう。テオ、もし間に合わなかったら手伝ってくれるかい? 年越しは私の家で、今年も一緒に年越しシチューを食べよう」
テオは目を瞬いて、「おう」と笑った。
「だけど、ネージュさんは貴族なんだろ。家に帰らなくていいの?」
「我が家は皆、自由でね」
「兄弟いるんだ」
「姉が一人に、弟と妹が一人ずつ。姉はカムナギで、妹は結婚して家を出た。家督を継ぐのは弟の予定だ」
一人っ子のおれとテオは目を丸くする。四人兄弟とは、想像を超えた世界だ。
「ネージュさんって、弟で、お兄さんなんだな」
「そうだね」
ネージュはくすりと笑ってココアを持ってきてくれた。自身も近くの椅子に腰かけ、一休憩するようだ。
「私はカムナギではないけれど、同じ世界を目指しているつもりだよ」
藍白色の瞳がおれを捉え、大切そうに細められる。
「俺もそうだぜ、リュエル」
テオも真面目な顔で言った。
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※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
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