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なぜか気になるあいつのサイズ
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タワーマンションのエントランスから、あくびをしながらJKがでてきた。
世良だ。
毎朝、わざわざ見える場所で着替えをしていた姉のおかげか、女子の制服の着こなしもばっちりである。
「……おはよ」
「おう、美玖じゃねーか」
と、世良は〈自分の体〉に向かって手をふった。
スクールバッグの持ち手を両手でもった姿勢で木陰に立つ男子。
「どうしたんだ? なんかあったのか?」
「いやその……いっしょに登校しようと思って……」
「おいおい。いつのまにおれにホれたんだよ」
「ちがっ⁉ そうじゃなくて、あなた言ってたでしょ」
「なにを?」
「家を出れば七人の敵がなんとかって……襲われたらシャレになんないんだから、ちゃんとボディーガードしてよね?」
かかっ、と世良はおかしかった。
外面をみれば、屈強な男が細腕の女子にボディーガードをお願いしているという構図だからだ。
「いいぜ。じゃいくか」
「ちょっと」
先を行こうとする世良の腕をつかむ。
「太一は……弟はどうだったの? ひどいことされてなかった?」
「カツアゲされそーになってアタマぶん殴られて病院。だがケガはなくて精密検査でも問題ナシ。一ミリも気にするこたねーよ」
タワマンから最寄りのバス停まで、二人は並木道を歩いていた。
両サイドのイチョウが、黄色くなった葉をはらはらと落としてくる。
「そっか、良かった……。え? 待って? もしかして昨日、弟と話したの?」
「したよ。そしたら、犯されそうになってさー」
「な――――――――――‼‼‼」
「すんでのところで肘鉄いれて、まー、事なきは得たんだが」
「な……な……」
「心配いらねーよ。お姉ちゃんは好きな男がいるから諦めろって、しっかりクギをさしといたからよ」
なー! と叫びながら美玖は世良の華奢な肩をつかむ。
「やばすぎ! 大事件じゃないのっ! それを……お昼ごはんの話題みたいにさらっと言わないでよ!」
「昼は食堂でカツ丼の予定だ」
「そうじゃなくってっっっ‼」
「どうしたんだよ、そんなカッカして」
「……信じられない。なんてマイペースな人なの」そこで美玖は深呼吸した。澄んだ秋の朝の空気。かすかにキンモクセイの香りがする。「それで……太一には、暴力ふるってないでしょうね?」
「当たり前だろ。肘うちも、たんなる正当防衛だぞ?」
バスの停留所についた。
スーツ姿の男女が5人ほど並んでいて、その最後尾につく。
「はー……」美玖が口をひらく。「これから私たち、どうしたらいいの」
「結婚するしかねーな」
美玖の疑問に対し、世良はかなり斜め上の回答をした。
もちろん、本気では言っていない。彼女をリラックスさせようとしただけだ。
彼らの会話が耳に入った、バスの列にならぶ全員が「おっ?」という好奇の視線を向けた。高校生のカップルが「結婚」とか口にしていたら、注目を集めて当然だろう。
「あはは……」
美玖は笑ってごまかした。今朝はヒゲをそるのを忘れて、あごのあたりに無精ひげがある。
「面白い冗談いうんだから、こ、こいつめっ」
ぴん、と世良のおでこを指で押す。
ニイ、と口元だけで笑う世良。
バスがきた。
どうか今日も何事もなく終わりますように! と心から願う美玖だった。
◆
じつはウワサはきいていた。
うちの学校に、手に負えないほどケンカが強い男子がいることを。
悠馬もいつだったか、彼の話をしていた。「あの人はやばいよ」と、まるで男の子が好きなプロボクサーや格闘家を語るときみたいに、すこしリスペクトをこめた口調で。
(確かにやばい……やばすぎ)
正門、正面玄関、廊下、階段――と、教室までのルートのすべての場所で、みんながササッと道をあける。
自分が、めっちゃビビられてる。
こんな感覚は、はじめてだ。
これが強くてイカついヒトの世界なの? と、うしろをふりかえったが、そこにもう世良はいなかった。
彼とは、学校に最寄りのバス停に到着したときに、
「わるいけど……ならんで歩いたら登校デートみたくなるから……」
「わかってるよ」
というやりとりをした。
そして世良は彼女の少しうしろを歩いた。
学校の正門を入っていくのを見届けると――
(よし。学校の中にいれば、美玖は安全だな)
――くるっと体をターンさせた。
今日は無断欠席してでも、彼には行きたい場所がある。
それは、倉敷が通う工業高校だった。
その学校は、ここから歩いて行ける距離にある。
「なつかしいなー」
世良はつい、声に出してつぶやいた。
目の前にそびえる校舎。
正面玄関の前に横に長い階段が5段あって、そこにずらっとワルそうなのが腰を下ろして談笑している。たまに、気の弱そうな一般生徒たちが彼らをよけて階段を上がっていく。学校は共学なのだが、男子の比率がやけに高い。
「おい」
適当なヤンキーに声をかけ、頭を小突いた瞬間――
「元気でよろしい」
――ケンカになった。
相手が女子だろうが、彼らは容赦しない。けっして手は抜いていなかった。
その結果が、惨敗である。
「やっぱ相手にならねー。あいつじゃなきゃ、張り合いがねーな」
「……う……キサマ……なにもんだよ」
「きょうだい思いのかわい子ちゃんだよ」ヤンキー座りして、地面に倒れている男子に問いかける。「なあ、倉敷を呼んできてくれないか? おれもできれば、よそのガッコに不法侵入とかしたくねーんだ」
そこから時間はかからなかった。
相手のほうから、飛んできたのだ。
文字どおり、5段の階段の一番上から、世良に向かって元気よくダイブしてきた。
「会いたかったですよ~~~! エイジさ~~~~ん!」
すっ、とアフロの大男をかわす世良。
おっと、と体勢をくずしながらも、倉敷は転倒しなかった。
すぐに方向転換し、世良(体は美玖)のほうへ突進する。
「エイ…………」
「しつこい」
ぐーっと、ほっぺを押す。
「さ、最高……。この手のひらごしに、あなたの愛情を感じるっス!」
「バカいってんじゃねー」
ほっぺから手をはなす世良。
灰色のブレザーのえりを正し、倉敷はキメ顔をつくって言う。
「本日は、どのようなご用件で? この不肖クラシキ、どんな命令だってお受けします!」
キラキラした、従順な犬のような目を世良に向けている。
今日も今日とて、ボリューミーなアフロは健在だ。
世良は片方の目をキュッと細めた。
(やっぱりおかしいぜ……こいつが、中坊からカツアゲなんかするとは思えねー)
「なあ」
「はい、なんでしょう!」
「おまえ以外で、アフロでヤンチャしてるバカっているか?」
「いやいや」と倉敷は手を左右にふる。「いませんね。日本全国っていうレベルならいるかもですけど、すくなくともこのへんには……」人差し指で自分の頭をさす。「ところで、これイケてると思いません? 格闘家でトニー・バレントっていうのがいて、その人をリスペクトしてアフロにしてんスけど」
そのとき、倉敷さんちょっと、と横から声がかかった。
以下、耳打ちで世良には聞こえていない。
「もしかしたら、あの話かもしれないですね」
「あの話だと?」
「倉敷さんの〈なりすまし〉がいるって話です。昨日も、なんかどっかの中坊とモメたとか……」
「本当か?」
「ええ。たぶんアフロのカツラとか使ってるのかと……倉敷さん、思い切ってその髪型やめてみませんか?」
「ふっ。これはおれのスタイルであってポリシーだ! やめられるか!」
その間、世良のほうも一人で考えていた。
まだ倉敷がクロの可能性もあるが、とにかくこいつをコマとして使ったほうがいいだろう。
つまり美玖の弟の太一を襲った犯人を、こいつに調査させちまおう。
ってことは、おれがこの美玖の体に入っていることはナイショにすべきだな。
なんたって、倉敷とおれは犬猿の仲なんだから。
「よう、ひそひそ話は終わったかい?」
「あっ! これはその……あなたに聞かせるまでもない内容でして」
「ライン」
「えっ、なんですか?」
「ライン交換だ。文句あるか?」
めっそうもない、と倉敷は画面がバキバキに割れたスマホをとりだす。
「不肖クラシキ、感激ですっ!」
「じゃー、なんかあったらおれに連絡よこせよ。イの一番にな」
「わかりま……あれ? あなたのお名前って『エイジ』さんじゃなかったんですか?」
世良は美玖のピンクのくちびるをななめに曲げた。
おれは永次だよ、と胸の内でひとり言をいう。
さて、その日の放課後。
美玖は緊張の面持ちで、橋につづく道を歩いていた。
一級河川【幸寒川】にかかる、あの橋をめざして。
世良の体で幼なじみの悠馬に告白してしまった、インネンの橋だ。
頭上は、燃えるような夕焼けの空。
(あー、もー、なんでこんなことに……)
発端は、世良の机に入っていた一枚の手紙だった。
そこには「あなたに挑戦します。」という文字と、地図つきで場所が書かれていた。
(こんなときにかぎって、マキって人もつかまらないし)
真木とは、世良の親友だ。
彼がもっとも頼りにしている友人で、ケンカもつよい。
だが、彼にはサボリ癖があって、ときどきズル休みをする。今日のように。
(やっぱりムシしたほうがよかったのかなぁ……)
いいえ、と美玖は首をふった。
彼女は成績が良く、物事も論理的に考えることができる。
すなわち、
・挑戦状をムシ→世良がビビッて行かなかったと評判がたつ→ビビってるなら自分がケンカしてやろうという人が出てくる
という筋道が予想され、そのゆきつく先は望まぬケンカからの〈退学〉である。
それは避けなければならない。
ダムは、蟻が空けた小さな穴から決壊するという。
そうならないように、はやい段階から逃げてはいけないのだ。
立ち向かわなければならない。
(あれ? ほんとに……ここ?)
日光の当たりかたで、夕方にハートの形が出来上がる橋の下。
ちなみに、不良のたまり場やケンカの場所として選ばれるのは、逆サイドの河川敷だ。
「あっ」
世良をみて、びくっと動いて声をあげた人影。
「来てくれたん……ですね?」
センがほそく、どこかなよなよした感じの男子。
とても、これからケンカをやろうというふうには見えない。
「世良先輩」
「あなた……じゃなくて、おまえか、おれを呼びだしたのは」
「あの、すみません、手紙で『挑戦』とか書いて……ああいう書き方じゃないと、先輩は来てくれないと思いましたので」
言い終わると、スクールバッグを足元においた。
そのままジッパーをあけて、なにかを取り出している。
内心、美玖はガクブルだった。
なにを出す気? やめてよ、ナイフだのメリケンサックだの――――
「これを」
差し出されたのは、
「クッキー?」
「はい!」
なんだ~、と安心すると同時に、美玖はピンときた。
(この子、世良が好きなのね)
美玖は、というより女子は、おおむね好意というものに敏い。
敏いからこそ、それが相手に伝わりすぎたりしないようにコントロールできたりもする。
(こんなに目を輝かせちゃって……好きのビーム出まくりじゃない)
美玖はその男子を観察した。
サイズ感ばっちりのブレザー、ちゃんと結ばれたネクタイ、折り目がはっきり出てるズボン、おとなしい革靴。
真面目だ。
耳にかかるぐらいの黒髪をサラッといい感じに流していて、顔つきは中性的。
(女の子みたい)
くす、と美玖は笑ってしまった。
こんな男の子に、つい数秒前までビクビクしてたのかと思ったら、おかしくてしょうがない。
「ね」
「は、はい!」
「それ、いっしょに食べようよ」
背中を押して、土手へあがる階段のところに移動する。
そこに横にならんで座った。
「おいしい! やばい!」
「やばい……ですか」
「手作りでしょ?」
「そ、そうです。今日の調理実習で……」
「キミ一年生?」
「はい。えっと、柳っていいます」
「よく見たら美形だね~。モテるでしょ?」
「いえ、ぼくなんか……はは」
下を向いて、柳はもじもじしている。
ここで美玖に、いたずら心がわいた。
女の子同士で、じゃれあって胸をさわったりすることがある。
その逆バージョン。
男の子たちだって、きっとふざけて〈そこ〉をさわり合ったりすることがある、と思った。
「えい」
誓って、美玖には悪気はなかった。
ほんの冗談のつもりだったのだ。
時間がとまった。
柳の股間に手をのばしてふれた〈そこ〉の感触が、予想外だったのだ。
(やばすぎ……っていうか、なんでこの状況でこんなになってるわけ?)
大きい。大きすぎる。
その戸惑いで心拍数が上がったためか、その状態が美玖にも伝染してしまった。
勃ってきたのだ。
「ふいうちですか?」
「えっ……」
柳は微笑を浮かべて、ゆっくりと立ち上がった。
「先輩って意外とそういうことするんですね。でもぼく、スキンシップは嫌いじゃないので」
「えっ、えっ」
「じゃあ今日はこれで……またぼくと、おしゃべりして下さいね」
失礼します、と会釈して彼は立ち去った。
信じられない。
立ち上がれて、あまつさえ走れるなんて……〈ここ〉が〈こう〉なったときって、そんな動作できないでしょ――――
(!)
ちがう。
そうじゃなくて。
あの子は、最初から、勃ってなかったんだ。
勃ってないから、立ったり走ったりできるんだ。
あれ?
ということは、あの子のほうが標準サイズ?
もしかして私のって、小さいの?
美玖は夕暮れの河川敷で、スマホとにらめっこした。
アレの平均の長さを検索するためだ。
千円札の横幅が15センチということも調べて、ズボンの上からそっとあてがってみる。
(ほっ……なんだ、やっぱりあの子が特別デカいんじゃない……)
安心したところで、スマホから顔をあげると、
「きゃっ‼」
「いいところで会ったな、世良ぁ」
囲まれている。
いかにもワルそうな連中に。
「おめーにリベンジしようと思って腕がたつのをかき集めてきたんだぜ」
目の前にいるスキンヘッドに学ランの男が、眉間に深いシワを刻んで言った。こめかみには血管が浮いている。
「世良。終わり――――だッ!」
世良だ。
毎朝、わざわざ見える場所で着替えをしていた姉のおかげか、女子の制服の着こなしもばっちりである。
「……おはよ」
「おう、美玖じゃねーか」
と、世良は〈自分の体〉に向かって手をふった。
スクールバッグの持ち手を両手でもった姿勢で木陰に立つ男子。
「どうしたんだ? なんかあったのか?」
「いやその……いっしょに登校しようと思って……」
「おいおい。いつのまにおれにホれたんだよ」
「ちがっ⁉ そうじゃなくて、あなた言ってたでしょ」
「なにを?」
「家を出れば七人の敵がなんとかって……襲われたらシャレになんないんだから、ちゃんとボディーガードしてよね?」
かかっ、と世良はおかしかった。
外面をみれば、屈強な男が細腕の女子にボディーガードをお願いしているという構図だからだ。
「いいぜ。じゃいくか」
「ちょっと」
先を行こうとする世良の腕をつかむ。
「太一は……弟はどうだったの? ひどいことされてなかった?」
「カツアゲされそーになってアタマぶん殴られて病院。だがケガはなくて精密検査でも問題ナシ。一ミリも気にするこたねーよ」
タワマンから最寄りのバス停まで、二人は並木道を歩いていた。
両サイドのイチョウが、黄色くなった葉をはらはらと落としてくる。
「そっか、良かった……。え? 待って? もしかして昨日、弟と話したの?」
「したよ。そしたら、犯されそうになってさー」
「な――――――――――‼‼‼」
「すんでのところで肘鉄いれて、まー、事なきは得たんだが」
「な……な……」
「心配いらねーよ。お姉ちゃんは好きな男がいるから諦めろって、しっかりクギをさしといたからよ」
なー! と叫びながら美玖は世良の華奢な肩をつかむ。
「やばすぎ! 大事件じゃないのっ! それを……お昼ごはんの話題みたいにさらっと言わないでよ!」
「昼は食堂でカツ丼の予定だ」
「そうじゃなくってっっっ‼」
「どうしたんだよ、そんなカッカして」
「……信じられない。なんてマイペースな人なの」そこで美玖は深呼吸した。澄んだ秋の朝の空気。かすかにキンモクセイの香りがする。「それで……太一には、暴力ふるってないでしょうね?」
「当たり前だろ。肘うちも、たんなる正当防衛だぞ?」
バスの停留所についた。
スーツ姿の男女が5人ほど並んでいて、その最後尾につく。
「はー……」美玖が口をひらく。「これから私たち、どうしたらいいの」
「結婚するしかねーな」
美玖の疑問に対し、世良はかなり斜め上の回答をした。
もちろん、本気では言っていない。彼女をリラックスさせようとしただけだ。
彼らの会話が耳に入った、バスの列にならぶ全員が「おっ?」という好奇の視線を向けた。高校生のカップルが「結婚」とか口にしていたら、注目を集めて当然だろう。
「あはは……」
美玖は笑ってごまかした。今朝はヒゲをそるのを忘れて、あごのあたりに無精ひげがある。
「面白い冗談いうんだから、こ、こいつめっ」
ぴん、と世良のおでこを指で押す。
ニイ、と口元だけで笑う世良。
バスがきた。
どうか今日も何事もなく終わりますように! と心から願う美玖だった。
◆
じつはウワサはきいていた。
うちの学校に、手に負えないほどケンカが強い男子がいることを。
悠馬もいつだったか、彼の話をしていた。「あの人はやばいよ」と、まるで男の子が好きなプロボクサーや格闘家を語るときみたいに、すこしリスペクトをこめた口調で。
(確かにやばい……やばすぎ)
正門、正面玄関、廊下、階段――と、教室までのルートのすべての場所で、みんながササッと道をあける。
自分が、めっちゃビビられてる。
こんな感覚は、はじめてだ。
これが強くてイカついヒトの世界なの? と、うしろをふりかえったが、そこにもう世良はいなかった。
彼とは、学校に最寄りのバス停に到着したときに、
「わるいけど……ならんで歩いたら登校デートみたくなるから……」
「わかってるよ」
というやりとりをした。
そして世良は彼女の少しうしろを歩いた。
学校の正門を入っていくのを見届けると――
(よし。学校の中にいれば、美玖は安全だな)
――くるっと体をターンさせた。
今日は無断欠席してでも、彼には行きたい場所がある。
それは、倉敷が通う工業高校だった。
その学校は、ここから歩いて行ける距離にある。
「なつかしいなー」
世良はつい、声に出してつぶやいた。
目の前にそびえる校舎。
正面玄関の前に横に長い階段が5段あって、そこにずらっとワルそうなのが腰を下ろして談笑している。たまに、気の弱そうな一般生徒たちが彼らをよけて階段を上がっていく。学校は共学なのだが、男子の比率がやけに高い。
「おい」
適当なヤンキーに声をかけ、頭を小突いた瞬間――
「元気でよろしい」
――ケンカになった。
相手が女子だろうが、彼らは容赦しない。けっして手は抜いていなかった。
その結果が、惨敗である。
「やっぱ相手にならねー。あいつじゃなきゃ、張り合いがねーな」
「……う……キサマ……なにもんだよ」
「きょうだい思いのかわい子ちゃんだよ」ヤンキー座りして、地面に倒れている男子に問いかける。「なあ、倉敷を呼んできてくれないか? おれもできれば、よそのガッコに不法侵入とかしたくねーんだ」
そこから時間はかからなかった。
相手のほうから、飛んできたのだ。
文字どおり、5段の階段の一番上から、世良に向かって元気よくダイブしてきた。
「会いたかったですよ~~~! エイジさ~~~~ん!」
すっ、とアフロの大男をかわす世良。
おっと、と体勢をくずしながらも、倉敷は転倒しなかった。
すぐに方向転換し、世良(体は美玖)のほうへ突進する。
「エイ…………」
「しつこい」
ぐーっと、ほっぺを押す。
「さ、最高……。この手のひらごしに、あなたの愛情を感じるっス!」
「バカいってんじゃねー」
ほっぺから手をはなす世良。
灰色のブレザーのえりを正し、倉敷はキメ顔をつくって言う。
「本日は、どのようなご用件で? この不肖クラシキ、どんな命令だってお受けします!」
キラキラした、従順な犬のような目を世良に向けている。
今日も今日とて、ボリューミーなアフロは健在だ。
世良は片方の目をキュッと細めた。
(やっぱりおかしいぜ……こいつが、中坊からカツアゲなんかするとは思えねー)
「なあ」
「はい、なんでしょう!」
「おまえ以外で、アフロでヤンチャしてるバカっているか?」
「いやいや」と倉敷は手を左右にふる。「いませんね。日本全国っていうレベルならいるかもですけど、すくなくともこのへんには……」人差し指で自分の頭をさす。「ところで、これイケてると思いません? 格闘家でトニー・バレントっていうのがいて、その人をリスペクトしてアフロにしてんスけど」
そのとき、倉敷さんちょっと、と横から声がかかった。
以下、耳打ちで世良には聞こえていない。
「もしかしたら、あの話かもしれないですね」
「あの話だと?」
「倉敷さんの〈なりすまし〉がいるって話です。昨日も、なんかどっかの中坊とモメたとか……」
「本当か?」
「ええ。たぶんアフロのカツラとか使ってるのかと……倉敷さん、思い切ってその髪型やめてみませんか?」
「ふっ。これはおれのスタイルであってポリシーだ! やめられるか!」
その間、世良のほうも一人で考えていた。
まだ倉敷がクロの可能性もあるが、とにかくこいつをコマとして使ったほうがいいだろう。
つまり美玖の弟の太一を襲った犯人を、こいつに調査させちまおう。
ってことは、おれがこの美玖の体に入っていることはナイショにすべきだな。
なんたって、倉敷とおれは犬猿の仲なんだから。
「よう、ひそひそ話は終わったかい?」
「あっ! これはその……あなたに聞かせるまでもない内容でして」
「ライン」
「えっ、なんですか?」
「ライン交換だ。文句あるか?」
めっそうもない、と倉敷は画面がバキバキに割れたスマホをとりだす。
「不肖クラシキ、感激ですっ!」
「じゃー、なんかあったらおれに連絡よこせよ。イの一番にな」
「わかりま……あれ? あなたのお名前って『エイジ』さんじゃなかったんですか?」
世良は美玖のピンクのくちびるをななめに曲げた。
おれは永次だよ、と胸の内でひとり言をいう。
さて、その日の放課後。
美玖は緊張の面持ちで、橋につづく道を歩いていた。
一級河川【幸寒川】にかかる、あの橋をめざして。
世良の体で幼なじみの悠馬に告白してしまった、インネンの橋だ。
頭上は、燃えるような夕焼けの空。
(あー、もー、なんでこんなことに……)
発端は、世良の机に入っていた一枚の手紙だった。
そこには「あなたに挑戦します。」という文字と、地図つきで場所が書かれていた。
(こんなときにかぎって、マキって人もつかまらないし)
真木とは、世良の親友だ。
彼がもっとも頼りにしている友人で、ケンカもつよい。
だが、彼にはサボリ癖があって、ときどきズル休みをする。今日のように。
(やっぱりムシしたほうがよかったのかなぁ……)
いいえ、と美玖は首をふった。
彼女は成績が良く、物事も論理的に考えることができる。
すなわち、
・挑戦状をムシ→世良がビビッて行かなかったと評判がたつ→ビビってるなら自分がケンカしてやろうという人が出てくる
という筋道が予想され、そのゆきつく先は望まぬケンカからの〈退学〉である。
それは避けなければならない。
ダムは、蟻が空けた小さな穴から決壊するという。
そうならないように、はやい段階から逃げてはいけないのだ。
立ち向かわなければならない。
(あれ? ほんとに……ここ?)
日光の当たりかたで、夕方にハートの形が出来上がる橋の下。
ちなみに、不良のたまり場やケンカの場所として選ばれるのは、逆サイドの河川敷だ。
「あっ」
世良をみて、びくっと動いて声をあげた人影。
「来てくれたん……ですね?」
センがほそく、どこかなよなよした感じの男子。
とても、これからケンカをやろうというふうには見えない。
「世良先輩」
「あなた……じゃなくて、おまえか、おれを呼びだしたのは」
「あの、すみません、手紙で『挑戦』とか書いて……ああいう書き方じゃないと、先輩は来てくれないと思いましたので」
言い終わると、スクールバッグを足元においた。
そのままジッパーをあけて、なにかを取り出している。
内心、美玖はガクブルだった。
なにを出す気? やめてよ、ナイフだのメリケンサックだの――――
「これを」
差し出されたのは、
「クッキー?」
「はい!」
なんだ~、と安心すると同時に、美玖はピンときた。
(この子、世良が好きなのね)
美玖は、というより女子は、おおむね好意というものに敏い。
敏いからこそ、それが相手に伝わりすぎたりしないようにコントロールできたりもする。
(こんなに目を輝かせちゃって……好きのビーム出まくりじゃない)
美玖はその男子を観察した。
サイズ感ばっちりのブレザー、ちゃんと結ばれたネクタイ、折り目がはっきり出てるズボン、おとなしい革靴。
真面目だ。
耳にかかるぐらいの黒髪をサラッといい感じに流していて、顔つきは中性的。
(女の子みたい)
くす、と美玖は笑ってしまった。
こんな男の子に、つい数秒前までビクビクしてたのかと思ったら、おかしくてしょうがない。
「ね」
「は、はい!」
「それ、いっしょに食べようよ」
背中を押して、土手へあがる階段のところに移動する。
そこに横にならんで座った。
「おいしい! やばい!」
「やばい……ですか」
「手作りでしょ?」
「そ、そうです。今日の調理実習で……」
「キミ一年生?」
「はい。えっと、柳っていいます」
「よく見たら美形だね~。モテるでしょ?」
「いえ、ぼくなんか……はは」
下を向いて、柳はもじもじしている。
ここで美玖に、いたずら心がわいた。
女の子同士で、じゃれあって胸をさわったりすることがある。
その逆バージョン。
男の子たちだって、きっとふざけて〈そこ〉をさわり合ったりすることがある、と思った。
「えい」
誓って、美玖には悪気はなかった。
ほんの冗談のつもりだったのだ。
時間がとまった。
柳の股間に手をのばしてふれた〈そこ〉の感触が、予想外だったのだ。
(やばすぎ……っていうか、なんでこの状況でこんなになってるわけ?)
大きい。大きすぎる。
その戸惑いで心拍数が上がったためか、その状態が美玖にも伝染してしまった。
勃ってきたのだ。
「ふいうちですか?」
「えっ……」
柳は微笑を浮かべて、ゆっくりと立ち上がった。
「先輩って意外とそういうことするんですね。でもぼく、スキンシップは嫌いじゃないので」
「えっ、えっ」
「じゃあ今日はこれで……またぼくと、おしゃべりして下さいね」
失礼します、と会釈して彼は立ち去った。
信じられない。
立ち上がれて、あまつさえ走れるなんて……〈ここ〉が〈こう〉なったときって、そんな動作できないでしょ――――
(!)
ちがう。
そうじゃなくて。
あの子は、最初から、勃ってなかったんだ。
勃ってないから、立ったり走ったりできるんだ。
あれ?
ということは、あの子のほうが標準サイズ?
もしかして私のって、小さいの?
美玖は夕暮れの河川敷で、スマホとにらめっこした。
アレの平均の長さを検索するためだ。
千円札の横幅が15センチということも調べて、ズボンの上からそっとあてがってみる。
(ほっ……なんだ、やっぱりあの子が特別デカいんじゃない……)
安心したところで、スマホから顔をあげると、
「きゃっ‼」
「いいところで会ったな、世良ぁ」
囲まれている。
いかにもワルそうな連中に。
「おめーにリベンジしようと思って腕がたつのをかき集めてきたんだぜ」
目の前にいるスキンヘッドに学ランの男が、眉間に深いシワを刻んで言った。こめかみには血管が浮いている。
「世良。終わり――――だッ!」
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