正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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見たくないの向こうがわ

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 めずらしいことはつづく。
 病室のばあちゃんからラインがきた。
 っていっても、ばあちゃんはスマホをもってない。ゆうのお母さんが代理でおくってるみたいだ。

 ――ばあちゃんは元気ですよ。
 ――気にしないでね。

 すかさず「お見舞いにいくよ」と返したが、「いいから」と返ってくる。
 そのラリーがしばらくあったあと、勇の話題になった。

 ――勇ちゃんはいい子よ。ほんとにいい子。

 おれは、そこで返せなくなった。
 スマホをポケットにしまう。
 おれ、最低だよ。
 その〈いい子〉を、ついさっきキズつけたばっかだ。

(しかしなんで……水緒みおさんはおれにいきなりキスしてきたんだ?)

 プラス、なんであの場につごうよく勇がいたのか。
 まるでキスの現場を見せつけるのが目的みたいに……いや、考えすぎか。
 おれはバカだが、バカなりに気をつけていることがある。
 それは〈女の子を疑わない〉ってことだ。疑うのは最後の最終手段。
 きっと、ただの偶然だ。うん。
 
 おろろ?

 図書室に荷物をとりにいって、食堂前のベンチになんとなく座っていたら、奇妙な声。
 このクセのある感じは……

「陽キャだ。陽キャがおる」

 小学生なみに背がひくく、さらに結び目の高いツインテールにしてて強調されてる子どもっぽさ。
 小学生にあがる前っていっても、通用しそうだ。

「部活、今日からはじまっておるぞ?」
「そうだっけ」
「正よ……おぬし、なんぞあったんか?」

 なのに、しゃべりかたはなんか年寄りくさい。
 見た目と中身にギャップがあるヘンな女の子。
 片切かたぎりさんだ。

「泣きすぎて、目がはれておる」

 えっ、とおれは目元を確認する。

「ほい、ひっかかった」
「いやおまえ……文化祭でやった老婆ろうばの役がまだ抜けてないのかよ」
「抜けるのに、半年はかかる」ぐっ、と片切はなぜか親指をたてた。「わしは憑依型ひょういがたじゃからの」
「そういやいつだったか、おまえの口調を勇がマネしてたぞ。あいつ、モノマネが好きだから」

 そんなことより、と片切はおれの二の腕をとった。

「部活にいくぞい。ほれほれ」

 両手で、よいしょ、よいしょ、とまるで大根を引き抜くがごとくがんばっているが、おれの体はうごかない。
 ちっちゃいながらもソフトな感触が、テンポよく二の腕にあたってくる。

「あんま……気分じゃないっていうか」
「ばかもん。そういうときにこそ部活じゃろが」
「うーん……」

 けっきょく押し切られた。
 第三校舎の三階に移動する。
 なんのヘンテツもない部屋の前にかかる、表札みたいなやつには、

 演劇部

 と、解読できないぐらいの達筆で書かれていた。
 すべての部活の中で、もっともおれにふさわしいと思える部。
 ただ、セリフのおぼえがめっちゃわるいから、まだメインどころの役は一回もやったことがない。

「うーっす……って」おれは部屋の中を見わたす。「誰もいないじゃん」
「それはそうじゃよ。今日は活動日にあらず!」堂々と胸をはって、両手を腰にあてた。「すこしばかしケイコをつけてやろうぞ」
「やっぱ帰るか」
「待て正よ」片切はこうしておれを「しょう」と呼び捨てる。違和感はない。こいつは一応、元カノだからな。「おまえを見ていていつも思うことがあってのぅ。おまえは――足りん!」
「足りん?」
「みよ、そこの鏡を」

 みた。
 そこにはスーパーイケメンがいる。
 ファッション雑誌でよくあるようなポーズをとってみた。
 モデルに負けないほど、かっこいい。

「な? 一目でわかる、モテモテの陽キャじゃろ? なのに、当の本人にモテのオーラがない」
「はぁ? オーラってなんだよ」

 ずばりいおう、とこいつが前置きするときは、いつもロクなことをいわない。
 今回もそうだった。

「おぬしはな……ドーテーくさいっ‼」

 ぱぁん、と見えないハリセンでたたかれたような感覚。
 すなわち音のみで痛くない。ダメージはない。
 片切はすたすたと窓際まで歩いて、カーテンと暗幕あんまくを手にとり、しめている。
 センサーが作動して、部屋の電気がついた。

「しょうがないだろ……そういうことしたら、カンドウされちまうんだから」
「感動か?」と、片手で涙をふくようなアクションをする。カーテンをしめきると、またおれの近くにきた。なんかラムネみたいな香りがするヤツだ。
「そうじゃなくて、エンを切るほうの意味」

 これは小波久こはく家の家訓だ。
 きちんと責任がとれるようになるまで、女の子とはするな。
 父さんも、その父さんも、そのまた父さんも、おれぐらいの年で女の子を妊娠させて、えらい目にあったらしい。……それは自業自得だと思うんだけど。とにかく、家の決まりでそういうことになっている。

 片切が、また一歩、身を寄せた。

「家訓など破るためにある。今日は誰もここにこない。な?」
「え」
「するぞ」
「え」
「女に恥をかかすな」

 押し倒された。
 おれの半分の体重ぐらいの、小柄な女子に。
 片切ははやくも制服の上着をぬぎ、赤いリボンタイに白いシャツの姿。黄色いブラジャーが、うっすら透けている。

「どうした正? おぬし……はやカンネンしたか?」
「片切」おれは彼女の目を、ひくい位置からまっすぐ見上げた。「これは正しい恋じゃない」
「……言いおる」
「照れかくしで演技すんのもやめろ。おれにはわかってんだぞ?」

 はぁ、とあいつが吐いた息で、おれの前髪があがった。

「ときどき、キミはするどいよ。正。私が、告白をオッケーしただけのことはあるね」
「おまえも、おれが告白しただけはあるよ。おまえなりの元気づけだろ? どうせ誰かから朝比あさひさんのことを聞いたんじゃないのか?」
「ビンゴ」

 と、あいつはおれの頭をくしゃくしゃとやる。
 鏡でその乱れを直している間、片切はカーテンをあけにいく。
 その何歩目かで、ぴたりととまった。

「片切?」
「正。こい。はやく」

 高速の手招き。

「どうしたんだよ?」

 無言で、窓の外を指さす。
 そこには自転車置き場があって、生徒もそこそこいる。
 まちがいさがしも、メガネの人をさがす絵本も得意じゃないのに、ふしぎとすぐに見つかった。
 屋根と屋根の間に、その姿がみえる。

(勇)

「正。あの、勇ちゃんのうしろにいる坊主頭のアレは」
「彼氏だ」

 勇と同じクラスの野球部。
 人となりは、なんとなくあいつから聞いてる。おとなしくて紳士的――みたいに言っていたが……

「おろろっ?」

 片切が声をあげる。 
 自転車が横倒しにたおれた。彼氏のほうの自転車だ。そのままあいつの両肩をつかみ、強引に、背中を向ける勇をぐるっと回す。

「これは……やっちゃう流れ?」
「やっちゃう?」
「ドンカンだね、正」ちゅっ、とおれに投げキッスをした。「なんか、坊主くん、ちょっとおこってるように見えるなー」

 そりゃあ……自分の彼女が誰かに泣かされそうになったら、おこるのは当たり前だし。

「で、勇ちゃんもそんなにイヤがってない感じ。キスするかどうか、ジュースかける?」
「バカ」
「ほら、ゆっくり二人の顔が接近してる」

 おれは窓から視線をはずす。

「もう帰るからな」
「あーーーっ‼」

 びくっ、とおれのからだが緊張したのは、たぶんこいつの大声のせいじゃない。

「うわぁ……」

 おれの体はうごかなかった。
 すこし首をうごかし、すこし目線をうつすだけでいいのに。

「急展開。あっちゃー、あんなことになっちゃうかー」
「片切」
「ん?」
「その……勇のやつ、どうなったんだ?」
「知りたい?」

 知りたいと知りたくないがおれの心の中でケンカしてる。

「正。どうして自分の目で見なかったのかな?」
「……」
「じつは私がキミをフッた理由も、そのあたりにあるんだよ?」

 おれは演劇部の部室をでた。
 昨日の児玉こだまじゃないが、酒でも飲みたい気分だ。もし酒ってやつが、このモヤモヤをきれいに吹き飛ばしてくれるんなら。
 なにやってるんだ、おれは。
 大事な幼なじみをキズつけて、その幼なじみの彼氏をおこらせて、あいつらのキスから目をそらして。
 なにやってるんだ……

(かっこよくねー。これがおれかよ)

 帰り道で、ケーキ屋のショーウィンドウにうつる自分の姿は、どこかなさけない。 
 ……! いかんいかん!
 頭のよくないおれが落ちこんだところで、どうせラチはあかないんだ。
 せめてポジティブにいこうぜ!
 にっ、とまず笑顔をつくった。
 うん。わるくない。いい顔だ。

「いい顔だな。小波久こはく

 幼稚園のときの女の先生と同じにおいが、そよ風にのって流れてくる。
 みると、スクールバッグを後ろ手にもった水緒みお先輩が立っていた。
 相変わらず、この人と話すときは、視線をバストのほうに下げないようにするのに苦労するよ。

「明日、なにか予定はあるか」
「いえ。べつに」
「じゃあ私とデートだ」

 有無をいわせない強さで、水緒さんは断言した。
 ちょうど彼女の真後ろの高いところに、太陽がある。
 地面にのびる彼女の影さえ、おどろくほどスタイルがいい。

「いいな?」
「まあ……いいですけど」
「コースは私がきめる。小波久は体調をととのえておくだけでいい」

 そして、彼女はさりげなく言った。
 食べ物や飲み物を「一口ちょうだい」ぐらいの気軽さで。


「おまえの童貞をくれ」

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