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揺れ
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たまたま、ってことはある。
たとえばおれと彼女は、たまたま名前が同じだ。正と翔で、漢字がちがうだけ。
それに、あの子は髪型をよくかえていた。
たまたま、おれの元カノと同じヘアスタイルになっても、べつに――――
「ちょっ。おまえもくるのか?」
「いーからいーから」
急いで階段をおりるおれのうしろを、児玉がついてくる。
「あれだけの女の子を前にして、ただのギャラリーじゃいらんねーよ。おれにだってワンチャンあるべ?」
ツンツンした前髪の先を指でねじりながら言う。
こいつには「おまえ彼女いるだろ」というリクツはつうじない。さらに「彼女をキープする」という、おれにはすこし理解しがたい考え方までもっているヤツだ。
「邪魔はしないでくれよ」
「しねーよ。おお! やっぱレベル高ぇー!」
校門のそばで立っている星乃さんがおれに気づき、ぺこっと頭をさげた。
彼女のバックに、赤い夕日がある。
「正!」
「どうしたの、おれの学校まできて……」
「会いたかったから」
言葉もまなざしも、まっすぐ。
はやくもハートがやられそうになる。
いや……やられてる場合じゃないんだ。
おれは彼女を、好きになりすぎちゃいけない。
「ありがとう。うれしいよ、おれに会いに来てくれて」
「いいえ」
「それで、その、言いにくいんだけどさ」
「はい?」
「ちょっといっしょに帰るのは、むずかしいかなって」
シズむ、とみたが、おれの予想ははずれた。
気落ちした様子もみせず、ぜんぜん平気な顔をしてる。
「今から補習ですか? それとも部活?」
「え……」
おかしい。
どうしてこんなにピンポイントで当ててくる?
おれ、成績がよくなくて補習を受けてるなんて、彼女にぶっちゃけただろうか……?
「あー、えっと、両方あるんだ。補習が終わったあとで部活にも出ないといけなくて。ざっと二時間以上はかかるから――」
「まちます!」
すっきりと出したおでこの下のつぶらな瞳が、おれをじっと見る。
「そんなことさせられないよ。寒いし、だんだん暗くなってくるし、一人ぼっちだし」
「大丈夫です。私、まちますから」
「オッケーわかった‼」
おい児玉。
ここで出てくるなよ。
「じゃあ、おれが時間つぶしの相手になるぜっ。おごるから駅前のカフェにでも――」
「けっこうです」
くるっと回って背中を向けた!
ここまで圧倒的な〈NO〉には、そうそうお目にかかれない。
言葉も態度も、カチンカチンに冷たい。
「そ、そっか…………。おう……じゃ、また明日な、ショー……」
がくんと肩とテンションを落として、児玉が遠ざかってゆく。
おれも13回もフラれてはいるが、今この瞬間のあいつのダメージのほうがはるかに大きいような気がする。
「私、ああいう人きらいです。初対面なのになれなれしいなんて」
「でもいいヤツだけど」
さっ、と彼女が目線をおれからはずす。
数秒の静かな間。
北風が星乃さんの長い髪をゆらす。ウェーブでうねっている部分が、ところどころキラキラひかってる。
いつのまにか、すこし人だかりができていた。おれたちを丸く囲んで。
やばい。
注目を浴びてるのがじゃなくて、そろそろ補習開始のチャイムが鳴る。
「星乃さん。とにかく、今日はおれを待たずに帰ってほしい。たのむ」
「私のことなら、気にしなくていいのに。やっぱり正ってやさしい……」
おれと目線と彼女の目線が交わった。
まただ。この感覚。目を外すことができない、フシギな魔力。心を揺さぶられて、ずっと見つめていたいと思ってしまう。
「正!」
おれを呼ぶ声にハッとする。
これは勇。
数えきれないほど耳にしてきた、あいつの声だ。
この声で、安心した自分がいる。
おれはやっぱり――
「アンタ、ダブってもいいの?」
おい。
いくら幼なじみでも、それが一言めで言うことかよ。まわりのみんなも聞いてるのに。
しかし、なんだこの、胸の奥からホッとする感じは。
「勇……」
「ほら、はやく」
と、顔をおれに向けたまま教室のほうを指さす。
「家にもどったら話そ? 私、正に伝えたいことがあるから」
「えっ」
とことこ歩いて、おれと星乃さんの間に割って入る勇。
何を言いだすのか、と待っていると、
「ここは私と帰ってみるのはどう? そしたら正の小さいときのイロイロも教えてあげるよ?」
「……興味ぶかいですね」
チャイムが鳴った。
じゃおれ補習に行くからなあとはたのんだぞ勇、と舌をかみそうな早口で言って教室にかえる。
(イロイロってなんだよ)
いったいどんな恥ずかしい思い出をバクロするつもりだ?
心当たりがありすぎて、おれは気が気でない。
ダッシュで階段を上がって、廊下の窓から校門を見下ろすと、二人はもういなかった。
◆
ジタバタしたって時間はない。
なるようになるだけだ……っていうのはクリスマス公演の話。
学校の外でやるイベントだからあまり教室とかでは話題にならないけど、一応、うちの演劇部が一番チカラを入れている。ひそかに業界の人もめっちゃくるらしい。
(おれが一人芝居って)
大丈夫か?
今さら「やめます」とは言えないが。
(テーマは『告白』……)
一人でやるんだから、もちろん舞台の上にはおれ以外に誰もいない。
すなわち告白相手をイメージしなければならない。
たぶん初恋の人の、塔崎さんを思い描くか? いや、フラれてるっていう事実があるからダメだ。同じ理由で元カノの12人もダメ。
ちがうだろ。
おれはどうして、こうやって目をそらしてしまうんだ?
告白したい相手は、一人しかいないだろ。
「どーぞ」
ノックの返事があって、勇の部屋に入る。
あわい黄色をベースにして、女の子らしい小物がたくさんあって、なぜかおれの部屋とちがっていいにおいのする部屋。
時間は9時。この時間になったら私の部屋にきて、ってあらかじめ言われてたから。
「さてさて……何から話そうかなー」
ぽふっ、とクッションの上におしりを落とす勇。リラックスしきった、あぐら。
ただいつもとちがい、服がだらしなくない。
首回りが少しヨレたTシャツにショートパンツじゃなく、しっかり上までジッパーをしめたグレーのパーカーに白いハーフパンツという服装だ。めずらしい。
(おれを〈男〉として警戒してるのか? ……まさかな)
とりあえずこっちからジャブを打つことにする。
「星乃さんには、なにを話したんだ?」
あー、と勇はつぶやく。
「あー、じゃなくて」
「いやさぁ、あの……しゃべってないんだよね」
よく聞けば、今日の帰り道、どっちもほとんどしゃべらなかったという。
ゾクッとした。
なにかイヤな予感というか、わるい何かが水面下で進行しているような……。
「ま、まあ、おまえとちがって彼女はシャイだからな」
そうお茶をにごして、話題をかえる。
「ところで、おれに伝えたいことってなんだ?」
勇はローテーブルに頬杖をついている。
おれはクッションに座ったままで、気持ち背筋をのばした。
「だいたい、わかるでしょ?」
「土曜日のことか?」
「うん……」
頬杖をやめる。
そして、正座になって、ふかぶかと頭をさげた。
「ごめん」
言い終わると、ばっ、と下げたときの倍のスピードで頭を上げる。
「はー、すっきりしたーっ!」
はればれとした顔で言い、気持ちよさそうに両手を「うーん」とのばす。
手をのばした瞬間、小さく胸が揺れたな――とか言ってる場合じゃなくて。
あっけにとられる、おれ。
何に「ごめん」なのか、まったくわからない。
「勇」
「あやまった理由でしょ? それはね……私が勝手に落ちこんじゃって、正に迷惑をかけたから」
「迷惑とかは、思ってないけど」
ふっふーん、と勇はなぜかドヤ顔をする。
姿勢も、あぐらにもどした。
人差し指の先をおれに向け、トンボの目を回すようにくるくると回す。
「私、正ならそう言ってくれると思っていたよん」
「迷惑でもないし、あやまる必要もないよ。おれとおまえの仲だろ?」
「キュンとすること言うじゃん」
「そもそも、どうして落ちこんだんだ?」
やっぱりあのキスか? とつづけそうになった。
だがブレーキをふむ。
なんとなく、あのキスのことは勇には思い出してほしくないからだ。
「どうして? んー……自己嫌悪っていうのかな……なんかね、あの場に私がいたこと自体、正にわるいような気がしてさ」
「わるくないだろ。そんなにアヤしいパーティーでもなかったし」
「ははっ。そうだよね」
勇が笑ってくれて、部屋がいいムードになった。
押せ! と、おれは心で思った。
ただし、つきあってくれとか彼女になってくれのド直球じゃなくて――――
「と、ところで」
つきあいが長すぎて家族にまでなろうとしている女の子の前で、おれは緊張している。
「クリスマスは……どうするんだ?」
「ん?」
「もう〈彼氏〉との予定はなくなっただろ? おまえに〈彼氏〉なんか、最初からいなかったんだから」
「トゲのある言い方だなー」ぷー、とほっぺをふくらませる。「彼氏じゃなくても、私にだって言い寄ってくる男の子ぐらいいるんだから」
「それ……丈のことか」
「じつはさ、またバイクに乗らないかってさそわれてるんだよね。で、イブの日に、二人で遠出してみないかって」
丈。
星乃さんの兄キ。
機嫌よくしゃべる勇のうしろにあいつがチラついた気がして、おれは揺れた。
ブレーキが壊れた。
「やめとけよ」
「えっ?」
「知らないのか。星乃丈って、よそで暴力事件を起こしたせいで転校してきたって――――」
喜怒哀楽、どれでもないような勇の顔。
もとから静かだったけど、さらに静かになったような部屋の中。
もう後悔はしてる。言わなきゃよかったって。
「正……それ、丈のヤツが自分で言った? あいつが私に話してもいいって……自分から言った?」
「あ、いや」
「バカ! そんなの…………かるがるしく言っていいことじゃないでしょ!」
ばん、と手のひらでテーブルをたたく。
その振動で、テーブルの上のペットボトルが揺れて床にころがった。
「おれは……」
「出てって」
勇が横顔を向ける。
さっきの勇のように「ごめん」とあやまろうにも、今はタイミングがわるい。
仕方なく立ち上がる。
目にとまったのは、出窓のとこにあるミニサボテン。
トゲトゲのてっぺんにある小さな白い花は、しおれていた。
(口がすべったな……丈にもわるいことをしたか)
ただ言いわけをさせてもらえるなら、おれは本当に、勇のことが心配だったんだ。
こうして、また勇との間にミゾができてしまった。
いつ仲直りできるんだろう。
もう明後日は、クリスマスイブだっていうのに。
たとえばおれと彼女は、たまたま名前が同じだ。正と翔で、漢字がちがうだけ。
それに、あの子は髪型をよくかえていた。
たまたま、おれの元カノと同じヘアスタイルになっても、べつに――――
「ちょっ。おまえもくるのか?」
「いーからいーから」
急いで階段をおりるおれのうしろを、児玉がついてくる。
「あれだけの女の子を前にして、ただのギャラリーじゃいらんねーよ。おれにだってワンチャンあるべ?」
ツンツンした前髪の先を指でねじりながら言う。
こいつには「おまえ彼女いるだろ」というリクツはつうじない。さらに「彼女をキープする」という、おれにはすこし理解しがたい考え方までもっているヤツだ。
「邪魔はしないでくれよ」
「しねーよ。おお! やっぱレベル高ぇー!」
校門のそばで立っている星乃さんがおれに気づき、ぺこっと頭をさげた。
彼女のバックに、赤い夕日がある。
「正!」
「どうしたの、おれの学校まできて……」
「会いたかったから」
言葉もまなざしも、まっすぐ。
はやくもハートがやられそうになる。
いや……やられてる場合じゃないんだ。
おれは彼女を、好きになりすぎちゃいけない。
「ありがとう。うれしいよ、おれに会いに来てくれて」
「いいえ」
「それで、その、言いにくいんだけどさ」
「はい?」
「ちょっといっしょに帰るのは、むずかしいかなって」
シズむ、とみたが、おれの予想ははずれた。
気落ちした様子もみせず、ぜんぜん平気な顔をしてる。
「今から補習ですか? それとも部活?」
「え……」
おかしい。
どうしてこんなにピンポイントで当ててくる?
おれ、成績がよくなくて補習を受けてるなんて、彼女にぶっちゃけただろうか……?
「あー、えっと、両方あるんだ。補習が終わったあとで部活にも出ないといけなくて。ざっと二時間以上はかかるから――」
「まちます!」
すっきりと出したおでこの下のつぶらな瞳が、おれをじっと見る。
「そんなことさせられないよ。寒いし、だんだん暗くなってくるし、一人ぼっちだし」
「大丈夫です。私、まちますから」
「オッケーわかった‼」
おい児玉。
ここで出てくるなよ。
「じゃあ、おれが時間つぶしの相手になるぜっ。おごるから駅前のカフェにでも――」
「けっこうです」
くるっと回って背中を向けた!
ここまで圧倒的な〈NO〉には、そうそうお目にかかれない。
言葉も態度も、カチンカチンに冷たい。
「そ、そっか…………。おう……じゃ、また明日な、ショー……」
がくんと肩とテンションを落として、児玉が遠ざかってゆく。
おれも13回もフラれてはいるが、今この瞬間のあいつのダメージのほうがはるかに大きいような気がする。
「私、ああいう人きらいです。初対面なのになれなれしいなんて」
「でもいいヤツだけど」
さっ、と彼女が目線をおれからはずす。
数秒の静かな間。
北風が星乃さんの長い髪をゆらす。ウェーブでうねっている部分が、ところどころキラキラひかってる。
いつのまにか、すこし人だかりができていた。おれたちを丸く囲んで。
やばい。
注目を浴びてるのがじゃなくて、そろそろ補習開始のチャイムが鳴る。
「星乃さん。とにかく、今日はおれを待たずに帰ってほしい。たのむ」
「私のことなら、気にしなくていいのに。やっぱり正ってやさしい……」
おれと目線と彼女の目線が交わった。
まただ。この感覚。目を外すことができない、フシギな魔力。心を揺さぶられて、ずっと見つめていたいと思ってしまう。
「正!」
おれを呼ぶ声にハッとする。
これは勇。
数えきれないほど耳にしてきた、あいつの声だ。
この声で、安心した自分がいる。
おれはやっぱり――
「アンタ、ダブってもいいの?」
おい。
いくら幼なじみでも、それが一言めで言うことかよ。まわりのみんなも聞いてるのに。
しかし、なんだこの、胸の奥からホッとする感じは。
「勇……」
「ほら、はやく」
と、顔をおれに向けたまま教室のほうを指さす。
「家にもどったら話そ? 私、正に伝えたいことがあるから」
「えっ」
とことこ歩いて、おれと星乃さんの間に割って入る勇。
何を言いだすのか、と待っていると、
「ここは私と帰ってみるのはどう? そしたら正の小さいときのイロイロも教えてあげるよ?」
「……興味ぶかいですね」
チャイムが鳴った。
じゃおれ補習に行くからなあとはたのんだぞ勇、と舌をかみそうな早口で言って教室にかえる。
(イロイロってなんだよ)
いったいどんな恥ずかしい思い出をバクロするつもりだ?
心当たりがありすぎて、おれは気が気でない。
ダッシュで階段を上がって、廊下の窓から校門を見下ろすと、二人はもういなかった。
◆
ジタバタしたって時間はない。
なるようになるだけだ……っていうのはクリスマス公演の話。
学校の外でやるイベントだからあまり教室とかでは話題にならないけど、一応、うちの演劇部が一番チカラを入れている。ひそかに業界の人もめっちゃくるらしい。
(おれが一人芝居って)
大丈夫か?
今さら「やめます」とは言えないが。
(テーマは『告白』……)
一人でやるんだから、もちろん舞台の上にはおれ以外に誰もいない。
すなわち告白相手をイメージしなければならない。
たぶん初恋の人の、塔崎さんを思い描くか? いや、フラれてるっていう事実があるからダメだ。同じ理由で元カノの12人もダメ。
ちがうだろ。
おれはどうして、こうやって目をそらしてしまうんだ?
告白したい相手は、一人しかいないだろ。
「どーぞ」
ノックの返事があって、勇の部屋に入る。
あわい黄色をベースにして、女の子らしい小物がたくさんあって、なぜかおれの部屋とちがっていいにおいのする部屋。
時間は9時。この時間になったら私の部屋にきて、ってあらかじめ言われてたから。
「さてさて……何から話そうかなー」
ぽふっ、とクッションの上におしりを落とす勇。リラックスしきった、あぐら。
ただいつもとちがい、服がだらしなくない。
首回りが少しヨレたTシャツにショートパンツじゃなく、しっかり上までジッパーをしめたグレーのパーカーに白いハーフパンツという服装だ。めずらしい。
(おれを〈男〉として警戒してるのか? ……まさかな)
とりあえずこっちからジャブを打つことにする。
「星乃さんには、なにを話したんだ?」
あー、と勇はつぶやく。
「あー、じゃなくて」
「いやさぁ、あの……しゃべってないんだよね」
よく聞けば、今日の帰り道、どっちもほとんどしゃべらなかったという。
ゾクッとした。
なにかイヤな予感というか、わるい何かが水面下で進行しているような……。
「ま、まあ、おまえとちがって彼女はシャイだからな」
そうお茶をにごして、話題をかえる。
「ところで、おれに伝えたいことってなんだ?」
勇はローテーブルに頬杖をついている。
おれはクッションに座ったままで、気持ち背筋をのばした。
「だいたい、わかるでしょ?」
「土曜日のことか?」
「うん……」
頬杖をやめる。
そして、正座になって、ふかぶかと頭をさげた。
「ごめん」
言い終わると、ばっ、と下げたときの倍のスピードで頭を上げる。
「はー、すっきりしたーっ!」
はればれとした顔で言い、気持ちよさそうに両手を「うーん」とのばす。
手をのばした瞬間、小さく胸が揺れたな――とか言ってる場合じゃなくて。
あっけにとられる、おれ。
何に「ごめん」なのか、まったくわからない。
「勇」
「あやまった理由でしょ? それはね……私が勝手に落ちこんじゃって、正に迷惑をかけたから」
「迷惑とかは、思ってないけど」
ふっふーん、と勇はなぜかドヤ顔をする。
姿勢も、あぐらにもどした。
人差し指の先をおれに向け、トンボの目を回すようにくるくると回す。
「私、正ならそう言ってくれると思っていたよん」
「迷惑でもないし、あやまる必要もないよ。おれとおまえの仲だろ?」
「キュンとすること言うじゃん」
「そもそも、どうして落ちこんだんだ?」
やっぱりあのキスか? とつづけそうになった。
だがブレーキをふむ。
なんとなく、あのキスのことは勇には思い出してほしくないからだ。
「どうして? んー……自己嫌悪っていうのかな……なんかね、あの場に私がいたこと自体、正にわるいような気がしてさ」
「わるくないだろ。そんなにアヤしいパーティーでもなかったし」
「ははっ。そうだよね」
勇が笑ってくれて、部屋がいいムードになった。
押せ! と、おれは心で思った。
ただし、つきあってくれとか彼女になってくれのド直球じゃなくて――――
「と、ところで」
つきあいが長すぎて家族にまでなろうとしている女の子の前で、おれは緊張している。
「クリスマスは……どうするんだ?」
「ん?」
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「トゲのある言い方だなー」ぷー、とほっぺをふくらませる。「彼氏じゃなくても、私にだって言い寄ってくる男の子ぐらいいるんだから」
「それ……丈のことか」
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丈。
星乃さんの兄キ。
機嫌よくしゃべる勇のうしろにあいつがチラついた気がして、おれは揺れた。
ブレーキが壊れた。
「やめとけよ」
「えっ?」
「知らないのか。星乃丈って、よそで暴力事件を起こしたせいで転校してきたって――――」
喜怒哀楽、どれでもないような勇の顔。
もとから静かだったけど、さらに静かになったような部屋の中。
もう後悔はしてる。言わなきゃよかったって。
「正……それ、丈のヤツが自分で言った? あいつが私に話してもいいって……自分から言った?」
「あ、いや」
「バカ! そんなの…………かるがるしく言っていいことじゃないでしょ!」
ばん、と手のひらでテーブルをたたく。
その振動で、テーブルの上のペットボトルが揺れて床にころがった。
「おれは……」
「出てって」
勇が横顔を向ける。
さっきの勇のように「ごめん」とあやまろうにも、今はタイミングがわるい。
仕方なく立ち上がる。
目にとまったのは、出窓のとこにあるミニサボテン。
トゲトゲのてっぺんにある小さな白い花は、しおれていた。
(口がすべったな……丈にもわるいことをしたか)
ただ言いわけをさせてもらえるなら、おれは本当に、勇のことが心配だったんだ。
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