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ゴールデン・バッド
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幼なじみが金髪になった。
べつに髪の色を変えるぐらい、なんにもわるいことじゃない。
問題はほかのところに、たかく山積みになっている。
「勇! ……だよな?」
「……」
「勇。頭、それカツラか?」
「……」
「なんでこんな場所にいるんだ?」
目をふせた。
しかし、今、たしかに勇の声を聞いたし、見た目だって本人そのもの。
疑う余地なんか一ミリもない。
「……」
「どうしてだまってるんだよ!」
大声で視線がおれたちのほうに集まる。
これが大声を出さずにいられるか。
たのむから「そうだよ」ってあっさり認めてくれ。言って、にこっといつもみたいに笑ってくれよ。
それとも、だまらなきゃいけないような、うしろめたい何かがあるのか?
「Sorry」
それだけ、聞き取れた。
その英単語とともに、赤いスーツの男がおれと勇の間にスッと割って入る。
「丈? おまえは星乃丈だろ?」
問いかけても、こたえない。
片っぽの口角だけをぐーっとななめに上げるフテキな表情。
勇ほど確信はないが、こいつはたぶん丈だ。髪をブロンドにして、目には青いカラコンまで入れている。
「どいてくれ。おれは勇と話がしたい」
「―― ――! ――――」
おそろしく早口の英語。
まったくリスニングできない。
というより、ただまくしたてるためだけに、しゃべっているような感じだ。
「――?」
「いや……わからないです。ちょっと、そこをどいてくれませんか」
赤スーツが「やれやれ」の顔つきでゆっくり首をふる。
これは長期戦か――と思ったその瞬間、すんなりワキにどいた。
あらわれる勇の姿。
白いノースリーブの華々しいドレス。スカートは床をこするほど長い。まるでウェディングドレスだ。
「勇!」
おれの呼びかけに、はっと顔をあげた幼なじみ。
一歩、近寄ったそのとき、
チュッ
と、赤いスーツの男が頭をお辞儀のように下げて、勇の頬にキスした。
ただのアイサツみたいに。
目を丸くしておどろいてる勇。
エアコンの風のせいか、ぶわわっ、とショートの髪の毛先が静電気で逆立ったように浮く。
そのまま、くちびるをつけたまま、男の目だけが横に流れておれを見る。
(勇はオレのものだ)
そんな挑発的な目だった。
「……ちょっと!」
男に手を伸ばそうとしたタイミングで、わーっ! とパーティー会場全体が拍手と歓声で沸いた。
みんなの視線は上に集中している。
ふき抜けの二階の手すりのところに、誰か知らないけど、パーティーの主役のような人がいて両手をふっている。
と、まわりにつられておれもそこを見た一瞬のスキに、
(うそだろ)
男と勇がいなくなっていた。
男……あいつはまぎれもなく丈だ。
丈が、ほっぺとはいえおれの幼なじみに……
「あら? こちらにいらしたの?」
「伊礼院さん」
「まだ、あなたを紹介したい方がおります。さあ、いっしょにきてください」
両手で腕をとって、おれをひっぱる伊礼院さん。
きっちりとまとめたポンパドールの黒い髪が、シャンデリアの光に照らされている。
大急ぎで360度、勇をさがしたけど、いない。
そもそも人の数が多すぎる。
「正さん? どうかなされました?」
「いえ……」
その後も、タイミングをみて勇を見つけようとしたけど、ダメだった。
ではそろそろ、と伊礼院さんの車に乗せられて帰宅したのが夜の9時前。
(いる)
勇のクツ。
外出用のお気に入りの白いスニーカー。学校用のはき古したクツもちゃんとある。
リビングにはいない。
じゃあ、自分の部屋にいるのか……。
食事のとき、勇のお母さんにあいつがいつ帰宅したかをきいてみたら、だいたい一時間前だって言った。
そしてフロに入って、
「あっ」
入れない。
先客がいた。
湯舟につかる勇を見てしまった。「あっ」と声をあげたのは、おれ。
髪は黒かった。
そして、ここが正しく重要なところだが、勇が見られたくないと思う部分はまったく見ていない。
(やってしまったな……ばっちり目も合ったし)
まーでも結果オーライじゃないか?
あいつにどなられる、からの、どうしてあそこにいたんだよ、となって、じつはね……みたいな流れに持っていけそうだ。
しかし……勇も、もっと「入ってるから!」のアピールをしてくれよ。
着替えのスペースはカギかけられないんだから、外のプレートを〈使用中〉にしておくとか、目立つように着替えの服をおくとか、ぱしゃぱしゃ音をたてるとかだな……あまりにも静かで中には誰もいないと思ったぞ。
そろそろ、くるか?
(………………あれ)
こない。
いくら待っても「バカ!」がこない。
それどころか、このクスンクスンいってる音はなんだ?
もしかして、泣いてるのか?
ちらっとみえた姿も、そういえば片方のほっぺをおさえていたし……
(まさか)
アレが原因か?
船の上であいつにされたキスが。
だとしたら――
(いや、今から外行きに着替えてどーするんだよ!)
自分の部屋で、いったん深呼吸する。
ぼすん、とベッドにすわった。
そこでスマホに着信。
ウチのルールで夜間はスマホ使用禁止で親にあずけないといけないんだが、あずけるのをすっかり忘れていた。
(そのルールを友だちはみんな知ってるから、おれに夜に連絡がくるってあんまりないんだけど……)
胸さわぎがした。
それも、かなりわるい予感。
「あ。よかった。レスきた」
ラインしてきたのは、クラスメイトの国府田さんだった。
おたがいに連絡先の交換はしてるけど、彼女とプライベートなやりとりをしたことは一度もない。
もしや告白されるのか、とも思ったが彼女にかぎってそれはないだろう。彼女から〈好き〉のサインを感じたことはないからだ。
ぼんやり頭に浮かんだ国府田さんが、すこし茶色の髪をサッと耳にかきあげる。
「緊急でね。学校じゃちょっと……の内容だから」
「なに?」
「ところで伊良部は元気?」
ドキッとした。
なぜ、いきなりあいつの話になるんだ?
「勇なら元気だよ。どうして?」
「転校生クンになんかされてない?」
なんだ、このラインは。
船でのことを見てきたかのような。
どんどんドキドキがはやくなる。
……お、おちつけ。
こういうときこそ、平常心だ。平常心。
「あのさ、学校の裏サイトでね、よくないウワサがあるの」
「裏サイト?」
「あー! 正クンはそこは知らなくていいの。あそこはうす汚れてるからね、かかわらないほうがいい」
「わかった。じゃ、そのウワサっていうのは?」
衝撃の内容だった。
あいつ……星乃丈が、よそで暴力事件をおこして転校してきたという話。
「確定じゃないけど、どうもマジっぽいんだよねー」
「そうなんだ……。さっき勇のことを気にしたのは?」
「彼のほうがお熱だからよ。教室でもずっとワンアンドオンリーっていうし」
「ワン……? ごめん、英語わからない」
「二人だけの世界をつくってるっていうか、そんなヤツ。女子のグループも、とうとう伊良部のことを避けはじめたみたいでね」
「いや勇はわるくないだろ!」
「おこらない。私、そんなつもりで忠告したんじゃないから」
スマホの画面はそのままで変わらない。
おれはじっと画面を見つめている。
しばらくして、
「とにかく伊良部を気にかけてあげてね?」
と、国府田さんから最後のラインがきた。
おれはベッドに寝た。
やっぱり思ったとおりだ。勇のクラスでの立場が、わるいほうへ進んでいる。
時計をみた。
もう夜もおそい。
明日だ。
明日、おれは――――
(文句を言う‼)
朝の9時。
おれは、となりのとなりのとなりの家のインターホンを押した。
もう決心はついてる。
丈に、おれが言いたいことをぶつける。その結果、どうなったってかまわない。
たぶんあいつはむちゃくちゃケンカが強いんだろう。
おれはボコボコにされる。
たった一つだけ他人にジマンできる最高のイケメンフェイスも、ひじょうに残念なことになるはずだ。
かまわない。
それでもいい。
おれは大切な幼なじみを泣かせたあの男を、絶対にゆるすことができない。
「おー正じゃん」
運よく、玄関から出てきたのは丈。
すこしボサついてる髪は……真っ黒だ。やはり彼もカツラとかだったのか。
「顔……かしてください」
「ははっ。敬語でいうセリフじゃねーな、それは」
ダルそうに言ったが、それでも彼はおれについてきてくれた。
上下黒のジャージの上に、こげ茶色の革ジャンを着ている。
近くの公園のベンチに、どかっと腰を下ろす丈。
「朝はえーから、誰もいねーな」
「昨日の話ですけど」
「おまけにこの寒さだ。さっさと用件をすませてくれ」
「勇にキスを――」
丈の目つきが変わった。
異様にするどい。
ケンカ寸前の空気。
「オマエはナニモンだよ」
「え?」
「勇の恋人じゃないよな。そこについては勇に何度も確認をとったんだ。まちがいはねー」
「それは……」
「たしかに、あのパーティーに勇をさそったのはオレだ。だがムリ強いしたおぼえはない。あくまでも、あいつはあいつの意志であの場にいたんだ。ここまではいいか?」
「勇が……」
「オマエがキスしたことをどーこーっていうなら、それもスジがちがう。だってよぉ、オマエは彼氏でもなんでもないんだからな。オレは勇になら怒られてもいい。グーでなぐってもいいし、ビンタだってよろこんで受けるぜ」
丈は座ったまま、ハグを求めるように両手をひろげた。
「ただしオマエには、とやかく言われたくないね。ま……くちびるを奪ったわけじゃねーんだし、ガタガタさわぐなよって感じかな」
「勇に手をだすな」
「あ?」
おれは、ショードー的というか、何かみえない力で動いていた。
胸倉をつかみ、強引に丈をベンチから立たせる。
「勇はおれの…………」
「ちっ」
イヤそうに、おれの手を手の甲ではらう。
つよい力だ。手首がジンジンする。
「正。今からちょっとクセ―こというぞ。鼻、つまんどけよ」
そうおれに面と向かって言って、にっ、と片方の口角だけをあげる微笑。
「恋に早いモン勝ちはない……ってな」
背中を向けて、丈が公園から立ち去った。
やむをえず、おれも家に帰る。
その日、リビングでくつろいでいたら、テレビでインフルエンサーの特集をしていた。ようするにSNSの有名人のことだ。
「あら? これ星乃さんの息子さんに似てるわねぇ~」
とお母さんが言う。
まさか、と思っておれも見たら、本当に激似だった。
っていうかこれは……
(豪華客船で会ったときの丈じゃないか!)
名前はジョー・スター。
金髪で青い目。長身でモデル顔負けのスタイルに、美形の顔。
(インフルエンサー……だからあんなセレブのパーティーにいたのか?)
なぞが少しとけた。
ところで、今このリビングに、勇はいない。
自分の部屋から、出てこないんだ。
部屋の外から声をかけても、返事はない。
(……あいつらしくないな)
落ちこんでるんだろうか。
でも何が理由で? やっぱり、キスされたことか?
くそっ。
もっとキツーーーく、丈に文句を言っとくべきだったか……。
「どうした? 元気ないな」
月曜日の朝、おれをみかけた紺野の第一声がそれだった。
勇の落ちこみがおれにもデンセンしたみたいだ。
児玉のヤツは、なんも気にしてなかったけど。
授業もうわの空。
あっというまに放課後になった。
「やべー! やべーって‼」
一度教室を出ていった児玉がもどってきて、補習の準備をしていたおれのところにやってくる。紺野はもう部活にいってて、いない。
「どうしたんだよ」
「あれはスト値が9……いやひょっとして10かぁ? テンションあがるわー」
「おい」
「いーからいーから」
おれを手招きして廊下につれ出す。
ちょうどここから、学校の正門が見下ろせる。
門の近く、人の流れをさけて、ぽつんと立っている他校の女子。赤いブレザー。
「あの子だよ。やべーだろ? ぶっちぎりでかわいいじゃんよ!」
「翔」
「へっ? ショーってなに」
「彼女の名前。おれ、あの子を知ってるんだ」
まじか? さすがショーだぜっ! と、児玉はうれしそうに言う。
ははは……と愛想笑いを返しながら、おれは心中おだやかではない。
彼女――星乃翔が突然あらわれたのは、もちろんおどろきだ。
しかし、それとはちがう角度のショック。
ホラーといっては彼女にわるい。だが、こわいものに触れたときに近い感情になっている。
おれの背中を、つめたい汗が一筋、ツーッと流れていった。
(どうして、あの〈髪型〉にしてるんだ? まるっきり、伊礼院さんと同じじゃないか)
はるか遠くに見える彼女は、前髪をすべて上げてまとめるポンパドールと呼ばれるヘアスタイルにして、ロングの髪にはゆるやかなウェーブをかけていた。
べつに髪の色を変えるぐらい、なんにもわるいことじゃない。
問題はほかのところに、たかく山積みになっている。
「勇! ……だよな?」
「……」
「勇。頭、それカツラか?」
「……」
「なんでこんな場所にいるんだ?」
目をふせた。
しかし、今、たしかに勇の声を聞いたし、見た目だって本人そのもの。
疑う余地なんか一ミリもない。
「……」
「どうしてだまってるんだよ!」
大声で視線がおれたちのほうに集まる。
これが大声を出さずにいられるか。
たのむから「そうだよ」ってあっさり認めてくれ。言って、にこっといつもみたいに笑ってくれよ。
それとも、だまらなきゃいけないような、うしろめたい何かがあるのか?
「Sorry」
それだけ、聞き取れた。
その英単語とともに、赤いスーツの男がおれと勇の間にスッと割って入る。
「丈? おまえは星乃丈だろ?」
問いかけても、こたえない。
片っぽの口角だけをぐーっとななめに上げるフテキな表情。
勇ほど確信はないが、こいつはたぶん丈だ。髪をブロンドにして、目には青いカラコンまで入れている。
「どいてくれ。おれは勇と話がしたい」
「―― ――! ――――」
おそろしく早口の英語。
まったくリスニングできない。
というより、ただまくしたてるためだけに、しゃべっているような感じだ。
「――?」
「いや……わからないです。ちょっと、そこをどいてくれませんか」
赤スーツが「やれやれ」の顔つきでゆっくり首をふる。
これは長期戦か――と思ったその瞬間、すんなりワキにどいた。
あらわれる勇の姿。
白いノースリーブの華々しいドレス。スカートは床をこするほど長い。まるでウェディングドレスだ。
「勇!」
おれの呼びかけに、はっと顔をあげた幼なじみ。
一歩、近寄ったそのとき、
チュッ
と、赤いスーツの男が頭をお辞儀のように下げて、勇の頬にキスした。
ただのアイサツみたいに。
目を丸くしておどろいてる勇。
エアコンの風のせいか、ぶわわっ、とショートの髪の毛先が静電気で逆立ったように浮く。
そのまま、くちびるをつけたまま、男の目だけが横に流れておれを見る。
(勇はオレのものだ)
そんな挑発的な目だった。
「……ちょっと!」
男に手を伸ばそうとしたタイミングで、わーっ! とパーティー会場全体が拍手と歓声で沸いた。
みんなの視線は上に集中している。
ふき抜けの二階の手すりのところに、誰か知らないけど、パーティーの主役のような人がいて両手をふっている。
と、まわりにつられておれもそこを見た一瞬のスキに、
(うそだろ)
男と勇がいなくなっていた。
男……あいつはまぎれもなく丈だ。
丈が、ほっぺとはいえおれの幼なじみに……
「あら? こちらにいらしたの?」
「伊礼院さん」
「まだ、あなたを紹介したい方がおります。さあ、いっしょにきてください」
両手で腕をとって、おれをひっぱる伊礼院さん。
きっちりとまとめたポンパドールの黒い髪が、シャンデリアの光に照らされている。
大急ぎで360度、勇をさがしたけど、いない。
そもそも人の数が多すぎる。
「正さん? どうかなされました?」
「いえ……」
その後も、タイミングをみて勇を見つけようとしたけど、ダメだった。
ではそろそろ、と伊礼院さんの車に乗せられて帰宅したのが夜の9時前。
(いる)
勇のクツ。
外出用のお気に入りの白いスニーカー。学校用のはき古したクツもちゃんとある。
リビングにはいない。
じゃあ、自分の部屋にいるのか……。
食事のとき、勇のお母さんにあいつがいつ帰宅したかをきいてみたら、だいたい一時間前だって言った。
そしてフロに入って、
「あっ」
入れない。
先客がいた。
湯舟につかる勇を見てしまった。「あっ」と声をあげたのは、おれ。
髪は黒かった。
そして、ここが正しく重要なところだが、勇が見られたくないと思う部分はまったく見ていない。
(やってしまったな……ばっちり目も合ったし)
まーでも結果オーライじゃないか?
あいつにどなられる、からの、どうしてあそこにいたんだよ、となって、じつはね……みたいな流れに持っていけそうだ。
しかし……勇も、もっと「入ってるから!」のアピールをしてくれよ。
着替えのスペースはカギかけられないんだから、外のプレートを〈使用中〉にしておくとか、目立つように着替えの服をおくとか、ぱしゃぱしゃ音をたてるとかだな……あまりにも静かで中には誰もいないと思ったぞ。
そろそろ、くるか?
(………………あれ)
こない。
いくら待っても「バカ!」がこない。
それどころか、このクスンクスンいってる音はなんだ?
もしかして、泣いてるのか?
ちらっとみえた姿も、そういえば片方のほっぺをおさえていたし……
(まさか)
アレが原因か?
船の上であいつにされたキスが。
だとしたら――
(いや、今から外行きに着替えてどーするんだよ!)
自分の部屋で、いったん深呼吸する。
ぼすん、とベッドにすわった。
そこでスマホに着信。
ウチのルールで夜間はスマホ使用禁止で親にあずけないといけないんだが、あずけるのをすっかり忘れていた。
(そのルールを友だちはみんな知ってるから、おれに夜に連絡がくるってあんまりないんだけど……)
胸さわぎがした。
それも、かなりわるい予感。
「あ。よかった。レスきた」
ラインしてきたのは、クラスメイトの国府田さんだった。
おたがいに連絡先の交換はしてるけど、彼女とプライベートなやりとりをしたことは一度もない。
もしや告白されるのか、とも思ったが彼女にかぎってそれはないだろう。彼女から〈好き〉のサインを感じたことはないからだ。
ぼんやり頭に浮かんだ国府田さんが、すこし茶色の髪をサッと耳にかきあげる。
「緊急でね。学校じゃちょっと……の内容だから」
「なに?」
「ところで伊良部は元気?」
ドキッとした。
なぜ、いきなりあいつの話になるんだ?
「勇なら元気だよ。どうして?」
「転校生クンになんかされてない?」
なんだ、このラインは。
船でのことを見てきたかのような。
どんどんドキドキがはやくなる。
……お、おちつけ。
こういうときこそ、平常心だ。平常心。
「あのさ、学校の裏サイトでね、よくないウワサがあるの」
「裏サイト?」
「あー! 正クンはそこは知らなくていいの。あそこはうす汚れてるからね、かかわらないほうがいい」
「わかった。じゃ、そのウワサっていうのは?」
衝撃の内容だった。
あいつ……星乃丈が、よそで暴力事件をおこして転校してきたという話。
「確定じゃないけど、どうもマジっぽいんだよねー」
「そうなんだ……。さっき勇のことを気にしたのは?」
「彼のほうがお熱だからよ。教室でもずっとワンアンドオンリーっていうし」
「ワン……? ごめん、英語わからない」
「二人だけの世界をつくってるっていうか、そんなヤツ。女子のグループも、とうとう伊良部のことを避けはじめたみたいでね」
「いや勇はわるくないだろ!」
「おこらない。私、そんなつもりで忠告したんじゃないから」
スマホの画面はそのままで変わらない。
おれはじっと画面を見つめている。
しばらくして、
「とにかく伊良部を気にかけてあげてね?」
と、国府田さんから最後のラインがきた。
おれはベッドに寝た。
やっぱり思ったとおりだ。勇のクラスでの立場が、わるいほうへ進んでいる。
時計をみた。
もう夜もおそい。
明日だ。
明日、おれは――――
(文句を言う‼)
朝の9時。
おれは、となりのとなりのとなりの家のインターホンを押した。
もう決心はついてる。
丈に、おれが言いたいことをぶつける。その結果、どうなったってかまわない。
たぶんあいつはむちゃくちゃケンカが強いんだろう。
おれはボコボコにされる。
たった一つだけ他人にジマンできる最高のイケメンフェイスも、ひじょうに残念なことになるはずだ。
かまわない。
それでもいい。
おれは大切な幼なじみを泣かせたあの男を、絶対にゆるすことができない。
「おー正じゃん」
運よく、玄関から出てきたのは丈。
すこしボサついてる髪は……真っ黒だ。やはり彼もカツラとかだったのか。
「顔……かしてください」
「ははっ。敬語でいうセリフじゃねーな、それは」
ダルそうに言ったが、それでも彼はおれについてきてくれた。
上下黒のジャージの上に、こげ茶色の革ジャンを着ている。
近くの公園のベンチに、どかっと腰を下ろす丈。
「朝はえーから、誰もいねーな」
「昨日の話ですけど」
「おまけにこの寒さだ。さっさと用件をすませてくれ」
「勇にキスを――」
丈の目つきが変わった。
異様にするどい。
ケンカ寸前の空気。
「オマエはナニモンだよ」
「え?」
「勇の恋人じゃないよな。そこについては勇に何度も確認をとったんだ。まちがいはねー」
「それは……」
「たしかに、あのパーティーに勇をさそったのはオレだ。だがムリ強いしたおぼえはない。あくまでも、あいつはあいつの意志であの場にいたんだ。ここまではいいか?」
「勇が……」
「オマエがキスしたことをどーこーっていうなら、それもスジがちがう。だってよぉ、オマエは彼氏でもなんでもないんだからな。オレは勇になら怒られてもいい。グーでなぐってもいいし、ビンタだってよろこんで受けるぜ」
丈は座ったまま、ハグを求めるように両手をひろげた。
「ただしオマエには、とやかく言われたくないね。ま……くちびるを奪ったわけじゃねーんだし、ガタガタさわぐなよって感じかな」
「勇に手をだすな」
「あ?」
おれは、ショードー的というか、何かみえない力で動いていた。
胸倉をつかみ、強引に丈をベンチから立たせる。
「勇はおれの…………」
「ちっ」
イヤそうに、おれの手を手の甲ではらう。
つよい力だ。手首がジンジンする。
「正。今からちょっとクセ―こというぞ。鼻、つまんどけよ」
そうおれに面と向かって言って、にっ、と片方の口角だけをあげる微笑。
「恋に早いモン勝ちはない……ってな」
背中を向けて、丈が公園から立ち去った。
やむをえず、おれも家に帰る。
その日、リビングでくつろいでいたら、テレビでインフルエンサーの特集をしていた。ようするにSNSの有名人のことだ。
「あら? これ星乃さんの息子さんに似てるわねぇ~」
とお母さんが言う。
まさか、と思っておれも見たら、本当に激似だった。
っていうかこれは……
(豪華客船で会ったときの丈じゃないか!)
名前はジョー・スター。
金髪で青い目。長身でモデル顔負けのスタイルに、美形の顔。
(インフルエンサー……だからあんなセレブのパーティーにいたのか?)
なぞが少しとけた。
ところで、今このリビングに、勇はいない。
自分の部屋から、出てこないんだ。
部屋の外から声をかけても、返事はない。
(……あいつらしくないな)
落ちこんでるんだろうか。
でも何が理由で? やっぱり、キスされたことか?
くそっ。
もっとキツーーーく、丈に文句を言っとくべきだったか……。
「どうした? 元気ないな」
月曜日の朝、おれをみかけた紺野の第一声がそれだった。
勇の落ちこみがおれにもデンセンしたみたいだ。
児玉のヤツは、なんも気にしてなかったけど。
授業もうわの空。
あっというまに放課後になった。
「やべー! やべーって‼」
一度教室を出ていった児玉がもどってきて、補習の準備をしていたおれのところにやってくる。紺野はもう部活にいってて、いない。
「どうしたんだよ」
「あれはスト値が9……いやひょっとして10かぁ? テンションあがるわー」
「おい」
「いーからいーから」
おれを手招きして廊下につれ出す。
ちょうどここから、学校の正門が見下ろせる。
門の近く、人の流れをさけて、ぽつんと立っている他校の女子。赤いブレザー。
「あの子だよ。やべーだろ? ぶっちぎりでかわいいじゃんよ!」
「翔」
「へっ? ショーってなに」
「彼女の名前。おれ、あの子を知ってるんだ」
まじか? さすがショーだぜっ! と、児玉はうれしそうに言う。
ははは……と愛想笑いを返しながら、おれは心中おだやかではない。
彼女――星乃翔が突然あらわれたのは、もちろんおどろきだ。
しかし、それとはちがう角度のショック。
ホラーといっては彼女にわるい。だが、こわいものに触れたときに近い感情になっている。
おれの背中を、つめたい汗が一筋、ツーッと流れていった。
(どうして、あの〈髪型〉にしてるんだ? まるっきり、伊礼院さんと同じじゃないか)
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