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第三章 冬の休暇、別荘合宿
九
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晩御飯は、のびのびとしたダイニングにて。
学び舎にいるときのようなしっかりした晩御飯だ。それはおれのイメージするところの家庭料理とはかけ離れていた。住む世界の違いを、各所でひしひしと感じるおれである。
「この別荘には、大きな浴場があるのですよ」
晩御飯の後、勉強が一段落するとレルヒが言った。
「どうです? ご一緒に」
「……風呂を一緒に?」
眉をひそめてしまう。
「合宿で、よくあることではないのかい?」
ラルジュが首を傾げるので、おれは息を吐いた。
「合宿なんて、これが初めてだ」
「あら、リュエルも初めてなんですね。それでは初めて同士、裸の付き合いといきましょう」
レルヒはいい笑顔だ。おれは、「誰かと風呂に入るってちょっとな…」という思いを呑み、無言で上機嫌なおかっぱを見上げた。
そして、カポーンと風呂。
「広っ」
石に囲まれた浴槽は、ちょっとしたプールのようだ。中央のモニュメントから噴水のように湯が出ている。
「私たちしかいないので、好きに寛いでくださいね」
男らしく服を脱ぎ去ったレルヒは慣れた様子でかけ湯して、さっさと風呂に浸かっていた。
「ふぃー……極楽極楽…」
「温泉らしいよ」
鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒してラルジュが言う。
「……へえ」
おれは思わず目がいってしまう逞しい身体からそっと視線を外した。その前では頼りなく見える自身の身体つきを考えないようにして、レルヒに続く。
ほど良い熱さの湯は、まろんとして心地好い。見た目はなんの変哲もないお湯なのに、温泉というのは不思議なものだ。
「リュエル、意外と筋肉ありますね」
「そうか?」
ひょろっとしたレルヒよりはあるかもしれないが、ラルジュのように逞しくはない。
「ええ。もっとガリガリかと思ってましたよ」
「つつくなっ」
すすすっと寄ってきたレルヒに腹をツンツンされ、思わず身を捩った。すると今度は後ろから、おもむろに腰を掴まれる。
「この柳腰は色気があっていけない」
ラルジュはまるで薄さを確かめるようにふにふにしてくる。
「、はなせ!」
おれは大きな手を振りきり、彼らから逃れて離れた場所へ行く。これでは身も心もぜんぜん休まらない。
「成長期の少年の体は妙な色気があって困りますね」
「おまえもそうだろう」
「あなたは同い年とは思えませんけど」
「俺は鍛えているからね」
おれは離れた場所で小さく息を吐く。たしかにラルジュの逞しさは、一つしか年齢が違わないとは思えなかった。一年後、自分もそうなっているとはまったく思えない。自分が小さいのか。いや、ラルジュが大きいのだろう。レルヒを見れば明らかだ。
「リュエル、のぼせる前に上がるんですよ」
「、おう」
身体を洗う二人に続く。
「俺が洗ってあげようか」
「っ結構だ!」
やたらいい声で糸目が言うので、睨み付けてしまった。
「賑やかなお風呂も、たまにはいいものですね」
「ぜんぜんよくねえし」
レルヒはおれとラルジュを微笑ましく見守っている。おれはラルジュを警戒しながら頭を洗った。
濡れ髪の三人は仲良くオールバックになっている。
「オールバックも似合いますね」
「……あんたもな」
おでこが出ていると、けっこう印象が違う。レルヒは小綺麗な顔がスッキリ見えて、なんだか色気があった。一方、ラルジュのオールバックはより大人びて見える。
「次の実技試験のときは、オールバックにしてみたらどうだい?」
「ぜってーイヤだ」
ラルジュが楽しげに言うので、絶対するものかと思った。
「色気があっていいと思いますけどね」
「それはあんただろ」
ボソリと溢せば、レルヒは目を瞬く。
「あら、ありがとうございます」
にこりと笑まれ、毒気を抜かれてしまった。
「こうして一糸まとわぬ姿で時をご一緒して、より気心知れた仲になれた気がします」
のんびりと湯船に浸かって、レルヒがほんわり落とす。
「すばらしく健全な裸の付き合いだね」
それが普通だろう。おれはジトリと糸目に目をやった。そこでレルヒがこちらを向く。
「聖界は同性での交際に寛容ですからね。リュエルはやはり、抵抗があったのですか?」
「驚きはしたけど…」
幸せオーラ全開の二人組を廊下で目にしてしまえば、何も言えまい。周りがさして反応していなかったこともあり、ここでは特別なことではないのだと悟った。
「今ではすっかり、君もお熱のようだしね」
糸目がいい笑顔だ。
「おれは、」
『もしそうなら、僕たち、恋人になれると思うんだけど』
おれは赤い顔で言葉に詰まる。
「私たちもまったく抵抗はないので、遠慮なくのろけて結構ですよ」
「愛しい人に会えなくて寂しいというなら、代わりに添い寝してあげるよ」
「いらねえしっ」
あれ、そんな話だっけ? おれは一瞬困惑した。
「君は、そういう話をぜんぜんしませんね」
「……わざわざ言うことじゃねえだろ」
「そういうものでしょうか」
ちょっと残念そうな顔をしたレルヒから、おれはそっと視線を外した。そんな話、恥ずかしくてできたものじゃない、というのが本音である。
「あんたらだってしねえし」
「私には、そういう相手はいませんからね」
しようがないとレルヒは言った。
「俺もそういう相手はいない」
自然に続いたラルジュに、レルヒが小首を傾げる。
「ですが、相当経験があるんじゃないですか?」
「それなりに」
「それに関する噂を聞かないのは流石ですけど」
「そこはきちんとしているからね」
ラルジュは面倒になりそうな相手は選ばないと言う。
「やり手ですね」
おれは心なし、ラルジュから距離を取った。
――夢に向かう道に支障がないならどうでもいい。そんなレルヒは背もたれの石に寄りかかり、上を向いて息を吐く。
「そろそろ上がろう」
「ええ…」
もう少しで逆上せるところだった。レルヒはよいせと湯から出てクラリとなっている。同じく上がろうとしてクラリとなったおれに、目を瞬いていた。
学び舎にいるときのようなしっかりした晩御飯だ。それはおれのイメージするところの家庭料理とはかけ離れていた。住む世界の違いを、各所でひしひしと感じるおれである。
「この別荘には、大きな浴場があるのですよ」
晩御飯の後、勉強が一段落するとレルヒが言った。
「どうです? ご一緒に」
「……風呂を一緒に?」
眉をひそめてしまう。
「合宿で、よくあることではないのかい?」
ラルジュが首を傾げるので、おれは息を吐いた。
「合宿なんて、これが初めてだ」
「あら、リュエルも初めてなんですね。それでは初めて同士、裸の付き合いといきましょう」
レルヒはいい笑顔だ。おれは、「誰かと風呂に入るってちょっとな…」という思いを呑み、無言で上機嫌なおかっぱを見上げた。
そして、カポーンと風呂。
「広っ」
石に囲まれた浴槽は、ちょっとしたプールのようだ。中央のモニュメントから噴水のように湯が出ている。
「私たちしかいないので、好きに寛いでくださいね」
男らしく服を脱ぎ去ったレルヒは慣れた様子でかけ湯して、さっさと風呂に浸かっていた。
「ふぃー……極楽極楽…」
「温泉らしいよ」
鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒してラルジュが言う。
「……へえ」
おれは思わず目がいってしまう逞しい身体からそっと視線を外した。その前では頼りなく見える自身の身体つきを考えないようにして、レルヒに続く。
ほど良い熱さの湯は、まろんとして心地好い。見た目はなんの変哲もないお湯なのに、温泉というのは不思議なものだ。
「リュエル、意外と筋肉ありますね」
「そうか?」
ひょろっとしたレルヒよりはあるかもしれないが、ラルジュのように逞しくはない。
「ええ。もっとガリガリかと思ってましたよ」
「つつくなっ」
すすすっと寄ってきたレルヒに腹をツンツンされ、思わず身を捩った。すると今度は後ろから、おもむろに腰を掴まれる。
「この柳腰は色気があっていけない」
ラルジュはまるで薄さを確かめるようにふにふにしてくる。
「、はなせ!」
おれは大きな手を振りきり、彼らから逃れて離れた場所へ行く。これでは身も心もぜんぜん休まらない。
「成長期の少年の体は妙な色気があって困りますね」
「おまえもそうだろう」
「あなたは同い年とは思えませんけど」
「俺は鍛えているからね」
おれは離れた場所で小さく息を吐く。たしかにラルジュの逞しさは、一つしか年齢が違わないとは思えなかった。一年後、自分もそうなっているとはまったく思えない。自分が小さいのか。いや、ラルジュが大きいのだろう。レルヒを見れば明らかだ。
「リュエル、のぼせる前に上がるんですよ」
「、おう」
身体を洗う二人に続く。
「俺が洗ってあげようか」
「っ結構だ!」
やたらいい声で糸目が言うので、睨み付けてしまった。
「賑やかなお風呂も、たまにはいいものですね」
「ぜんぜんよくねえし」
レルヒはおれとラルジュを微笑ましく見守っている。おれはラルジュを警戒しながら頭を洗った。
濡れ髪の三人は仲良くオールバックになっている。
「オールバックも似合いますね」
「……あんたもな」
おでこが出ていると、けっこう印象が違う。レルヒは小綺麗な顔がスッキリ見えて、なんだか色気があった。一方、ラルジュのオールバックはより大人びて見える。
「次の実技試験のときは、オールバックにしてみたらどうだい?」
「ぜってーイヤだ」
ラルジュが楽しげに言うので、絶対するものかと思った。
「色気があっていいと思いますけどね」
「それはあんただろ」
ボソリと溢せば、レルヒは目を瞬く。
「あら、ありがとうございます」
にこりと笑まれ、毒気を抜かれてしまった。
「こうして一糸まとわぬ姿で時をご一緒して、より気心知れた仲になれた気がします」
のんびりと湯船に浸かって、レルヒがほんわり落とす。
「すばらしく健全な裸の付き合いだね」
それが普通だろう。おれはジトリと糸目に目をやった。そこでレルヒがこちらを向く。
「聖界は同性での交際に寛容ですからね。リュエルはやはり、抵抗があったのですか?」
「驚きはしたけど…」
幸せオーラ全開の二人組を廊下で目にしてしまえば、何も言えまい。周りがさして反応していなかったこともあり、ここでは特別なことではないのだと悟った。
「今ではすっかり、君もお熱のようだしね」
糸目がいい笑顔だ。
「おれは、」
『もしそうなら、僕たち、恋人になれると思うんだけど』
おれは赤い顔で言葉に詰まる。
「私たちもまったく抵抗はないので、遠慮なくのろけて結構ですよ」
「愛しい人に会えなくて寂しいというなら、代わりに添い寝してあげるよ」
「いらねえしっ」
あれ、そんな話だっけ? おれは一瞬困惑した。
「君は、そういう話をぜんぜんしませんね」
「……わざわざ言うことじゃねえだろ」
「そういうものでしょうか」
ちょっと残念そうな顔をしたレルヒから、おれはそっと視線を外した。そんな話、恥ずかしくてできたものじゃない、というのが本音である。
「あんたらだってしねえし」
「私には、そういう相手はいませんからね」
しようがないとレルヒは言った。
「俺もそういう相手はいない」
自然に続いたラルジュに、レルヒが小首を傾げる。
「ですが、相当経験があるんじゃないですか?」
「それなりに」
「それに関する噂を聞かないのは流石ですけど」
「そこはきちんとしているからね」
ラルジュは面倒になりそうな相手は選ばないと言う。
「やり手ですね」
おれは心なし、ラルジュから距離を取った。
――夢に向かう道に支障がないならどうでもいい。そんなレルヒは背もたれの石に寄りかかり、上を向いて息を吐く。
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