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しおりを挟む扉を開けて怒鳴り込んできたのはルークだった。
「ルークさん……!」
「さあ行くよ!」
安堵したからか、塞ぎ切っていたはずの腹がしくっと痛んだ。細く子供のような両腕にアレックスのたくましい腕を引っ張られ馬車の乗り口へと乗りこむ。
「見せて」
馬車に乗ったアレックスにルークは手を差し出す。持ってきた書類を素直に渡すとパラパラとめくっている。時折通路の段差で揺れるのに酔いはしないのだろうか。
「この2枚、どこが違うのさ?内容?いや……印鑑?」
「よく気がつきましたね。そう、こっちの書類は通常の印鑑。こっちは……」
「真ん中が割れてる……」
2枚を比べると、壊れた方は真ん中に一筋の線のように朱肉が押されていない。通常の印鑑は欠けたところはない。第一、端が押されていないことはあれど、真ん中に縦一本線分だけ綺麗に押されない力の込め方など存在しない。これは印鑑の形が通常とは違うせいだろう。そもそも何事も丁寧な仕事をするキアランがそんな雑に違和感を押すはずがない。
アレックスが部屋に押し入った不審者を捕まえ損ねた時から印鑑のひび割れは始まったことがわかった。詳しく調べて貰えばすぐに発見されるだろう。
そしてひび割れはじめた印鑑は不備となり訂正印を押さなければならない。連日の残業でキアランは目の下にクマを作っていたことを思い出す。
訂正印を押した後には然るべき者がその印鑑を押した日付を記入しなければならない。
「それを書くのが、この国は国王なんだよ」
「……偽造できない最強の印ってわけなんだ」
国王の筆跡を真似て偽造したとしたら大罪であるし、国王が使うインクも王家のみが使用できるもので一般人がそう易々とするものはいない。
「もしキアランさんが犯人だったら徐々に壊れていく印鑑を使い続ける必要もない。最初に逮捕された時に証拠として出された本物とされる偽物を使えばいいんです。ただでさえ激務なのに仕事が増えますし」
「そうだね」
「それに印鑑には秘密が……」
「秘密……?」
「はい。貴族ごとにマークとして与えられた宝石があるでしょう?」
「うん。他言無用だけどね」
「キアランさんの印鑑もマークとしての宝石……ラピスラズリを使ってあると」
「だから印鑑が綺麗すぎるって言ってたのか」
「そしてそれを知っているのは国王と文官長、そしてキアランさん本人しかいない。キアランさんのこだわりみたいなもんだからな。大事に仕事ができるようにって……普通は木でできてるんですよ」
「なんでアレックスが知ってるのさ」
ジトっとした目でルークに見られる。そんな大切な情報をアレックスがなぜ知っていたのかという目だ。
「俺はたまたま知らされただけですって」
「はいはい、なるほどね」
ルークはおざなりに呟くと、指を一本出して会話を続けた。
「僕の方からもいい?どうやって印鑑を偽造したかだけど、印鑑の店主、盗まれたことを隠してたよ。証人として引っ張ってきた。裁判所にはもう送っておいたよ」
「そうか。ありがとうルークさん」
「きっとその時にレプリカが作られたんだろうね。で、肝心の壊れたのはどこにあるの?」
「ここに」
家から持ちこんできた巾着を開くと二つに割れた印鑑が顔を出す。
「わあ……見事に真っ二つ……でも割れてる部分とか修正前の印鑑そのまま」
ルークは割れたそれを二つに合わせて底面を眺めている。この印鑑も証拠品として提出するつもりだ。
裁判所に着いたらしく馬車が止まる。乗り物から降りて目の前には一階建ての石造りの建物。えんじ色のドアが二人を待ち構える。左右対称な部分が堅実さを醸し出す。鐘が鳴る前に到着することができた。
入り口に入り受付で証拠の提出をする。今はキアランの裁判で皆が沸き立っていた。副文官のスキャンダルなど滅多にないからだ。文官は堅物な人物が多く犯罪率も低い。物珍しいのだろう。そこには二度と会いたくないと思っていた、侮蔑の表情を貼り付けたカール・ヨハンソンもいた。確実にこの裁判に勝つと思っているのだろう。絶対に相手の思い通りにはさせない。
他の傍聴者達はの反応は様々だった。彼を知る人物は絶対にそのようなことはしないと憤慨していたし、物見遊山で来たものは呆れや不快感を表す者もいた。
キアランの護衛として居心地の悪い視線を受けながら傍聴席へと向かう。ルークは隣に腰を下ろした。
「キアランは黙秘を続けてたらしいね」
噂をする人々の断片的な情報を読み取りルークが把握する。裁判長らしき男が席に着いた。二つの鐘の音。ざわめいていた人々が一斉に口をつぐみ、裁判が始まる。
被疑者であるキアランがやってくる。普段着ている文官の制服ではなく白いワイシャツと黒のスラックスを身につけていた。コツコツと靴音を控えめに立てながら、被疑者席へと向かう。口をすっと真っ直ぐに締め、裁判長や被害者を見据える。背筋を伸ばし凛とした空気を纏った男。その瞳には感情が見えなかったが、罪を犯したという怯えや申し訳なさは感じなかった。ただ自身の潔白を信じる心。
たとえ捕まったとしても誇りを忘れぬその姿勢、彼が紛れもない貴族なのだと感じた。
「いつものあの人と全然違うじゃないか……」
「そう?舞踏会とか公共の行事ではあんな感じだよ。一時期『氷の貴公子』なんてダサいあだ名もつけられてたみたいだし」
あっさりとルークに返されてアレックスは混乱する。副文官としての柔和な彼しか知らなかったから、こんな時に美しいと感じて不謹慎だと自身を諌める気持ちと、ああやはり貴族間でも噂されるくらい俺の恋人は美人だなとうっとりした気持ちと。
木槌を叩いて裁判長が話す。はじめに被害者と憲兵が前に立ち、事件のあらましを裁判官が書類を読む。
被害者と言われる女はハンカチで顔を覆って肩を振るわせている。表情は見えない。
互いに証拠を提示し、順調に裁判は進んでいった。
「いよいよだね」
今日提出した証拠が裁判官の前に差し出される。国王による印鑑の材質の証言、壊れた印鑑、壊れた印鑑が使われた書類、そして証拠の印鑑を割って木目が見えるとカールの悔しそうな表情が向かい側に見てとれた。
裁判長が質問をすると今度は女があっさりと嘘を認めた。騒ぐことはせず、意気消沈しているようだった。近衛兵二人に腕を抱えられこの場から姿を消した。後日取り調べを行うらしい。
裁判は終わった。黒と思われていたキアランは一転白へと裏返った。
もう少し熟考されるかと思っていたアレックスは意外に思った。どの裁判もこれくらいの速さで終わるらしい。
帰りもルークに馬車で家の途中の街道まで送ってもらい家に帰った。車内でのルークの喜び様は貴族らしからぬものだった。外に声が漏れていたかもしれない。
そうして二、三日の事務手続きを終え、キアランは帰ってくる。
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