美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第三章 冬の休暇、別荘合宿

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〇*〇*〇


 その建物は景色に溶け込むようにあった。歴史がありそうな古めかしい色合いだ。壁には蔦が這っている。周囲に雪は見当たらない。おれはしっかり巻いていたマフラーを緩め、白い息を吐きだした。
 
「ようこそ、我が家の別荘へ」

 レルヒはにこりと笑む。おれはポカンと口を開いてしまった。

『それじゃあリューくん、みなさんによろしくね』

 年末年始を実家で過ごしたおれは、約束の日、母お手製のクッキーを携えて東の都へ向かった。迎えに来てくれたレルヒは私服で、こそばゆい気分になった。

「……別荘」
「ここは気候が温暖ですし、静かな環境が勉学に励むのにちょうど良いと思いまして」

 すっかり忘れていたが、彼らは住む世界の違う人々だった。

「どうぞ、来客用の部屋に案内します」

 館の中は快適温度で心地好い。目に入る調度品はやたらと上品だ。お高いんだろうなとぼんやり思った。

「こちらの部屋を使ってください」

 通された部屋は、寮部屋より広かった。ベッドが二つある。

「二人用の部屋しかないのですよ。落ち着かないようでしたら、ラルジュもこちらに泊まってもらいましょうか」
「いや、それは平気だけど…」

 バカンスにでも来た気分だ。

「手伝いの者がいるので、食事などの心配は不要です。存分に勉学に集中してください」

 そう、これは勉強合宿なのである。

「ラルジュはもう来てるのか?」
「ええ。鍛練してくると言ってましたよ」

 ラルジュが剣を振り回しているのは、見たことがない。おれはにわかに興味が湧いた。

「どこでやってるんだ?」

 レルヒは目を瞬いて、ふっと笑む。

「こちらです」

 おれは荷物を置いてレルヒに続いた。
 広い館だが、人は見かけない。他人の目を気にしなくていいのは気楽でいいものだ。学び舎ではこうはいかない。館から出て小道を少し行くと、木々の向こうに開けた場所があった。

「素振りでしょうかね」

 ラルジュがこちらに背を向け、剣を振っている。タンクトップだ。腕の筋肉に唖然とした。
 ゆっくりと剣が下ろされ、鞘に収まる。ゆるりと振り返ったラルジュは、当たり前のようにおれとレルヒを捉えた。

「明けましておめでとう。リュエル、今年もよろしく」
「……明けまして、おめでとう。こっちこそ、今年もよろしく」

 こんな挨拶をするのも、こそばゆいものである。

「案内中かい?」
「あなたの鍛練を見に来たのですよ」

 レルヒはのほほんと落とす。

「俺の? ……君の案かな」

 糸目から視線を受け、スッと目をそらす。素直に頷くのはなんだか恥ずかしい。

「剣に興味があるのかい? それとも、俺に?」
「、ちげえ!」

 後半、やたらといい声で言うので、おれは躍起になって返した。ふと目をやると、ゆったりやって来たラルジュが持っていた剣はシンプルで。

「それ、本物か?」

 武道大会では、練習用の剣を使っていたようだが。

「本物だよ。斬れば人を殺せる」

 ラルジュはシュラッと剣を鞘から抜いて見せた。鈍色に光るそれ。ラルジュが妙な言い方をしたせいで、ひどく物騒に見える。

「本物の扱いに慣れていないと、いざというとき役に立たないからね」
「カムナギって、そんなに危ないことあるのか?」

  “ウタ紡ぎ” の現場へ向かう途中で襲撃されたことがあるが、あれはおれが勝手に “ウタ紡ぎ” として活動していたからで。カムナギになれば、そのような事もないと思っていた。

「どうだろうね」

 ラルジュは素っ気なく返すと、慣れた手つきで剣を収めて脇に挿す。

「リュエル、そろそろ勉強に移りましょう。まずは課題を終わらせましょうかね」

 こうして、学び舎にいるときの休日と変わらないような生活が始まった。


「はかどってるかい?」
「ええ、いい調子です。ここらで一休憩としましょう」

 おやつの時間。鍛練に励んでいたラルジュがやって来ると、レルヒは嬉々として部屋から出ていった。そうしてすぐに、紅茶セットの乗ったカートを押して戻る。
 おれはうんと伸びをし、母に持たされたクッキーを取りだした。

「これ、母さんから」
「あら、こんなにたくさん! ありがとうございます」

 レルヒはにこにこしてクッキーを受け取る。

「君の母上のお手製クッキーは美味でした。またいただけるとは感激です」
「俺もお店が出せる美味しさだと思ったよ」

 舌が肥えているであろう彼らからそんな言葉を引き出すとは。母のクッキー、恐るべし。

「レルヒ、なんだか機嫌がいいね」

 クッキー効果も相まってにこにこなレルヒ。ラルジュが眉を上げた。

「リュエルがやる気をもって取り組むようになったので、教える身としても精が出ましてね」

 ――より教えるのにエネルギーを使うようになったらしく、レルヒはおやつが待ち遠しいくらい腹が減る。
 おれはこっそりと息を吐いた。レルヒは空腹になってくると人が変わるのだ。つまらないミスをしたとき「チッ」と聞こえる時もある。初めて聞いたときにはギョッとした。もう一人、誰かいるのかと。

『リュエル、この問題につまずくのは三度目です。ギャニュラの顔も三度まで。そろそろ私もご乱心ですよ』

 ギャニュラとは笑顔に見える顔をした動物だ。私もご乱心と言いつつ、ピーヒャラ乱心している腹を笑顔で抑えるレルヒに、頬がヒクリとした。
 おやつの時間が終われば、また勉強。

「カムナギの試験までに、一通り覚えなくてはなりませんからね」

 以前、どんどんどんどんと言っていただけあり、レルヒはどんどん新たな聖紋を覚えさせようとする。

「なんかつい最近、似たようなのを見たような…」
「あちらは豊穣の頃に紡ぐもの、こちらは草花が芽吹く頃に紡ぐものです」

 覚える聖紋が増えるにつれて、こんなのがぽつぽつ出てきた。

「これに似たものはまだありますよ。もう少し複雑ですけどね」

 おれは渋い顔をしてしまう。

「この辺りで教科書の四分の一といったところでしょうか。この長期休暇中に、半分はいきたいところです」

 こればっかりは書いて書いて書きまくるしかない。ウタを紡ぎながらの方が頭に入るおれは、囁くように紡ぎながらひたすら書いた。その間、レルヒは自分の課題をこなしていた。
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