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 この場所にいるのは幹部だけになった。他のメンバー達の戦いを見ながら、灰路が俺に聞いてくる。
「ミツ君は誰にする~?」
「じゃあ、石蕗って奴」
 さっきから、顔色が悪いまま突っ立っている男をからかいたくて仕方なかった。あいつが望月と黒夜の関係をどこまで知っているのか気になるし。
「了解~。俺はそこの金髪君にしよっと」
 灰路は嬉しそうに金髪の前に向かって行った。からかいがいのありそうな奴だから、灰路にとっては最高の獲物だろう。
「白坂、ちょっと待て」
「なんだよ」
 俺も石蕗の所へ向かおうとすると黒夜が呼び止めた。
「あいつは蒼ちゃんの味方だから手加減してやれよ?」
「そうなのか?」
「ああ……蒼ちゃんも石蕗君は悪くないって俺に縋って来てな……超可愛かった」
 黒夜はまたデレデレしていた。その時の事を思い出したらしい。
「……あっそ」
 結局蒼ちゃんが可愛いって言いたいだけじゃねえか。付き合ってられん。
 本当に恋ってヤツは人を変える。こいつがここまで誰かを中心に考えるなんて今でも信じられなかった。 
 でも、ようやくこいつは人らしい心を持てたんだ。望月に感謝しないとな。受け入れる方はしんどいと思うけど。
「まあ、考慮するわ」
「頼むぞ」
 黒夜の言葉を背に受けながら、石蕗の元に向かう。石蕗の顔は引きつっていた。
 すると、すぐに後ろで神影の声が聞こえた。
「阿知波……どういう事だ。石蕗はお前の女と知り合いなのか?」
 おお、順調に修羅場になってんな。
黒夜がどう答えるか気になるところだが、まずは石蕗を片付けてからにしよう。
 灰路の方をちらりと見ると、金髪と対峙しているのが見えた。灰路はかなり楽しそうに笑っている。本気でいたぶりにかかっているようだ。
 今まで何度も思った事あるけど、黒夜も灰路も味方で良かった。こいつらほど悪質な人間は出会った事がない。まあ、たぶん俺も周りからはそう思われてんだろうけど。
「石蕗君、ちょっと移動しようか?」
「……」
 神影の邪魔をしてはならないと分かっているのか、石蕗は俺の言葉に素直に従った。
 少し離れた場所で改めて向き合ってみると、やはりまだ顔色は悪かった。
「単刀直入に聞くけど……お前はどこまで知ってんだ?」
「……」
「蒼ちゃんに会った事あるんだよな? 黒夜が迎えに行ったら喫茶店でお前に会ったって言ってたけど」
「……やっぱり」
「あ?」
「あの人が蒼ちゃん……阿知波さんの恋人なんですね……」
「どういう事だ?」
「影さんに言えない……」
 石蕗はそう呟くと、暗い顔になった。
「だからどういう……」
「影さんは、阿知波さんがアオ君を迎えに来たことを知らないんです」
「は? 蒼ちゃんじゃなくて?」
 意味がわからなくてそう問えば、石蕗が気まずそうに小さな声で呟いた。
「たぶん、アオ君と蒼ちゃんは同一人物です」
「は?」
 どういう事だ? 黒夜は知ってるのか?
「く、黒夜はそれ……」
「気づいたと思います。だから、影さんにアオ君がどうなってもいいのかだなんて言ったのかと……」
石蕗はそれだけ言うと黙ってしまった。
何かを考え込んでいるようだ。
「石蕗君?」
「ちょっと聞きたいのですが……阿知波さんはアオ君が告白された事を知ってますか?」
 それはたぶん昨日言ってた事だよな。かなり怒ってたから覚えてる。
「ああ……知ってる。あと、蒼ちゃんがそいつの友人に酷い事を言われて泣かされたとか……」
「それだけですか? 相手の名前は?」
 そこまで聞かれて気がついた。あいつは「SHINEに友人がいる奴」としか言ってなかった。名前まで聞かされてないかもしれない。
「……聞いてないと思う。SHINE に友人がいる奴としか言ってなかった」
「そうですか……」
 石蕗は盛大なため息を吐き出し、さらに顔色が悪くなった。
 なんだ? まだ何かあるのか?
「何だ? お前らの友人てのはそんなにヤバイ奴なのか?」
 思わずそう聞いてみると、石蕗は意を決したように俺を見据えた。嫌な予感がする。
「あの時、喫茶店にいたのは……俺と藤倉先輩、それに影さんの三人です」
「え……」
「そして、アオ君に告白したのは影さん……うちの総長です」
「はああああああ!? と、ヤベ……」
「ちょ……、静かにして下さい!」
 あまりの衝撃にデカイ声を出してしまった。石蕗が慌てて宥めてきたが、俺の声は黒夜と神影の耳にも入ってしまったようだ。二人は拳を交わしながらもこっちを睨み付けていた。
「白坂ぁ、うるせえぞ気が散る!」
「石蕗、何をしてる。さっさとそいつを倒せ!」
 凄まじい迫力とスピードで攻防戦を繰り広げながら俺らに文句を言う二人。まわりにいた奴らも戦うのを忘れ、二人の姿に見入っていた。
 見たところ黒夜の方が優勢のようだが、その顔は神影と同じように殴打の後がわずかに見てとれた。神影もやられてばかりではないという事だ。さすがはSHINE の総長と言った所か。
 だが、望月とやり合った時より黒夜には余裕が見える。
 俺が見ても、望月の戦闘センスはかなりのものだ。細身のクセに一撃が重く、スピードもあるし動体視力も良い。黒夜と引き分けたのも頷ける。
 俺はあいつに勝てた事がないし、たぶん灰路も勝てないだろう。もしかしたら、神影よりも望月の方が強いかもしれない。
「おい……てめえらも見てねえでそいつら潰せ!」
「「「……は、はい!!!」」」
 皆が見ている事に気づいた黒夜は、苛立ちを隠そうともせずに命令した。相当キレてんなあれは。
 再び石蕗に意識を戻すと、不安そうに黒夜達を見ていた。
「石蕗君、さっきの話……詳しく話せ。神影が蒼ちゃんに告白したって本当なのか? 二人は知り合いだったのか?」
 ここは詳しく聞いとかないとな。話がこじれてややこしくなったら面倒だ。
「はい……影さんとアオ君は、中学時代からの知り合いだそうです。アオ君が通ってる病院のそばに影さんの親戚のお店があって……」
「喫茶店か?」
「はい。アオ君は常連だったそうです。影さんもよくお店を手伝っていて、そこで話すうちに好きになったと聞きました。アオ君の事を話す影さんは本当に楽しそうで……可愛くてたまらないっていつも言ってて」
「あいつが? ありえない……」
 神影は誰かを可愛いなんて思うような頭は持ち合わせていないはずだ。腹黒だし、誰かを見下しているイメージが強い。
「俺だって信じられません。でも、アオ君と話す影さんを見たら……本当だって分かりました。ちょっと話し方が違ってたから」
「どんな風に?」
「いつもより穏やかな口調というか……怖がらせないように優しく話してました」
「優しく……」
「はい。アオ君は中学時代に人と話すのが怖い時期があったらしくて……だから、その時の接し方の名残なんだと思います」
「……」
 聞けば聞くほど混乱した。いつも皮肉や辛辣な言葉ばかりを並べるあいつが優しくだと? 考えられない。
 だが、石蕗の話は昨日の黒夜の話と一致する。信じるしかないのか。
 そういえば、黒夜も望月と話す時は口調が変わる。綾都も普段よりは穏やかに話している印象だ。さらに兄貴も同じ。
「……」
 よく分からないが、何かこう……望月には乱暴な言葉を使ってはいけないみたいなルールでもあるんだろうか。それとも、彼からそういう言葉を封印しなきゃいけないみたいなオーラが出てるんだろうか。
 考えれば考えるほど分からなくなり、頭を占めるのは一つの事だけだった。
「蒼ちゃん……すげえ……」
 これだけクセのある奴らに認められ、さらに本性を抑えさせるとは。
 まあ、望月はぱっと見不良には見えないし、天然で素直だしな。みんな自分らの汚い部分を見せたくないってのはあるのかも。
 改めて望月の凄さを実感した所で、頭の中にある疑問が浮かんだ。
 こいつら、望月がBLUE の総長だって知ってんのか? それから、その逆で、望月が神影の正体を知ってんのかも気になる。
 あと、店にいたのが三人て事は……消去法でいくと、望月に暴言を吐いた奴は藤倉って奴しかいないよなあ。
「石蕗君、ちょっと聞いていいかな?」
「はい」
「蒼ちゃんに暴言吐いた奴って藤倉?」
 すると石蕗は気まずそうに頷いた。やっぱりな。
「……はい、そうです。これは阿知波さんには言わないで下さい」
「ああ、その方がいいだろうな」
 この事を黒夜が知ればどうなるか嫌でも分かる。間違いなく藤倉は半殺し、いや、それ以上の仕打ちをするかもしれない。神影にも同じく。
 俺は別にあいつらがどうなろうと構わないが、望月が神影を慕っているなら、きっと悲しみ、傷つくだろう。そして、攻撃したのが黒夜だと分かればまた離れようとするかもしれない。それだけは避けたい。
 黒夜はキレると何をするか分からない。メンバーへの制裁もそうだが、好きでたまらないはずの望月を殴ったのも予想外だった。それを思うと、今はまだ言わないでおいた方がいいような気がした。
「分かった。とりあえず黙っておく。けど、まだ聞きたい事がある」
「なんですか?」
「蒼ちゃんはさ、神影がSHINEの総長だって知ってんの?」
「知らないと思います。そういう話はした事なかったし、怖がらせたくないから言うつもりはないって言ってました」
 ああ、やっぱりそうだ。二人は互いの正体について何も知らない。よくもまあここまでばれなかったもんだ。違う街とはいえ、少しくらい話を聞いても良さそうだが。
 BLUE が他と関わらないのが一番の理由だろうが、こんな事ってあるんだなとある意味感心してしまう。
 けど、蒼ちゃんが総長というのは言っておいた方がいいだろう。また蒼ちゃんが責められたら余計混乱するからな。
「石蕗君、俺さあ……爆弾発言してもいいかな?」
「爆弾発言……ですか?」
「蒼ちゃん……アオ君の正体知りたくない?」
「阿知波さんの恋人……以外に何かあるんですか?」
 石蕗は心なしか、さらに顔色が悪くなった。でも、俺の口は止まらない。
「実はさ、蒼ちゃんてBLUEの総長なんだよな。知ってた?」
「は?」
「聞こえなかった? アオ君は、BLUEのそ・う・ちょ・う・です。一番偉くて、黒夜と何度も引き分けてる、BLUEの総長です」
「……」
 あ、石蕗の奴固まった。顔色が白いなー。なんか目も虚ろだし。
「石蕗君、大丈夫?」
「……った」
「え? なんだって?」
「俺は聞かなかった俺は聞かなかった俺は聞かなかった俺は聞かなかった……」
 石蕗は耳を押さえ、地面を睨み付けながらブツブツと何かを唱え始めた。
「……もう一回言ってやろうか? 蒼ちゃんはBLUEのそ、」
「……わーーーーーーーーー!!! や、やめてください! 分かりましたから!」
 石蕗は慌てて姿勢を正し、俺の口を手で塞いで来た。その目は泣きそうに潤んでいて面白かった。
「そうか?」
「はい……」
「神影に言うか?」
「……言えません」
「だよなあ」
「どうすればいいんでしょうか……」
「ま、なるようになるんじゃないか? バレたらバレたであいつらがなんとかするだろ。蒼ちゃんには強く出れないだろうし、蒼ちゃんも上手く説明するさ」
 神影も黒夜も望月に甘いらしいし、望月が必死に頼めば「可愛い」とか言って許してくれるかもしれない。俺はそんな事をのんびりと考えていた。石蕗は倒れそうになってたけど。
 すると、遠くから黒夜と神影の声が聞こえた。
「白坂ぁ! てめえなんで敵と仲良くなってんだ殺すぞ……」
「石蕗……分かっているな……? 早くやれ!」
 互いの襟を掴みながらボロボロの姿で睨んでくる二人は恐ろしかった。その声は、地の底から這いずり出して来そうなほど低く、じわじわと辺りに響いていた。あまりの剣幕に周りの奴らまで固まっている。
「石蕗君、どうする?」
「……戦う気力がありません」
「俺もだ」
「引き分けって事にしましょうか」
「了解」
 俺達は戦うのをやめ、他の奴らの戦いに加勢する事にした。二人でやり合うには充分ダメージを受けていたから。精神的にだけど。情報が多すぎてある意味瀕死寸前だ。
「早く終わんねえかなあ。早く帰りてえ」
「ですね……」
「じゃ、頑張って」
「そちらも……」
 俺達が離れると、黒夜と神影がこっちを睨んでいたが、気づかない振りをした。
 さあて、この話は誰にした方が一番都合がいいだろう。やっぱり綾都だろうか。
 あいつならば望月に詳しいはずだし、望月を守るためなら協力してくれるはず。
 俺はそんな事を思いながら、次々に襲ってくるSHINEの奴らを叩きのめしていった。スッキリした。

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