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第三章 冬の休暇、別荘合宿
八
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〇*〇*〇
その建物は景色に溶け込むようにあった。歴史がありそうな古めかしい色合いだ。壁には蔦が這っている。周囲に雪は見当たらない。おれはしっかり巻いていたマフラーを緩め、白い息を吐きだした。
「ようこそ、我が家の別荘へ」
レルヒはにこりと笑む。おれはポカンと口を開いてしまった。
『それじゃあリューくん、みなさんによろしくね』
年末年始を実家で過ごしたおれは、約束の日、母お手製のクッキーを携えて東の都へ向かった。迎えに来てくれたレルヒは私服で、こそばゆい気分になった。
「……別荘」
「ここは気候が温暖ですし、静かな環境が勉学に励むのにちょうど良いと思いまして」
すっかり忘れていたが、彼らは住む世界の違う人々だった。
「どうぞ、来客用の部屋に案内します」
館の中は快適温度で心地好い。目に入る調度品はやたらと上品だ。お高いんだろうなとぼんやり思った。
「こちらの部屋を使ってください」
通された部屋は、寮部屋より広かった。ベッドが二つある。
「二人用の部屋しかないのですよ。落ち着かないようでしたら、ラルジュもこちらに泊まってもらいましょうか」
「いや、それは平気だけど…」
バカンスにでも来た気分だ。
「手伝いの者がいるので、食事などの心配は不要です。存分に勉学に集中してください」
そう、これは勉強合宿なのである。
「ラルジュはもう来てるのか?」
「ええ。鍛練してくると言ってましたよ」
ラルジュが剣を振り回しているのは、見たことがない。おれはにわかに興味が湧いた。
「どこでやってるんだ?」
レルヒは目を瞬いて、ふっと笑む。
「こちらです」
おれは荷物を置いてレルヒに続いた。
広い館だが、人は見かけない。他人の目を気にしなくていいのは気楽でいいものだ。学び舎ではこうはいかない。館から出て小道を少し行くと、木々の向こうに開けた場所があった。
「素振りでしょうかね」
ラルジュがこちらに背を向け、剣を振っている。タンクトップだ。腕の筋肉に唖然とした。
ゆっくりと剣が下ろされ、鞘に収まる。ゆるりと振り返ったラルジュは、当たり前のようにおれとレルヒを捉えた。
「明けましておめでとう。リュエル、今年もよろしく」
「……明けまして、おめでとう。こっちこそ、今年もよろしく」
こんな挨拶をするのも、こそばゆいものである。
「案内中かい?」
「あなたの鍛練を見に来たのですよ」
レルヒはのほほんと落とす。
「俺の? ……君の案かな」
糸目から視線を受け、スッと目をそらす。素直に頷くのはなんだか恥ずかしい。
「剣に興味があるのかい? それとも、俺に?」
「、ちげえ!」
後半、やたらといい声で言うので、おれは躍起になって返した。ふと目をやると、ゆったりやって来たラルジュが持っていた剣はシンプルで。
「それ、本物か?」
武道大会では、練習用の剣を使っていたようだが。
「本物だよ。斬れば人を殺せる」
ラルジュはシュラッと剣を鞘から抜いて見せた。鈍色に光るそれ。ラルジュが妙な言い方をしたせいで、ひどく物騒に見える。
「本物の扱いに慣れていないと、いざというとき役に立たないからね」
「カムナギって、そんなに危ないことあるのか?」
“ウタ紡ぎ” の現場へ向かう途中で襲撃されたことがあるが、あれはおれが勝手に “ウタ紡ぎ” として活動していたからで。カムナギになれば、そのような事もないと思っていた。
「どうだろうね」
ラルジュは素っ気なく返すと、慣れた手つきで剣を収めて脇に挿す。
「リュエル、そろそろ勉強に移りましょう。まずは課題を終わらせましょうかね」
こうして、学び舎にいるときの休日と変わらないような生活が始まった。
「はかどってるかい?」
「ええ、いい調子です。ここらで一休憩としましょう」
おやつの時間。鍛練に励んでいたラルジュがやって来ると、レルヒは嬉々として部屋から出ていった。そうしてすぐに、紅茶セットの乗ったカートを押して戻る。
おれはうんと伸びをし、母に持たされたクッキーを取りだした。
「これ、母さんから」
「あら、こんなにたくさん! ありがとうございます」
レルヒはにこにこしてクッキーを受け取る。
「君の母上のお手製クッキーは美味でした。またいただけるとは感激です」
「俺もお店が出せる美味しさだと思ったよ」
舌が肥えているであろう彼らからそんな言葉を引き出すとは。母のクッキー、恐るべし。
「レルヒ、なんだか機嫌がいいね」
クッキー効果も相まってにこにこなレルヒ。ラルジュが眉を上げた。
「リュエルがやる気をもって取り組むようになったので、教える身としても精が出ましてね」
――より教えるのにエネルギーを使うようになったらしく、レルヒはおやつが待ち遠しいくらい腹が減る。
おれはこっそりと息を吐いた。レルヒは空腹になってくると人が変わるのだ。つまらないミスをしたとき「チッ」と聞こえる時もある。初めて聞いたときにはギョッとした。もう一人、誰かいるのかと。
『リュエル、この問題につまずくのは三度目です。ギャニュラの顔も三度まで。そろそろ私もご乱心ですよ』
ギャニュラとは笑顔に見える顔をした動物だ。私もご乱心と言いつつ、ピーヒャラ乱心している腹を笑顔で抑えるレルヒに、頬がヒクリとした。
おやつの時間が終われば、また勉強。
「カムナギの試験までに、一通り覚えなくてはなりませんからね」
以前、どんどんどんどんと言っていただけあり、レルヒはどんどん新たな聖紋を覚えさせようとする。
「なんかつい最近、似たようなのを見たような…」
「あちらは豊穣の頃に紡ぐもの、こちらは草花が芽吹く頃に紡ぐものです」
覚える聖紋が増えるにつれて、こんなのがぽつぽつ出てきた。
「これに似たものはまだありますよ。もう少し複雑ですけどね」
おれは渋い顔をしてしまう。
「この辺りで教科書の四分の一といったところでしょうか。この長期休暇中に、半分はいきたいところです」
こればっかりは書いて書いて書きまくるしかない。ウタを紡ぎながらの方が頭に入るおれは、囁くように紡ぎながらひたすら書いた。その間、レルヒは自分の課題をこなしていた。
その建物は景色に溶け込むようにあった。歴史がありそうな古めかしい色合いだ。壁には蔦が這っている。周囲に雪は見当たらない。おれはしっかり巻いていたマフラーを緩め、白い息を吐きだした。
「ようこそ、我が家の別荘へ」
レルヒはにこりと笑む。おれはポカンと口を開いてしまった。
『それじゃあリューくん、みなさんによろしくね』
年末年始を実家で過ごしたおれは、約束の日、母お手製のクッキーを携えて東の都へ向かった。迎えに来てくれたレルヒは私服で、こそばゆい気分になった。
「……別荘」
「ここは気候が温暖ですし、静かな環境が勉学に励むのにちょうど良いと思いまして」
すっかり忘れていたが、彼らは住む世界の違う人々だった。
「どうぞ、来客用の部屋に案内します」
館の中は快適温度で心地好い。目に入る調度品はやたらと上品だ。お高いんだろうなとぼんやり思った。
「こちらの部屋を使ってください」
通された部屋は、寮部屋より広かった。ベッドが二つある。
「二人用の部屋しかないのですよ。落ち着かないようでしたら、ラルジュもこちらに泊まってもらいましょうか」
「いや、それは平気だけど…」
バカンスにでも来た気分だ。
「手伝いの者がいるので、食事などの心配は不要です。存分に勉学に集中してください」
そう、これは勉強合宿なのである。
「ラルジュはもう来てるのか?」
「ええ。鍛練してくると言ってましたよ」
ラルジュが剣を振り回しているのは、見たことがない。おれはにわかに興味が湧いた。
「どこでやってるんだ?」
レルヒは目を瞬いて、ふっと笑む。
「こちらです」
おれは荷物を置いてレルヒに続いた。
広い館だが、人は見かけない。他人の目を気にしなくていいのは気楽でいいものだ。学び舎ではこうはいかない。館から出て小道を少し行くと、木々の向こうに開けた場所があった。
「素振りでしょうかね」
ラルジュがこちらに背を向け、剣を振っている。タンクトップだ。腕の筋肉に唖然とした。
ゆっくりと剣が下ろされ、鞘に収まる。ゆるりと振り返ったラルジュは、当たり前のようにおれとレルヒを捉えた。
「明けましておめでとう。リュエル、今年もよろしく」
「……明けまして、おめでとう。こっちこそ、今年もよろしく」
こんな挨拶をするのも、こそばゆいものである。
「案内中かい?」
「あなたの鍛練を見に来たのですよ」
レルヒはのほほんと落とす。
「俺の? ……君の案かな」
糸目から視線を受け、スッと目をそらす。素直に頷くのはなんだか恥ずかしい。
「剣に興味があるのかい? それとも、俺に?」
「、ちげえ!」
後半、やたらといい声で言うので、おれは躍起になって返した。ふと目をやると、ゆったりやって来たラルジュが持っていた剣はシンプルで。
「それ、本物か?」
武道大会では、練習用の剣を使っていたようだが。
「本物だよ。斬れば人を殺せる」
ラルジュはシュラッと剣を鞘から抜いて見せた。鈍色に光るそれ。ラルジュが妙な言い方をしたせいで、ひどく物騒に見える。
「本物の扱いに慣れていないと、いざというとき役に立たないからね」
「カムナギって、そんなに危ないことあるのか?」
“ウタ紡ぎ” の現場へ向かう途中で襲撃されたことがあるが、あれはおれが勝手に “ウタ紡ぎ” として活動していたからで。カムナギになれば、そのような事もないと思っていた。
「どうだろうね」
ラルジュは素っ気なく返すと、慣れた手つきで剣を収めて脇に挿す。
「リュエル、そろそろ勉強に移りましょう。まずは課題を終わらせましょうかね」
こうして、学び舎にいるときの休日と変わらないような生活が始まった。
「はかどってるかい?」
「ええ、いい調子です。ここらで一休憩としましょう」
おやつの時間。鍛練に励んでいたラルジュがやって来ると、レルヒは嬉々として部屋から出ていった。そうしてすぐに、紅茶セットの乗ったカートを押して戻る。
おれはうんと伸びをし、母に持たされたクッキーを取りだした。
「これ、母さんから」
「あら、こんなにたくさん! ありがとうございます」
レルヒはにこにこしてクッキーを受け取る。
「君の母上のお手製クッキーは美味でした。またいただけるとは感激です」
「俺もお店が出せる美味しさだと思ったよ」
舌が肥えているであろう彼らからそんな言葉を引き出すとは。母のクッキー、恐るべし。
「レルヒ、なんだか機嫌がいいね」
クッキー効果も相まってにこにこなレルヒ。ラルジュが眉を上げた。
「リュエルがやる気をもって取り組むようになったので、教える身としても精が出ましてね」
――より教えるのにエネルギーを使うようになったらしく、レルヒはおやつが待ち遠しいくらい腹が減る。
おれはこっそりと息を吐いた。レルヒは空腹になってくると人が変わるのだ。つまらないミスをしたとき「チッ」と聞こえる時もある。初めて聞いたときにはギョッとした。もう一人、誰かいるのかと。
『リュエル、この問題につまずくのは三度目です。ギャニュラの顔も三度まで。そろそろ私もご乱心ですよ』
ギャニュラとは笑顔に見える顔をした動物だ。私もご乱心と言いつつ、ピーヒャラ乱心している腹を笑顔で抑えるレルヒに、頬がヒクリとした。
おやつの時間が終われば、また勉強。
「カムナギの試験までに、一通り覚えなくてはなりませんからね」
以前、どんどんどんどんと言っていただけあり、レルヒはどんどん新たな聖紋を覚えさせようとする。
「なんかつい最近、似たようなのを見たような…」
「あちらは豊穣の頃に紡ぐもの、こちらは草花が芽吹く頃に紡ぐものです」
覚える聖紋が増えるにつれて、こんなのがぽつぽつ出てきた。
「これに似たものはまだありますよ。もう少し複雑ですけどね」
おれは渋い顔をしてしまう。
「この辺りで教科書の四分の一といったところでしょうか。この長期休暇中に、半分はいきたいところです」
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