翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

26.翼がない

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「ミ、ミシュー殿下!」
「殿下! エドマンド様!」

 聞き慣れた人々の声がして、自分たちが森の中に立っていることに気がついた。アヴィと銀狼の姿はどこにもない。
 辺りはもう薄暗くなっていて、赤々と焚火が燃えている。泣きながら僕の手を掴んだのはペテルだった。

「殿下! よくぞご無事で」
「……ペテル」
「何度、泉の中に飛び込もうとしても水に弾かれてしまうのです。後を追えたのはエドマンド様だけでした」

 護衛騎士たちが片膝を付き、深く頭を下げている。彼らは口々に僕を守れなかったことを詫びている。

「心配をかけてすまなかった。殿下を泉に引き入れたのはこの森に棲む魔女の一族だ。詳しいことは話せないが、すぐに夜になる。急いで城に戻ろう」

 エドマンドの言葉に騎士たちは一斉に首肯し、直ちに焚火の後始末がなされた。驚いたことに僕がアヴィの元に向かったはずの泉はどこにもなく、近くには小さな湧き水があるだけだ。
 涙を拭いたペテルがすぐに僕に手渡そうとしたのは、ずっと姿を隠してきたベールだった。僕が泉に入った後水面に浮かんだが、少しも濡れてはいなかったと言う。

「で、殿下! 翼が……」

 ペテルが驚愕のあまりに大きく目を見張ったのがわかり、僕はベールを纏いながら何も言うなと囁いた。普段ベール姿の僕しか目にしていない騎士たちは、何も気づいていない。彼らは自分より高位の者を無暗むやみに見つめたりはしないのだから。

 森を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。空にはいくつも星が輝き、月が昇っている。ペテルは御者席に移り、僕とエドマンドは二人だけで馬車に乗り込んだ。

「ミシュー、寒くはありませんか?」
「……大丈夫。でも、何だかすごく眠いんだ」
「隣に行ってもよろしいですか?」
「うん」

 エドマンドは向かい側の席からすぐに僕の隣に移った。そして、横になるようにと言った。

「私の膝では硬いかと思いますが、多少枕の代わりにはなるでしょう。さあ、どうぞ」

 僕が躊躇ちゅうちょしていると、そっと腰に手が回る。その手がびくりと止まり、僕もはっとした。

 ――

 柔らかく体を包んでいたものがどこにもない。それが当たり前で本来の姿のはずなのに。二人きりになった途端、背に翼がないことにあらためて驚く。
 僕は、ゆっくりと体を横たえた。エドマンドの膝に頭を乗せると、エドマンドは何も言わず、馬車に積まれていた上掛けを見つけて僕の体に掛けてくれた。

(……暖かいはずなのに)

 すうすうと風が吹き抜けていくようで少しも体が温まらない。体がぶるりと震え、眠くて仕方がないのにうまく休めなかった。すると、エドマンドの大きな手がそっと僕の目を覆ってくれた。その手の温かさが体中に染み渡るようで、僕はいつのまにか眠りについていた。



 部屋の中が明るくなり、目覚めた時は寝台の中にいた。ぼうっとした頭のまま再び体を丸めようとして、がばっと跳ね起きる。
 辺りを見回しても、自分の寝台なのは間違いない。でも、いつのまに寝台に入ったのか全く記憶がなかった。確か、昨日は魔女の森に行って……アヴィと銀狼に会って、それから。

「そうだ、翼!」

 自分の背に触れてみても何もなかった。僕はすぐに寝台から下りて、部屋の中にある姿見に向かった。くるりと回って背を見れば、夜衣は翼が出るように大きく開いている。

「……やっぱり、ない」

 姿見に映っているのは真っ白な背中だけ。当たり前だ、そうしてもらうために魔女を訪ねたのだから。勝手に広がったり震えたり様々な動きをした翼。それが無ければ今までと同じ生活ができる。エドマンドも、僕に罪悪感を抱かずにすむ。……それなのに。

(何で、こんなに変な感じがするんだろう)

 何か大切なものを失ってしまったように、心にぽっかりと穴が空いたように。 
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