正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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彼と彼女の宣戦布告

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 やんでいた雨が、またふりだした。
 はやく家の中に入りたいけど、それはできない。
 おれは今、数メートルはなれた電柱のかげにかくれている。
 お気に入りの白いダッフルコートを着た勇と向かい合う、180以上はあるスマートな男。おれからは彼の後頭部しか見えないけど、かなりのイケメンだということはとっくに確認ずみだ。
 制服の上着のすそから、白いYシャツのすそがチラ見えしてる。
 転校生なのに、はやくも制服を着崩してるのか……って、そんなことはどうでもいい。

「もう一度いう。つきあってくれ。オレは伊良部いらぶ……いや、ゆうのことが好きだ」

 呼び捨て!
 あいつ、いくらなんでも勇と距離をつめるのが速すぎるだろ。今日「昨日転校してきた」って聞いたから、まだ2回、これをいれても3回目なんじゃないか?
 たしかに、やたらとスピード感があるっていうか、最初から女子を下の名前で呼ぶ男子もときどきいることはいるけど、たいてい「さん」や「ちゃん」ぐらいはつけるぞ?

「気持ちはうれしいけど」
「勇」
「いきなり、そんなこと言われてもさ……」

 迷ってるそぶりはあるが、「勇」と呼ばれること自体はイヤがってない。表情や態度でわかる。
 つまり、もうそこまで親密になってるってことか?
 おれの知らない間に。
 まさかオッ、オッケーとか、しないよな⁉

「オッケー――」

 ‼

「――とかダメとか、いえないよ。突然すぎて」
「わかってる。返事はあとでいい。ごめんな。困らせるつもりは、なかったんだ」
「うん……」

 右手をのばし、そっと勇の肩にのせる。
 何か言っているのかも知れないが、ちょっと小声すぎて聞き取れない。

「じゃあ。また明日、学校でな」

 家の玄関のドアをあけた勇の背中を見送ると、くるっと彼がおれのほうに向いた。
 やばい!
 こっちにくる!
 いや、べつにきたっていいだろ……とは思いつつ、電柱にくっついて息をひそめて、どうにかやりすごそうとする。

「お兄ちゃーん!」

 ききおぼえのある声。

「ぬれちゃうよ! ほら傘に入って」
「いい。こんなの小雨こさめだ」

 そーっと、顔を横にスライドした。
 忍者のように気配を消して。
 あれは……やっぱり星乃ほしのさんじゃないか。勇が住んでいた一軒家に引っ越してきた女の子。
 おれが一目ぼれしてる――かもしれない子。

しょう。いいから、先に家に入ってろ」
「でも」
小波久こはくさんの家に忘れ物した。すぐにもどるから」

 もー、とスネたようにいって、赤いダウンジャケットを着た星乃さんがUターンした。
 え?
 今のきょうだいみたいなやりとりは……。
 考えていたら、

「…………お互い、体がデカいと大変だよな。かくれんぼもできない」

 こんこん、と電信柱にノックの音。
 まいったな。

「よう」

 観念して姿をあらわしたおれに、まずアイサツしてくる。
 そして笑顔。
 意外なことに、人なつっこい。

「……はじめまして」
「オマエが小波久正だな?」
「そうです」
「あれっ」ははっ、と前髪をかきあげながら笑う。「タメなのに敬語とか。けっこー人見知りするタイプなんだ?」

 それより! と、おれは強いまなざしで彼をみる。

「告白したんですね。勇に」
「おいおい、まさか立ち聞きしてたのか?」
「立ち聞きしてました」
「うわ。めっちゃ好きなタイプだわ。オレ、ウソつかないヤツ大好きなんだよ」

 すっ、と手をだす。

「ぜひ友だちになってくれ。なっ? 握手しよう」

 おれは、彼の手をとらない。
 正体不明の感情が、この手をとるな、と言っている。

「……勇に告白したって、ムダですよ」
「は?」
「クラスメイトから聞いてませんか? あいつには彼氏がいるんです」
「だから何? オレのほうが勇を幸せにできるけど?」と、だしていた手をひっこめて、ズボンのポケットにつっこんだ。

 なんだこの自信満々ぶりは。
 また「勇」って言ってるし。
 だんだんハラがたってきた。

「あいつを呼び捨てにするのだって……、どうかと思います。たぶん、そっちが転校生だからスルーしてるだけだと思いますよ」
「へえ」

 ぎらっ、とするどい視線。
 中学のとき、ヤンキーくんにこんな目で見られたことがある。
 水もしたたるなんとか――で、正面からのアングルは完全にいい男でキマってる。
 いや!
 絶対ぜ・っ・た・いに、おれのほうがカッコいいけどなっっっ‼
 前髪にシャッと手櫛てぐしをいれて、背筋をシャンとのばして、気づかれないよう少しカカトを浮き上がらせた。これで身長差はほぼなくなったぞ。

「はー……なえるわ」

 彼が目をつむって、肩をすくめた。

「わかりやすくケンカ売ってんのに、ちっとも買うそぶりがねー。オマエ、やっぱりいいヤツだな」
「ケンカ?」
「ちなみにオレは、シュートやってる。ヘンな気をおこさなくて、よかったのかもな」

 シュート……サッカーのことだろうか? それともバスケット?

「勇はさ」近づいて、おれの真横にきた。「いい女だ。オレ……ぶっちゃけ女ってあんま好きじゃねーんだよ。どいつもこいつも、オレの〈見た目〉だけにしかキョーミを示さないからな」

 また、おれをにらんでる?
 と思ったら、彼は肩ごしにおれの家のほうを見ていた。
 すこしトーンが低めの落ちついた声で、彼はつづける。

「でも勇はちがう。あいつは男を外見だけで判断するような安い女じゃない。オレにはそれがわかった。だからコクったのさ」
「……」
「理由はもう一つある」
「えっ?」
「家の前で勇としゃべっていたとき、遠くを見て、いきなり顔つきが変わったんだ。たった一瞬で、うれしそうな顔にな……それがグッとくるほどいい表情だった。彼女の目線の先を追ったら、道を歩いてくるオマエがいた」
「おれが? ……えっ? ちょっと待って。じゃあ、おれがいるのを知ってて、勇に告白を――」
「雨が強くなってきたな。さ、お互いウチに帰ろうぜ?」

 歩いて背中を向けて、彼はダルそうに片手をパーにしてあげる。
 いろいろありすぎて、理解が追いつかない。
 遠くで、もともと勇の家だった家にあがっていく彼の姿がみえる。
 星乃さんが「お兄ちゃん」と呼んでいたから、きっと彼女の兄なんだろう。
 その兄が、勇に告白した。
 おれが近くにいることを知ってて。
 おれに告白を見せつけるかのように。

 がちゃ

 と、数えきれないほど耳にしてきた、家のドアがひらく音。

「あーあー、ぬれてるじゃん」
「勇」

 はやくはやく、とドアをささえたままでおれに手招き。
 ちょっと笑いながら。

「……ただいま」

 玄関で靴をぬぐおれに「おかえり」と返す勇。
 そして単刀直入に、

「聞いた?」と聞いてくる。
「聞いた」と正直にこたえる。
「私も、まさかだよ。あんなこと言われるなんて」
「まー……」ここが演劇部のワザのみせどころだ。さらっと、ふわっと、ナチュラルに、いかにも気にしていないふうに「ことわるだろ?」

 ふぇっ? とハトが豆鉄砲みたいな顔になった。
 意外なことをいわれた、というリアクション。
 それが、グラデーションのように、だんだんイジワルをたくらんでるっぽい顔に変わっていって――

「それは、どうかなー?」

 片手を口元にあて、どっちつかずなことを言った。

 ◆

 再度、トライした。
 あの告白に対して、勇がどう返事するかの確認。
 おれなりに頭をつかって、今度は角度をかえる。

「つきあえないだろ?」

 ちらっ、と横目でおれをみるも、何も言わない。

「一応、おまえは〈彼氏アリ〉ってことになってるんだから」
「まーそーだねー」

 と、またマンガに目をもどす。
 おれのベッドを占領して、一人で寝っ転がってる勇。
 あお向けで、両手で天井につきあげるようにしてマンガを読んでいる。

「そんなに気になるの?」

 うっ。
 おれのほうを見もせず、なんでもないことのように言いやがって……。
 クリティカルな一言を。
 気になるに決まってるだろ。
 だからおまえを、おれの部屋に呼んだんだよ。

「ジョーはさ、おっかしいの」

 と、勇はマンガをおいて話す。

 星乃ほしの じょう

 それが彼のフルネームのようだ。
 勇の話から、彼と初対面しょたいめんの状況を再現すると、

「オマエ、むかし飼ってたネコに似てるな」
「誰がよ。しかも、いきなりネコ呼ばわりするなんて、レディーに失礼でしょ?」
「レディーにしては色気がないけど」
「それはただ、キミに女を見る目がないだけ」

 ははは、とここで二人同時に笑って、いきなり意気投合したらしい。

「最初から『オマエ』とか言われるのはイヤだったけど、あれがジョーのキャラだし」
「キャラか……」
「彼女がほしかったら、あいつを見習いなよ? あれぐらい押しの強いほうが、女子にはウケるのかも」
「おまえも、ウケたのか?」

 ぴん、と部屋が静かになった。

「どういう意味カナ?」

 おれは床のクッションから立ち上がる。
 勇は、枕を抱き込むようにしてうつ伏せになってしまった。顔だけ横向きに、おれのほうに向けて。
 ショートパンツからすらりと伸びる足。
 思わずエッチな目で見そうになるが、今はそういう空気じゃない。

「だから……あいつを好きになったのか、って」
「好きだよ」

 あまりにもあっさりと、言ってくれる。
 おれの気持ちも知らずに。しかも、おまえは〈彼氏がいる〉なんて長い間ウソまでついてる。
 カーーーッとくるものがあった。
 言うな言うな言うな、とおれの中のおれが止めるが、止められない。


「そうか。おまえって、けっこう軽い女なんだな」


 勇の反応は、はやい。
 ベッドの上で体を起こして、ななめにおれを見上げる。

「ちょっと! 『軽い』ってなによ!」
「軽いだろ。カンタンに男子を好きになってるわけだし」
「バカ! 好きってそういう意味じゃない。好きにもいろいろあるんだから! 友だちだって『好き』って言うでしょ? アンタは……あの女ったらしでロクでもない児玉こだまのことだって好きって言うんでしょ?」
「おい勇。おれの友だちをわるく言わないでくれよ」
「あー、ハラたつ!」

 乱暴にドアをしめて、勇は出ていった。
 部屋には、女の子のいいにおいだけが残っている。

(まったく……バカだなおれは……)

 言わなくてもいいことを。
 ブレーキがきかなかった。
 あまりにも、あいつが楽しそうにじょうとのことを話してたからか?
 たまっていたシットやジェラシーが暴走してしまったのか?

(勇とケンカなんて――いつ以来だろうな)

 思い出せない。
 つまり、それぐらいレアってことだ。
 ということは、仲直りの仕方も忘れている。
 ま……「ごめん」とあやまるのが一番だ。
 部屋の中が、勇がいた反動でさびしくなった。
 テレビでもつけるか。
 生放送の歌番組をやってる。女の子のアイドルグループが、歌い終わった直後のようだ。

「最近人気だよねぇー、みはるんるん」

 みはるんるん、とは彼女のあだ名。
 制服のブレザーを改造したみたいなキュートな衣装を着て、司会らしい男の人にマイクを向けられている。

「はいー。でも、すごいショックなことがあってー」
「そうなんだ」
「ある男の子に、まちがえてラインしちゃったんです。わかれよ? ってラインを」
「えっ」
「よく確認してなくて、めっちゃ本命の子にそれ送っちゃったんですよー。でぇ、そのまま関係が終わっちゃってー」
「あ……そ、それ……ではっ! 次のアーティストっ!」

 司会の人が、すごくあわてていた。
 やばいと思ったんだろう。たしかにアイドルらしからぬ話題だった。
 現役女子高生のアイドルの、立森たてもりさん。
 おれは彼女に、ごく最近フラれたばっかりだ。
 13回目に、おれをフッた女の子。
 ため息とともに、おれはテレビを消した。

(すごくおれのことっぽいけど、ちがうだろうな……)

 幼なじみにさえ愛想をつかされるんだ。
 アイドルになんか、想われるわけがない。それほどの男じゃないよ。

 そして翌朝――――

「勇」

 玄関で靴をはいている勇に声をかける。

「昨日は、その……ご」
「ん?」
「ごめん。言いすぎた」
「正が『軽い』って言ったヤツ?」

 おれも靴をはいて、いっしょに家をでる。
 天気は快晴。

「おまえは軽くなんかない。おれ、ちょっとどうかしてた」

 きゅっと勇の目が細くなった。
 これは、よからぬことをたくらんだときの目だ。

「よし。キャラメルフラペチーノでゆるそう」
「おいおい」

 と、二人でならんで数歩あるいたところで、

「えいっ」

 勇と逆サイドから、腕をとられた。
 ふにっとした感触が、手首あたりにふれる。
 風でふわりと浮いた長い黒髪が、おれの鼻先をくすぐった。
 今日はポニーテールにしていない。
 かわりに、赤いカチューシャをつけている。

「待ってたんです。駅まで、いっしょで――いいですよね?」

 正、と彼女のくちびるが、おれの名前を呼び捨てた。

「あ、あの……星乃さん?」
「どうしたんです?」

 わざとなのか、すぐ近くにいる勇には、一回も視線も向けない。
 勇のほうを見ると、めっちゃこまった顔をしていた。

「正」

 と、勇と彼女が同時に口にした。
 ぐいーーーっと、力いっぱいおれを自分のほうに引き寄せて、

「私たち、つきあってるんです‼」

 勇に挑戦的なまなざしを向け、元気いっぱいに言った。
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