マスコット・ロールプレイ ―人外珍道中なんて聞いてない―

結城あずる

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霊峰珍道中

第2話 チュートリアル

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『では私アルテミスから、誠心誠意スキルのレッスンをさせて頂きます』

「ご、ご丁寧にどうも」

深々とお辞儀をするアルテミスに合わせるようにして倫太郎も体を曲げる。

頭がいつもの感覚より重いせいで一瞬前のめりによろめいてしまう。

『大丈夫ですか?』

「いやー。まだ慣れてないもんで……。着ぐるみの身体なのに感覚は人間のままってのがどうも違和感がありますね」

『なるほど。では〈インストール〉のスキルで〈身体操作〉のスキルを取ってみるのはどうでしょう?』

「スキルでスキルを取る?え?どういう事ですか?」

『実際にやってみましょうか。倫太郎様。頭の中で"身体操作"の言葉を思い浮かべてください』

「思い浮かべるんですか?」

『はい』

アルテミスが促すように手の平を差し出す。

要領は得ないままに倫太郎は言われた通り"身体操作"と思い浮かべる。

《スキル〈身体操作〉を獲得しました》と、ついさっき聞いた抑揚のない高い声が再び倫太郎の頭の中に響く。

「なんか、聞えましたね……」

『〈インストール〉は、文字通り自分が必要とするスキルを獲得条件に関係なく得ることが出来るスキルです。スキル名を指定すればそのスキルが手に入りますし、今回は女神仕様として倫太郎様の「こうしたい」という希望や願望にもスキルが働くようにしてあります。倫太郎様が仰られていた"不測の事態の対応"に適応できるスキルかと思います』

「ほー。へー。それは便利っすね」

『体の不具合などはどうですか?』

「お?おぉ?さっきよりも全然動きやすい!」

軽くターンをしたり、その場で跳ねて体の具合を確かめる倫太郎。

その様子を見てアルテミスが少し朗らかな表情で見つめる。

『かわいい……』

「へ?」

『いえいえ!なんでも……!問題が解消されて良かったです』

「これはスキル取り放題なんですか?」

『あ、いえ。残念ながら保有数には上限があります。倫太郎様の現在のランクEですと、保有できるスキル数は全部で5つになります。ランクが一つ上がるごとに保有数も増えていきますが、もしいっぱいになっても〈アンインストール〉出来るので、その時に必要なスキルを調整する事は可能です』

「なーるほど。ちなみにこのスキルは何かデメリットとかあるんですか?例えばアンインストールしちゃったスキルは使用不可になるとか」

『ご心配なく。再インストールも可能です。基本スキルの使用はその者の精神エネルギーが消費されますが、〈インストール〉のスキルの消費量は差ほどありません。とてもエコです』

ほんのりとドヤ顔を決めるアルテミス。

ふとそんな自分に気付いて、取り繕うように小さく咳払いをしてそれを誤魔化す。

『コホン。いかがですか?』

「はい。買います」

『え?買います……?』

「あ。すんません。なんか店でプレゼンされたみたいでつい。文句なしです!」

『あぁ、良かったです』

体で大きく丸を作って答えた倫太郎を見て、アルテミスはホッと胸を撫で下ろす。

「スキルってどんなのがあるんだろうなぁ」

そんな事をポツリと呟く倫太郎。

すると、ポン。という電子音が聞こえたかと思うと、倫太郎の目の前に映画館のスクリーン並みの大きさのパネルが突如として現れた。

「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?なんだこれ!?」

『それはスキルボードですね』

「スキルボード……?」

『〈アーカイブ〉が反応して発動したようですね』

「え?え?えーっと、具体的にどういう事ですか?」

『〈アーカイブ〉は、倫太郎様が求めた情報を瞬時に検索して提供するスキルでございます』

「え?なにそれ。すごそうじゃないっすか」

『倫太郎様の世界で言うと、論より証拠でございましょうか。この湖に向かってスキルを発動してみて下さい。知りたいと思うだけで大丈夫ですので』

「そうっすか」

言われるがままに湖に向かって意識を傾ける。

その瞬間、またもポン。という電子音が倫太郎の耳に響く。

【女神の湖:エクストラダンジョン《最奥神域》に存在する神力が満たされた湖。ありとあらゆる病魔や致命傷すらも治癒・回復させる力を持つ】

「なんか見えましたっ!」

『〈アーカイブ〉は別名、情報網羅です。このスキルであればこの世界で無知になる事のほうが難しいかもしれませんね』

「お、おぉ~」

小さく感嘆の声を上げる倫太郎。

そのまま尊敬の眼差しをアルテミスに向けたが、表情が動かないラビ太ではそれは伝わらなかった。

『どうされました?そんなにジッと見つめて……はっ!まさかお気に召しませんでしたか!?』

「いやいや!お気に召しましたよ!大いにお気に召しています!んー。コイツは意思の疎通が難しいなやっぱ……」

『お気に召してなかったらどうしようかと……良かったです』

終始、倫太郎の反応を気がかるアルテミス。

それはさながら、プレゼントを上げてどぎまぎする女の子のようでもあった。

『スキルのレクチャーについては以上になります。倫太郎様がご希望になればすぐに外界へと転送することも可能ですが、いかがなさいますか?』

「あ。そうっすよね。ここで引きこもるわけにもいかないですもんね」

『倫太郎様がご希望とあればそれでも構いまわないのですが、しかし何分私も管理のお役目がありますので、長い間ここでお独りで過ごす事になってしまいますが……』

「この姿で孤独は堪えるんでちゃんと出ます。でも基本ラビ太は丸裸……じゃなかった丸腰なんで、自衛とか出来そうなスキルを選んでから出てくでもいいですか?」

『はい。もちろんです。どうぞごゆるりとお選びください』

倫太郎はまるで受験番号でも探すかのようにスキルボードの前で顎杖しながら、羅列するスキルの中で自衛に役立ちそうなものを吟味する。

それから吟味する事2時間。検証する事1時間。計3時間を要して2つのスキルを選び抜いた。

「一先ずはこれかな」

『パシャ。パシャ』

「え?なんで写真撮ってるんですか??」

『つい可愛く……じゃなかった。記録用に撮っておこうと思いまして!』

「そ、そうですか。えっと準備OKです」

『倫太郎様。細やかながら餞別にこちらをお持ちになってください』

「これは、小瓶?なんか液体が入ってますね」

『それはこの湖の水です。この世界ではこれに勝る万能薬もないでしょう。本来は持ち出すのは禁じられているのですが、今回は女神特典としてご持参ください』

「キャ、キャンペーンみたいですね。いや、ありがたく貰って行きます」

『はい。ではこれから外界の方にお送りさせて頂きます。まずは危険度も低い所を座標設定しております。どうか、倫太郎様に幸あらんことを……』

「お?うお!?おおお!?」

倫太郎の頭上から円形状の光がゆっくりと降りて来る。

それは丁寧にラビ太の耳から足先までかけてゆっくりと通過していって、その場からラビ太の姿を丸々と消し去った。






「うお!?ここが外、か…」

時間にしても体感にしても一瞬。

ハッと気付いた時には辺り一面にあった岩壁もなく、その代わりと言わんばかりに木や花や草といった植物が倫太郎を覆い囲っていた。

「どこかの森か林なのかねぇ。早速〈アーカイブ〉の出番だ!さてさて。ここは何処よ?」

【現在地 エルラの霊峰】

「霊峰?ってことはここ、山なのか」

倫太郎が辺りを見回し始めた丁度そのタイミングで、後ろの茂みが激しく揺れる。

それと同時にけたたましく木が折れる音が聞こえ、倫太郎は驚いてそっちを振り返る。そこには、身の丈3m以上もある一つ眼のゴリラのような生き物が、そのギョロついた眼でピンクのウサギを見下ろしていた。

「なんじゃコイツはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」







『一時はどうなるかと心が乱れましたが、無事に倫太郎様を送り届けることが出来ました。女神特典のスキルもお渡しする事が出来ましたし、人里も近いEランクの【エルの霊峰】であればランク上げなどもしやすいですね。さて、私はお役目に戻りましょうか』

倫太郎の絶叫も露知らず、肩の荷が下りたように湖沼から姿を消すアルテミス。

そう。アルテミスはこれから起こり得ることも露知らない。

倫太郎の現在地。【エルラの霊峰 ランクSSS】
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