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終章 余寒、運命の後期
十一
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ゆっくりと解かれた抱擁。自然に見つめ合い、唇が重なった。遊ぶように何度も啄むようなキスをする。
「たまには、こういうのもいいかもね」
アルシャはクスリと笑った。いつもよりゆっくりと時間が流れているようだ。
「今日はうんと優しくしたい気分なんだ」
――この今を大切にしたい。次はいつ、こうして落ち着いた気持ちで会えるかわからないから。
おれもアルシャの思いを感じ取り、身を寄せる。
「好きだよリュエル…」
ときおり囁くように落とされる甘い声に、胸がジンとした。腰に回された手は包み込むように優しい。大切に大切にされているようで、気恥かしくてムズムズする。
音のない空間。
満たされた感覚で、ただお互いの体温を感じていた。
「リュエル…。君と出会えたこと、僕は本当に幸運に思うよ」
微睡みの向こうから聞こえたアルシャの声。あんまり優しくて切なくなる。
「これも運命だったのかもね」
アルシャはおれを強く抱きしめ、髪に顔を埋めて小さく落とした。
「僕は今、スゴく幸せだ。だからきっと、ずっと幸せだな。ずっとずっと幸せだ」
まるでおれがそのことを忘れないように繰り返しているようだ。おれは無意識のうちに、抱き締めてくる腕を強く掴んでいた。
「僕は今が好きだよ。カムナギになるとよくわかる。世界は光で満ちていて、とっても美しいんだ」
どうして胸が痛むのだろう。
「とても愛しいんだ」
それは泣きたくなるような声だった。
シャワーを浴びて、サッパリスッキリ。
アルシャの提案で風呂に浸かることになり、おれたちは今、バスタブにいる。地味に狭い。
「いつかカイトがバスソルトをくれてね。ようやく使う日が来たよ」
林檎色の水面を揺らし、アルシャはひょいと眉を上げた。浴室はどこか夢心地になるような香りで満たされている。
それにしても、アルシャはどうして風呂に入ろうなんて言い出したのだろう。まるでおれの心を読んだかのように、アルシャが口を開く。
「別荘にいたとき、一度くらい一緒に入ればよかったと思って」
どうやらそれが心残りだったらしい。
「思いが叶って満足さ」
窮屈そうに身体を捻って口にする顔は、大満足といったふうではない。あの別荘の大きな浴槽を思えば、それもそうだろう。
微妙な顔をしたおれから視線を外し、アルシャはバスタブの縁に組んだ腕を預ける。そうしておもむろに紡ぎ始めた。
~~ホィス~ホィス テェシ゚ゼェ~プキフゥ~~
なんだか間の抜けた音調で、一気に脱力する。こちらを向いて、アルシャがくつくつ笑った。
「のんびり湯に浸かるには最高のウタだろ?」
そうかもしれないが。ルーマ家に伝わるものだろうか。いい声の無駄遣いと思うくらいおかしなウタだった。こんなウタもあるのだなぁと、妙に感心してしまう。
そんなおれに、アルシャはさらりと言った。
「ま、僕が勝手に作ったんだけどね」
(え、)
ギョッとしてアルシャを見詰める。
「いいウタだったろう?」
いい笑顔だ。頬がヒクリと動いてしまう。おれは新たに知ったアルシャの一面を、なんとか受け止めたのだった。
ベッドへ入れば、当たり前のように温かな腕に抱かれる。その心地好さに、おれは早くも眠くなってきた。
そんなときに、ふと。
「産まれてきてくれてありがとう」
空気を揺らした声に意識が連れ戻される。
「ここまで来てくれて」
ありがとう。
アルシャは包み込むようにおれを抱きしめたまま、穏やかに落とす。深い声には、様々な感情が込められているようだった。
~~ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~ ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~~
ああ、これは子守唄。どうやらルーマ家にも伝わっていたらしい。リズムは異なるが、中身は母が聞かせてくれたものと同じだ。かすかな胸のざわめきは、美しいウタに浚われた。
―――…
緑の中、いつもの場所で一人、ウタを紡いでいた。
「ウタが好きなんだ?」
いつの間にか隣に子どもが並んで座っている。
美しい群青色の瞳が好奇心に煌めいた。きっと彼も、ウタが好きなのだ。
「うん」
おれはこくりと頷く。
すると彼は嬉しそうに笑い、思いついたような顔をする。
「ね、これ知ってる?」
~~ノィエ゙ン~ビェナ゙~ ヘォフ カャパ~テェシ゜ニェ~タェ~~
知っているけれど、知らないリズムだ。おれは小首を傾げ、続きを紡ぐ。
~~ォスクェ~シ゚~ ヌェスボァ~エリ セゥオズァ~メシ゚~~
途中から彼も一緒に紡ぎ始めると、えもいわれぬハーモニーに包まれた。
ランランとした鮮やかな群青色を見つめて紡ぐおれは、彼と同じように目を輝かせているに違いない。そうして美しい調べを紡ぎ続けた。
楽しくて身体中がワクワク振動しているようだ。
光輝くその場所で、いつまでも二人、ウタを紡いでいた。
目蓋を開ける。横へ顔を向けると、美麗な顔がすぐそこにあった。金色の睫毛は閉じられたまま。
(ずいぶん寝た気がする)
なんだかとてもいい気分だ。そうだ、ゆめでウタを紡げたからかもしれない。
(もう一人、誰かいた)
アルシャだろうか。自分も彼も小さな子どもだった。一緒に紡ぐのが楽しくて、嬉しくて、ずっと紡いでいた。
ふと金色の睫毛が震え、ぼんやり眼が覗く。
“おはよう”
「……おはよう。んー…、先を越されたか」
アルシャは寝転んだまま気だるげに伸びをする。それから、目を瞬くおれに愚痴るようにこぼした。
「君の寝顔が見たいと思ってたのに」
“……見なくていい”
「そうはいかない。この生活の中では貴重だからね」
布団に肘をついて顔を乗せ、アルシャは続ける。
「君の寝顔は癒し効果抜群だ。いつも思わず襲いたくなるよ」
癒された人間はそんな衝動浮かばないと思う。
おれの内心を読んだかのように、アルシャが口を開く。
「それだけ愛しいってことさ」
なんだかよくわからないけれど、優しい微笑みで言われると、なんだってどうでもよくなってしまうおれである。
「たまには、こういうのもいいかもね」
アルシャはクスリと笑った。いつもよりゆっくりと時間が流れているようだ。
「今日はうんと優しくしたい気分なんだ」
――この今を大切にしたい。次はいつ、こうして落ち着いた気持ちで会えるかわからないから。
おれもアルシャの思いを感じ取り、身を寄せる。
「好きだよリュエル…」
ときおり囁くように落とされる甘い声に、胸がジンとした。腰に回された手は包み込むように優しい。大切に大切にされているようで、気恥かしくてムズムズする。
音のない空間。
満たされた感覚で、ただお互いの体温を感じていた。
「リュエル…。君と出会えたこと、僕は本当に幸運に思うよ」
微睡みの向こうから聞こえたアルシャの声。あんまり優しくて切なくなる。
「これも運命だったのかもね」
アルシャはおれを強く抱きしめ、髪に顔を埋めて小さく落とした。
「僕は今、スゴく幸せだ。だからきっと、ずっと幸せだな。ずっとずっと幸せだ」
まるでおれがそのことを忘れないように繰り返しているようだ。おれは無意識のうちに、抱き締めてくる腕を強く掴んでいた。
「僕は今が好きだよ。カムナギになるとよくわかる。世界は光で満ちていて、とっても美しいんだ」
どうして胸が痛むのだろう。
「とても愛しいんだ」
それは泣きたくなるような声だった。
シャワーを浴びて、サッパリスッキリ。
アルシャの提案で風呂に浸かることになり、おれたちは今、バスタブにいる。地味に狭い。
「いつかカイトがバスソルトをくれてね。ようやく使う日が来たよ」
林檎色の水面を揺らし、アルシャはひょいと眉を上げた。浴室はどこか夢心地になるような香りで満たされている。
それにしても、アルシャはどうして風呂に入ろうなんて言い出したのだろう。まるでおれの心を読んだかのように、アルシャが口を開く。
「別荘にいたとき、一度くらい一緒に入ればよかったと思って」
どうやらそれが心残りだったらしい。
「思いが叶って満足さ」
窮屈そうに身体を捻って口にする顔は、大満足といったふうではない。あの別荘の大きな浴槽を思えば、それもそうだろう。
微妙な顔をしたおれから視線を外し、アルシャはバスタブの縁に組んだ腕を預ける。そうしておもむろに紡ぎ始めた。
~~ホィス~ホィス テェシ゚ゼェ~プキフゥ~~
なんだか間の抜けた音調で、一気に脱力する。こちらを向いて、アルシャがくつくつ笑った。
「のんびり湯に浸かるには最高のウタだろ?」
そうかもしれないが。ルーマ家に伝わるものだろうか。いい声の無駄遣いと思うくらいおかしなウタだった。こんなウタもあるのだなぁと、妙に感心してしまう。
そんなおれに、アルシャはさらりと言った。
「ま、僕が勝手に作ったんだけどね」
(え、)
ギョッとしてアルシャを見詰める。
「いいウタだったろう?」
いい笑顔だ。頬がヒクリと動いてしまう。おれは新たに知ったアルシャの一面を、なんとか受け止めたのだった。
ベッドへ入れば、当たり前のように温かな腕に抱かれる。その心地好さに、おれは早くも眠くなってきた。
そんなときに、ふと。
「産まれてきてくれてありがとう」
空気を揺らした声に意識が連れ戻される。
「ここまで来てくれて」
ありがとう。
アルシャは包み込むようにおれを抱きしめたまま、穏やかに落とす。深い声には、様々な感情が込められているようだった。
~~ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~ ミォフェ~ハタィ~ナォエロ~~
ああ、これは子守唄。どうやらルーマ家にも伝わっていたらしい。リズムは異なるが、中身は母が聞かせてくれたものと同じだ。かすかな胸のざわめきは、美しいウタに浚われた。
―――…
緑の中、いつもの場所で一人、ウタを紡いでいた。
「ウタが好きなんだ?」
いつの間にか隣に子どもが並んで座っている。
美しい群青色の瞳が好奇心に煌めいた。きっと彼も、ウタが好きなのだ。
「うん」
おれはこくりと頷く。
すると彼は嬉しそうに笑い、思いついたような顔をする。
「ね、これ知ってる?」
~~ノィエ゙ン~ビェナ゙~ ヘォフ カャパ~テェシ゜ニェ~タェ~~
知っているけれど、知らないリズムだ。おれは小首を傾げ、続きを紡ぐ。
~~ォスクェ~シ゚~ ヌェスボァ~エリ セゥオズァ~メシ゚~~
途中から彼も一緒に紡ぎ始めると、えもいわれぬハーモニーに包まれた。
ランランとした鮮やかな群青色を見つめて紡ぐおれは、彼と同じように目を輝かせているに違いない。そうして美しい調べを紡ぎ続けた。
楽しくて身体中がワクワク振動しているようだ。
光輝くその場所で、いつまでも二人、ウタを紡いでいた。
目蓋を開ける。横へ顔を向けると、美麗な顔がすぐそこにあった。金色の睫毛は閉じられたまま。
(ずいぶん寝た気がする)
なんだかとてもいい気分だ。そうだ、ゆめでウタを紡げたからかもしれない。
(もう一人、誰かいた)
アルシャだろうか。自分も彼も小さな子どもだった。一緒に紡ぐのが楽しくて、嬉しくて、ずっと紡いでいた。
ふと金色の睫毛が震え、ぼんやり眼が覗く。
“おはよう”
「……おはよう。んー…、先を越されたか」
アルシャは寝転んだまま気だるげに伸びをする。それから、目を瞬くおれに愚痴るようにこぼした。
「君の寝顔が見たいと思ってたのに」
“……見なくていい”
「そうはいかない。この生活の中では貴重だからね」
布団に肘をついて顔を乗せ、アルシャは続ける。
「君の寝顔は癒し効果抜群だ。いつも思わず襲いたくなるよ」
癒された人間はそんな衝動浮かばないと思う。
おれの内心を読んだかのように、アルシャが口を開く。
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なんだかよくわからないけれど、優しい微笑みで言われると、なんだってどうでもよくなってしまうおれである。
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