美しい世界を紡ぐウタ

日燈

文字の大きさ
103 / 110
終章 余寒、運命の後期

二十

しおりを挟む
 まるで理想の世界がそこにあるようだった。おれの視界に映る精靈たちの煌めきも、アルシャがウタを紡ぐときのように賑やかで。

(このエネルギー)

 すべてが一つに感じられるような、温かで心地好い感覚。

「リュエル、大丈夫?」
「……ああ」

 おれはグランの向こうから顔を出したメルの声で我に返った。演劇が終わり、周りの生徒たちは盛り上がった様子で椅子から立ち去っている。
 メルとグランは、これから出店を回るつもりだろう。おれはなんだか力が抜けてしまって、立ち上がれそうもない。

「二人で行ってくれ」
「でも…」
「俺たちがここにいるよ」

 そこで当然のように現れたのは、ラルジュとレルヒだった。
 おれは顔だけそちらを向く。どこかで見てるんだろうなと思っていたのだ。

「それじゃあ、行くね」
「おまえも楽しめよ」
「おう」

 メルとグランを見送って、ラルジュとレルヒが隣に座る。

「素晴らしい演目でしたね」
「祝祭の日に相応しい演目だった」

 新たな世界を知ったおれは、ぼんやり呟く。

「ウタだけじゃないんだな」

 人々を感動させ、精靈たちも喜ぶような表現。そこに方法など関係ないのかもしれない。踊ったり、絵を描いたり。自分が好きなツールで表現すれば良いのだろう。
 それをやりたいと思うのは、楽しいから。きっと、そんな純粋な感覚だ。父の陶芸も、その一つかもしれない。
 
「昔の人は、“様々に自分を表現して楽しむのが、生きること” だったに違いありません」
「食糧や資源は森や川などに豊富にあった。仕事という概念もなかっただろうね」
「なんで、変わっちまったんだ?」

 おれは片付けられていく劇場を眺めている。ラルジュとレルヒも、前を向いたままだった。

「……なんででしょうね。一つには、民族大移動が関係しているかもしれません」
「異なる概念を持った人々に感化されたというのはあり得るね」

 自分で振った話だが、なんだかスケールが大きくなっている。おれはかすかに眉根を寄せて口を開いた。

「また、昔みたいに暮らせるようになるのか」
「君が望めば、きっと近づける」

 穏やかな声に睫毛を伏せて、息を吐く。

「アルシャ、まだいるよな」

 アルシャに会いたい。けれど、聖堂で目が合ったとき、アルシャは会う気がないのだろうと思った。アルシャの心を乱すわけにはいかない。だからおれは、会いに行くことができないでいる。

「最後のダンスまで、おられると思いますよ」

 ハッとしてレルヒの方を向いていた。 
 菫色の瞳が、優しく向けられる。

「先ほど、兄上に遭遇しまして。アルシャさんから君への伝言を承りました」

 ――最後のダンスを、僕と踊っていただけますか?
 
「聖堂でお待ちしております、とのことです」

 おれは零れんばかりに目を開いてしまう。
 そこでラルジュが肩をすくめて言った。

「俺も君を誘いたかったんだけどね。今日のところは、彼に譲ろう」

 レルヒが頷いて続ける。

「そろそろダンスパーティーが始まります。最後のダンスは日が暮れた頃になりますから、まだ時間がありますね」

 レルヒは真顔だが、その腹がピーヒャラ主張するので。

「……出店、見て回るか」

 おれは頬がヒクリと動くのを感じながら提案した。

 空の色が変わりつつある。早くも明かりを灯している出店もあった。見かける生徒はそこまで多くない。ダンスパーティーに参加している生徒や、食堂で寛いでいる生徒も多いのだろう。

「あ、あちらの食べ物はなんでしょう」
「レルヒ、そんなに食べられるのかい」
「食べられます」

 やれやれと肩をすくめつつレルヒの荷物を持ってあげるラルジュを見上げる。

「君はいいのかい?」
「……腹、へってねえ」
「そこのホッと果実ジュースでも飲むといい。温まるよ」

 喉は乾いている気がしたので、おれはオレンジ色のジュースを注文した。
 レルヒが出店巡りに満足すると、三人で食堂へ向かった。
 開かれた扉の向こうには、可愛らしい精靈の置物やロウソク立てに、飾られたお花たち。色彩豊かな刺繍の壁掛け。シックなイメージだった食堂が、今日はメルヘンチックに華やいでいる。
 おれはポカンとしてしまった。
 ラルジュに背中を押され、レルヒの船頭で歩きだす。運よく隅の席が空いてたため、そこへ落ち着いた。

「ラルジュとリュエルも食べてください。これ、美味しいですよ」

 約束の時間が迫っている。落ち着かない気分で差し出されたカラフルなパンを頬張り、温かなジュースで流し込んだ。
 レルヒがもくもく食べるので、思ったより早くテーブルの上が片付いてゆく。

「そろそろ行きますか」

 腹を満たしたレルヒが決意したように言った。おれはコクリと頷き、席を立つ。

 もうじき日が暮れる。
 冷えた指先。ポケットに両手を突っ込んだ。
 出店を見ている生徒はほとんどいない。

「あそこに星が見えます」
「今日は天気に恵まれてよかったね」

 聖堂から明かりが漏れている。あそこにアルシャがいるのだと思うとドキドキした。

「俺とレルヒはここにいるよ」
「安心してください。誰も中には入れませんので」

 扉の前でラルジュとレルヒが立ち止まる。
 おれは短く息を吐き、木製の重たい扉を押して聖堂中へ足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...