正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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忘れものをとりに

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 けっこうヤバかったかもな。
 まちがえて出されたとはいえ、高校生なのに飲酒してたんだから。
 結局、お店の人が本当にまちがえたのか、わざとだったのかはグレー。

「うげー。きもちわりー。いま帰宅」

 児玉こだまからラインがきた。
 ちょうど六時で、こっちもちょうど家についたばかりだ。
 五時ごろまで、おれたちは公園のベンチにすわって児玉の酔いをさますのにつきあっていたからな。

 コンコン

 ドアがノックされた。

「正ちゃん。お食事の用意ができてるわよ」
「……」
「もしかして、一人でいかがわしいことしてるのカナ? あら~若いわねぇ~」

 おい、と学習机の椅子にすわったまま言うと、ドアをあけて入ってきた。
 幼なじみで妹のゆう
 白Tに黒いショートパンツという夏場みたいなかっこう。
 こいつは、冬でもこんな感じだ。部屋をカンカンに暑くして薄着うすぎするタイプ。

「似てないんだよ。おまえの、お母さんのモノマネは」
「正ちゃん」
「だから似てないって……」
「コダマのヤツは大丈夫だったの?」と、みじかい髪を耳にかきあげる。
「ああ。帰宅したってラインがあった。でも……おまえ、ほんとに児玉には当たりが強いよな」

 あいつは女子の敵っ! と、ベッドのふちに腰をおろす。
 黒いショートパンツからのびる足はツルツルで、いかにも女子の足だ。

「めっ~~~ちゃ評判わるいんだよ? 女の子を泣かせまくってるって。一時期は五股ごまたもしてたっていうし。まあ……正の友だちでもあるから、あんまりひどいことはいえないけど。まじで、学校一のヤリチ…………」
「ヤリチン?」
「もう! ヘンなこと言わせるなよっ!」

 三文字目まで自分で言っといて、それはないだろ。
 気むずかしいヤツだ。
 こいつの彼氏も、きっと、こんなところに手を焼いているんだろうな。

「なあ勇」

 ん? と、おれをみる。ちょうど照明のかげんで、瞳がキラキラ光ってみえた。

「児玉は、いいヤツだぜ? そりゃあ女グセはわるいかもしれねーけど……フッたりフラれたりは半々だっていうし、とくに女に冷たいようにも見えない。それに、ウワサってやつは盛られるもんだからさ、おおかたフラれた側の女の子がわるい評判を立ててるんじゃねーの?」
「う……正にしては、いつになく冷静な意見じゃん」
悪友あくゆうとはいえ友だちだからな」
「こんだけ友だち思いで――以下省略」
「省略すんな。――どうして女にフラれまくってるのか、って言いたいんだろ?」

 おれは椅子から立って、勇のとなりにすわった。
 ぎしっ、とベッドがきしむ音がした。

「ちょっといいか。マジメな話をしても」
「へっ? 今のでおこった?」
「ちがう。べつの話だ」
「えぇ……なんだろ……、あ、テントウムシの件なら、もう気にしてないよ?」

 決めに決めまくったキメ顔で、おれはいう。

「おれの胸に、飛びこんでくれないか?」
「は、はい?」
「ずっとモヤモヤしてるんだよ。頭ん中でおまえが、おれに何度も何度もキスしてきて」
「ちょっちょっ、タイム! わけわかんない」

 勇が爆速で立った。
 おれも負けずに立つ。そして両手をひろげる。

「こいよ。ほら。おれ……ちゃんとガードするから。絶対にキスさせない。だっておまえには、ちゃんと彼氏がいるんだもんな」

 とんできた。
 床のクッションが。
 鼻の先っちょにあたって、すこしツーンとする。

 勇は何も言わずに部屋を出ていった。

 あまりにも説明不足すぎたか……?
 大事な確認だったんだけどな、おれにとっては。
 それにしても、あいつ、そもそもなんの用があっておれの部屋にきたんだよ。
 ふつうの〈妹〉っていうのは、みんなこんな感じで、なんとなく兄貴の部屋に入ってくるもんなのか?

 ◆

 翌日は土曜日。
 うちの高校は、しっかり週6で授業がある。
 ありがたくはない。正直、週休二日にしてほしい。

(……と、今までのおれなら思っていたが)

 もうそうじゃない。
 おれは心をいれかえた。
 フラれたほうが負けってわけじゃないけど、負けっぱなしってのも芸がないぜ。
 ばあちゃんのこともあるしな。

(努力だ! 努力!)

 おれがフラれつづけた原因が、勇のいうとおり「中身がスッカスカ」だっていうんなら、中身をぎっ~~~しり詰めりゃいい。
 その努力だ。
 まずは、期末テストの補習の予習をする。
 はやくももどってきた英語のテストが、いきなり赤点だったからな……つまり補習確定。

(よし、がんばるぞ!)

 四時間目が終わって放課後になったあと、おれは図書室にきた。
 学校ジマンじゃないが、めちゃめちゃ豪華で広いところだ。
 本がたくさんあり、個別に仕切られた自習用の席が100はある。

「めずらしいな」

 背後から声がかかる。
 ふりむくより前に、なつかしいにおい。
 香水なのか柔軟剤なのかわからないけど、幼稚園のときの女の先生と同じにおい。
 なんかこのにおい……〈いい〉……んだよな。うまくいえないけど。 

小波久こはく。やっと勉強する気になったか」

 うなじで分岐した二本の髪を胸の前に垂らし、その髪が体のふくらみで盛り上がっている。
 スタイル抜群の文学女子。
 水緒みおさん。三年の先輩だ。
 おれが5人目につきあった人。

「小波久」

 おれのとなりの空席にすわる。

「私が教えてやろう」
「あ、大丈夫です」
「教科は英語か。なるほど英表えいひょうだな」
「だいじょ……」

 神速。
 まさに、カミワザのはやさだった。

「……んっ」

 先輩が吐息みたいな音をもらす。図書室っていうのを思わず忘れるぐらいセクシーに。
 一瞬でくちびるを奪われた。
 他人の目からは、そう見えるだろう。
 しかしおれは奇跡的な反射神経で、くちびるを横にずらしていた。
 つまり先輩があてているのは、おれの口の、数センチ横。

「またとれなかったか」

 至近距離で言う。
 水緒先輩の目は、すこしグリーンが入っている。

「すごくキズついたぞ。まったく……女心がわかってない男だ」
「すいません」
「あやまるな」

 視線をおれから外し、

「だが、彼女には〈してた〉ように見えただろうな。この角度だと――」
「えっ」

 横顔を向ける。
 その先には、


「勇」


 あいつがいた。

「勇!」

 なんで逃げるんだよ。
 おれは追いかけた。運動神経はあっちのが上だから、なかなか差がつまらない。

「勇って……はぁ、ちょっと、待ってくれ……」

 お情けをかけたように、立ち止まってくれた。
 こっちに歩いてくる。

「なにしてんの?」
「なにって、はぁ、はぁ、おまえが逃げるから」

 正面玄関ちかくのスペース。そばには身だしなみチェック用の大鏡がある。
 はぁ、はぁ、ふっ、息を切らしてるおれも、やっぱり、かっこいいな――とかいってる場合じゃない。

「忘れ物に気づいただけだよ。私が正から逃げるわけないじゃん」
「さっきの、見たか?」
「見てないよ」
「ウソつけよ。見ただろ?」

 あれはな、と誤解をとこうとしたとき、

「正も……コダマといっしょだ」
「え」
「女ったらし!」

 そう大声で怒鳴ったのとは反対に、勇の顔は笑っていた。
 ニッコニコだ。
 でもなんか、いつもの笑顔じゃない。

「あの人、三年でしょ? ははっ、やっぱり大人の色気があるよね~。私なんかと……ちがって」
「勇」
「さっ、忘れもの忘れものっ」

 楽しそうにつぶやきながら、勇は背中を向けた。
 その小さな背中と顔を同時にみてる。
 あいつは、ふりかえりもせず行ってしまった。
 顔をちょっと下に向けていたから、気づかなかったのか?
 おれにはぜんぶ、鏡でみえてたんだぞ。


 おまえが泣きそうだったのが。

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