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霊峰珍道中
第1話 異世界の未確認生命体
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『起きてください……』
「ん~……」
『起きてください……』
「んん~?あと5分はいける……」
『あ、いや、あと5分ではなくて。出来ればそろそろ起きてほしいのですが……』
「起きたら負けだっていう格言があった気がする……」
『それは格言ではなくて妄言かと……』
しつこく絡んでくる夢に鬱陶しさを感じながら、しょうがなく倫太郎は身を起こす。
眠気眼に映る視界は全体的に暗がりで、倫太郎はそのまま寝起きのルーティンでスマホを手探りで探すのだが、そこでふと気付く。
「あれ?俺ってバイトの途中だったはずだけど……」
『それについてご説明いたします』
照明が点くように辺りが明るくなる。
青白い光が照らすその場所は、岩がゴツゴツと隆起していて壁も天井もまた続く限り岩である。
倫太郎の目の前には大きな溜池のようなものがあって、青白い光はその中から特に強く漏れ出ている。
光に引かれるように倫太郎が溜池に目を向けると、薄水色のドレスを身に纏った金髪碧眼の美女が気品たっぷりに水面の上に立っていた。
「うおっ!?」
『目が覚めましたか?』
「いや、まだ夢じゃない……?」
水面の上から語り掛けて来る美女を目の前に、まるで現実感を得られない倫太郎は呆けた顔を晒す。
『もう夢ではないのです。色々と思う所はあるかと思いますが、お話をさせて頂きますね』
「はぁ」
『私の名はアルテミス。女神をしております』
「え?女神?」
『はい。女神です』
倫太郎は美女の足先から顔を満遍なく見るように首を往復させ、不思議そうに首を傾げる。
「えーっと?俺って斧とか落としましたっけ?」
『金も銀も斧なんて用意してませんよ……。私は湖の女神とかではなくて、この世界の管理を仰せつかっている女神です』
「この世界……?」
『まずはそこから説明しなくてはいけませんね。ここはあなたがいた日本ではありません。そちらの言葉で言うなら異世界になります』
女神と名乗る美女は穏やかな口調と真面目な顔でそう告げる。
そんな唐突な告知に倫太郎は、今度は首だけじゃなく上半身ごと横に傾けて疑問も傾ける。
『受け入れ難い事実かもしれませんが、あなたは一度死んでこの世界に転生を致しました』
「死んだ?俺が?」
『はい。熱中症でふらふらだったあなたは、病気の発作で意識不明になったドライバーが運転する車に立ちはだかり、そしてその命を落としました』
「あー。ぼんやりとそんな記憶がある気がする」
『車の先にいた子どもを庇うようにその身を投げ出したあなたの魂は、とても勇敢でした』
「それは、どうも」
慎ましく倫太郎を称賛する女神。記憶はうっすらと断片的にしか引き出せないものの、とりあえず倫太郎は小さく会釈を返した。
『勇敢なその魂に敬意を表したいと、こちらの世界に導く事でその魂の救済をさせて頂きました』
「へー。じゃあ俺はそれのおかげでこっちの世界で生き返ったってことですか?」
『そうなります』
「うーん。そうなのか。あまり実感はないんだけど」
『きっと外界へ出れば色々と感じるものがあるかと思います』
「外界って、そういえばここどこですか?」
ぐるりと辺りを見回しながら倫太郎は尋ねる。
『ここはとあるダンジョン内にある最奥の間。何人も足を踏み入れる事は出来ない"女神の湖沼"です』
「ダ、ダンジョン?」
『はい。この世界にはダンジョンもありますし、魔法もあります。モンスターもいます。そういう世界です』
「うわぁ……」
どこにも魅力がないプレゼンに自然と嫌気をさす言葉が漏れる。
それを見た女神がハッとして言葉を並べる。
『あっ。でも、いきなり物騒な事にならないように安全なこの湖沼で転生をしてもらいましたし、こっちの世界で困らないよう生き抜くための力も授与致します!』
「そ、そうっすか」
『ただ……一つ問題というか、いやでも、そうしないと転生が出来なかったので致し方ない部分があったといいますか……』
女神が急にしおらしく、親指と親指をくるくると回しながらもじもじし始める。
そのあからさまな態度の急変に倫太郎は眉間にシワを寄せようとしたが、そこでふと違和感に気付く。
『魂の救済は何の問題も無かったのですが、その器である身体の損傷が思ったよりも酷かったんです。でも魂を長い時間放置するわけにはいけないので、それで仕方なく代わりの器に魂を……』
「ん?んん?んん!?」
自分の体をまさぐるようにあちこちを触る倫太郎。
そして、触れば触るほどに疑問符が頭の中を埋め尽くしていく。
思い立った倫太郎は湖に近付いて、水面に映る自分の顔をその目で確認をした。
「………………ラビ太やん!!!???」
四つん這いで力なく項垂れる3.5等身のウサギ。それを女神アルテミスがオロオロと狼狽しながら見ている。
「なんてこったい……」
『申し訳ございません……』
微笑フェイスのラビ太から発せられる沈み切った落胆の声。
シリアスなのかコミカルなのかよく分からない光景に、一段とアルテミスのオロオロが加速する。
『えっと、あの、先ほど申した通り、肉体の損傷が激しくて……。漂う魂を放置できない焦燥感もあったせいで、傍らにあったその着ぐるみを魂の器にしてしまいました。それと、記憶の片鱗にそのウサギのことを"相棒"とおっしゃってたので、もしや愛着あるものかと思っちゃいまして……』
「女神様には是非覚えておいてもらいたい事があります。テンションの上がった人間の業はそれはそれは愚かな言動をするのです。そう。つまり、こんなとぼけた顔の着ぐるみに愛着などありはしないです……」
アルテミスが話す通り、着ぐるみことラビ太が倫太郎の魂の器となっていた。
その証拠に、頭部を取ろうとするも継ぎ目などはなく、引っ張れば引っ張るほど皮膚が伸びるような感覚がある。そこには痛覚もあり、全身は着ぐるみの素材にも関わらず触れれば触覚さえもある。聴覚も視覚も着ぐるみを通してのそれではないリアルなものだった。
その圧倒的な体感が倫太郎に残酷な事実を突き付けてくる。
「マジかぁー……これ、マジかぁー」
『魂が定着しきってない今なら移し替えも出来なくはないのですが……』
「え!?マジ!?そんなこと出来んの!?」
『ただ、時間も限られるので、今この場にあるものが器になります』
「この場にあるもの……」
『はい』
「……例えば?」
『ここなら……岩、ですかね……』
「岩……」
『……』
「……」
『どうします……?』
「え?聞きます?」
『そうですよね……』
「なんでその情報ぶち込んだんですか」
『私も言った後にここには何もないことに気付きまして……ごめんなさい』
「上げて落とされて、フリーフォールさせられた気分ですよ……」
再び項垂れるラビ太。気まずさで顔を少し背けるアルテミス。
互いに最高潮の居心地の悪さを感じる。
責任を感じてか、それを振り払うようにアルテミスが口を開く。
『で、出来る限りのサポートはさせて頂きますので……!!』
「……」
『それと!本来は授与する予定の力は一つだけとなっていますが、今回は私の権限でご希望する力を追加します!』
「……」
『あと!私はそのウサギさん、可愛いと思います!!』
段々と前のめりになりがら言葉に力を入れるアルテミス。
それでもボディーブローならぬメンタルブローを食らっている倫太郎は、ラビ太の姿で膝を抱え込んで座って意気を消沈させている。
ラビ太から漂う哀愁を感じ取り、アルテミスは羅列のようにフォローの言葉を並べ立てていく。
『色がピンクなのも愛らしいと思いますし、あえて寄り目でいるのがあどけなさを醸し出してますし、首からネックレスのようにぶら下げたニンジンもキュートだと思います!私はそう思いますよ……!』
絵に描いたようなあたふたを見せながら倫太郎を持ち上げようとするアルテミス。
自分を褒めてるのかラビ太を褒めてるのかよく分からなくなった倫太郎であったが、一息ついて立ち上がり、そのままアルテミスと顔を会わせた。
「はぁー。いじけててもしょうがないか。一先ず、色々と説明を聞きますよ」
『ありがとうございます……!』
若干目を潤ませているアルテミス。
そこからアルテミスなりの負い目を感じていることを倫太郎は汲み取った。
「まぁ死んで生き返らせてもらってる訳ですしね。文句の言い過ぎはフェアじゃないですよね。#この身体__ラビ太__の事は一旦保留で」
『はい……!』
「あ。でも確認事項いいですか?」
『はい。どうぞ』
「この身体って、生物の機能としてどんなもんなんですか?例えば人で言う三大欲求とか」
『三大欲求ですか。そうですね。今回の転生で言えば魂を器に憑依させている形ですので、人間の体というよりラビ太さんの体が主体になっています。ですので、基本的に食物は摂取する必要はないかと思います。睡眠は、魂も休息しなければ当然疲弊しますのでこれは必要ですね。性欲は、あってもそのー……機能自体がないので……』
アルテミスの口籠るのに合わせて、倫太郎は自分の大事な所をセルフチェックする。
念入りにチェックするも、ソレは見付けられなかった。
「……なーるほどねぇ」
両腰に手をついて、それがあった場所を一点に見つめる倫太郎。
表情の変わらないラビ太の顔でも、そこはかとなく哀愁が浮かび上がっているようにも見えた。
『は、話を続けてよろしいですか……?」
「……つ、つづげでぇ、ぐださいぃ」
現世の頃も特に性欲が強い方ではなかった倫太郎であるが、使う使わないは別として男たる意義を失ったその事実に、ただただ悲壮感と喪失感が胸を詰まらせた。
『で、では次にステータスのお話を致します』
「はい……」
『頭の中で、そのまま"ステータス"と思い浮かべてみてください』
「えっと、こうかな?」
【ラビ太/ランクE(Lv.1)】
種別 ???
特殊スペック〈アディクション〉
スキル〈未設定〉
「うおっ。なんか浮かんで来た!」
『はい。それがこの世界におけるステータスの概要です。人でも魔族でもモンスターでも一律してステータスがあります。名前の横にランクというのがあるかと思いますが、それはそのまま格や強さを表しています。全部でE~SSSまでのランクがあり、レベルが100になる毎にランクが1つ上がるシステムになっています』
「ほー。なんかゲームみたい」
『感覚は近いかもしれませんね。でも、ランクはこの世界の基準値ですので、1ランクの開きだけでもかなりの差が出ます。上位ランクになればなるほど桁違いになっていきますので、そこのところは気を付けてください』
「なるほどー。ちなみにこの〈特殊スペック〉っていうのはなんですか?」
『文字通り、個に備わる特殊な能力のことですね。世に同じものはなく、オリジナルの力と言ってもいいかもしれません』
「オリジナルの力ね。俺のこの〈アディクション〉っていうのはどんな力なんですかね?」
『それについては転生時に自然発生した力のようで、私も詳しく把握してないんですよね。ちょっと待ってください。今調べてみますから』
アルテミスが両手を握り合わせてお祈りをするようにして目を瞑る。少しそれで静止したのち、ゆっくりとその目を開く。
『"嗜癖により昂ったエネルギーで潜在能力を引き上げる"とあります』
「えっと、どういう事ですかね?」
「これは、倫太郎様がお持ちになっている嗜癖がスイッチとなって、倫太郎様の奥底にある秘めた力を引き上げる、という事でしょうか』
「はは。嗜癖って。そんなの俺にはないですけどね」
『ないんですか?』
「えぇ。心当たりがないですね」
『そ、そうですか』
アルテミスが少し不思議そうに小首を傾げながら、気を取り直したように次の事項に話を移す。
『特殊スペックは条件があったり代償なんかもある場合がありますので、そういう意味ではスキルの方が生きていく為の重要性は高いかもしれません』
「スキル、ですか。それって俺の知っているファンタジーの定番のやつと認識同じですかね」
『そうですね。相違ないと思います。こちらでは戦闘におけるスキルだけではなく、職能に関するものや生活必需のものまで多岐に渡ってスキルが存在しています。平民や村人といった者でも何か一つはスキルを持っている世界です』
「へー。それ聞くと確かに重要性高そうですね」
『はい。ですので、倫太郎様には先ほどの約束通り、今この場にてご希望のスキルを可能な限り授与致します。何かご希望はございますか?』
「うーん。希望っすかぁ」
ラビ太の姿で腕組をして考え込む倫太郎。その動きは少し子供ウケしそうであったが、倫太郎は至って真剣に考えを巡らせる。
しばし悩んで倫太郎は顔を上げる。
「これがっていうのは思い付かないんですけど、勝手の分からない世界にいる以上、"適応"できないが一番困る事だと思うんですよ。なので、情報を得れる手段と、不測の事態に臨機応変に対応できる力なんかがあったらいいですね」
『分かりました。今の希望に沿うスキルを見繕いますと……うん。このあたりですかね』
アルテミスが空中に浮いたパネルのようなものを操作して言葉を呟く。
《スキル〈アーカイブ〉、スキル〈インストール〉を獲得しました》
アルテミスが操作を終えたと同時に、抑揚のない高めの声が倫太郎の頭の中に響き渡る。
「ぬおっ?これは?」
『はい。今のでスキルを授与いたしました。ステータスにて確認してみてください』
「えーっとステータス、ステータス」
【ラビ太/ランクE(Lv.1)
種別 ???
特殊スペック 〈アディクション〉
スキル 〈アーカイブ〉〈インストール〉
「おっ!入ってます入ってます」
『おそらく、そのスキルで先程のご希望には沿えるかと思うのですが』
「ほー。これはどれがどんなスキルなんですかね?」
『そうですね。では説明とレクチャーをしてみましょうか?』
「お。そいつは助かります」
ニコリと微笑むアルテミスに軽く諸手を上げる倫太郎。
これから待ち受ける苦難の前に、ラビ太の姿じゃどうにも締まらないのであった。
「ん~……」
『起きてください……』
「んん~?あと5分はいける……」
『あ、いや、あと5分ではなくて。出来ればそろそろ起きてほしいのですが……』
「起きたら負けだっていう格言があった気がする……」
『それは格言ではなくて妄言かと……』
しつこく絡んでくる夢に鬱陶しさを感じながら、しょうがなく倫太郎は身を起こす。
眠気眼に映る視界は全体的に暗がりで、倫太郎はそのまま寝起きのルーティンでスマホを手探りで探すのだが、そこでふと気付く。
「あれ?俺ってバイトの途中だったはずだけど……」
『それについてご説明いたします』
照明が点くように辺りが明るくなる。
青白い光が照らすその場所は、岩がゴツゴツと隆起していて壁も天井もまた続く限り岩である。
倫太郎の目の前には大きな溜池のようなものがあって、青白い光はその中から特に強く漏れ出ている。
光に引かれるように倫太郎が溜池に目を向けると、薄水色のドレスを身に纏った金髪碧眼の美女が気品たっぷりに水面の上に立っていた。
「うおっ!?」
『目が覚めましたか?』
「いや、まだ夢じゃない……?」
水面の上から語り掛けて来る美女を目の前に、まるで現実感を得られない倫太郎は呆けた顔を晒す。
『もう夢ではないのです。色々と思う所はあるかと思いますが、お話をさせて頂きますね』
「はぁ」
『私の名はアルテミス。女神をしております』
「え?女神?」
『はい。女神です』
倫太郎は美女の足先から顔を満遍なく見るように首を往復させ、不思議そうに首を傾げる。
「えーっと?俺って斧とか落としましたっけ?」
『金も銀も斧なんて用意してませんよ……。私は湖の女神とかではなくて、この世界の管理を仰せつかっている女神です』
「この世界……?」
『まずはそこから説明しなくてはいけませんね。ここはあなたがいた日本ではありません。そちらの言葉で言うなら異世界になります』
女神と名乗る美女は穏やかな口調と真面目な顔でそう告げる。
そんな唐突な告知に倫太郎は、今度は首だけじゃなく上半身ごと横に傾けて疑問も傾ける。
『受け入れ難い事実かもしれませんが、あなたは一度死んでこの世界に転生を致しました』
「死んだ?俺が?」
『はい。熱中症でふらふらだったあなたは、病気の発作で意識不明になったドライバーが運転する車に立ちはだかり、そしてその命を落としました』
「あー。ぼんやりとそんな記憶がある気がする」
『車の先にいた子どもを庇うようにその身を投げ出したあなたの魂は、とても勇敢でした』
「それは、どうも」
慎ましく倫太郎を称賛する女神。記憶はうっすらと断片的にしか引き出せないものの、とりあえず倫太郎は小さく会釈を返した。
『勇敢なその魂に敬意を表したいと、こちらの世界に導く事でその魂の救済をさせて頂きました』
「へー。じゃあ俺はそれのおかげでこっちの世界で生き返ったってことですか?」
『そうなります』
「うーん。そうなのか。あまり実感はないんだけど」
『きっと外界へ出れば色々と感じるものがあるかと思います』
「外界って、そういえばここどこですか?」
ぐるりと辺りを見回しながら倫太郎は尋ねる。
『ここはとあるダンジョン内にある最奥の間。何人も足を踏み入れる事は出来ない"女神の湖沼"です』
「ダ、ダンジョン?」
『はい。この世界にはダンジョンもありますし、魔法もあります。モンスターもいます。そういう世界です』
「うわぁ……」
どこにも魅力がないプレゼンに自然と嫌気をさす言葉が漏れる。
それを見た女神がハッとして言葉を並べる。
『あっ。でも、いきなり物騒な事にならないように安全なこの湖沼で転生をしてもらいましたし、こっちの世界で困らないよう生き抜くための力も授与致します!』
「そ、そうっすか」
『ただ……一つ問題というか、いやでも、そうしないと転生が出来なかったので致し方ない部分があったといいますか……』
女神が急にしおらしく、親指と親指をくるくると回しながらもじもじし始める。
そのあからさまな態度の急変に倫太郎は眉間にシワを寄せようとしたが、そこでふと違和感に気付く。
『魂の救済は何の問題も無かったのですが、その器である身体の損傷が思ったよりも酷かったんです。でも魂を長い時間放置するわけにはいけないので、それで仕方なく代わりの器に魂を……』
「ん?んん?んん!?」
自分の体をまさぐるようにあちこちを触る倫太郎。
そして、触れば触るほどに疑問符が頭の中を埋め尽くしていく。
思い立った倫太郎は湖に近付いて、水面に映る自分の顔をその目で確認をした。
「………………ラビ太やん!!!???」
四つん這いで力なく項垂れる3.5等身のウサギ。それを女神アルテミスがオロオロと狼狽しながら見ている。
「なんてこったい……」
『申し訳ございません……』
微笑フェイスのラビ太から発せられる沈み切った落胆の声。
シリアスなのかコミカルなのかよく分からない光景に、一段とアルテミスのオロオロが加速する。
『えっと、あの、先ほど申した通り、肉体の損傷が激しくて……。漂う魂を放置できない焦燥感もあったせいで、傍らにあったその着ぐるみを魂の器にしてしまいました。それと、記憶の片鱗にそのウサギのことを"相棒"とおっしゃってたので、もしや愛着あるものかと思っちゃいまして……』
「女神様には是非覚えておいてもらいたい事があります。テンションの上がった人間の業はそれはそれは愚かな言動をするのです。そう。つまり、こんなとぼけた顔の着ぐるみに愛着などありはしないです……」
アルテミスが話す通り、着ぐるみことラビ太が倫太郎の魂の器となっていた。
その証拠に、頭部を取ろうとするも継ぎ目などはなく、引っ張れば引っ張るほど皮膚が伸びるような感覚がある。そこには痛覚もあり、全身は着ぐるみの素材にも関わらず触れれば触覚さえもある。聴覚も視覚も着ぐるみを通してのそれではないリアルなものだった。
その圧倒的な体感が倫太郎に残酷な事実を突き付けてくる。
「マジかぁー……これ、マジかぁー」
『魂が定着しきってない今なら移し替えも出来なくはないのですが……』
「え!?マジ!?そんなこと出来んの!?」
『ただ、時間も限られるので、今この場にあるものが器になります』
「この場にあるもの……」
『はい』
「……例えば?」
『ここなら……岩、ですかね……』
「岩……」
『……』
「……」
『どうします……?』
「え?聞きます?」
『そうですよね……』
「なんでその情報ぶち込んだんですか」
『私も言った後にここには何もないことに気付きまして……ごめんなさい』
「上げて落とされて、フリーフォールさせられた気分ですよ……」
再び項垂れるラビ太。気まずさで顔を少し背けるアルテミス。
互いに最高潮の居心地の悪さを感じる。
責任を感じてか、それを振り払うようにアルテミスが口を開く。
『で、出来る限りのサポートはさせて頂きますので……!!』
「……」
『それと!本来は授与する予定の力は一つだけとなっていますが、今回は私の権限でご希望する力を追加します!』
「……」
『あと!私はそのウサギさん、可愛いと思います!!』
段々と前のめりになりがら言葉に力を入れるアルテミス。
それでもボディーブローならぬメンタルブローを食らっている倫太郎は、ラビ太の姿で膝を抱え込んで座って意気を消沈させている。
ラビ太から漂う哀愁を感じ取り、アルテミスは羅列のようにフォローの言葉を並べ立てていく。
『色がピンクなのも愛らしいと思いますし、あえて寄り目でいるのがあどけなさを醸し出してますし、首からネックレスのようにぶら下げたニンジンもキュートだと思います!私はそう思いますよ……!』
絵に描いたようなあたふたを見せながら倫太郎を持ち上げようとするアルテミス。
自分を褒めてるのかラビ太を褒めてるのかよく分からなくなった倫太郎であったが、一息ついて立ち上がり、そのままアルテミスと顔を会わせた。
「はぁー。いじけててもしょうがないか。一先ず、色々と説明を聞きますよ」
『ありがとうございます……!』
若干目を潤ませているアルテミス。
そこからアルテミスなりの負い目を感じていることを倫太郎は汲み取った。
「まぁ死んで生き返らせてもらってる訳ですしね。文句の言い過ぎはフェアじゃないですよね。#この身体__ラビ太__の事は一旦保留で」
『はい……!』
「あ。でも確認事項いいですか?」
『はい。どうぞ』
「この身体って、生物の機能としてどんなもんなんですか?例えば人で言う三大欲求とか」
『三大欲求ですか。そうですね。今回の転生で言えば魂を器に憑依させている形ですので、人間の体というよりラビ太さんの体が主体になっています。ですので、基本的に食物は摂取する必要はないかと思います。睡眠は、魂も休息しなければ当然疲弊しますのでこれは必要ですね。性欲は、あってもそのー……機能自体がないので……』
アルテミスの口籠るのに合わせて、倫太郎は自分の大事な所をセルフチェックする。
念入りにチェックするも、ソレは見付けられなかった。
「……なーるほどねぇ」
両腰に手をついて、それがあった場所を一点に見つめる倫太郎。
表情の変わらないラビ太の顔でも、そこはかとなく哀愁が浮かび上がっているようにも見えた。
『は、話を続けてよろしいですか……?」
「……つ、つづげでぇ、ぐださいぃ」
現世の頃も特に性欲が強い方ではなかった倫太郎であるが、使う使わないは別として男たる意義を失ったその事実に、ただただ悲壮感と喪失感が胸を詰まらせた。
『で、では次にステータスのお話を致します』
「はい……」
『頭の中で、そのまま"ステータス"と思い浮かべてみてください』
「えっと、こうかな?」
【ラビ太/ランクE(Lv.1)】
種別 ???
特殊スペック〈アディクション〉
スキル〈未設定〉
「うおっ。なんか浮かんで来た!」
『はい。それがこの世界におけるステータスの概要です。人でも魔族でもモンスターでも一律してステータスがあります。名前の横にランクというのがあるかと思いますが、それはそのまま格や強さを表しています。全部でE~SSSまでのランクがあり、レベルが100になる毎にランクが1つ上がるシステムになっています』
「ほー。なんかゲームみたい」
『感覚は近いかもしれませんね。でも、ランクはこの世界の基準値ですので、1ランクの開きだけでもかなりの差が出ます。上位ランクになればなるほど桁違いになっていきますので、そこのところは気を付けてください』
「なるほどー。ちなみにこの〈特殊スペック〉っていうのはなんですか?」
『文字通り、個に備わる特殊な能力のことですね。世に同じものはなく、オリジナルの力と言ってもいいかもしれません』
「オリジナルの力ね。俺のこの〈アディクション〉っていうのはどんな力なんですかね?」
『それについては転生時に自然発生した力のようで、私も詳しく把握してないんですよね。ちょっと待ってください。今調べてみますから』
アルテミスが両手を握り合わせてお祈りをするようにして目を瞑る。少しそれで静止したのち、ゆっくりとその目を開く。
『"嗜癖により昂ったエネルギーで潜在能力を引き上げる"とあります』
「えっと、どういう事ですかね?」
「これは、倫太郎様がお持ちになっている嗜癖がスイッチとなって、倫太郎様の奥底にある秘めた力を引き上げる、という事でしょうか』
「はは。嗜癖って。そんなの俺にはないですけどね」
『ないんですか?』
「えぇ。心当たりがないですね」
『そ、そうですか』
アルテミスが少し不思議そうに小首を傾げながら、気を取り直したように次の事項に話を移す。
『特殊スペックは条件があったり代償なんかもある場合がありますので、そういう意味ではスキルの方が生きていく為の重要性は高いかもしれません』
「スキル、ですか。それって俺の知っているファンタジーの定番のやつと認識同じですかね」
『そうですね。相違ないと思います。こちらでは戦闘におけるスキルだけではなく、職能に関するものや生活必需のものまで多岐に渡ってスキルが存在しています。平民や村人といった者でも何か一つはスキルを持っている世界です』
「へー。それ聞くと確かに重要性高そうですね」
『はい。ですので、倫太郎様には先ほどの約束通り、今この場にてご希望のスキルを可能な限り授与致します。何かご希望はございますか?』
「うーん。希望っすかぁ」
ラビ太の姿で腕組をして考え込む倫太郎。その動きは少し子供ウケしそうであったが、倫太郎は至って真剣に考えを巡らせる。
しばし悩んで倫太郎は顔を上げる。
「これがっていうのは思い付かないんですけど、勝手の分からない世界にいる以上、"適応"できないが一番困る事だと思うんですよ。なので、情報を得れる手段と、不測の事態に臨機応変に対応できる力なんかがあったらいいですね」
『分かりました。今の希望に沿うスキルを見繕いますと……うん。このあたりですかね』
アルテミスが空中に浮いたパネルのようなものを操作して言葉を呟く。
《スキル〈アーカイブ〉、スキル〈インストール〉を獲得しました》
アルテミスが操作を終えたと同時に、抑揚のない高めの声が倫太郎の頭の中に響き渡る。
「ぬおっ?これは?」
『はい。今のでスキルを授与いたしました。ステータスにて確認してみてください』
「えーっとステータス、ステータス」
【ラビ太/ランクE(Lv.1)
種別 ???
特殊スペック 〈アディクション〉
スキル 〈アーカイブ〉〈インストール〉
「おっ!入ってます入ってます」
『おそらく、そのスキルで先程のご希望には沿えるかと思うのですが』
「ほー。これはどれがどんなスキルなんですかね?」
『そうですね。では説明とレクチャーをしてみましょうか?』
「お。そいつは助かります」
ニコリと微笑むアルテミスに軽く諸手を上げる倫太郎。
これから待ち受ける苦難の前に、ラビ太の姿じゃどうにも締まらないのであった。
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余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
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マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
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