正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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わかれる予定

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「おれは、キミのことが大好きなんだ……と思う」
「こらっ!」

 丸めた台本でかるくたたかれた。

「そんなのセリフにないでしょ! 勝手に『と思う』とか付け足さない!」

 すいません、とおれは頭をさげる。
 放課後。
 演劇部のおれは、校舎の地下にある多目的ホールの舞台にたっていた。

「どうしたもんかねぇ。正ちゃんのセリフおぼえのわるさは」
「はは……」

 台本で胸のあたりをグリグリされながら、そんなことを言われる。
 この人エスが強いからなー。
 下側だけにふちのある赤いフレームのメガネをかけた、165センチぐらいのすらっとした女子。
 この人が演劇部の三年の部長だ。
 そういうヒトしかこの部にいないってわけじゃないけど、部長も顔面偏差値がそうとう高い。……おれには負けるけどな。

「うーん。ちょっと正ちゃん、いったんケイコからはずれよう。そのへんで休憩してちょ」

 おれは舞台のそでに移動した。
 はぁ……またこのパターンかよ。
 いったんメインどころに組まれるものの、やっぱりダメだと言われてはずされる。
 あーあ……

 ――思う
 ――と思う
 ――大好きなんだと思う

 頭の中では輪唱のように、体育のときに聞いたアレが回りに回っていた。
 このおかげで、さっきのセリフもトチったんだ。
 はぁ~……っ! いかん! もうため息はやめよう。 

「飲むかい?」
片切かたぎり

 同じ部の元カノが、ペットボトルの水をもってきてくれた。
 頭の高いところで結んだツインテール。身長も体重も小学生なみのミニな女子。

「サンキュー」
「ノー」一瞬でペットボトルをひっこめた。「正しい発音はこう。サンキュー」
「おれには、そんないい発音はできないよ」
「ふふ」

 壁に背中をつけて三角座りするおれに、片切は水を投げた。ちょうどそれが、ひざとひざの間にスポッとはいる。

「おまえはなんか役もらえたのか?」
「もらえたよ。ストレッチしよ」

 おれの正面に同じように座って、おれの両手をとる。

「嫌われ者のイヤミな帰国子女の役。ピッタリでしょ?」
「……だな」
「実際、私ってクラスで浮きまくってたからね~。あざといツインテに、あざとい演劇部でさ」
「部活は関係ねーよ」
「一番デカかったのは、みんなより〈一つ年上〉ってところだったかな。海外に一年間留学してたから、ま、しょうがないんだけどね」

 そう。
 片切は年齢でいえば、おれよりも上。

「クラスに親しい友だちもいなくて……そこで正だよ」
「えっ?」
「去年の文化祭のあと、キミが告白してくれて、私たちつきあいはじめたでしょ? あれでさ、だいぶ風向きが変わったんだよね~」

 それは初耳だ。

「クラスのみんなの見る目が変わった。で、壁がなくなったみたいに、気軽に話しかけてくれるようになって」
「うん」
「だから正は」ぐぃぃぃ、っと片切は両手をひいた。「私の恩人。ね? 今みたいに落ちこんでたら、いつだってなぐさめてあげるんだから」

 そう言って、ぐっ、と親指をたてる。
 いいこといってくれるぜ。
 おまえは、いい元カノだよ片切。
 やがて舞台での練習も終わって、ジャージ姿の演劇部がひきあげていく。

「正ちゃん」

 背後から部長に声をかけられた。

「すまんな。役をはずして。なんていうか、クリスマス公演のあれはな、ぶっちゃけ『セリフ忘れました』の空気が出たら完全にオシャカになるタイプのシリアスな芝居だから……」
「わかってます。おれバカですからね。もっと勉強しますよ」
「おお、なんとキュンとくるポジティブ!」

 部長は両腕で自分を抱きしめる。
 がこん、と音がして照明が落ちた。
 青っぽいライトだけになる。部長の向こうに、ずらっとならぶ無人の観客席がみえる。

「正ちゃん、その代わりといってはなんだが、一つ提案がある」
「はあ……」

 なんだ?
 このタイミングで退部をすすめられるなんて、ないよな?

「ほかでもない」

 ドゥロロロロロ……とスピーカーから音。ドラムロール。
 えっ?
 なにこれ?
 サプライズかなんかか?

 ドラムがとまった。

「一人芝居をやれっ‼」

 うぇーい、とわきにかくれてたみんなが拍手しながら出てきた。
 照明もついた。
 さらに部長は言う。

「テーマは〈告白〉! おまえが大事な誰かに告白をする芝居なのじゃあ~~~‼」

 じゃあ……じゃあ……じゃあ……と、長引くエコー。
 やまない拍手。
 ことわれない空気。
 もう、やるしかないみたいだ。
 それはいいよ。
 一人芝居はいいし、テーマが告白ってのもいい。
 問題はひとつだけ。
 告白の相手って――だれ?

 ◆

「よかったじゃない、正」となりを歩く片切がいう。「ダイバッテキだよ? まあ……日ごろから正のエチュードのうまさには、みんな一目いちもくおいてたからね」 
「エチュードって……あの、好き勝手やっていいやつ?」
「そう、即興の劇。自覚があるか知らないけど、正ってアレ、天才的なんだから」

 たしかに、いつもおどろかれる。
 ナチュラルすぎて、びっくりするんだ。
 素直にやってるだけなんだけど……セリフを思いつかないときは「思いつかねー」とか言って。

(それどころじゃないけどな)

 今は「大好きだと思う」発言で、まだ心がゆれている。

「クリスマス、楽しみだな~」
「はは……」

 学校から駅までの道を、片切と二人で歩いている。
 あたりは、まあまあ暗い。
 冬は、夜になるのがはやいからな。まだ7時にもなってないと思うけど。

「チカンがでたら、ヘルプだよ正」
「でねーよ。そんなん……」

 と言いつつ、心配だ。
 こいつを一人だけで夜道を歩かせたら、どんなイレギュラーがあるやら。
 彼女でもないのにツーショットで下校する理由の、大部分はそれだったりする。

「ほう。前をいくのも、私たちと同じくカップルのようじゃのう」
老婆ろうばの役はいいよ、片切…………っ⁉」

 あれは。
 チャリをひく男子と、その横をあるく女子。
 あのシルエット。
 ゆうだ。

「やっぱり、あの子は正の幼なじみちゃんだったか」
「片切」
「ん?」
「なんで早歩きになってんだよ」
「ムフフ」

 簡単なことだ。
 ぴっ、と手をひけば、片切のいさみ足はとめられる。
 なんだかんだ、ついていってるおれって……。

 会話がきこえる距離に入った。

「……本気?」

 これは勇の声。
 おれと片切は、勇のすこしうしろで、ニンジャのように気配を消していた。

「ほんとに……本気なの?」
「ああ。おれ、もう決めた。家族も、その日は旅行で、家には……誰もいないから」
「でも」
「勇ちゃん!」

 男のほうが足をとめた。
 反射的に、おれも片切もスクワットのようにして体を落とす。

「おれ、勇ちゃんのこと、まじで好きだから」
「……うん」
「つきあって、そろそろ一年以上になるだろ? 勇ちゃんが好きだから……ずっといっしょにいたいと思うんだよ」

 どっ、どっ、と力強く全身に血がめぐるのを感じる。
 盗み聞きのうしろめたさもどこへやら、一言ひとことも聞き逃すまいと必死になっている、自分がいた。
 いのってる自分もいる。
 祈るって、なにを?
 クリスマス公演のことで、神サマが頭に残ってるからか?

「クリスマスの日。お、おれの」

 勇と彼氏が、10センチぐらいの身長差で向かい合っている。
 影絵のようで、彼氏の口元だけが、パクパクとちいさく動いている。
 その動きが、急にはやくなった。
 
「家にきてくれないか!」

 言った。
 いくらニブくてもわかる。
 それってそういう意味だって。
 バカなおれでさえわかったんだから、勇にわからないわけがない。

(返事は……?)

 ちょうどそこで、原付が横をとおりすぎた。バリッバリにエンジンをふかして。

(えっ? おい! 勇はどう答えたんだ?)

 ふたたび二人があるきだす。
 追いかけようとすると、

「ダメ。なんか警戒されてる。じっとしてて」

 片切がおれのそでを引く。
 しかたなく、しばらくそこで待機した。
 もう二人の姿は見えない。

「片切……きこえた?」
「パードン?」
「まじで」
「うっ……そんな真剣にならないでよ。かわいい冗談じゃん」
「どうだった?」
「きこえてない」

 片切は断言した。
 ふざけるのが大好きなこいつの言うことだからあやしいが、ここは信じよう。
 片切も女の子だ。おれは〈女の子は信じる〉ことにしている。 
 ただね、と、そこに思わぬ追加情報があった。


「ほんのちょっと、うなずいてたような気もする」

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