たたない不良⇄たたせる乙女

嵯峨野広秋

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ノープロブレムでるものはでる

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 美玖みくには悲しみにくれる乙女でいるヒマもない。
 あと何分かで終わる昼休み。
 男子トイレの中から、おしゃべりがきこえてきた。

「昨日、した?」
「したした」
「動画で?」
「いや想像」そこで何々さん、と個人名を言ったが美玖には聞き取れなかった。「めっちゃやった。二人でバリ汗だくになってさ」
「すげー想像力だな」男子の笑い声。「おまえは?」
「そりゃ、するでしょ。寝る前に、やっぱそういう気分になっちまうよなー」

 あら、いやだ。
 この子たち、もしかしてアレの話してる? ひとりでするアレの。

(そうか……私も、やろうと思えばできるのよね)

 自分の下半身に視線をおとす。
 そこで衝撃的なフレーズが美玖の耳にダイブしてきた。

「定期的に出しとかないとビョーキになるからな!」

 というコトバ。
 もちろん、これは医学的になんの根拠もなく、言った本人も冗談のつもりで口にしたことだ。
 が、美玖は根が真面目なのでそれを思いっきりに受けた。

(や、やばすぎ! まじ⁉ だだだ、だすっていうのはつまり、自分でさわってなんとかするってこと……だよね?)

 かーーーっと、赤面した。
 乙女としては、知らぬぞんぜぬでとおしたいところだが、少々、ほんとに少々、一人でそういうことをした経験も、あるようなないようなあるような。
 ただし、それはあくまでも女の子Ver.である。
 男の子Ver.は、知らない。

(どうやればいいの? なんか……そういう手の動きとかしてないかな。少しでも、私にヒントを……)

 そーっと、トイレの中をのぞきこむ。
 そこで、肩をつかまれた。

世良せら君」
「……ふっ、ふぇっ!!??」
「うわっ!」

 ばちん、と電気を受けたように、大急ぎで肩から手がはなれた。
 思いがけず世良が挙動不審顔だったことに、恐怖したのである。しかも、ほんのり顔も赤くしていて。

「どっ、どうしたんだ世良君。わるいものでも食べたのか?」
「いや、べつに」
「ぼくをおどろかすのは、やめろ」メガネのずれを指でなおす。「中に誰かいるのか?」
「なんでもねーよ」

 ボロが出る前にこの場をはなれようとする美玖。

「まちたまえ」

 とおせんぼするように目の前に男が回りこんだ。

(あ。この人、愛され生徒会長じゃない)

 やや小柄な男子。
 真ん中でピシッと分けた黒髪に、丸メガネ。 
 彼は、まわりに愛されすぎて生徒会長に推薦され、多数の愛され票を獲得して生徒会長になってしまった男だ。
 名前は上野うえのという。

「な……なんでしょうか、ウエノくん」
「くん? おかしいな、きみはぼくを『ウエ』となれなれしく呼んでいたはずだが……」

 そうなんだ、と美玖は意外だった。
 学校一の不良が、生徒会長を〈なれなれしく呼ぶ〉?
 とにかく、情報をアップデートして、

「ただの気まぐれよ。ウエ。あー、おめーはやっぱこっちのほうがしっくりくるぜ」
「やれやれ」おおげさに肩をすくめる。「やはり、いつもどおりか。それより、くどいようだが、きみのその前髪にいれている一筋ひとすじ黄金色こがねいろ染毛せんもうは、立派な校則違反だからね?」
「おれは今、それどころじゃねーんだよ」
「なんだって?」

 名案をひらめいた。
 この人にきけばいいじゃん。
 きくは一時の恥。体の入れ替わりの恥はかき捨て。恥をかくのは、美玖わたしではない。

「ウエ。オナニーってどうやんだ?」
「オ……」

 ほらほら、こまってるこまってる~。
 今の私は小悪魔モードなのだ。

「オナニーと言ったのか? それはどこの国の言葉だ?」

 あごに手をあてて、首をひねっている。
 上野に芝居をしている様子は一ミリもない。
 美玖は思った。

(まさかのピュアくん!)

 どこの学校にも何人かはいる、そういう知識とは無縁の人生を歩んできた希少種。
 急に罪悪感がこみあげてきた。
 あはは……と愛想笑いして、美玖は逃走をこころみる。

「まて。オナニーとはなんだ? どうしてぼくにそんな質問を?」
「つ、ついてくんなよ」
「そういうわけにはいかない。きみにはまだ、聞いておきたいことがある」

 きっ、と上野のまなざしが強くなった。
 なぞの迫力に、美玖は一歩うしろにひいた。
 でも、あらためてよくみてみると――

(足がふるえてる)

 世良の顔を見上げる生徒会長の上野の足が。ひざのあたりが、ぶるぶるぶると小刻みに動いていた。

「きみと……その、うちの生徒会も兼任している風紀委員長がいっしょにいることが多いようだけど、あれは」

 そのとき、次の授業のために体育着に着替えた宮入みやいり雛子ひなこがここを通りかかった。

(会長? それと――永次えいじくん?)

 すばやく異変を察知して、手前の曲がり角で足をとめて壁際から様子をうかがう。

(二人でなんの話をしてるの?)

 ずばり彼女の話だった。
 つっかえつっかえながら、上野は世良(中は美玖)に最後まで言い切れた。

「非常に気になる、というか、いったい……きみは彼女と、どどどういう関係なんだ?」

 風紀委員長が宮入だということは、美玖も知っている。
 つまり上野は〈世良と宮入の関係〉を質問しているようだ。
 えーと、こういうシーンで彼だったらどう言うのかな、と美玖は頭を高速回転させて、

「おめーにはカンケーねーだろ」これね。
「あ、あるとも! ぼくは彼女が……宮入さんが好きなんだ!」

 きゃう。
 心の中でヘンな声がでた。きゃうきゃう。
 私、こういう流れ、大好物。
 もしこの場に、宮入先輩がいたらもっとドラマティックなのに、と思うも、

(はあ……)

 現実はそうでもなかった。
 宮入は、ずっと以前から彼の好意に気がついていたのだ。だから、今さらなんのおどろきもない。

(行きましょうか。永次くんは、不良以外には絶対に手をださないし)

 と、曲がり角からUターンして、べつのルートからグラウンドに向かうことにした。
 そこでチャイムが鳴って、

「いかん!」

 と、上野は猛ダッシュで走り去っていった。そして廊下の奥のほうで、つるん、と豪快にすっころぶ。彼が愛されキャラというのも納得の、安定のドジっぷりだった。

 放課後になった。

 美玖は第一声で、

「ごめん」

 と世良にあやまった。
 ポニテのJKの口の片方が、斜めに上がってゆく。

「いいよ。あれだろ、昼休みのことだろ?」
「うん……」
「はっ。おまえがテンパるのは今にはじまったことじゃねぇ。なんせ、イチモツが勃起しただけでギャーギャーさわぐぐらいだからな」
「それ、あなたでしょ」
「そうだっけ?」

 学校からバス停までの帰り道
 前後にあまり生徒がいないので、いつしか二人は横にならんで歩いていた。
 美玖があたりを見回しながら、

「なんか、人がすくないね」

 と世良に言った。

「文化祭の準備でガッコに残ってるんだろ」
「あ!」
「まてまて」

 大柄な男子のごつい二の腕を、華奢な女子の細腕がうしろからつかむ。

「もどってどーすんだよ。いいよ。おれはそういうのには参加しねータチなんだから」
「でも」
「でもじゃねーよ」世良は頭のうしろに両手をまわした。「実際、文化祭どころじゃないだろ。おれたちは」

 それもそうだね、と美玖は体の向きをもとにもどした。
 偶然、バス停にも人はいなかった。
 夕暮れの風景をバックに、美玖は思い切ってたずねてみた。

「どう……すればいいの?」
「あん?」
「どうやって出し……てる?」
「それ暗号か? 意味わかんねー。どれどれ」世良は背伸びして、美玖のひたいに手をあてた。「熱はねーな」

 もう、とかるがるしく自分の顔にふれた手をふりはらう美玖。

「……出さないと、ビョーキになるって」
「あん? おれは健康そのものだよ。病気のほうが逃げてくぞ」
「セイエキ」

 カンのいい世良はピンときた。
 腕を組んで、不敵な表情を美玖に向ける。その顔は横半分、オレンジ色に照らされていた。

「ねぇ! 教えてよ。出し方!」
「あー。五人百姓だろ?」

 ごにんびゃくしょう⁉
 なに、そのパワーワード。

「ほら、指は五本あるから、それで五人で――」と、清楚系のJKらしからぬ、ひわいなジェスチャーをしてみせる。何かをにぎった手の形が、テンポよく上下に。近くを走っていたドライバーが世良(体は美玖)のそれに気をとられて、あやうく前の車に追突しそうになった。
「ちょっ! ダメ!」
「わかったろ?」

 美玖は無言になった。
 むぅ~~~~、というスねたような顔で、世良をにらんでいる。

「何もしなくていい」
「えっ」
「自然に出る。だから気にするな」

 がっ、と直角に近いほど大きく手をあげて、美玖の頭をポンポンとさわる世良。

「しいて言えば、朝、起きたときだけ気をつけろ。ベッドのそばにティッシュはおいとけ」
「朝? なんで?」

 そこから先は、もうきく必要がなかった。
 美玖が身をもって、体験したからだ。


「出とる!」


 ふとんをめくってズボンの中をみるやいなや、彼女は悲鳴のような大声をあげた。
 そしてプラス朝勃あさだち。
 あたかも富士山の初冠雪のごとく、世良のモノのてっぺんに白いものがまとわりついていた。

「おーいアニキ、登校前に一発、朝ジェンガしよーぜー」
「まって! 入ってきちゃダメなのーーーっ!」
「あ……」

 美玖はあわてて背中を向ける。

(もう! なんでこの妹はいつもノックしないのよっ!)

 が、そのままではいられない。
 ズボンをあげて、そーっとふりかえる。
 中学二年生のショートカットの活発キャラの世良の妹は、ドアに手をかけたままで動いていない。
 さすがに、ふだんアケスケなこの子でも、〈これ〉はさすがに刺激が強かったのかな……

「ちょ、ちょっとトイレに――」

 すれちがう寸前、妹はこう言った。

「アニキ、それ精通せいつう?」

 心配する必要はまったくなかった。
 妹は想像以上にたくましく、また、予想のナナメウエのことを考えていたのだ。
 美玖はため息をついた。

(思ったより、パンツの処理に時間がかかっちゃった。できるだけふき取ってから洗濯機に入れておいたけど……)

 いってきまーす、と世良の家族に声をかけて、家を出る。

「おう」
「……」

 美玖は世良と(姿は自分だが)、目を合わせられなかった。

「まてよ。走るなって」
「……」

 うしろから追いかけてくる、体重のかるい足音。
 いえない。
 今朝のことは。

「さてはおまえ、ためしてみたんだな。五人百姓を」
「………………バカ」

 昨晩の夢のことも。
 高校生の現在よりも少し大人びたスーツ姿の世良と、ドレス姿の自分。
 夜景のきれいなホテルで……私たちは……
 
(ふかい理由はないふかい理由はない。私は悠馬ゆうまが好き私は悠馬が好き)

 そう頭の中でなんどもくり返す。
 自分の想いを上書きするように。

(とんでもないイレギュラーに巻き込まれてるから、彼を意識してるだけっ!) 

 そんなカットウを彼女がしているとき、世良はぼーっと昼に何を食べるかを考えていた。
 ちなみに、

「あれ、アンタ、髪型……」

 世良は今日、ポニーテールにしていない。
 ふだんどおりの、結んだりくくったりしない、ゆるふわなヘアスタイルだ。

「これか?」と世良は自分の髪をさわる。
「なんで昨日は、ポニーテールにしてたの?」
「そりゃあ……」と、うしろ頭を向ける。「かわいいって思われたいだろ、おまえだって。せっかく、こんなにかわいいんだから」
「え……? 私のためだったの?」
「ほかに、何があるんだよ。おれは女装趣味なんかねーよ」

 バスがきた。
 バスにのって、一息ついたところで、時間差でやってきたドキドキ。

(真顔で言う? 『こんなにかわいい』とか……)

 一番前の座席の美玖が、一番うしろに座っている世良をチラリとみる。
 彼は横顔で、窓の外をみている。
 窓の外には、危険なきざしがあった。

(ちっ。日に日に増えてやがるな)

 バスの横を並走する、あやしいバイクが数台。ときどき、世良のほうに向かって中指を立てている。

(さっさと元の体にもどって、『この女には手を出すな』ってしっかりクギささねぇと)

 ぎろっ、とバイクの男たちをにらむ。
 腕がなる。
 コトを起こされる前に、おれから打って出ないとな。
 きっと大きなケンカになるだろう。
 だが美玖をあぶない目にあわせないためには、やるしかない。
 たとえ―――

(おれが退学することになっても、な)

 世良が美玖のほうをみると、今度は彼女のほうが横顔を向けている。
 こっちを見ていない美玖に向かって、にっ、と世良はくちびるを斜めに曲げた。
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