美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第三章 冬の休暇、別荘合宿

十四

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 〇*〇*〇
 

 ~~ニェタェ~カャパ゙ ヌェスメ~シ゚~~

 おれはアルシャの前で紡ぐ。
 初めて見てもらったときの落ち着かない気分はどこへやら。今はずいぶんリラックスしている。アルシャがゆったりと椅子に腰かけて自然体でいるので、妙に気負うことなく紡げるのかもしれない。

「これも合ってるよ。こんなに次々新しいのを習って、頭に入るのかい?」
「あやしいのもあるけど…」

 日々、スパルタなレルヒに着いていくのがやっとだ。おれの苦手をすっかり頭に入れている彼は、突かれると痛いところをよく問題に出してくる。間違えるたび、見下すような目が徐々に蔑むようになるのが胸にチクチクきた。残念ながら、おれはそれを悦ぶマゾヒストではないので、切実に勘弁していただきたい。

「レルヒって、優しそうだけどな」

 アルシャが小首を傾げる。

「特に腹がへるとスパルタになるんだ」

 おれが顔をしかめると、アルシャは笑った。
 
「僕の知る姿からは想像できないよ」

 ――アルシャの知るレルヒは、子犬のようにカイトに懐いていた。スパルタなど縁遠い。まぁしかし、あのカイトの弟、と純粋に思えば納得してしまうのだが。

「アルシャはカイトから教わったのか?」

 実家でのお茶会でオルキデと話しているときに “カイトさん” と言ったら、「カイトで結構ですよ、リュエル」と有無を言わさぬ微笑で言われたおれである。ちなみにオルキデからは、オルキでいいと言われた。

「小さな頃から家庭教師がいて、その人に教わったんだ」

 アルシャは肩をすくめる。

「カムナギになるのが義務みたいな家柄だからね」
「へえ」

 アルシャには本物の家庭教師がいたわけだ。やはり貴族は違うなと思う。

「さすがに嫌になることもあったよ。勉強勉強で、ろくに遊ぶ時間もなかったんだ。それでも僕は、学び舎に通わせてもらえたし。ルーマ家の人間としてはだいぶ自由さ」
「……学び舎って、通いたいものなのか?」

 おれが眉をひそめると、アルシャはふっと笑った。

「家にこもりっきりで大人に囲まれて、同年代の友人もいない。そんなの御免だろ?」

 たしかにそれは窮屈そうだ。

「ルーマの血筋は重要だからって、長らくルーマ家の子はそんな生活を強いられていたらしいんだ。父もそうだったようで、古いしきたりをなくそうと、奮闘してくれている。結婚についてもそうさ」

 おれは気になって口を開いた。

「アルシャも、なんか決まってるのか?」

 するとアルシャはクスリと笑う。

「僕は長子じゃないからね。父のおかげで許嫁もいない」
「長子じゃない…?」
「姉がいるんだ。もうじき結婚するよ」

 ――父の計らいで早くから定められた相手に会っていたアルシャ姉。すっかり恋をしてしまった。

「相手はランザームのお兄さんだよ」
「、ランザームの!?」

 驚いて目を丸くする。

「あの家は武術に優れているんだけどね、彼の人にはウタの才があったんだ」

 丈夫な子が産まれそうだということで、決まったらしい。

「恋愛感情を抱いた相手と一緒になる。そんな当たり前が、ようやく僕たちもできるようになってきた」

 それが許されなくて、かつてフラム家は聖界を追い出されたのだ。
 おれはおもむろに口を開く。

「なんでおれ、推薦状もらえたんだ?」

 アシャムス・ルーマ。その人に、おれは会ったことすらない。

「僕が頼んだんだ。父は僕にぞっこんだからね。大抵のお願いは叶えてくれるよ」
「へえ…」

 ニコリと笑って言うので、頬がヒクリとした。おれは気を取り直してアルシャを捉える。やっぱり面と向かって言うには恥ずかしく、睫毛を伏せてしまったが。

「……ありがとう」

 それでも、しっかり伝えたいという思いから、無意識のうちにアルシャの服の裾を掴んでいた。
 返事がないため、そろりとアルシャの顔を窺う。不意に抱き締められて、思わず目を見開いた。ほのかに匂ったシトラスのような香り。この別荘に常備されている石鹸の匂いだ。

「僕の理性を試してるのかい?」
「っ、」

 耳に触れた唇に囁かれてドキリとする。

「アルシャ、」

 顔を上げれば重なる唇。湧き上がる感情を抑えようとしているのが伝わってくる。

「僕はずっと、君が、ここへ来るのを待っていたんだ」

 キスの合間に紡がれる声色はどこか切なく、胸が苦しくなった。

「君のウタを、聞いたときから」

 初めて会った小さな頃から、アルシャはおれを思ってくれていた?

「ずっと」

 おれがすっかりカムナギという存在を頭から追い出していたときも、ずっとアルシャは――。
 湧き上がった思いに耐えきれず、アルシャの首に腕を回して抱きついた。背中に添えられていただけの手に抱き寄せられてアルシャの膝へ。自分の方が上にいるのが新鮮だ。

「好きだよ、リュエル。この気持ちは、言葉では言い尽くせない」
「っおれもだ」

 身体中が湧き立つような感動に震えている。おれは美麗な顔をじっと見下ろし、その頬を両手で包んだ。
 美しい群青色の瞳がおれを映して煌めいている。胸の奥に感じた静かな感動。その感覚を逃さないように目蓋を閉じて、艶やかな唇にそっと口付けた。


「リュエル、休憩は終わりです。さぁ、シャッキリしてください」

 アルシャが去ってレルヒが来て、またお馴染みの勉強タイムが始まる。

「寝る前も熱心に復習しているようですね。アルシャさんから聞きましたよ」

 レルヒは上機嫌で言い、復習用のお手製問題用紙をすっと机に置いた。

「さぁ、始めてください」

 おれは短く息を吐き、目の前の問題に意識を集中させた。


 あっという間に晩飯の時間になって、レルヒとダイニングへ。
 テーブルに着けば、すぐに料理が出てくる。おれは悶々と口を動かした。昼間の逢瀬がもんやり浮かんで、もっとアルシャに触れたい、触れてほしいという気持ちが湧いていた。

「リュエル、どうかしたんですか?」
「、いや」
「疲れているなら、今日は早めに休んでくださいね」

 レルヒの微笑みに、なんだか含みのある圧を感じるのだが。おれはかすかに身体を引いて、そっとレルヒから視線を外した。
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