たたない不良⇄たたせる乙女

嵯峨野広秋

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ハラがへるのよイクサのあとは

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「終わるかよ」

 夕暮れの道路をバイクが走っている。
 二人乗り。
 うしろに乗っているJKは、うしろを向いてすわっていた。

(なっ⁉)

 バイクのすぐ後方を走る車のドライバーが目を丸くしている。
 彼女のスカートが風にはためいて下着がチラチラしてる……からではない。
 その乗り方である。
 バイクの運転手と背中を合わせて、堂々と腕を組んだ姿勢。
 しかも目をつむっている。
 かわいらしい女子高生が。
 その光景は、控えめにいって異様だった。
 関わってはいけない――と、まわりの車はぜんぶ、バイクに近づかないようにかなり距離をとっている。

「ちっ」世良せらは目をあけて、舌打ちした。「美玖みくのヤツ、なんで一人で河川敷なんかに……おい! マキちゃん! もっとスピードでねぇか?」
「……」
「安全第一だとぉ? バカ。そもそも、おまえが学校さぼって行方ゆくえをくらませてなきゃ…………うおっ‼」

 バイクが急加速した。
 そ、それでいいんだよ、と世良は平気なフリをして腕を組み直す。
 目的地まではあと数分。しかし、世良はその数分が待ちきれない。

(おれには敵だらけだって、ちゃんとクギさしただろーが、美玖‼)

 日中、美玖の弟を襲った何者かをさがし歩いて、学校にもどったのがつい一時間前。
 ところが、どこにも世良みくがいない。

「あら、あなたは?」
「おヒナ……じゃなかった、宮入みやいり先輩。ちょうどよかった。世良を知ら……知りませんか」
「年上の男の子を呼び捨てなの? あなたたち、ずいぶん仲がよくなったのね」

 宮入雛子ひなこはメガネを敬礼のような手つきでさわった。
 絵にかいたような優等生の、世良のハトコの女子。

「ちょっとけるじゃない。私もね、ほんとは彼のことが好きだったんだから」
「それより――」
「ああ、はいはい、永次えいじくんでしょ。じつは、さっき会ったのよ」
「それで? どこに行くか、きいて……」
「ええ。これから河川敷のほうに散歩にいく、って言ってたかな。ふふっ。高校生が学校終わりに散歩するっていうのもヘンよね」
「ヘン……ですね。えーと、どーもありがとうございました」

 かるく頭を下げて、背中を向けたと同時、
 おや? と世良は首をかしげた。
 さりげなく、おヒナの口から「好き」って言ってなかったか?
 はは……、きっと聞きまちがいだよな。そんなはずはねぇ。だってあいつは、おれを退学させようとヤッキになってやがんだから。
 どっちにせよ、今は気にしてる場合じゃないぜ。
 今朝、通学のときにバスの中でおたがいの連絡先は交換している。
 しかし、美玖はラインに既読をつけず電話にも出ない。

(河川敷か……それだけじゃあ、ちょっと範囲が広すぎんな。荒事あらごとになることを考えると、あんま走り回るとスタミナが――)

 そこに、いいタイミングでバイクの音がきこえてきた。

(マキだ!)

 そこから二人乗りで、現場を目指している。
 ヘルメットのフェイスカバーごしに、世良の顔に赤い夕日があたっていた。
 彼はノーヘル上等という考えだったが、かぶらないと乗せないという真木まきの言いぶんには逆らえない。

(おれの体が痛ぇのはいいし、ケガしてもいい。だが、あいつに痛い思いをさせるわけにはいかねえ)

 終わるかよ、と彼はもう一度つぶやく。
 すべてが終わる前、ぜいたくをいえばコトが始まる前に、なんとしてでも…………

「マキ! ここでいい!」
「……」

 無言でうなずき、橋の手前でとまってエンジンを切った。
 すぐ横に河川敷におりていく道があるが、そこには車輪止めがあってバイクでは入っていけない。

「っ! おそかったか……?」

 学ランの不良の集団が、いる。
 だが様子がおかしい。
 フラフラしていて、誰かをさがすような感じではなく、ゆっくり世良(体は美玖)のほうへ歩いてくるのだ。

「どういうこった?」

 ケガしてるのもいるし、肩をかりて歩いてるヤツもいる。
 とにかく世良おれと無関係とは思えん。
 これは、きいてみるのが早いな。

「よぉ」

 じろり、と冷たい視線が美玖の体に向く。
 数は7人。全員、校則違反の学ランだ。一番うしろにリーダーらしき男がいる。
 あーっ! と世良は声をあげそうになった。

(あのスキンヘッド――けっこう前におれとケンカした野郎だ)

 その結果は言うまでもない。
 これで敵の正体はわかった。
 あとは、あいつがどうなったかだ。
 すっ、とリーダーが前に出てきた。 
 
「今なんか言ったのか、そこの女」
「言ったよ。文句あっか」
「なんだとブス! マワすぞ、コラ!」
「あぁ~~~~ん?」世良はリーダー格の胸ぐらをつかむ。「てめーの目ぇイカレてんのか? こんなかわいい子が……ブスなわきゃねーだろーがっ!」

 学ランたちにシラけた空気がただよう。
 みんな「こんなおかしな女、ほっといて行こう」という表情。
 ばしっ、とスキンヘッドが美玖の細腕を払いのけて、無言で立ち去ろうとした。
 が、世良は逃がすつもりはない。
 うしろからえりをぐいっとワシづかみする。
 集団が一瞬で殺気った。

「…………こいつは、なんの冗談だよ。てめえクスリでもキメて――」
「取り消せ」
「あん?」

 わきばらに左のショートフックが入る。

「ぐっ!」
「取り消せっ! こいつをブスっていったのを……お、おいマキ」

 バイクからおりた真木がいつのまにか近くにいて、世良の手をひいた。

「……」
「おれの体? どういうことだよ」
「……」
「あー、なるほどな、このままじゃ〈美玖〉がこいつらにウラまれるかもってことか」
「……」
「はいはい。あとはまかせるさ」

 ぱっ、とえりから手をはなした。
 首をさすりながら、相手がゆっくりふりかえる。

「……このガキ、なめたマネを……おれを誰だと」むっ? と、彼女のとなりに立つ男に気づいた。「真木か……。やっかいな野郎がいやがる」
三好みよしさん」
「わかってる。ここは、こいつとはやり合わねぇ。真木っ! あのケンカバカに伝えとけ。いつかその首とるってな!」

 とられるもんかよ、と思ったが言い返さずに聞き流した。
 真木をみると、赤い髪ごしにせめるような目を向けている。

「……」
「ケイソツだったってか? でもなマキちゃん……『ブス』って言われてさ、おれ、反射的にカッとなっちまったんだよ」

 もしかしたら、身も心も新名あらな美玖になりかけてるのかもしれない。
 世良はそんなことを思った。
 そこでラインがきた。
 美玖からだ。
 意外な内容だった。


「替え玉ひとつっ!!」
「あいよ」


 彼女は河川敷そばのラーメン屋に入って、ずるずると勢いよく食べていた。そこにいるから来て、というメッセージだった。
 美玖が無事なのを確認すると、真木は静かにターンしてバイクで帰っていく。
 カウンターの一番奥の席。
 世良がそのとなりに座る。

「どうなってんだ?」
「私が知りたいよ」
「あの学ランども、おまえにからんできたんだろ?」
「そう」
「で?」

 気がついたら勝ってたの、と美玖は言う。
 体が自然に動いた、と。

「自然に~? んなの、信じられねぇなー」
「たぶん、あんたの……」美玖は口元をおさえた。「ごめん。えっと世良センパイのぉ」
「今さら水くせーだろ。『あんた』でいい。おまえが好きなように呼べよ」
「じゃ遠慮なく。だからね、あんたの体がおぼえてたんじゃない? ケンカの仕方を」
「体ねぇ……」

 そんなこともあるか、と彼は思う。
 なにより、美玖が無事でよかった。

(さーて、おれはおれのケンカをするか)

 帰宅して、部屋で寝転んだ。
 スマホをみる。

(【悠馬ゆうま♡♡♡】か、名前にハート三つもつけやがって、まったく)

 彼との過去のやりとりを調べた。
 が、色気のあるラリーはなく、どれも社交辞令のようなものばっかり。

(【モカ♡♡♡】……? なんで友だちにもつけてんだよ)

 こっちは熱烈だ。
 というか、ほぼほぼ悠馬のことしか話題にない。
 ところどころ「好きすぎ」とあって、ほかにも「やばすぎ」「かっこよすぎ」「ライバルおおすぎ」とあり、いかに彼女が幼なじみの悠馬のことが好きかわかる。
 世良は無意識にため息をついていた。

(直接電話かけて、あのヤローに愛の言葉でも……と思ったが、そんな気分じゃねーな)

 なんかモヤモヤする。
 へんにチリチリする。
 あの、どこか恥ずかしそうにラーメンを食べて、照れ笑いしていた顔。
 もちろん自分の顔なんだが、ぶっちゃけ、めっちゃかわいく見えた。
 で、ケンカしたあとにメシでしめる女なんかいるのかよ、っておかしくてたまらなかったんだ。

(……っか)

 世良には初恋がない。
 だから、彼がこの感情の正体を知るのは、もう少し先のことである。
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