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終章 余寒、運命の後期
二十一
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前の方に佇んでいたアルシャが振り返る。群青色の瞳がおれを捉えると、柔らかく微笑んだ。
「リュエル、来てくれて嬉しいよ」
ゆっくりと足を進ませる。
「……今日のこと、いつからわかってたんだ」
「昨年の今時期には予感があった。確信したのは、もっと後だけどね」
手が届きそうな距離まで来て、立ち止まる。
ダンスパーティーで流れているであろう曲がかすかに響いていた。アルシャはその音楽に耳を傾け、悪戯に言う。
「知ってたかい? 最後のダンスを聖堂で踊ると結ばれる」
「は、」
「同性同士の結婚も認められているからね。まぁ、同性のカムナギ同士となると、僕は聞いたことがないけれど」
(結婚!?)
想像の斜め上をいく話に困惑してしまう。
アルシャはクスリと笑って手を差し伸べた。おれは無言でその手を取る。ダンスなんて知らない。アルシャがリードするように動くので、それに任せた。
「君も一緒に連れ去ってしまいたいって、思ったときもあったんだ」
回る世界で、かすかに目を丸くしてしまった。
「君は、そんなことは少しも考えなかったみたいだね」
「……あんたはもう、覚悟を決めていて、だからおれも覚悟を決めなきゃって」
するとアルシャはふっと笑った。
「だから僕は、君こそ聖華に相応しいと思うんだ。僕はそんなに高潔な人間じゃない。頭の中は私念でいっぱいだよ」
「……そうなのか」
「そうとも。本当は、ずっと君の傍にありたい。君はみんなに好かれるだろう。それは素晴らしいことなのに、嫉妬してしまうんだ。僕の知らない君を、知ることができる人たちにね」
おれは眉尻を下げてしまう。
「おれは、あんたが選んだ世界を、あんたみたいに感じた。そのために生きようと思ったんだ」
今度目を丸くしたのはアルシャの方だった。まるで降参とでもいうように、くしゃりと笑う。
「……君の恋人になれて、僕は本当に幸せだ」
「おれだって、こんな気持ち、あんたじゃなきゃ知らなかった」
アルシャの顔が近づいて、下ろされた金色の睫毛。こつりと額が合わさる。
「リュエル、君は素晴らしいカムナギになる」
「おれはずっと、あんたと一緒だ」
いつの間にか曲が終わっていた。
抱きしめられてぎゅっと目を閉じる。アルシャの背中に腕を回して、同じくらい強く応えた。この温もりをいつまでも感じていたい――。
「リュエル……僕の愛しい我が君」
頬を包まれ、顔中に降ってきたキスに涙を浚われる。
「そろそろ時間だ。さぁ、行って」
おれは顔を上げ、最後に口づけを贈る。美しい群青色の瞳を、目に焼き付けるようにじっと映して、さっと踵を返した。
無心で足を動かし、扉の外へ。俯いた顔はまだ上げられない。ラルジュがそっと肩を抱いてくれた。
視界に映った足で、そこにオルキデとカイトもいることに気づく。
少し顔を上げると、レルヒがカイトに抱き着いていた。カイトはそんなレルヒの背中を慰めるように擦りつつ、反対側の手でしっかりとオルキデと手を繋いでいる。オルキデはカイトの肩に額をくっつけ、カイトの腕をぎゅっと掴んでいた。カイトの表情は眼鏡でわからない。誰もが黙って湧き上がる感情と向き合っていた。
そのときである。不意に走り来た人物が、息を整える間もなく言った。
「どうして、審判者が存続を選ぶと、命を落とすのか、ようやくわかった」
ネージュだ。髪を乱し、肩で息をして、荒い呼吸のまま必死に話す。
「ウタに生命エネルギーが、乗るからだ。精靈は、審判者を試すために、命を懸けさせてるんじゃなかった」
「それは、どういう…」
ラルジュが呟く。ネージュはガシリとおれの肩を掴んだ。
「君はフラムだ」
その瞬間、おれの頭に浮かんだ映像――真っ白い世界で、誰かと一緒にいつまでもウタを紡いでいた――。
ハッとして藍白色の瞳を見やる。ネージュが頷いたのを見て、身を翻して扉の取っ手を掴んだ。
「リュエル、」
ラルジュの呼び止めるような声。おれは振り返って言う。
「ちゃんと戻る」
戻れるはずだ。
「誰も命を落とさない」
確信に押されて扉を開き、純白の石の床を走った。聖堂内に人影はない。すでにアルシャはそこにいる。おれは祭壇上の輝く紋様を捉えると、カムナギしか触れてはいけないその場所に、意を決して踏み込んだ。
瞬時に光に包まれる視界。思わず目を閉じる。
目蓋の向こうの光が落ち着いて、目を開けると、光しかない空間にいた。どこからか、アルシャのウタが聞こえてくる。
(この曲…)
おれは走った。光しかない空間なのに、走れるのが変な感じだ。右も左も上も下もわからない空間をただただ走る。どれだけ行ってもアルシャの姿が一向に見えないので、彼の声に重ねるようにウタを紡いだ。
一瞬、途切れそうになったウタ。アルシャにも、おれの声が届いているのだ。
目を閉じてウタに集中し、足を動かした。
こうして紡いでいると、喜びが湧き上がってくる。身体は浮くように軽く心地好い。いつしか歩いていることも忘れて、ウタのハーモニーに夢中になった。
光の中を、どこまでもどこまでもウタの響きが広がっていく。それに同調するように、意識もどこまでも広がっていくようだ。重なるウタと自分の意識だけが、そこにはあった。
まるで悠久の時を漂うような感覚で、ウタが無限に広がっていく。
圧倒的な至福に包まれ、やがて意識がほどけていった。
「リュエル、来てくれて嬉しいよ」
ゆっくりと足を進ませる。
「……今日のこと、いつからわかってたんだ」
「昨年の今時期には予感があった。確信したのは、もっと後だけどね」
手が届きそうな距離まで来て、立ち止まる。
ダンスパーティーで流れているであろう曲がかすかに響いていた。アルシャはその音楽に耳を傾け、悪戯に言う。
「知ってたかい? 最後のダンスを聖堂で踊ると結ばれる」
「は、」
「同性同士の結婚も認められているからね。まぁ、同性のカムナギ同士となると、僕は聞いたことがないけれど」
(結婚!?)
想像の斜め上をいく話に困惑してしまう。
アルシャはクスリと笑って手を差し伸べた。おれは無言でその手を取る。ダンスなんて知らない。アルシャがリードするように動くので、それに任せた。
「君も一緒に連れ去ってしまいたいって、思ったときもあったんだ」
回る世界で、かすかに目を丸くしてしまった。
「君は、そんなことは少しも考えなかったみたいだね」
「……あんたはもう、覚悟を決めていて、だからおれも覚悟を決めなきゃって」
するとアルシャはふっと笑った。
「だから僕は、君こそ聖華に相応しいと思うんだ。僕はそんなに高潔な人間じゃない。頭の中は私念でいっぱいだよ」
「……そうなのか」
「そうとも。本当は、ずっと君の傍にありたい。君はみんなに好かれるだろう。それは素晴らしいことなのに、嫉妬してしまうんだ。僕の知らない君を、知ることができる人たちにね」
おれは眉尻を下げてしまう。
「おれは、あんたが選んだ世界を、あんたみたいに感じた。そのために生きようと思ったんだ」
今度目を丸くしたのはアルシャの方だった。まるで降参とでもいうように、くしゃりと笑う。
「……君の恋人になれて、僕は本当に幸せだ」
「おれだって、こんな気持ち、あんたじゃなきゃ知らなかった」
アルシャの顔が近づいて、下ろされた金色の睫毛。こつりと額が合わさる。
「リュエル、君は素晴らしいカムナギになる」
「おれはずっと、あんたと一緒だ」
いつの間にか曲が終わっていた。
抱きしめられてぎゅっと目を閉じる。アルシャの背中に腕を回して、同じくらい強く応えた。この温もりをいつまでも感じていたい――。
「リュエル……僕の愛しい我が君」
頬を包まれ、顔中に降ってきたキスに涙を浚われる。
「そろそろ時間だ。さぁ、行って」
おれは顔を上げ、最後に口づけを贈る。美しい群青色の瞳を、目に焼き付けるようにじっと映して、さっと踵を返した。
無心で足を動かし、扉の外へ。俯いた顔はまだ上げられない。ラルジュがそっと肩を抱いてくれた。
視界に映った足で、そこにオルキデとカイトもいることに気づく。
少し顔を上げると、レルヒがカイトに抱き着いていた。カイトはそんなレルヒの背中を慰めるように擦りつつ、反対側の手でしっかりとオルキデと手を繋いでいる。オルキデはカイトの肩に額をくっつけ、カイトの腕をぎゅっと掴んでいた。カイトの表情は眼鏡でわからない。誰もが黙って湧き上がる感情と向き合っていた。
そのときである。不意に走り来た人物が、息を整える間もなく言った。
「どうして、審判者が存続を選ぶと、命を落とすのか、ようやくわかった」
ネージュだ。髪を乱し、肩で息をして、荒い呼吸のまま必死に話す。
「ウタに生命エネルギーが、乗るからだ。精靈は、審判者を試すために、命を懸けさせてるんじゃなかった」
「それは、どういう…」
ラルジュが呟く。ネージュはガシリとおれの肩を掴んだ。
「君はフラムだ」
その瞬間、おれの頭に浮かんだ映像――真っ白い世界で、誰かと一緒にいつまでもウタを紡いでいた――。
ハッとして藍白色の瞳を見やる。ネージュが頷いたのを見て、身を翻して扉の取っ手を掴んだ。
「リュエル、」
ラルジュの呼び止めるような声。おれは振り返って言う。
「ちゃんと戻る」
戻れるはずだ。
「誰も命を落とさない」
確信に押されて扉を開き、純白の石の床を走った。聖堂内に人影はない。すでにアルシャはそこにいる。おれは祭壇上の輝く紋様を捉えると、カムナギしか触れてはいけないその場所に、意を決して踏み込んだ。
瞬時に光に包まれる視界。思わず目を閉じる。
目蓋の向こうの光が落ち着いて、目を開けると、光しかない空間にいた。どこからか、アルシャのウタが聞こえてくる。
(この曲…)
おれは走った。光しかない空間なのに、走れるのが変な感じだ。右も左も上も下もわからない空間をただただ走る。どれだけ行ってもアルシャの姿が一向に見えないので、彼の声に重ねるようにウタを紡いだ。
一瞬、途切れそうになったウタ。アルシャにも、おれの声が届いているのだ。
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こうして紡いでいると、喜びが湧き上がってくる。身体は浮くように軽く心地好い。いつしか歩いていることも忘れて、ウタのハーモニーに夢中になった。
光の中を、どこまでもどこまでもウタの響きが広がっていく。それに同調するように、意識もどこまでも広がっていくようだ。重なるウタと自分の意識だけが、そこにはあった。
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