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かたやセーラーあるいはロミオ
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教室がどん引いた。
ふつう、クラスのお調子者が笑いをとりにいってスベったときは「しーん」だが、そんな生易しいものではない。
エグいほどの「サーッ」だった。血の気が引く、あとずさる(精神的に)、絶句する、などのもろもろがミックスされた「サーッ」である。
(やばすぎ)
美玖の後悔も、もうおそい。
お昼の眠くなる時間帯で、つい気がゆるんでしまった。
忘れていたのだ。自分が、ケンカ最強でまわりから恐れられる、コワモテでガタイのいい、前髪に稲妻のような一筋の金メッシュをいれた不良――世良だということを。
この学校には昼休みが二つある。40分と25分。前者はおもに食事に終始するため、この学校の生徒が「昼休み」というときは後者をさすことが多い。
その「昼休み」に、文化祭の出し物を決めていた。
世良のクラスがやるのは〈ハロウィン・カフェ〉。
仮装する喫茶店というテーマで、誰がどういう人物・キャラクターに扮するかを話し合っていた最中に、ふと女子の級長が、
「セーラー服、着てみたい人~~~?」
と右手をあげながらみんなに質問した。
びっ、と反射神経であがった手が一つ。
そばをタクシーが走っていたら急ブレーキがかかりそうな、キレッキレの挙手だった。
「着たい♡」
以下、本文の一行目にもどる。
それは、ものすごいフリーズだった。
体感で5分はとまっていたんじゃないか、とあとで世良のクラスメイトは語っている。
「じゃ、じゃあ……お願いしようかな? みんなも、いい……よね?」
異論をとなえる者はいなかった。
当然だ。
このクラスは世良以外、男子は草食系、女子はほんわか系がメインのおとなしい生徒ばかり。
くわえて、
(見てみたい)
というある種のこわいもの見たさも手伝ったかと思われる。
こうして、めでたく世良(中は美玖)はセーラー服を着ることになった。
で、打ち合わせも終わった、その昼休みの残り時間。
そー……っと、あまりロコツにならないように、一人また二人と美玖のまわりからはなれてゆく。
(まあ、休み時間はいつも〈こう〉だけどね……あいつってめっちゃ孤独じゃん)
私ならたえられない、と美玖は思った。
本来なら、親友のツインテ女子、井川友香とあーでもないこーでもないとおしゃべりしまくってるのに。
まじか、これ。
あの人、クラスに男友だちの一人もいないの? 友だちは、あのマキって人だけ?
「……やばすぎ」
つい、小声でつぶやいた。
しかし、どうせつぶやいたところで、何も反応は――――
「やばいのは、おぬしの癖」
「えっ⁉」
「世良氏、おぬし、ただものではないな?」
うしろの席からだ、と美玖はふりかえる。
そこには、
「うっ……」
思わず呻かざるをえないほど、ダークオーラ全開の女子がいた。
重たいロングの漆黒の髪。しかも前髪は横一直線のぱっつん……それはいいとして、ラインが下過ぎて完全に目をかくしてしまっている。
「して、どのようなセーラー服をご所望かな?」
キャラの強いヒトから、濃いことをきかれている。
だが今の美玖は話し相手が欲しい。
「えーと……まず生地は紺色でぇ」
「ほう」
「スカーフも紺色なの。襟は関西襟でー、スカーフ留めがなくて胸元で結ぶタイプでー、セーラーカラーのラインは白が二本……あ、もち、カフスのとこも同じね。そんでもってスカートのプリーツは、だんぜん24本っ! これより多くても少なくてもダメなのっ!」
ふたたび教室の時間がとまった。
つまり、ほぼ全員がそ知らぬ顔をしつつも美玖の声に耳をすましていたのだ。
(まっ、まさかのガチ勢!)
(あの世良クンがセーラー服オタク?)
(さっきは、みんなを笑わせるためかとも思ったけど……)
それぞれがそれぞれで憶測していて、
まるっとトータルすれば、
(彼はヤベーやつ)
というのがクラスの総意だった。
例外は、ただ一名だけである。
「いいセンスだな、おぬし」
目の前にいる、陰キャの女の子が美玖をホメた。
なぜか、涙がでてきた。
ぽろっ、とこぼれた滴がその女の子の机の上におちた。
「あ……ご、ごめんなさい!」美玖はハンカチをとりだす。
「不要」女の子もハンカチをとりだした。
結果、美玖の手の甲に、彼女の手がのってしまった。
アクシデントだ。
「おぬし、なんかつらそうじゃな」
ぎゅっ、とそのまま手をにぎられる美玖……いや世良のごつい手。
女同士だったら、友情が芽生えるワンシーンだろう。
しかし、今の美玖のボディは〈男〉だった。
「世良氏――」
なおもそのままで、手をニギニギしてくる。指の間に指までいれてくる。
ところで、手には感覚神経が多くあってじつに繊細かつ敏感にできている。
手だけで絶頂へ、というプレイさえこの世には存在するのだ。
(あれ? うそ? いやっ)
ピンチ!
もう泣いている場合ではない。べつの意味で泣きそうだ。
(……勃ちまくりじゃない!)
美玖は、うらめしそうに自分の下半身をみつめた。
――だいたい同じ時間。
「みくぴ~~~~っ」
「おう」
たたた、と美玖の席に親友が駆け寄ってくる。
「ほんとに、やるの?」
「やるしかねえだろ」
と、イスにふんぞりかえって腕を組んだ。
近くの男子がぽかんと口をあけてその様子をみている。
ここ数日、クラスの男子の間では「新名美玖が急に男らしくなった」と話題だった。一人称は「おれ」。あいさつは「おう」。別れのあいさつは「じゃーな」。そのほかにも、彼女がつかっている男言葉は枚挙にいとまがない。
「女の子がロミオって……ありなのかなぁ?」
「心配すんな。みてるやつがガタガタいえねー、最強のロミオをみせてやんよ」
「お、おお……」
2年の美玖のクラスの出し物は〈演劇〉。演目は〈ロミオとジュリエット〉。
ただし――
「腕っぷしに自信があるヤツ、といわれて、おれが手ぇあげねーわけにはいかなかったからな」
台本にオリジナルの要素をいれていた。
それを要約すれば、ジュリエットがロミオの親友のマーキューシオにNTRされて、ロミオの敵のティボルトは元カレで、ほかにもジュリエットがいろんな男に恋心をいだいていて、最終的に男たちにバトルロイヤルさせて恋人をきめる、という内容だった。
世良は食いぎみに手をあげた。
男子の級長が「腕っぷしにじし」ぐらいのタイミングで、
「やるぜ」
と挙手している。
ただ美玖とはちがって教室は氷結しなかった。
むしろ、あたたかい笑いが起こった。拍手も起こった。中には「美玖ちゃんならアリかも……」とアヤしい目線を世良(体は美玖)に向けている女子もいる。
もともと、美玖はクラスでは天然系女子のポジション。
お笑い担当というほどではないが、彼女がボケるのはべつにめずらしいことではない。
それでいて、成績はクラスでトップ。
美玖は、先生からも男子からも女子からも人気があった。
(こんなことやってる場合じゃねぇ気もするが……ま、ふかく考えねー)
放課後になった。
学校の外には敵だらけの世良だが、毎日、真木にバイクで送ってもらうわけにもいかない。
そこで二人で打ち合わせして、
(待ち合わせで誰かと帰るってのは……生まれてはじめてかもしれねーな)
はなれて歩くのを前提で、いっしょに帰宅することにした。
校門に、スクバを片手で肩にかつぐように持ったJKこと世良がいる。
10分ほど待っていると――
(おまたせ)
と美玖があらわれて、こっちにアイコンタクトしてきた。
世良はのけぞった。
自分の体のとなりに、寄り添うように女子が歩いていたからだ。
(げっ! あれは宇堂!)
まうしろの席の暗い女。
……のくせに、やたらとおれに話しかけてくるから、おれはあいつがニガテなんだ。
どういうことだ?
なんで美玖といる?
すれちがいざま、美玖は世良にぱちっとウィンクした。
が、それだけではさすがに意思疎通できない。
ふふっ、といたずらっぽい笑みを口元に浮かべている美玖。
眉間にシワを寄せた世良。
(ちっ。とにかく、ついていくしか……)
うしろを歩きながら、彼は持ち前のカンをはたらかせた。
女子はおしゃべりが好きだ――しかし、クラスには誰も話し相手がいない――そこに、自分に声をかけてくれた女子――つまり宇堂がいて話し相手ゲットォォォ!――もっとおしゃべりしない?
こんなところか、と思った。
そんなところだった。ずばりだった。
(いいでしょ? 私だってこれくらい……そっちには、モカがいるんだから!)
「世良氏。うしろに誰かいるので?」
「え? いえいえ、誰も」
「駅まで同道していいので? わたくし風情が……」
「いい、いい」と、美玖は宇堂の手をとった。前後、生徒の数は多い。明日このことが校内でウワサになるのは、もはや不可避。「ねっ?」
「ぽっ」
宇堂は顔が赤くなる擬音を口にした。
音とは正反対に、いたってポーカーフェイスだが。
うしろは、ポーカーどころではなかった。
怒髪天だった。
(うぉぉぉぉぉい! そんなケーソツなことやってんじゃねーっ‼ その女とつきあってるって思われんだろーがぁぁぁぁーーーっ‼)
まてよ、と世良はすぐに冷静になった。
(……やめさせたほうがいいな。これじゃあ、宇堂のヤツがターゲットになるおそれもある)
そうなると、方法は一つ。
おれが美玖のカノジョになるしかねえ。
「あーら、ごめんあそばせ」
世良は、強引に二人の間に割り込んだ。つながれていた手がはなれる。
「ひどいじゃなーい、世良せんぱーい、今日は私と帰ってくれるって」
「ちょっと」
「言・っ・た・で・しょ」
顔に太字で「おれの話をきけ」と書いて美玖に示す世良。
空気を察したのか、
「でわでわ、また明日」
と宇堂はさっさと行ってしまった。
名残りおしそうに彼女の小さい背中を見送る自分の姿に、世良は言葉をかける。
「美玖。気持ちはわかるがな、友だちづきあいはガッコん中だけにしとけ。おれには敵がいる。わかるだろ? 宇堂のヤツが逆恨みでもされたらどうするよ?」
「うん……」
そのとき、電柱のかげからひょこっと黒く丸いかたまりがあらわれた。
アフロヘア―。
するどい目つきをしながら、その長身の男は世良たちのほうに歩いてくる。
「てめーはクラシキか……今は取り込み――」
「まって下さい愛しのミクさん! お話はあとで。それより、こいつに確認があります」
「えっ? えっ?」
美玖は胸ぐらをつかまれた。
わけがわからない。
学校のチャイムが、遠くからきこえてくる。
「教えろや……世良ぁ。てめー、こちらにいらっしゃるミクさんと、一体どういう関係なんだよっ!!!」
美玖は、ふるえがちに言う。
「べっ、べつに、ただの他人だぜ?」
「あーん?」
「ま、ま、まじで」
「じゃあ、さっきのミクさんの『私と帰ってくれるって』って、なんなんだぁ! あぁ⁉」
そこから見てたのかよ、と世良は心で舌打ちする。
美玖も、とっさにいい言いわけが思いつかなかった。
(まいったね、こりゃ。あとあとのことを考えたら、こいつには美玖のシリを追わせてたほうがいいんだが……)
できれば恋人という切り抜けかたじゃなくて――あ。
名案だぞ、これは。
(うまく口裏を合わせてくれよ、美玖)
世良は、彼の肩を指でたたいて言う。
「おれ……私、義理の妹なんだよ、この人の」
「妹ですって? いくらミクさんの言うことでも……」
ほれ、と世良が学生証をみせた。そこには家の住所が書かれていた。
なるほどね、と察した美玖が自分の住所をソラで暗唱してみせる。
「なっ?」
「たしかに……お二人が同じ住所ってことは、そうですよね……」
突然、アフロの高さが大きくさがった。
倉敷は土下座していた。
「不肖クラシキ、一生の不覚です! 疑って、すんませんしたーーーっ!」
「そこまでしなくていい……ぜ?」
「さすが、おやさしい!」
いきおいよく立ち上がる。
立ち上がって、きおつけの姿勢。
「では本日は、これで失礼します!」
「おい」
「はい?」
「私の弟をやったヤツの調べ、すすんでるんだろーな?」
はっきり表情にでた。
すすんでいません、と。
「この件、どうも根がふかそうで……まあ、このクラシキを信じてお待ちください。必ず、ホシをあげてみせますからっ!」
「たのんだぞ」
夕焼けをバックに、アフロの男が去っていった。
帰り道、ちょうどタワマンのエントランスにさしかかったところで、
「あ、そうそう。文化祭でセーラー服着ることになったから」
と、美玖は言った。
意外にも、世良は無反応。
顔を下からのぞきこむと、
「ち、ちょうど着てみたかったんだよ……」
そんな強がりを、くちびるのはしをヒクつかせながら言う。
クスッ、と美玖は笑った。
見た目はイカついけど、この人ってかわいいところもあるんだ、と自分の顔をみながらそう思った。
ふつう、クラスのお調子者が笑いをとりにいってスベったときは「しーん」だが、そんな生易しいものではない。
エグいほどの「サーッ」だった。血の気が引く、あとずさる(精神的に)、絶句する、などのもろもろがミックスされた「サーッ」である。
(やばすぎ)
美玖の後悔も、もうおそい。
お昼の眠くなる時間帯で、つい気がゆるんでしまった。
忘れていたのだ。自分が、ケンカ最強でまわりから恐れられる、コワモテでガタイのいい、前髪に稲妻のような一筋の金メッシュをいれた不良――世良だということを。
この学校には昼休みが二つある。40分と25分。前者はおもに食事に終始するため、この学校の生徒が「昼休み」というときは後者をさすことが多い。
その「昼休み」に、文化祭の出し物を決めていた。
世良のクラスがやるのは〈ハロウィン・カフェ〉。
仮装する喫茶店というテーマで、誰がどういう人物・キャラクターに扮するかを話し合っていた最中に、ふと女子の級長が、
「セーラー服、着てみたい人~~~?」
と右手をあげながらみんなに質問した。
びっ、と反射神経であがった手が一つ。
そばをタクシーが走っていたら急ブレーキがかかりそうな、キレッキレの挙手だった。
「着たい♡」
以下、本文の一行目にもどる。
それは、ものすごいフリーズだった。
体感で5分はとまっていたんじゃないか、とあとで世良のクラスメイトは語っている。
「じゃ、じゃあ……お願いしようかな? みんなも、いい……よね?」
異論をとなえる者はいなかった。
当然だ。
このクラスは世良以外、男子は草食系、女子はほんわか系がメインのおとなしい生徒ばかり。
くわえて、
(見てみたい)
というある種のこわいもの見たさも手伝ったかと思われる。
こうして、めでたく世良(中は美玖)はセーラー服を着ることになった。
で、打ち合わせも終わった、その昼休みの残り時間。
そー……っと、あまりロコツにならないように、一人また二人と美玖のまわりからはなれてゆく。
(まあ、休み時間はいつも〈こう〉だけどね……あいつってめっちゃ孤独じゃん)
私ならたえられない、と美玖は思った。
本来なら、親友のツインテ女子、井川友香とあーでもないこーでもないとおしゃべりしまくってるのに。
まじか、これ。
あの人、クラスに男友だちの一人もいないの? 友だちは、あのマキって人だけ?
「……やばすぎ」
つい、小声でつぶやいた。
しかし、どうせつぶやいたところで、何も反応は――――
「やばいのは、おぬしの癖」
「えっ⁉」
「世良氏、おぬし、ただものではないな?」
うしろの席からだ、と美玖はふりかえる。
そこには、
「うっ……」
思わず呻かざるをえないほど、ダークオーラ全開の女子がいた。
重たいロングの漆黒の髪。しかも前髪は横一直線のぱっつん……それはいいとして、ラインが下過ぎて完全に目をかくしてしまっている。
「して、どのようなセーラー服をご所望かな?」
キャラの強いヒトから、濃いことをきかれている。
だが今の美玖は話し相手が欲しい。
「えーと……まず生地は紺色でぇ」
「ほう」
「スカーフも紺色なの。襟は関西襟でー、スカーフ留めがなくて胸元で結ぶタイプでー、セーラーカラーのラインは白が二本……あ、もち、カフスのとこも同じね。そんでもってスカートのプリーツは、だんぜん24本っ! これより多くても少なくてもダメなのっ!」
ふたたび教室の時間がとまった。
つまり、ほぼ全員がそ知らぬ顔をしつつも美玖の声に耳をすましていたのだ。
(まっ、まさかのガチ勢!)
(あの世良クンがセーラー服オタク?)
(さっきは、みんなを笑わせるためかとも思ったけど……)
それぞれがそれぞれで憶測していて、
まるっとトータルすれば、
(彼はヤベーやつ)
というのがクラスの総意だった。
例外は、ただ一名だけである。
「いいセンスだな、おぬし」
目の前にいる、陰キャの女の子が美玖をホメた。
なぜか、涙がでてきた。
ぽろっ、とこぼれた滴がその女の子の机の上におちた。
「あ……ご、ごめんなさい!」美玖はハンカチをとりだす。
「不要」女の子もハンカチをとりだした。
結果、美玖の手の甲に、彼女の手がのってしまった。
アクシデントだ。
「おぬし、なんかつらそうじゃな」
ぎゅっ、とそのまま手をにぎられる美玖……いや世良のごつい手。
女同士だったら、友情が芽生えるワンシーンだろう。
しかし、今の美玖のボディは〈男〉だった。
「世良氏――」
なおもそのままで、手をニギニギしてくる。指の間に指までいれてくる。
ところで、手には感覚神経が多くあってじつに繊細かつ敏感にできている。
手だけで絶頂へ、というプレイさえこの世には存在するのだ。
(あれ? うそ? いやっ)
ピンチ!
もう泣いている場合ではない。べつの意味で泣きそうだ。
(……勃ちまくりじゃない!)
美玖は、うらめしそうに自分の下半身をみつめた。
――だいたい同じ時間。
「みくぴ~~~~っ」
「おう」
たたた、と美玖の席に親友が駆け寄ってくる。
「ほんとに、やるの?」
「やるしかねえだろ」
と、イスにふんぞりかえって腕を組んだ。
近くの男子がぽかんと口をあけてその様子をみている。
ここ数日、クラスの男子の間では「新名美玖が急に男らしくなった」と話題だった。一人称は「おれ」。あいさつは「おう」。別れのあいさつは「じゃーな」。そのほかにも、彼女がつかっている男言葉は枚挙にいとまがない。
「女の子がロミオって……ありなのかなぁ?」
「心配すんな。みてるやつがガタガタいえねー、最強のロミオをみせてやんよ」
「お、おお……」
2年の美玖のクラスの出し物は〈演劇〉。演目は〈ロミオとジュリエット〉。
ただし――
「腕っぷしに自信があるヤツ、といわれて、おれが手ぇあげねーわけにはいかなかったからな」
台本にオリジナルの要素をいれていた。
それを要約すれば、ジュリエットがロミオの親友のマーキューシオにNTRされて、ロミオの敵のティボルトは元カレで、ほかにもジュリエットがいろんな男に恋心をいだいていて、最終的に男たちにバトルロイヤルさせて恋人をきめる、という内容だった。
世良は食いぎみに手をあげた。
男子の級長が「腕っぷしにじし」ぐらいのタイミングで、
「やるぜ」
と挙手している。
ただ美玖とはちがって教室は氷結しなかった。
むしろ、あたたかい笑いが起こった。拍手も起こった。中には「美玖ちゃんならアリかも……」とアヤしい目線を世良(体は美玖)に向けている女子もいる。
もともと、美玖はクラスでは天然系女子のポジション。
お笑い担当というほどではないが、彼女がボケるのはべつにめずらしいことではない。
それでいて、成績はクラスでトップ。
美玖は、先生からも男子からも女子からも人気があった。
(こんなことやってる場合じゃねぇ気もするが……ま、ふかく考えねー)
放課後になった。
学校の外には敵だらけの世良だが、毎日、真木にバイクで送ってもらうわけにもいかない。
そこで二人で打ち合わせして、
(待ち合わせで誰かと帰るってのは……生まれてはじめてかもしれねーな)
はなれて歩くのを前提で、いっしょに帰宅することにした。
校門に、スクバを片手で肩にかつぐように持ったJKこと世良がいる。
10分ほど待っていると――
(おまたせ)
と美玖があらわれて、こっちにアイコンタクトしてきた。
世良はのけぞった。
自分の体のとなりに、寄り添うように女子が歩いていたからだ。
(げっ! あれは宇堂!)
まうしろの席の暗い女。
……のくせに、やたらとおれに話しかけてくるから、おれはあいつがニガテなんだ。
どういうことだ?
なんで美玖といる?
すれちがいざま、美玖は世良にぱちっとウィンクした。
が、それだけではさすがに意思疎通できない。
ふふっ、といたずらっぽい笑みを口元に浮かべている美玖。
眉間にシワを寄せた世良。
(ちっ。とにかく、ついていくしか……)
うしろを歩きながら、彼は持ち前のカンをはたらかせた。
女子はおしゃべりが好きだ――しかし、クラスには誰も話し相手がいない――そこに、自分に声をかけてくれた女子――つまり宇堂がいて話し相手ゲットォォォ!――もっとおしゃべりしない?
こんなところか、と思った。
そんなところだった。ずばりだった。
(いいでしょ? 私だってこれくらい……そっちには、モカがいるんだから!)
「世良氏。うしろに誰かいるので?」
「え? いえいえ、誰も」
「駅まで同道していいので? わたくし風情が……」
「いい、いい」と、美玖は宇堂の手をとった。前後、生徒の数は多い。明日このことが校内でウワサになるのは、もはや不可避。「ねっ?」
「ぽっ」
宇堂は顔が赤くなる擬音を口にした。
音とは正反対に、いたってポーカーフェイスだが。
うしろは、ポーカーどころではなかった。
怒髪天だった。
(うぉぉぉぉぉい! そんなケーソツなことやってんじゃねーっ‼ その女とつきあってるって思われんだろーがぁぁぁぁーーーっ‼)
まてよ、と世良はすぐに冷静になった。
(……やめさせたほうがいいな。これじゃあ、宇堂のヤツがターゲットになるおそれもある)
そうなると、方法は一つ。
おれが美玖のカノジョになるしかねえ。
「あーら、ごめんあそばせ」
世良は、強引に二人の間に割り込んだ。つながれていた手がはなれる。
「ひどいじゃなーい、世良せんぱーい、今日は私と帰ってくれるって」
「ちょっと」
「言・っ・た・で・しょ」
顔に太字で「おれの話をきけ」と書いて美玖に示す世良。
空気を察したのか、
「でわでわ、また明日」
と宇堂はさっさと行ってしまった。
名残りおしそうに彼女の小さい背中を見送る自分の姿に、世良は言葉をかける。
「美玖。気持ちはわかるがな、友だちづきあいはガッコん中だけにしとけ。おれには敵がいる。わかるだろ? 宇堂のヤツが逆恨みでもされたらどうするよ?」
「うん……」
そのとき、電柱のかげからひょこっと黒く丸いかたまりがあらわれた。
アフロヘア―。
するどい目つきをしながら、その長身の男は世良たちのほうに歩いてくる。
「てめーはクラシキか……今は取り込み――」
「まって下さい愛しのミクさん! お話はあとで。それより、こいつに確認があります」
「えっ? えっ?」
美玖は胸ぐらをつかまれた。
わけがわからない。
学校のチャイムが、遠くからきこえてくる。
「教えろや……世良ぁ。てめー、こちらにいらっしゃるミクさんと、一体どういう関係なんだよっ!!!」
美玖は、ふるえがちに言う。
「べっ、べつに、ただの他人だぜ?」
「あーん?」
「ま、ま、まじで」
「じゃあ、さっきのミクさんの『私と帰ってくれるって』って、なんなんだぁ! あぁ⁉」
そこから見てたのかよ、と世良は心で舌打ちする。
美玖も、とっさにいい言いわけが思いつかなかった。
(まいったね、こりゃ。あとあとのことを考えたら、こいつには美玖のシリを追わせてたほうがいいんだが……)
できれば恋人という切り抜けかたじゃなくて――あ。
名案だぞ、これは。
(うまく口裏を合わせてくれよ、美玖)
世良は、彼の肩を指でたたいて言う。
「おれ……私、義理の妹なんだよ、この人の」
「妹ですって? いくらミクさんの言うことでも……」
ほれ、と世良が学生証をみせた。そこには家の住所が書かれていた。
なるほどね、と察した美玖が自分の住所をソラで暗唱してみせる。
「なっ?」
「たしかに……お二人が同じ住所ってことは、そうですよね……」
突然、アフロの高さが大きくさがった。
倉敷は土下座していた。
「不肖クラシキ、一生の不覚です! 疑って、すんませんしたーーーっ!」
「そこまでしなくていい……ぜ?」
「さすが、おやさしい!」
いきおいよく立ち上がる。
立ち上がって、きおつけの姿勢。
「では本日は、これで失礼します!」
「おい」
「はい?」
「私の弟をやったヤツの調べ、すすんでるんだろーな?」
はっきり表情にでた。
すすんでいません、と。
「この件、どうも根がふかそうで……まあ、このクラシキを信じてお待ちください。必ず、ホシをあげてみせますからっ!」
「たのんだぞ」
夕焼けをバックに、アフロの男が去っていった。
帰り道、ちょうどタワマンのエントランスにさしかかったところで、
「あ、そうそう。文化祭でセーラー服着ることになったから」
と、美玖は言った。
意外にも、世良は無反応。
顔を下からのぞきこむと、
「ち、ちょうど着てみたかったんだよ……」
そんな強がりを、くちびるのはしをヒクつかせながら言う。
クスッ、と美玖は笑った。
見た目はイカついけど、この人ってかわいいところもあるんだ、と自分の顔をみながらそう思った。
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※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
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