正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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考えるよりも、はやく

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 幼なじみのクリスマスの予定がうまる瞬間に、立ち会ってしまった。
 もちろん相手はおれじゃなくて。
 がわるくて返事を聞きのがしたのが、残念、というか気になるというか……。

(でも、かりに返事を聞いたとしても――)

 おれには関係なくないか?
 ドラマみたいに「やめろよ」なんて言うわけじゃないし。

「正。さっき、なんでコンビニ寄ったの?」
「いや……あのまま駅にいってたら、ハチあわせてたからさ」

 片切かたぎりの目が細くなった。
 赤いマフラーを少し口元から下げて、

「ハチあわせても、いいじゃん」
「気まずいだろ。幼なじみに、彼氏といっしょのところを見られるのって」
「そーかなー」

 じゃね、と片切はかるく手をふって、階段をあがっていった。
 ここは駅の中の連絡通路。
 おれはさらに前進して、つきあたりの階段をのぼる。
 考え事をしながらだから、一段一段、ゆっくりあがってる。
 その何段目かで、

「ロリ?」

 と、ふいうちをくらった。

「センパイ、ロリなんですか?」

 ハッとするほどあざやかな赤いブレザーを着た女の子。
 友だちの妹、ゆうちゃんだ。

「まさか、さっきのロリっ子がセンパイの本命? なら、わたしにもチャンスがありそうですね。あの子より胸はあるし、たぶん夜のテクニックもわたしのほうが……」
「ちょ、ちょっと待って、いろいろ急だな」
「待ちません。女の子はいつだってフルスピードなんですよ、センパイ」

 ぐいっ、と腕をとられた。
 当然のごとく、おれのひじあたりに、あててくる。
 階段の上のホームから、つよい風がふいてくる。
 優ちゃんのポニーテールが、こいのぼりのように横向きに流れた。

「ずーーーっと待ってました。そこの駅前のカフェで」
「そうなんだ」

 ホームを移動して、あいているベンチにすわった。
 にゃん! と元気よく言い、優ちゃんはおれの肩に頭をのせる。

「もう〈つきあってる〉ってことでもいいですか?」
「それは……ちょっとちがうかな」
「ならセンパイ、おしえてくださいよ。本命は誰ですか? わたし、その子と勝負がしたいです」
「本命も何も、おれ今、彼女はいないから……」

 スマホから音が鳴った。
 ラインか?
 どうやらおれじゃなく、優ちゃんのようだ。

「あっ。まーたかぁ」

 おれの肩を枕にしたまま、高速でフリック入力をはじめた。
 こういうのは、いけないことだ。
 と思いつつ、おれの目は、こっそりと彼女のスマホの画面をのぞく。

(!)

 この内容は、もしかして――

「元カレ?」
「そうです。エンリョせずに、もっとしっかり見ていいですよ」
「もう一度あいたい、とかあるけど」
「ありますね」
「おれがわるかった、とか」
「はい」

 どれに対しても、ようしゃないリプを返してる。
 けっこうエスなんだな――じゃなくて、これって、相手が仲直りしたがってるんじゃないか?

「まったく。もう……」

 そして、素直になれない優ちゃん。
 なんとなくわかってきた。この二人がどういう状況なのかが。
 と、おれにもラインがきた。

ゆうだ)

 あいつ……。
 このタイミングでくるってことは、内容はたぶん、クリスマスのアレのことしかないよな。
 どうしよう。
 いったんスルーするか?

「あやしい~~~」

 優ちゃんが、おれの顔を横からのぞきこんで言う。

「あやしくないって。家族からだし」
「ほんとですか~?」

 と、優ちゃんがおれのスマホに手をかけようとしたとき、

「あっ!」

 彼女のスマホが手からはなれた。
 地面に落ちる。
 ここからが、我ながら神ワザ。
 頭じゃなんも考えてないのに、にゅっ、と自然に左手がのびた。

 キャッチ。

「すごーい!」口元に手をあてる。「今のすごかったです! やっぱり、センパイは死ぬほどかっこいいですよっ‼」
「はは……」

 彼女のスマホの画面、すでにバッキバキにひびが入っていたけど、ひびはすくないほうがいいだろう。
 ささやかなファインプレーができて、おれもちょっと元気がでた。
 それから電車にのって、優ちゃんとわかれて、家が近づくまでスマホはさわらなかった。
 いつだって勇からの連絡はすぐにチェックしてたのに。
 こんなことは、はじめてだ。

(ええいっ‼)

 夜道で一人、スマホをひたいにあててカットウするおれ。
 街灯に照らされて立っている姿も、ぶっちぎりでかっこいい。自分じゃ見れないけど。
 ただ――えんえんと迷いつづけているのは、かっこわるい。

(よし、いくぞっ‼)

 覚悟をきめて、みた。

「まだ帰ってないの?」
「トンカツ、ぜんぶ食べちゃうよ?」

 おれは力が抜けた。
 こんなバカな。
 ゆ、夕食の話題かよ。

(まあ、おれが勝手に決めつけてただけだけど……)

 食べ終えて、部屋にもどると、

「おかえり」

 勇が、クッションに座っていた。
 服はいつものように、白Tに黒いショーパン。
 あぐらでくつろぐことが多いのに、今は、クッションにおしりをつけて〈W〉の字みたいに足を曲げて座っている〈女の子すわり〉のポーズ。
 めずらしいな。
 おれは学習机の前の椅子にすわる。

「正。どう、14人目はみつかりそう? もう目星ぐらいはついてる?」
「んー」優ちゃんのことが頭に浮かぶ。が、現時点では〈正しい恋〉の候補ではない。「まだ、だな」
「じゃ、私がなりまーす」ばっ、と手をあげた。瞬間的にわきから、もうちょっと奥のほうまで見えてしまってドキッとする。
「おまえには彼氏がいるだろ」

 にっ、と勇は笑った。
 その顔がグラデーションみたく、だんだんまじになって、

「……やっぱり、だいぶよくないみたい」
「ばあちゃん?」
「年を越せるかどうか……って」

 おれは言葉をうしなった。
 いま入院している、ばあちゃん。
 おれをだい~~~っに育ててくれた、たいせつな人だ。
 いなくなってほしくない。もっともっと長生きしてほしい。できれば元気になってほしい。

「最近、よく言ってるんだって。『正の彼女がみたい』って。『みて安心したい』って」
「うん……」
「私が彼女だと、だめ?」

 えっ、とおれは下げていた視線をあいつに向けた。

「あ。誤解しないでね。ほんとの恋人っていうことじゃなくて、安心してもらうためにっていうか……」
「ばあちゃんに、ウソつくのか?」
「たとえばそういうやりかたもあるでしょ、って話」
「わるい、勇。それは絶対にないよ」 
「そこまで言わなくていいじゃん」

 ぷー、と勇はほっぺをふくらます。

「そんなに私がイヤ?」
「ちがうよ。だますようなことは、したくないんだ。それに……ばあちゃんだって、まだずーっと生きるかもしれないだろ?」

 勇は何も言わない。
 おれは無言でいるのがつらくなって、つい、

「ところでクリスマスはどうするんだ?」

 と質問してしまった。

「うん」

 勇は、ためらいもなくこたえた。

「彼氏んいく」
「……だと思ったよ」

 おれは心のうちをかくしたくて、反射神経で即答した。
 圧倒的なスピード。
 なんだったら、あいつが言葉を言い切る前におれも言いはじめて、一文字か二文字ぐらいかぶってたと思う。

「ウソばっか」
「ウソじゃないよ」
「あー、なんかつまんない。もう自分の部屋にかえろっと」

 勇は立ち上がった。
 背筋をシャンと伸ばしたいい姿勢、きれいな後ろ姿だ。

「……じゃあね」

 勇がノブに手をかけた。
 その〈手〉を、おれはつかんでいた。

「いくなよ、勇」
「え……」
「いくな。彼氏の家になんか、いくな」

 おれは勇をうしろから抱きしめた。
 自分は、いつ椅子から立って、勇に近づき、その体にれたんだろう。
 気がつけば、うごいていた。
 勇をキャッチしていた。

「正」

 肩ごしにふりかえる。
 顔は、よく見えない。

「あ、わるい!」

 あいつの体から手をはなす。
 今のおれの、頭はえてる。
 とっさに言いわけができあがった。
 演劇部の練習。
 そういうことにしたらいい、って。

「これ……クリスマス公演の練習で、な。大事なシーンだから、ずっと気にかかって――――」

 あいつは笑顔になった。
 そしておれのベンカイをさえぎって、

「だと思った」

 得意げに、そう言う。

「まじか?」
「まじまじ」ぽん、とおれの肩を押す。「女子にさわる口実なんでしょ? このエッチ」
「いや……」
「正が『いくな』なんて、私に言うわけないもんね~」

 勇は部屋を出ていった。
 ん?
 いつも明るくハキハキの勇が、めずらしく音声をミュートした?
 めっちゃ小さな声。
 それが聞こえたのはドアをしめきった、ほんの一秒後。


「……でもちょっとだけ、うれしかったよ……」

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