美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第三章 冬の休暇、別荘合宿

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 風呂上がり。おもむろにレルヒが 「合宿では、寝る前に枕投げという儀式をするのだと聞いたことがあります」 と言い、どこからか大量の枕を用意してきて、大枕投げ合戦になった。

「ラルジュ、あなたは両手投げ禁止です!」
「そんなハンデでいいのかい?」
「ぐふっ」

 ポイッと飛んできた枕を顔面キャッチし、背中からベッドへ沈むレルヒ。

「、」

 ふかふかの枕が当たったら痛そうに見えたミラクル。おれは死ぬ気で避けた。

「枕はなかなかスピードが出ないね」

 ラルジュはギリギリで飛んできた枕を避けたおれに肩をすくめる。

「そのスピードは枕じゃねえから!」

 ラルジュが持つとなんでも凶器になりそうだ。レルヒは無事か。ああ、顔面を押さえて起き上がっている。

「ラルジュ…。やってくれますね。リュエル、こうなれば二対一でやりましょう。無論、私たちの敵はラルジュです」
「やれるものならやってごらん」
「ええ、やってやりますとも! ホイヤー!!」

 レルヒは謎の掛け声とともに枕を投げまくる。

「、おいっ」
「すみませんねリュエルっ私、コントロールが苦手でっ」

 たまにラルジュに届かなかったりするし、あげく、こちらへ飛んできたりした。

「君の本気はその程度かい?」
「ええそうですよ! 私、全力ですから!」

 その時ふと、余裕なラルジュがこちらを向いた。

「君も遠慮なく投げていいんだよ」
「、っ」

 開眼ラルジュがあまりにも恐ろしく、夢中で枕を投げる。

「はっはっはっ当たらないぞ」

 ラルジュは枕を片手間枕で弾きながら笑った。何かが乗り移ったかのように人が変わっている。

「そろそろ、こちらから仕掛けていいかな?」

 三秒後、レルヒとおれは見事に背中からベッドへ沈んだ。


 おれは一人になった部屋で息を吐く。風呂に入ったのに、また汗をかいた気がする。なんてハードなんだ枕投げ。合宿は寝る前まで大変だ。

(これならグッスリ眠れそうだけど)

 寝る体勢になろうとしたとき、不意にドアをノックする音がした。何か伝え忘れたことでもあるのだろうか。おれはベッドから降りてドアへ向かう。
 ラルジュかレルヒか。ここはレルヒの家の別荘だから、レルヒの方かな。そう当たりをつけて開いたところ、

「明けましておめでとう。合宿は楽しんでるかい? リュエル」

 まさかのアルシャだった。

「なんで、……明けましておめでとう」

 唖然と目を見開く。

「もっと嬉しそうな顔が見れると思ったのに。リュエルは僕に会いたいなんて、さらさら思ってなかったみたいだね」

 そう言って、アルシャは目を細めて腰に手を当てた。

「いや、まず会えると思わねぇし」

 おれはおどおどと応え、そっぽを向く。嬉しくないはずがない。ただ驚きの方が大きかっただけだ。

「ふぅん?」

 アルシャはぐっと顔を寄せてきた。おれは熱くなった耳を感じつつ、必死でクールに装う。
 不意に、アルシャがふっと笑った。

「なんてね。もう寝るところだったのかい?」
「……ああ」

 おれはすでに寝間着だったため、制服姿のアルシャを前に居心地の悪さを感じて視線をさ迷わせてしまった。そこで髪を撫でられ、落とされたキス。

「おやすみ」

 顔を上げると、アルシャは優しい微笑みを浮かべていた。おれはキョトンとしてしまう。

「……おやすみ」

 あれ、何か用があったんじゃないのか。いや、そもそも何故にアルシャがここにいるのだろう。レルヒの兄の眼鏡と親しいようなので、いてもおかしくはないが――。悶々としているおれを残して、アルシャはゆったりと去ってゆく。
 薄闇に姿が消えるまで、おれはその後ろ姿をぼぅっと見ていた。


「兄上たちがこんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした」
「予定が一つなくなってな」

 お茶会三人組を加えた朝食。新年の挨拶から始まり、穏やかな空気となっている。昨夜のアルシャはゆめではなかった。おれはぼんやりと手を動かす。彼らもやはり私服で、なんだか不思議な気分になった。

「―――それで、リュエルはどなたと同じ部屋がいいですか?」
「……あ?」

 しまった、聞いていなかった。

「ですから、オルキさんがいらしてベッドが足りなくなったのですよ」

 オルキデは今朝ここへ来たばかりなのだと言う。

「俺が同じ部屋になろうか」

 糸目がいい笑顔だ。ラルジュと同じ部屋…、果たして休めるだろうか。

「僕がいいだろ? リュエル」

 次いでアルシャに甘い笑みを向けられ固まる。アルシャと二人きりで夜を明かす。考えたら落ち着かない気分になった。
 アルシャとラルジュ。どちらにしろ、休める気がしない。返事ができないでいるおれに、レルヒが小首を傾げる。

「でしたら、私がご一緒しましょうか」

 レルヒがいた。レルヒと同室なら気楽に休める気がする。頷こうとしたとき、オルキデが口を開いた。

「そしたら他の部屋はどうなるんだ? ジャンケンで決めるか?」
「私はあなたと同じ部屋になれたら一番ですが」
「そりゃまぁ、オレもそうだけど…。アルシャとラルジュが同室ってのは変な感じだし」

 おれがレルヒを取ってしまったら、誰がラルジュと相部屋になっても変な感じだ。

「俺はどなたでも結構ですよ」
「君と同室ねぇ…。彼らを思えば、そうするべきか」

 アルシャは椅子の腕置きに肘を付く。その手に顎を乗せ、目を細めた。食事を終えたので、テーブルマナーをポイしたのだろう。アルシャは意外と自由だ。
 ところで、どうしてカイトとオルキデを同じ部屋にしたいのだろうか。

「二人は付き合ってるんだよ」

 心を読んだようにアルシャが答えた。おれは目を丸くする。

「もう長いからね。初々しさのカケラもない」
「そんなことを言いますがアルシャ、四六時中、近くでイチャイチャされたら嫌でしょう」

 カイトがカチリと眼鏡を上げる。

「意外と見ていて楽しいかも?」
「絶対、うざって思うぞ。ってか、おまえはそんな顔してたからな」
「そうだったかい?」

 ――うざったいというか、自分が邪魔だろうなとは思っていたアルシャである。アルシャは肩をすくめて食後のお茶をいただく。そういえば、ウブな反応をするオルキデは可愛かった。なんて懐かしい。

「それではジャンケンしてみましょうか。同じのを出した者と相部屋になるということで」

 カイトが音頭を取ってジャンケンが始まりそうになったとき、おれはガタリと立ち上がっていた。

「おれ、アルシャと相部屋……って、ことで…」

 自分がアルシャと同室になれば、カイトはオルキデと、ラルジュはレルヒと同室になればいい。勢い任せに出た言葉は徐々に小さくなった。

「気を使わなくていいんですよ」
「そうだぜ、リュエル」
「「本当にいいのかい?」」

 最後の言葉を見事にハモったラルジュとアルシャ。微妙な沈黙が落ちる。二人とも、空々しく「何もなかった」と言わんばかりの顔だ。それが妙で、おれはつい笑ってしまった。


「っいや、べつに」

 ――言いながらくつくつ笑うリュエルを五人は凝視する。こんなに笑う姿を見たのは初めてだ。ラルジュも紫目で開眼している。

「あー、それじゃ、リュエルとアルシャが同室でいいんだな?」

 オルキデが場を繕うように言った。ここで周りの妙な反応にひねてリュエルが笑わなくなってしまったらもったいない。

「おう」

 笑いを収めたリュエルが頷いて、和やかなムードで終わった朝だった。


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