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「どうしてここに⁉」は、おたがいさま
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はっきり言って、彼女は正しい。
「おつきあいしませんか?」に対して、おれが「いいね!」って返事したわけだから、ふつうにカップル成立だ。
で、カップルだったらおかしくない。
顔を合わせるやいなや、がばっ、とおれと腕を組んでも。
たとえ、おれの幼なじみの女の子がそばを歩いていたって、気にしなくていい。
「あの……」
と、申し訳なさそうに勇に声をかける。
位置関係は向かって左から、勇、おれ、星乃さん。
今日も彼女の髪のキューティクルはみごとで、頭にはくっきりとした〈天使のわ〉が浮かんでいる。
「勇さんは……正と、つきあって……ないんですよね?」
「正と?」と、勇はおれを指でさす。「じゃ逆に聞きたいけど、私ってこいつの彼女みたいにみえちゃう?」
フレンドリーな表情を星乃さんに向けた。
こいつは超がつくくらい社交的で人当たりもいいからな。
安心してみてられる。
きっと、すぐに星乃さんとも友だちに――――
「…………みえません」
なーーーっ⁉
勇と対照的な、しずんだ顔つきに重苦しいトーンの声。
赤いカチューシャの下の前髪も、一瞬で数センチ伸びたように目元が暗くなって。
空気がわるくなった。
や、やばいって、これは。どうにかして場をなごまさないと……
「あっ、ごめんなさい。ウソです! ウソ!」
あわてて、両手をバイバイみたいにふっている。
顔は、少し笑って少し恥ずかしそう。
「演技してみただけなんです……。ほら、正が演劇部だから」
そういうことか――って、あれ?
おれ部活の話まで、もう彼女にしたっけ?
まー、知ってるってことは、どこかでしたんだな。記憶にはないけど。
「あはは」勇が小声で笑う。「一本とられちゃったみたい。ところでさ、二人がつきあってるっていうのは――」
突然、静かな住宅街にバイクのエンジン音がひびく。
うしろからだ。
近くを歩いている集団登校中の小学生は全員、そっちに顔を向けている。
ふりかえると同時に、
「おい、勇‼」
と、おれの幼なじみを呼び捨てる大声。
カシャッとメットの前の部分を上にスライドさせると、そこからシャープなイケメンの目があらわれた。
バイクに乗っているのは丈だ。星乃さんの兄キ。真っ黒なライダースーツで。
「あれっ、ジョーだ。どうしてここに? っていうか、すごいのに乗ってるじゃん」
「すごいだろ? のってけよ。のせてやるから」
ばっ、と勇に向かって黒いジャケットをほうりなげた。
それを受け取って、すんなりそでをとおしたのを見て、おれは思わず声をかける。
「勇。本気か? あぶなくないか?」
「……面白そうだよ。いっぺん、のってみたかったし」
うそだ。
おまえ、絶叫系の乗り物、めっちゃ苦手だろ?
バイクに興味があるっていうのも、聞いたことがない。
「……」
丈に渡されたヘルメットをかぶったところで、ちらっ、とおれのとなりを見る。
まさか――おれと星乃さんを二人きりにするため――とかじゃないだろうな?
それとも、苦手でもガマンできるぐらい、そいつのことが好きとか……いや、それはない……ないと思う。
バイクが発進した。
おれはその場に、星乃さんと、ささやかなモヤモヤとともに残る。
ぎゅっ、とひときわ強くおれの腕を抱きしめる星乃さん。
二人乗りのバイクは、すぐに見えなくなった。
「行こっ?」
口のまわりを白くして、彼女が言う。
息が白くなるぐらいだから、当然さむい。今は12月だ。おれは乗ったことないからわからないけど、バイクとか凍えるんじゃないのか?
「わぁ、すごーい。こんな近道あったんですね」
そう無邪気に話す彼女は、とてもかわいい。
いっしょに歩いていたって、すれちがう中・高の男子はほとんど星乃さんを二度見していく。
ま……はり合うわけじゃないが、中・高の女子からの視線なら、おれも同じ数ぐらいは集めていると思う。
「じゃあね、正。また……」
電車のドアがしまった。
彼女の目はまっすぐ、おれをとらえてる。
ドアごしに見つめ合うおれたち。
すーっ、とホームに立つ彼女の姿が横に流れる。
視界の限界ギリギリまで、見つめ合った。なぜなら、彼女がおれからずっと目をはなさなかったからだ。こっちからも視線を外せなかった。
一人になった車内で、おれは思った。
彼女にきくことじゃないし、誰も教えてくれることじゃないけど――
おれたちって、つきあってるのか?
◆
「すげーすげー! ドゥカティだよドゥカティ!」
「ああ。あれはパニガーレだな」
どぅか……? ぱに……?
ツレの児玉と紺野がおれを置いてけぼりにして、暗号のようなやりとりをしてる。
「なんの話だよ」
「正、チャリ置き見てねーの? クソほど人ごみできてたべ?」
「カズ。正は電車通学だから、見てなくてもしょうがないさ」
「それよりコンちゃんよぉ、あれバリ高いっしょ。100か200だっけ?」
「いや……たぶん400以上」
「だから、なんの話してるんだって」
「単車の値段だよ」紺野が説明してくれた。「かるく400万はするだろうな。ふつうの高校生が出せる金額じゃないよ」
あー、あの真っ赤なバイク、そんなにするのか。
そうとうバイトしないと買えないな。
おれも女の子をうしろに乗せたいとか、ちょっとだけ考えたけど――自転車にも乗れないのに。
「でもさ」と紺野が言う。「うちの学校、バイク通学ダメだよな」
「えっ」
「あー、そうソレな。ソッコー先生に校門でとめられたんだろ? すっげーバカじゃん! やー、転校早々笑わせてくれるよなー」
「とめられた……って、それほんとか?」と、おれは児玉の肩をつかむ。
「マジマジ。で、なんかニケツしてたとかなんとか……」
こうなると、ウワサが広がるのは早い。
午前中のうちに、許可されてないバイク通学をして生徒指導室に呼ばれた丈と、そのうしろに乗っていたのが勇だということが、みんなの耳に入ってしまった。
(よくないな)
いろいろ。
まず勇のこと。
一応、あいつには彼氏がいることになってる。なのに他の男子といっしょに登校――っていうのは、はっきり言って印象がわるいだろう。とくに女子たちに。
ま……あいつのキャラからいって、ハブられるとかはないと思うけど……。
もういっこ。
生徒指導室に呼ばれて、勇もいっしょに先生に叱られたっていうところだ。
だいたい、しんどい思いを共有するとキズナってふかまるからな。
このことをきっかけにあいつと勇との仲がさらに進展することもありえる。
不安のタネはつきない。
とりあえず児玉と紺野には、丈が近所に引っ越してきて、勇はたまたまバイクにのせてもらっただけだって言っておいた。児玉のヤツは「またNTRされたんじゃねーの?」と、しつこかったが。
そして放課後――
「ごきげんよう」
教室に春の風がふいた。
いまは冬の真っただ中だけど。
何事かを察知した児玉と紺野が、スススとおれからはなれてゆく。
「お変わりはありませんか?」
「はは……まあ体は元気かな」
「あら、よかった。私、あなたの体が欲しかったのです」
なんてことを言うんだ、まだクラスメイトがたくさんいる教室で。
かかか、体が欲しい?
水緒さんもなんかそんなことを口にして、おれにセマってきたけど……
「急なことなのですが、明日の夜、時間を空けておいてください」
体が欲しくて、しかも〈夜〉だと⁉
もはやアレしかないじゃないか、アレしか。
心の準備が――いや、おれには〈好きな子〉がいるんだ。キゼンとした態度でことわらないと。
「伊礼院さん!」
はい? とゆったりした声で返事して、すこし顔をかたむける。
ポンパドールっていう前髪をガーッとあげておでこを出したヘアスタイルに、ウェーブのかかった長い髪。
つねに春の陽射しに包まれているような、ほのぼのした雰囲気の女の子。
その正体は、レベルちがいのセレブ。
家はプールつきのお屋敷で、コスプレじゃないマジの執事とメイドさんがたくさんいた。
「おれ……、おれは……」
「時間がきたらお迎えにあがりますので」
「いや、その」
「あなたは体ひとつだけを、ご用意しておいてください」
「……わかりました」
押し切られた――のか?
伊礼院さんは、ほんわかしてるようでも強引だからな。
思い出す。
今年の夏休み、あっちへこっちへと彼女にふり回された日々を。すぐフラれたけど。
(元カノと週末の予定が入ったか……)
その日、家に帰っても、とくに勇はバイクの話も丈の話もしなかった。
次の日、勇はよけいな気をきかせたのか、おれよりも早く家を出ていた。
まだ朝練を再開できるほど、足は治りきっていないと思うのに。
おはよう、と家の前で待ってくれていた星乃さん。
髪はポニーテールにしていた。その日の気分でヘアスタイルをかえるタイプの子らしい。
(完全に彼氏だ)
カーブミラーに小さく映る、腕を組んで歩く男女。
どこからどう見てもカップル。
なのに、なんでおれの心は浮かないんだろう。
もっとウキウキしろよ、おれ。
彼女は、こんなにうれしそうにしてるのに。
まだチラついてる。
バイクのうしろにのって遠くに行った勇のことが。あのときの映像が。おれたちが、はなればなれになるイメージが。
(兄キは勇にアタックして、妹のほうはおれにグイグイくる、か)
いろいろ考えていたら約束の時間になった。
ラインがきた。
「玄関の前にきております」
えっ?
あらためて、ほんとに体だけでいいのか?
スタジャンにチノパンっていうラフなかっこうでいいの? と言って、デートのときはもっとオシャレするってこともないんだが。
「ごきげんよう」
と、車の後部座席の窓を下げて伊礼院さんが言った。
「では参りましょうか」
もの言いはソフト、しかし有無をいわせない静かな迫力がある。
参る、の一択のようだ。
その高級外車に乗りこんで、途中で高級ブティックに寄って、たどりついたのは夜の港。
車から彼女がおりたとき、カツン、とハイヒールの音が高く鳴った。
「エスコートをお願いします。私の手を、おとりになって」
おれたちを冷たい風からまもるように黒服の人がまわりを取り巻いた。
目の前には、想像よりだいぶ大きい、世界で一番デカいんじゃないかっていう乗り物。
「この豪華客船は?」
「何もお考えにならずに、私に身をまかせてください」
おれが手をひいてエスコートしているはずの彼女が、おれの前に出てしまう。
そのままみちびかれて、
(すごい人がいるぞ。これパーティー?)
上にも横にも広い空間に、優雅な服装の男女。年齢はバラバラで、外国の人もいる。
見わたす限り、きらびやかでゴージャス。
「正さん。こちらへ」
と、おれを手招きして、誰かに紹介してくれた。
よくよく聞くと、芸能関係のえらい人らしい。
ほかにも劇場の経営者とか、映画関係とか、テレビ局の人ととかのところへつれて行って、おれを休ませない。
「あなたの将来のために、大事かと思いまして」
二人きりになったタイミングで伊礼院さんはそう言った。
「恋人ではなくなりましたが、私はあなたの演劇の一人目のファンですから……」
そうだ。
一学期の終わりに演劇部の公演をしたあと、彼女に「ファンになりました」って声をかけられたんだ。
一言もセリフがない端役だったんだけどな……もしかして、セリフがないほうが上手にやれるってことか?
すこし席を外しますね、とブルーのドレスを着た彼女が遠ざかっていく。
胸元が大胆にあいていてめっちゃセクシーなドレスだった。しっかり目に焼きついた。
(まいったな)
一人、とり残されてしまった。
とりあえず、近くの反射するもので身だしなみをチェックだ。金とか銀とかキラキラしたものは多く、鏡がわりをさがすのには苦労しない。
仕立てのいい黒のタキシードに白いシャツに黒い蝶ネクタイ。
オーケー。
ベストオブベストなイケメンだ。セレブのパーティーにいたって見劣りはしない――と、ちかくの人と自分をくらべてみる。
(…………けっこう、あいつもかっこいいな)
真っ赤なスーツを着て金髪で、かなりの長身。モデルのようなスタイルに、ただ者ならぬオーラ。ぺらぺらと英語をしゃべっている。
パートナーらしい女性を一人つれている。この人も彼と髪の色が同じ。
純白のドレス。ノースリーブで、この季節にはすこし寒そうだ。胸に赤いバラのコサージュ。耳にはシンプルなイヤリング。デコルテには白い真珠のネックレス。
(きれいな女の人だな――って、最近一目ぼれしたばかりだろっ! 気が多すぎるぞ!)
心で自分をドヤしつけるも、おれの目は彼女にクギヅケだった。
黄金色の髪はショートカットで、活発な印象。まるで勇みたいだ。
男に話しかけている声も、勇にそっくり。
ん?
そっくりじゃなくて……あれは……。
もっと近づいてみよう。
じーっと見続けるおれに気づいて、あいつは他人に向けるようなまなざしをこっちに向けた。
それが「あっ!」という表情になって、
「どうしてここに⁉」
おれたちはおたがいの体を指でさし合って、ハモった。
「おつきあいしませんか?」に対して、おれが「いいね!」って返事したわけだから、ふつうにカップル成立だ。
で、カップルだったらおかしくない。
顔を合わせるやいなや、がばっ、とおれと腕を組んでも。
たとえ、おれの幼なじみの女の子がそばを歩いていたって、気にしなくていい。
「あの……」
と、申し訳なさそうに勇に声をかける。
位置関係は向かって左から、勇、おれ、星乃さん。
今日も彼女の髪のキューティクルはみごとで、頭にはくっきりとした〈天使のわ〉が浮かんでいる。
「勇さんは……正と、つきあって……ないんですよね?」
「正と?」と、勇はおれを指でさす。「じゃ逆に聞きたいけど、私ってこいつの彼女みたいにみえちゃう?」
フレンドリーな表情を星乃さんに向けた。
こいつは超がつくくらい社交的で人当たりもいいからな。
安心してみてられる。
きっと、すぐに星乃さんとも友だちに――――
「…………みえません」
なーーーっ⁉
勇と対照的な、しずんだ顔つきに重苦しいトーンの声。
赤いカチューシャの下の前髪も、一瞬で数センチ伸びたように目元が暗くなって。
空気がわるくなった。
や、やばいって、これは。どうにかして場をなごまさないと……
「あっ、ごめんなさい。ウソです! ウソ!」
あわてて、両手をバイバイみたいにふっている。
顔は、少し笑って少し恥ずかしそう。
「演技してみただけなんです……。ほら、正が演劇部だから」
そういうことか――って、あれ?
おれ部活の話まで、もう彼女にしたっけ?
まー、知ってるってことは、どこかでしたんだな。記憶にはないけど。
「あはは」勇が小声で笑う。「一本とられちゃったみたい。ところでさ、二人がつきあってるっていうのは――」
突然、静かな住宅街にバイクのエンジン音がひびく。
うしろからだ。
近くを歩いている集団登校中の小学生は全員、そっちに顔を向けている。
ふりかえると同時に、
「おい、勇‼」
と、おれの幼なじみを呼び捨てる大声。
カシャッとメットの前の部分を上にスライドさせると、そこからシャープなイケメンの目があらわれた。
バイクに乗っているのは丈だ。星乃さんの兄キ。真っ黒なライダースーツで。
「あれっ、ジョーだ。どうしてここに? っていうか、すごいのに乗ってるじゃん」
「すごいだろ? のってけよ。のせてやるから」
ばっ、と勇に向かって黒いジャケットをほうりなげた。
それを受け取って、すんなりそでをとおしたのを見て、おれは思わず声をかける。
「勇。本気か? あぶなくないか?」
「……面白そうだよ。いっぺん、のってみたかったし」
うそだ。
おまえ、絶叫系の乗り物、めっちゃ苦手だろ?
バイクに興味があるっていうのも、聞いたことがない。
「……」
丈に渡されたヘルメットをかぶったところで、ちらっ、とおれのとなりを見る。
まさか――おれと星乃さんを二人きりにするため――とかじゃないだろうな?
それとも、苦手でもガマンできるぐらい、そいつのことが好きとか……いや、それはない……ないと思う。
バイクが発進した。
おれはその場に、星乃さんと、ささやかなモヤモヤとともに残る。
ぎゅっ、とひときわ強くおれの腕を抱きしめる星乃さん。
二人乗りのバイクは、すぐに見えなくなった。
「行こっ?」
口のまわりを白くして、彼女が言う。
息が白くなるぐらいだから、当然さむい。今は12月だ。おれは乗ったことないからわからないけど、バイクとか凍えるんじゃないのか?
「わぁ、すごーい。こんな近道あったんですね」
そう無邪気に話す彼女は、とてもかわいい。
いっしょに歩いていたって、すれちがう中・高の男子はほとんど星乃さんを二度見していく。
ま……はり合うわけじゃないが、中・高の女子からの視線なら、おれも同じ数ぐらいは集めていると思う。
「じゃあね、正。また……」
電車のドアがしまった。
彼女の目はまっすぐ、おれをとらえてる。
ドアごしに見つめ合うおれたち。
すーっ、とホームに立つ彼女の姿が横に流れる。
視界の限界ギリギリまで、見つめ合った。なぜなら、彼女がおれからずっと目をはなさなかったからだ。こっちからも視線を外せなかった。
一人になった車内で、おれは思った。
彼女にきくことじゃないし、誰も教えてくれることじゃないけど――
おれたちって、つきあってるのか?
◆
「すげーすげー! ドゥカティだよドゥカティ!」
「ああ。あれはパニガーレだな」
どぅか……? ぱに……?
ツレの児玉と紺野がおれを置いてけぼりにして、暗号のようなやりとりをしてる。
「なんの話だよ」
「正、チャリ置き見てねーの? クソほど人ごみできてたべ?」
「カズ。正は電車通学だから、見てなくてもしょうがないさ」
「それよりコンちゃんよぉ、あれバリ高いっしょ。100か200だっけ?」
「いや……たぶん400以上」
「だから、なんの話してるんだって」
「単車の値段だよ」紺野が説明してくれた。「かるく400万はするだろうな。ふつうの高校生が出せる金額じゃないよ」
あー、あの真っ赤なバイク、そんなにするのか。
そうとうバイトしないと買えないな。
おれも女の子をうしろに乗せたいとか、ちょっとだけ考えたけど――自転車にも乗れないのに。
「でもさ」と紺野が言う。「うちの学校、バイク通学ダメだよな」
「えっ」
「あー、そうソレな。ソッコー先生に校門でとめられたんだろ? すっげーバカじゃん! やー、転校早々笑わせてくれるよなー」
「とめられた……って、それほんとか?」と、おれは児玉の肩をつかむ。
「マジマジ。で、なんかニケツしてたとかなんとか……」
こうなると、ウワサが広がるのは早い。
午前中のうちに、許可されてないバイク通学をして生徒指導室に呼ばれた丈と、そのうしろに乗っていたのが勇だということが、みんなの耳に入ってしまった。
(よくないな)
いろいろ。
まず勇のこと。
一応、あいつには彼氏がいることになってる。なのに他の男子といっしょに登校――っていうのは、はっきり言って印象がわるいだろう。とくに女子たちに。
ま……あいつのキャラからいって、ハブられるとかはないと思うけど……。
もういっこ。
生徒指導室に呼ばれて、勇もいっしょに先生に叱られたっていうところだ。
だいたい、しんどい思いを共有するとキズナってふかまるからな。
このことをきっかけにあいつと勇との仲がさらに進展することもありえる。
不安のタネはつきない。
とりあえず児玉と紺野には、丈が近所に引っ越してきて、勇はたまたまバイクにのせてもらっただけだって言っておいた。児玉のヤツは「またNTRされたんじゃねーの?」と、しつこかったが。
そして放課後――
「ごきげんよう」
教室に春の風がふいた。
いまは冬の真っただ中だけど。
何事かを察知した児玉と紺野が、スススとおれからはなれてゆく。
「お変わりはありませんか?」
「はは……まあ体は元気かな」
「あら、よかった。私、あなたの体が欲しかったのです」
なんてことを言うんだ、まだクラスメイトがたくさんいる教室で。
かかか、体が欲しい?
水緒さんもなんかそんなことを口にして、おれにセマってきたけど……
「急なことなのですが、明日の夜、時間を空けておいてください」
体が欲しくて、しかも〈夜〉だと⁉
もはやアレしかないじゃないか、アレしか。
心の準備が――いや、おれには〈好きな子〉がいるんだ。キゼンとした態度でことわらないと。
「伊礼院さん!」
はい? とゆったりした声で返事して、すこし顔をかたむける。
ポンパドールっていう前髪をガーッとあげておでこを出したヘアスタイルに、ウェーブのかかった長い髪。
つねに春の陽射しに包まれているような、ほのぼのした雰囲気の女の子。
その正体は、レベルちがいのセレブ。
家はプールつきのお屋敷で、コスプレじゃないマジの執事とメイドさんがたくさんいた。
「おれ……、おれは……」
「時間がきたらお迎えにあがりますので」
「いや、その」
「あなたは体ひとつだけを、ご用意しておいてください」
「……わかりました」
押し切られた――のか?
伊礼院さんは、ほんわかしてるようでも強引だからな。
思い出す。
今年の夏休み、あっちへこっちへと彼女にふり回された日々を。すぐフラれたけど。
(元カノと週末の予定が入ったか……)
その日、家に帰っても、とくに勇はバイクの話も丈の話もしなかった。
次の日、勇はよけいな気をきかせたのか、おれよりも早く家を出ていた。
まだ朝練を再開できるほど、足は治りきっていないと思うのに。
おはよう、と家の前で待ってくれていた星乃さん。
髪はポニーテールにしていた。その日の気分でヘアスタイルをかえるタイプの子らしい。
(完全に彼氏だ)
カーブミラーに小さく映る、腕を組んで歩く男女。
どこからどう見てもカップル。
なのに、なんでおれの心は浮かないんだろう。
もっとウキウキしろよ、おれ。
彼女は、こんなにうれしそうにしてるのに。
まだチラついてる。
バイクのうしろにのって遠くに行った勇のことが。あのときの映像が。おれたちが、はなればなれになるイメージが。
(兄キは勇にアタックして、妹のほうはおれにグイグイくる、か)
いろいろ考えていたら約束の時間になった。
ラインがきた。
「玄関の前にきております」
えっ?
あらためて、ほんとに体だけでいいのか?
スタジャンにチノパンっていうラフなかっこうでいいの? と言って、デートのときはもっとオシャレするってこともないんだが。
「ごきげんよう」
と、車の後部座席の窓を下げて伊礼院さんが言った。
「では参りましょうか」
もの言いはソフト、しかし有無をいわせない静かな迫力がある。
参る、の一択のようだ。
その高級外車に乗りこんで、途中で高級ブティックに寄って、たどりついたのは夜の港。
車から彼女がおりたとき、カツン、とハイヒールの音が高く鳴った。
「エスコートをお願いします。私の手を、おとりになって」
おれたちを冷たい風からまもるように黒服の人がまわりを取り巻いた。
目の前には、想像よりだいぶ大きい、世界で一番デカいんじゃないかっていう乗り物。
「この豪華客船は?」
「何もお考えにならずに、私に身をまかせてください」
おれが手をひいてエスコートしているはずの彼女が、おれの前に出てしまう。
そのままみちびかれて、
(すごい人がいるぞ。これパーティー?)
上にも横にも広い空間に、優雅な服装の男女。年齢はバラバラで、外国の人もいる。
見わたす限り、きらびやかでゴージャス。
「正さん。こちらへ」
と、おれを手招きして、誰かに紹介してくれた。
よくよく聞くと、芸能関係のえらい人らしい。
ほかにも劇場の経営者とか、映画関係とか、テレビ局の人ととかのところへつれて行って、おれを休ませない。
「あなたの将来のために、大事かと思いまして」
二人きりになったタイミングで伊礼院さんはそう言った。
「恋人ではなくなりましたが、私はあなたの演劇の一人目のファンですから……」
そうだ。
一学期の終わりに演劇部の公演をしたあと、彼女に「ファンになりました」って声をかけられたんだ。
一言もセリフがない端役だったんだけどな……もしかして、セリフがないほうが上手にやれるってことか?
すこし席を外しますね、とブルーのドレスを着た彼女が遠ざかっていく。
胸元が大胆にあいていてめっちゃセクシーなドレスだった。しっかり目に焼きついた。
(まいったな)
一人、とり残されてしまった。
とりあえず、近くの反射するもので身だしなみをチェックだ。金とか銀とかキラキラしたものは多く、鏡がわりをさがすのには苦労しない。
仕立てのいい黒のタキシードに白いシャツに黒い蝶ネクタイ。
オーケー。
ベストオブベストなイケメンだ。セレブのパーティーにいたって見劣りはしない――と、ちかくの人と自分をくらべてみる。
(…………けっこう、あいつもかっこいいな)
真っ赤なスーツを着て金髪で、かなりの長身。モデルのようなスタイルに、ただ者ならぬオーラ。ぺらぺらと英語をしゃべっている。
パートナーらしい女性を一人つれている。この人も彼と髪の色が同じ。
純白のドレス。ノースリーブで、この季節にはすこし寒そうだ。胸に赤いバラのコサージュ。耳にはシンプルなイヤリング。デコルテには白い真珠のネックレス。
(きれいな女の人だな――って、最近一目ぼれしたばかりだろっ! 気が多すぎるぞ!)
心で自分をドヤしつけるも、おれの目は彼女にクギヅケだった。
黄金色の髪はショートカットで、活発な印象。まるで勇みたいだ。
男に話しかけている声も、勇にそっくり。
ん?
そっくりじゃなくて……あれは……。
もっと近づいてみよう。
じーっと見続けるおれに気づいて、あいつは他人に向けるようなまなざしをこっちに向けた。
それが「あっ!」という表情になって、
「どうしてここに⁉」
おれたちはおたがいの体を指でさし合って、ハモった。
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