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第2話 影の目(2)
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癖のあるブロンドの髪をうなじまで伸ばした、見目麗しい子爵は、屋敷の中の隠し部屋でワインを嗜んでいた。
特定の商人や仲間の悪友貴族達と、悪巧みをする為の部屋。地下の隠し部屋とはいえ、テーブルとソファ、グラスを揃えた小棚もあり、十分に寛げる。
子爵の名はサーネス・ドルトリー。社交界で数々の浮名を流してきた男である。齢三十三歳。まだまだ若々しく、その眉目秀麗な容姿は十年前と変わらず、女たちを夢見心地にさせる。
サーネスは報せを待っていた。待つと言っても吉報であることはわかりきっているので、特に気がそぞろというわけではない。ようやく胸のつかえが取れる清々しさに、一人で祝い酒を飲んでいるのだ。
隠し部屋の影が、寄り集まり始めた。
(来たか)
サーネスの唇が、にいと弧を描く。女たちには決して見せない、まことに品の無い笑みだった。
目前に集合した巨大な影から、怪物が生じた。
サーネスは立ち上がり、両腕を広げ、歓迎の意を示した。
「お疲れ、影の目!あの女は殺せたかい?」
「ああ、殺した」
その大きく避けた口から声が発せられる。獣の唸り声を思わせる、低く不気味な声だ。
「良かった!もちろん成功を信じていたよ」
「証拠を見せよう」
影の目は銀色の手をサーネスに伸ばした。サーネスの顔が引きつる。
「い、いや『証拠見せ』は私はいらない、君がやり遂げたことを疑ってなどいない」
「駄目だ、これが私の段取りだ。省略はしない」
「うっ……」
観念して目をつぶったサーネスの頭に、影の目の銀色の手が乗せられる。
途端、サーネスの脳内に、リーサの最期の映像が鮮やかに展開された。
死ぬ直前の言葉。それは影の目への、いやサーネスへの命乞いだった。影の目がそれを無視して胸を貫く。そして最後、血で染まる壁やベッド。
銀色の手が頭から離れた。
凄惨な映像から解放されたサーネスは、はあはあと息をつき胸を抑えた。額から大量の冷や汗が吹き出していた。
だが、やがて落ち着きを取り戻す。汗をかきながらも、サーネスはにやりと笑った。
「よくやってくれた」
「報酬を寄越せ」
差し出された銀色の手のひらに、サーネスは金貨がずっしり入った巾着袋を乗せた。影の目は巾着袋を握り、
「あんな街娘、私に依頼するようなことではあるまい。そこらの暴漢でも雇えばいいものを。金の無駄遣いだな」
「娘ではないさ、もう三十目前の年増女だ。念には念をいれたかったんだ。とても大事な時期なのでね。せっかく王女様を落としたのに、あんな小汚い女のせいで縁談が取りやめになったらどうする?」
サーネスは、さる王国の第三王女との婚約が決まっていた。それはサーネスのような弱小貴族にとって破格の縁談であった。全てサーネスの、口説きの手腕と根回しによるものである。
影の目は興味なさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「さすがだった、影の目」
影の目の大きな体が、色を失っていく。その姿が影に溶ける。
別れの挨拶もなく、影の目は去っていった。
サーネスは大きく安堵の息をついた。
ソファにその身を沈めた。しばらく放心したように天井を見つめていたが、ふっと笑うと身を起こし、グラスに新たなワインを注いだ。
祝杯だ、と思う。
今宵の酒は実にうまかった。
特定の商人や仲間の悪友貴族達と、悪巧みをする為の部屋。地下の隠し部屋とはいえ、テーブルとソファ、グラスを揃えた小棚もあり、十分に寛げる。
子爵の名はサーネス・ドルトリー。社交界で数々の浮名を流してきた男である。齢三十三歳。まだまだ若々しく、その眉目秀麗な容姿は十年前と変わらず、女たちを夢見心地にさせる。
サーネスは報せを待っていた。待つと言っても吉報であることはわかりきっているので、特に気がそぞろというわけではない。ようやく胸のつかえが取れる清々しさに、一人で祝い酒を飲んでいるのだ。
隠し部屋の影が、寄り集まり始めた。
(来たか)
サーネスの唇が、にいと弧を描く。女たちには決して見せない、まことに品の無い笑みだった。
目前に集合した巨大な影から、怪物が生じた。
サーネスは立ち上がり、両腕を広げ、歓迎の意を示した。
「お疲れ、影の目!あの女は殺せたかい?」
「ああ、殺した」
その大きく避けた口から声が発せられる。獣の唸り声を思わせる、低く不気味な声だ。
「良かった!もちろん成功を信じていたよ」
「証拠を見せよう」
影の目は銀色の手をサーネスに伸ばした。サーネスの顔が引きつる。
「い、いや『証拠見せ』は私はいらない、君がやり遂げたことを疑ってなどいない」
「駄目だ、これが私の段取りだ。省略はしない」
「うっ……」
観念して目をつぶったサーネスの頭に、影の目の銀色の手が乗せられる。
途端、サーネスの脳内に、リーサの最期の映像が鮮やかに展開された。
死ぬ直前の言葉。それは影の目への、いやサーネスへの命乞いだった。影の目がそれを無視して胸を貫く。そして最後、血で染まる壁やベッド。
銀色の手が頭から離れた。
凄惨な映像から解放されたサーネスは、はあはあと息をつき胸を抑えた。額から大量の冷や汗が吹き出していた。
だが、やがて落ち着きを取り戻す。汗をかきながらも、サーネスはにやりと笑った。
「よくやってくれた」
「報酬を寄越せ」
差し出された銀色の手のひらに、サーネスは金貨がずっしり入った巾着袋を乗せた。影の目は巾着袋を握り、
「あんな街娘、私に依頼するようなことではあるまい。そこらの暴漢でも雇えばいいものを。金の無駄遣いだな」
「娘ではないさ、もう三十目前の年増女だ。念には念をいれたかったんだ。とても大事な時期なのでね。せっかく王女様を落としたのに、あんな小汚い女のせいで縁談が取りやめになったらどうする?」
サーネスは、さる王国の第三王女との婚約が決まっていた。それはサーネスのような弱小貴族にとって破格の縁談であった。全てサーネスの、口説きの手腕と根回しによるものである。
影の目は興味なさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「さすがだった、影の目」
影の目の大きな体が、色を失っていく。その姿が影に溶ける。
別れの挨拶もなく、影の目は去っていった。
サーネスは大きく安堵の息をついた。
ソファにその身を沈めた。しばらく放心したように天井を見つめていたが、ふっと笑うと身を起こし、グラスに新たなワインを注いだ。
祝杯だ、と思う。
今宵の酒は実にうまかった。
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