マスコット・ロールプレイ ―人外珍道中なんて聞いてない―

結城あずる

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魔法国珍道中

第17話 刺客

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ソラを抱えながら颯爽と走るクレア。


クレア自身も驚くほどに体力は満ち溢れていた。


一時的な回復ではなく、ここまでの道中で蓄積していた疲労すら感じられない。


その理由はもちろん倫太郎が使った『女神の命水』の効果によるものである。


アルテミスが世界の管理の為にいくつか設置しているダンジョン。"神域迷宮"と呼ばれるそれはこの世界の誰にも認知されない不可侵領域となっている。


世界を見渡すための言わば女神の管理棟。女神の湖沼もその一つであり、一見ただの水に見えてもその湖沼の水には神気と加護が宿っている。


その効果の神髄は『完全再生』。細胞すらも蘇らせるその力は、例え体を損失しようとも飲めば失った部位をたちまち再生させることが出来る。


傷や気力体力の回復などはその効果の一部に過ぎないのである。


チートアイテム。そう呼ぶのもやぶさかではない代物であるが、倫太郎がそれを知る由もない。


結果的にコンディションが最高値になったクレアは、普段以上のスピードですでに森の際まで迫っていた。


「……?」


そんな中クレアの耳に届いた異音。それは音と言うには微細過ぎる風切り音であった。


感覚を研ぎ澄ましているクレアだから聞き取れた微音であったが、それは確かな脅威となってクレアの眼前に迫る。


「!!!」


紙一重のところで体を逸らしてそれを躱すクレア。バランスは崩すも、ソラを抱えたまま上手く体勢を入れ直してその場に踏み止まる。


そこへさらなる追撃。さっきと同じ風切り音と共にいくつもの氷の矢がクレアめがけ飛来する。


まるで弾丸のような速度で迫るそれを常人稀なる反応で躱していくクレア。飛んで来る氷の矢を全て躱し切ったところで止めていた息を短く吐き出す。


「今のが当たらんとは。ただの鼠じゃないわけか」


クレアの前に現れたのは黒と白のローブを着た異様な集団であった。


隊列を組む黒ローブを率いて眼鏡と長身の白ローブ二人組がクレアの前に対峙する。


「教会の生き残りがまだいたとは。さぁ。大人しくそれを返してもらおうか」


眼鏡の白ローブがソラを指さす。ぎゅっと服を掴むソラをしっかりと抱いてクレアが臨戦態勢を取る。


「なるほど。聞き分けの悪い鼠というわけか。ならばここで駆除をするだけだ」


眼鏡の白ローブことシュルツが一歩前に出る。眼鏡をクイッとする仕草は実にインテリのようだが、彼の力は侮れるものではない。


空気が変わっていくように急激に下がる気温と共にシュルツの周りに拳大の氷の結晶が無数に出現する。


「〈氷の銃弾アイス・ショット〉」


氷の弾丸が一斉に放たれる。


集中力を高め撃ち込まれる氷の弾丸を躱すクレア。しかし、先ほどの攻撃よりも数が多く速度も上がっていることで回避に余裕はない。一撃一撃が紙一重である。


「いつまで持つかな?」


さらに弾数を増やされた攻撃が止めどなくクレアを襲う。加えて氷の銃弾は魔力で軌道を操作している為、四方八方様々な方向からクレアを狙い続ける。


いかに身体能力が高く反射神経に優れている者でも対処し切れる攻撃ではない。


魔法には魔法を。本来は広範囲効果の魔法や防御系魔法で対処するのがセオリーである。


しかし。クレアはそうした対処の出来る魔法を持ち合わせてはいない。


つまり。窮地で絶体絶命にあることは間違いない。


「どういうことだ……?」


攻撃を未だに躱し続けるクレアを見てその異様さに気付くシュルツ。


まず前提とするなら〈氷の銃弾アイス・ショット〉を回避し続けるのは不可能である。


軌道を操作できるというのはすなわち相手の死角を意図的に狙えるということ。しかも。攻撃は単発ではなく数に物を言わせた連続攻撃である。躱せるはずがない。


しかしクレアは躱す。死角からの攻撃もことごとく躱す。挟み撃ちの攻撃でもアクロバットに体を翻し躱す。とにかく躱す。それどころか次第に体のキレが増してさえいる。


(起き抜けで本調子じゃなかったけど、ようやく体が温まってきた)


一度倒れて強張っていた体が躱し続けることで自然とウォームアップになっていた。


それを目の当たりにしているシュルツが一度攻撃の手を止める。


「貴様は何者だ……?」
「……」


男の問いに沈黙と睨みで牽制を効かせるクレア。両者の間で空気が張り詰めていく。


「貴様が厄介な鼠だということは分かった。ならこっちも趣向を変えよう」


そう言うとシュルツが空に向けて手を掲げ魔力を込める。


先ほどよりもさらに周囲の温度が下がるのを体感したクレア。そして敵の次なる一手に面を食らう。


辺りが大きく陰るほどの氷塊がクレアの真上に生成されていた。その瞬間クレアは悟る。「これはマズイ」と。


「この子も巻き込むつもりですか!?」
「そのつもりはない。が。そちらの出方次第でもある」
「出方次第?」
「こっちとしても生け捕りが望ましいが、万一それが難しければ外への流失を避けるために抹殺することも選択肢にはある。今はそのどちらかという訳だ」
「……外道ですね」
「こっちも仕事だ。致し方ない。さぁどうする?」


今の状況で選択の余地などありはしない。それを分かり切った上でシュルツはクレアに言葉を投げかける。


「……ソラ。行ってください」
『!』


大きく首を横に振るソラ。クレアを見つめるその目はすでに涙目である。


「大丈夫です。なんとかしますからソラは一旦ここから避難してください」


ソラを下に降ろして敵側に行くことを促すクレア。ソラは全力で首を横に振り続ける。


「私を信じてください。ソラをあっちに引き渡すつもりはありませんし、私も死ぬつもりなんかないです」


涙目のソラと目を合わし力強く言葉を発するクレア。ソラはジッと覗き込むようにクレアの瞳を見つめて、そして小さく頷く。


「いい子です」


心配と不安を拭えない顔をしながらも氷塊のデッドラインから避難するソラ。それを見届けたシュルツがすかさず黒ローブに指示してソラを確保させる。


「最後に英断であったと褒めてあげよう。では愚かな鼠に鉄槌を。〈氷塊の撃墜アイシクル・インパクト


標的に一切の猶予も与えず氷塊を落とすシュルツ。これを物理的に退くのは不可能である。


それでもクレアにはまだ切れる手札があった。


「〈座標変位ムーヴメント〉」


落ち切る寸前。すかさずダガーを抜いてそれを投擲すると、間髪入れずにスキル〈座標変位ムーヴメント〉を発動させる。


瞬時に位置が入れ替わったクレアはソラを捕える黒ローブの前に現れ、そのままもう1本のダガーで一太刀振るう。


黒ローブを一撃で沈めソラの奪還に成功したクレアは、背を向ける事なくバックステップで後退し距離を取る。


「チッ!まだ奥の手を隠していたか」


苛立つ素振りを見せるシュルツ。眼鏡の奥の眼光は一層鋭くなりクレアを見据える。


ここまで一進一退の攻防戦ではあるが、戦況としてはクレアが圧倒的に分が悪い。


その理由としては一つにクレアが常に守衛であること。そしてもう一つに相性がある。


クレアが最も得意とするのは近接戦闘。対してシュルツ並びに魔法が武器の者は中遠距離戦闘が主戦場である。


攻撃範囲の差はそのままアドバンテージになる為、近距離対遠距離戦闘であれば遠距離の方に当然分がある。


それでも実際のところ、クレアの戦闘レベルは相当高い。


並みの魔術師であればこの相性の差があろうと関係なく、クレアは相手の懐に入り込める技量とスピードを持っている。


しかし。シュルツもまた強い。


彼らが帰属するアルデルテは魔法国家と称されるほどの魔法至上主義の国である。


ここでは魔法が全て。魔法を基準に『等級』という階級制度も存在する。


『等級』は1から始まり最高が5。等級ごとでローブの色があり、下から黒・緑・青・赤・白となっている。


シュルツは5等級魔導士。5等級はこの国で10人しかいない。まさに選ばれし実力者で権威者である。


アドバンテージを実力差で埋められない以上、この劣勢という状況は簡単には引っ繰り返せない。


押せないなら引くエスケープ―――という考えはクレアにもある。実際戦いの中でも何度かそれを試みようとしていた。


しかしそれを相手が許さない。隙あらば魔法を撃ち込もうとしているシュルツに背中を向けることが出来ないという事もあるが、不用意に引けない理由がもう一人の白ローブの存在。


ここまで一貫して傍観しているだけの長身白ローブであるが、クレアの鋭い感性に引っ掛かるその不気味な存在感が判断と行動に抑制をかける。


シュルツと同じ白ローブ強者。決して侮ってはいけない。


これだけの劣勢にも折れずに耐え抜くクレアを相手に、シュルツは自分の認識を改め直す。


「たかが鼠一匹。一人で事足りると考えていたが……致し方ない。ウノ。やれ」


シュルツの呼び掛けに、長身白ローブことウノがのそりと動き出す。


「えー?おれもやるの?」
「任務を優先する。ターゲットを捕獲しろ」
「はいはーい」


長身に似合わぬ甲高い声で体を揺らすウノ。


シュルツの冷淡な魔力とはまた違う、澱んで湾曲したかのような魔力が辺りの空気に混じって漂い始める。


クレアもその不穏な魔力の流れに気付くも、反応がほんの一瞬遅れてしまった。


「〈シャドー・バインド〉」


足元の影が触手のように伸びて来る。即座にソラを抱えその場を離れようとしたものの、反応が遅れた分ソラの腕が搦め取られてしまう。


そのままソラを引きずり込もうとする影にダガーを振るうも、まるでゴムのような耐久性に跳ね返されてしまう。


引っ張る力も強靭で、ソラはすでに苦痛に顔を歪めて涙を浮かべる。それでもここで離せば取り返しがつかなくなると、クレアは歯を食いしばって影の引力に抵抗する。


しかし。単純な力比べでは女のクレアでは敵うはずもなく、ずるりとソラは引き離されそのまま影に引き込まれてしまう。


「ソラ!」


ウノの十八番〈影移動シャドー・ムーヴ〉は影から影へ人や物を行き来させる事が出来る。


ウノは自分の影に腕を突っ込むと物を取り出すかのようにソラを引き上げる。これでソラは相手の手中に落ちてしまった。


「よくやったウノ。ゲートを開いて連れ帰るぞ」
「あいあいさー」


踵を返そうとするシュルツとウノ。そうはさせまいとすぐさま攻勢に出ようとするクレアの前に黒ローブ集団が立ちはだかる。


「っ……!」
「貴様にこれ以上の邪魔はさせるつもりはない。大人しくそいつらと戯れていろ」


一斉にそれぞれの魔法を撃つ黒ローブ達。威力も質もシュルツらには及ばないが、時間稼ぎという目的は果たしている。


その間に影でゲートを出現させるウノ。魔力設定をしていれば〈影移動シャドー・ムーヴ〉で長距離移動も可能なのである。


それを悟ったクレア。死に物狂いで黒ローブの包囲網を抜けようとするが、まるで自分達は捨て駒だと言わんばかりに黒ローブは身を挺しながら行く手を阻む。


間に合わない――――そう思った時だった。


「トォリャーーーーーーー!!!」


茂みから勢いよく飛び出して来たピンク色の物体がシュルツと衝突する。


「ぐはっ!?」


吹き飛び地面に体を打ちつけるシュルツ。


呆気にとられる一同。その視線の先には、捨て身のドロップキックをかまして着地に失敗した不格好な姿の倫太郎ラビ太がいた。
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