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26.恋慕 ※

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 何とか堪えようと目を瞑ると、横抱きにされて軽々と抱え上げられた。
 隣の寝室に連れて行かれて、硝子細工の品を扱うかのように寝台にそっと横たえられる。ヴァンテルが離れようとしたのを見て、咄嗟に起き上がって胸にしがみついた。
 首の後ろに両手を回し、頬を擦り付けるようにして力をこめる。ヴァンテルはびくりと体を振るわせた後、私の背を宥めるように撫でた。

 トントントントン。
 指先で背中に軽く手を当てる。その合図に気付いて、腕の力を緩めた。

「……どうなさいました?」

 青い瞳が心配気に揺れる。

「あんな……ことを、言うからだ」
「あんなこと?」
「……置き……去りだなんて、ひどい事を」

 ヴァンテルは困ったように柳眉を寄せて、優しく告げる。

「……寂しい思いをなさったのに、無神経なことを申しました」

 違う。ヴァンテルを責めようと思ったわけじゃない。
 気づいてしまったから、もう心を隠すことが出来ないだけなんだ。

「……置き去りにするのは私だ。この先きっと、お前をたった一人で残して行く日が来る」
「……アルベルト様」
「私は……私はどうして、もっと……」

 ──強い体に、生まれなかったのかな。

 お前と同じ時を、共に長く生きられたら良かったのに。

 心に浮かんだ儚い望みを口にすることは出来なくて、だからと言って忘れ去ることも出来はしない。言葉の代わりに、再び涙が湧き上がる。

 ヴァンテルは、目元の涙を唇に受けた後、そっと囁いた。

「私は幸せな男です、アルベルト様」
「……クリス?」

「貴方と出会い、貴方のことを思って今日まで生きてまいりました。私の人生には貴方しかいなかった。それは、この先もずっと変わりません」
「それが……幸せ?」
「これ以上の幸せがどこにあると言うのでしょう。自分の幸せは、自分が一番よく知っております」

 小宮殿で共に過ごした日々は、決して長くはなかった。
 会えない年月を耐えて、身を切る思いで下した決断も。
 人が羨むもの全てを投げうつことさえも。

 ……幸せだと、お前は言うのか。

「……クリスは馬鹿だ」
「こんな馬鹿な男は、お嫌いですか?」

 私は首を振った。

「好きだ」


 クリスが好き。
 大好き。

 幼い日の私が幸せそうに笑う。
 あの日の私よりずっと成長した今も。


「……お前だけが、好きだ」
「ずっとその言葉を、聞きたかった」

 まるで初めての告白を受けた少年のように、ヴァンテルは頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

 どちらからともなく、もう一度唇を重ねる。
 ヴァンテルは私の体を寝台に押し倒し、そっと体を重ねてきた。均整の取れた厚みのある体が、私を押しつぶさないように気を遣っているのがわかる。

 ……細くても男の体なんだから、気にしなくていいのに。

 泣き笑いの顔で呟けば、ヴァンテルは微笑んだ。

「貴方は、まるで薄く張った氷や玻璃のように思えます。美しくて儚くて脆い」
「クリスが勝手にそう思っているだけだ。そんなに華奢な作りではないし、簡単に壊れもしない」

 青い双眸がわずかに細められるのを見て、意地を張るように言葉を続けた。

「本当だから! 嘘だと思うなら確かめてみればいい」
「……ご自分の仰ることがわかっておいでですか?」

 ヴァンテルの瞳の中に燻る熱が、炙られるように大きく揺らめいている。
 わかっている。そう言い終る前に、唇は塞がれていた。
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