愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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 次の日。キアラン、運命の日である。
 いつもよりも早起きをして王宮の書類部屋へ向かう。早くこれば早く書類を預かれるわけではないが、気が急いてしまっていた。
 本当は許可証を出す文官室へ直接取りに行きたかったが、手続き上では近衛兵が直接受け取った許可証でないと書類は持ち込みできないため待つことしかできないのだ。

「まぁ慌てなさんな。今お前が焦ったところで早くなるわけでもないし」
「そうだがよ……」
「そんなに今日裁判する奴が大事なのか?」

 リラックスさせるためだろう、近衛兵が話しかけてくる。

「当たり前だ。雇い主だし恋人だからな」
「ひー熱い熱い。言い切るねぇ」

 近衛兵にからかわれる。アレックスは羞恥心で頬を赤くしなかった。むしろ他人のためにこれだけ動けていることに誇らしさを感じる。近衛兵に話してはいなかったが、恋人だからという理由だけではなかった。
 キアランは、自分の世界を広げてくれた存在だ。自分の生活圏内だけでなく知らない文化や国へ連れ出してくれた。もしキアランと出会っていなかったら妥協の人生を送っていた事は容易に想像できる。その恩を返す気持ちがあった。
 しばらく近衛兵と話していたが、一向に許可証は来ない。まさかまだあの貴族が邪魔をしているのだろうか。
 あまりにも遅いので短気を起こして文官室へと抗議しに行こうかと思っていたその時だった。

「お待たせしましたっ……」

 文官の一人が汗を全身にかきながらふらふらと近衛兵の元へと向かってくる。右手にはしっかりと紙が握られている。書類持ち出しの許可証だ。

「これでっ……書類持ち出しをっ……フィンレー副文官を……お願いしますっ…」

 アレックスの近くに来ると腰が抜けたのか座り込もうとしていたので肩を抱き止める。近衛兵が受け取ると資料室へ該当の書類を取りに行った。
 今にも貧血で倒れそうなくらい顔色が悪かったが目は爛々としており強い意志を感じた。どうして文官は皆こう精神的に強いのが多いのか。……仕事へのプライドだ。大事な印鑑を犯罪の証拠として使われたのだから同じ文官として憤っているのだろう。
 ねぎらいを込めて近くの井戸から水を汲んでくる。

「ありがとうな」

 背中をさすりながら汲んできた水を飲ませる。甘露のように一気に飲み干すと、やり切った顔を見せた。
 近衛兵は木のバインダーと共にアレックスに書類を渡した。確認するとちゃんと昨日見つけた書類だ。次はアレックスの番。書類をあるべきところへと送り届けねばならない。
 近衛兵と書類を運んでくれた文官へのお礼もそぞろに裁判所へと向かう。目的の場所は、王宮を出て貴族街の方面にある。その時点ではどれくらいの距離があるのか知らなかった。

「走れば間に合うか……?」

 裁判が始まるのは昼の鐘が二回鳴った時。それまでに裁判官に証拠を渡すのだ。裁判所は鐘付き塔のすぐ近くの低い建物。塔を目印にすれば迷わないはずだ。
 書類をしっかり胸に抱きしめひたすらに足を動かす。刺された傷が引き攣れて気になるが今はそれに構っている場合ではない。

「間に合え……間に合え……」

 高い建物が周りを囲み遠回りをする必要があったりでちっとも裁判所に近づいた感じがしない。

「ああくそっ……細道を通れば良かったか……」

 行き止まりで引き返すタイムロスのことを考慮して大通りを中心に進んでいたが、馬車や露天に集まる人などで進行が妨げられる。

「捕まえてくれ!!」
「泥棒……!」


 ──デジャブだ。あの日、出会った時のキアランの訴えと重なる。状況を見れば近くの憲兵や一般人、誰かが捕まえてくれるだろう。しかし、アレックスの体は自然と動いた。
 財布を持って逃げる男の腰に飛びつき背中を石畳の地面に付かせる。両腕を背中に回して手の力が緩んだところで財布を取り上げた。ヒョロ長い男は痛い痛いと喚きながらあっさり降参した。
 財布は上質な革でできているらしく手触りがとても良い。おそらく裕福な商人のものだろう。

「ああ……ありがとうございますっ……なんとお礼を言ったらいいか……これ、少ないですが受けってください」

 はじめに護衛らしき男が小走りでやってきてアレックスに軽く礼を言うと、遅れてゆっくりと身なりの上品な男がやってくる。おそらく護衛の雇い主だ。
 財布から金貨らしきものを取り出した妙齢の男はアレックスに手渡そうとする。

「いいっていいって。気にしないでください」

 アレックスにとってそのやりとりさえも貴重な時間を消費する事柄だった。泥棒らしき男を捕まえて憲兵に引き渡すだけでも大きなタイムロスをしてしまったと言うのに。再び目的地へと足を動かす。
 ……間に合わないのか……?焦りから足の動きが鈍る。こんなことをしている場合ではないのに。
 キアランが刑務所へ向かうところを想像するとゾッとする。それだけで体が芯を持たなくなるように力が抜ける。
 ──その時、甲高い馬のいななきと車輪のきゅるきゅると回る音がこちらに向かってきた。

「何してるのさ!例のものは見つかったの!?」
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