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第11章 大開拓時代の幕開け

第255話:乙将オリベの提案~税を取ろう?

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 ハトホルの谷における富国強兵ふこくきょうへい政策。

 前言撤回からの方針転換──と捉えられても致し方ない。

 当初は「地球に帰る日が来るかも知れない」という可能性も捨てきれず、「現地種族と人類が協和する時代が訪れたら、神の力を持つ自分たちは不要となるから隠居する」という青写真を引いていたこともあった。

 だが、見積もりが甘かった。

 予定は未定だと人は言う。

 男に二言はないと胸を張りたいが、状況如何いかんによっては180度の方針転換を余儀なくされることもあるのだと思い知らされた。

 ひとつは、小惑星の衝突した地球には帰れないという事実。

 八方手を尽くしてどうにか地球に帰り着いたところで、オーストラリア大陸サイズの隕石が直撃した地球はもはや粉々になっており、星を維持するための自転どころか太陽系の公転にすら置いていかれているはずだ。

 世界も自然も生態系も壊滅した、死の小惑星群になっていることだろう。

 帰るところがない以上、この世界で暮らしていくしかない。

 神族や魔族となったプレイヤーを初め、全人類の移住先となるのは伝説の息づくこの“真なる世界”ファンタジアだが、この世界も荒廃の一途いっとを辿っている。

 別次元からの侵略者──蕃神ばんしんが原因だ。

 ふたつめは、この蕃神が見せる異常なまでの執拗しつようさだった。

 2000年以上も戦い続けているのに、蕃神は諦めることを知らずに侵略行為を続けている。ツバサたちがこちらの世界に飛ばされてきて約1年、その間にも戦争と呼べるほど大規模な戦闘が5回もあった。

 特に大きなものは──天を塞ぐ絶望。

 空を覆い尽くす次元の裂け目が開き、そこから大陸さえ鷲掴みできる巨大な蕃神の手が現れた時には、さしものツバサも度肝を抜かれた。

 あれを目にした直後、ツバサの脳裏には方針転換の案が浮かんでいた。

 蕃神は諦めない──この真なる世界ファンタジアが終わるまで。

 この世界が塵芥ちりあくたの一粒になるまで、完膚なきまでに活力を奪い取る魂胆だというのがありありと伝わってきた。最後の一滴まで搾り尽くすつもりなのだ。

 蕃神との戦いは終わらない。

 果てしなく続く戦争の予感に打ち震える。

 ツバサたちには立ち向かう意志と力を持つ者が多く、この世界とそこに生きる者を守る優しさも備えている。その点は心配無用と言えた。

 しかし──現地種族はどうだろうか?

 彼らは蕃神たちの侵略によって疲弊ひへいしており、文明を維持することさえままならない状況だった。ツバサたちが保護したことで多少マシになったが、まだ中世時代の文化水準しか取り戻せていない。

 元より、彼らを蕃神との戦いに駆り出すつもりはない。

 しかし、万が一という事態は必ず起こる。

 ツバサたちが強敵に苦戦する間、危機が訪れないとも限らない。

 蕃神に勝つことは難しいが、仲間を守るために戦う力や、防戦になろうとも生き延びるくらいの力は与えてやりたかった。

 そんな想いに囚われたのは、先日の戦争中のことだった。

 先日──ミ=ゴと名付けた蕃神との艦隊戦。

 あの戦いではツバサたちが主導したものの、最前線で戦って武威ぶいを示したのは他でもない、現地種族であるスプリガン一族だった。

 若き総司令官であるダグが、武勲ぶくんを上げたいくさでもある。

 ダグを筆頭にスプリガン一同から懇願されたとはいえ、かつてない大規模な援助をしたツバサたちだが、彼らは見事にそれに応えてくれた。

 現地種族でも蕃神と戦える──神族の助けがあれば。

 蕃神との戦いがいつ終わるかもわからない以上、戦力となるべき人員は多いほどいい。また、滅びに瀕した大地と生命を繁栄させることも必要不可欠。

 この世界に活気を取り戻し、未知なる脅威に抗う力を民につちかわせる。

 これ即ち富国強兵──この道を選ばざる得ない。

「調べてみたら“禄寿応穏”ろくじゅおうおんってスローガンもあったッス」

 フミカは【魔導書】グリモワールで調べてくれた。

 関東に覇を唱えた北条家の印章に使われた言葉だという。

(※正確には後北条家ごほうじょうけ。源頼朝とともに鎌倉幕府の設立に尽力し、執権しっけんの地位を手に入れた北条家とは別筋。北条ほうじょう早雲そううんの名で知られる伊勢いせ新九郎しんくろう入道にゅうどう宗瑞そうたんが起こした大名家。正しい姓は“北條”なのだが、先の北条家と区別するため後北条家とよく呼ばれる。関東を制覇した雄だが、豊臣秀吉に敗れる)

 その意味合いは「禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし」というもので、意訳すれば「人民よ平穏に暮らそう」とのこと。

「いいな、それ。俺たちもあやかりたいところだが……問答無用で襲ってくる敵がいるとそれもままならん。民の禄寿を守るためには強くなるしかない」

 ツバサたちは勿論──国も民もだ。

「実のところ、布石はもう打っているんだがな」

 イヨとオリベが率いる妖人衆ようじんしゅう、ダグを初めとしたスプリガン族。

 彼らをハトホルの谷に棲まわせて、ネコ族やヒレ族にハルピュイア族と共同生活させているのがまさにそれだ。最初のうちは「異文化交流」ぐらいに考えていたが、妖人族とスプリガン族を加えたのには明確な意図がある。

   ~~~~~~~~~~~~

 先日──我が家マイ・ホームにイヨとオリベを招いた。

 スプリガン族がハトホルの谷に村を建設し始める前日のことだ。

 呼び出されたオリベは相変わらず緑を基調とした着物に羽織姿、いかにも武家の好々爺こうこうやらしい格好でやってきた。ただし、緑の映える羽織にはワンポイントのように小さな桜の花びらが刺繍ししゅうされていたのだ。

 派手ではない──けれど目を惹く春の色彩だ。

 こういう“乙”おつを心掛けたファッションセンスは見習いたい。

 一方、イヨは若草色と桜色が程良く調和した着物を召していた。

 派手ではないが華やかさがあり、主張しすぎていないが爽やかな鮮やかさに彩られた着物姿。普段は凝った巫女服だから、これは余所行きだろう。

 大方、オリベが見立てて用意したものだ。

 本当に洒落人しゃれじんである。その審美眼しんびがんは現代でも十二分に通用する。

 戦国期を生き抜いた武将とは思えない。

 招いた応接間で接待したのは、ツバサ、ミロ、フミカ、給仕役にクロコ。

 招いたイヨとオリベに驚きと喜びを味わってもらおうため、クロコ特製のケーキ各種(一口サイズで様々な味を楽しめる)と極上の紅茶でもてなした。

 初めての洋風な接待に目を丸くするオリベだったが、「これが洋菓子……是非とも茶の湯への参考にいただきますぞ!」と絶賛してくれた。イヨも「幼い姿になってから甘味がとても美味しくて……」と頬をほころばせる。

 喜んでもらえたようで何よりだ。

 ケーキに舌鼓を打つオリベとイヨ。

 そのイヨの愛くるしい姿に興奮する変態メイドがいた。

「……マリナ様やイヒコ様と大差ないご年齢にしか見えないのに、その仕種から醸し出す雰囲気は妙齢、或いはそれ以上の高貴なる大人の魅力……このクロコ、またとない美幼女の逸材いつざいを前にして胸の高鳴りが抑えられません……ッ!」

「おまえ絶対に胸の高鳴りだけで済んでないだろ」

 さっきから「ロリババアハアハア……」と喘ぐ声に混じってよだれすする音が聞こえたり、鼻血が噴き出す音やいかがわしい水音が聞こえるのだ。

「お茶会の間は大人しくしてろよ。していいのは妄想だけだ」

 粗相そそうをしたら折檻せっかんだ、ツバサはと命じた。

「それは……わざと粗相をして折檻させろという高度な前振り……ッ!?」
「断じて違う。有能メイドに徹しろ、と言ったんだ」

 変態メイドは放置プレイで先に進めよう。

 現代風のお茶会を満喫してもらいながら、ツバサは相談を持ち掛けた。

「技術の交流……ですかな?」

 戦国の世を生き抜いた武将の意見を伺いたかった。

「そうです。妖人衆の中には、現世において様々な専門職についていた方がいる。漁師、狩人、農民、職人、医師、薬師くすし……彼らの培ってきた知識や技術を、この地に生きる民に教えてやってほしいんです」

 少しずつではあるが、ツバサたちも指導はしてきた。

 だが、今までは「自力で文明を築いてもらおう」という意図から、必要最低限の知識や技術しか与えずにいた。

 その前提を覆すつもりだった。

「お言葉ですが……既にツバサ様たちがご指導なされているのではありませんか? 皆さんとお話ししましたが、色々教わっていると聞きましたが……?」

 イヨは小首を傾げて当然の疑問を返してきた。

 ショートケーキがお気に入りのようで、苺を刺したフォークの手を止めて尋ねてきた。少女な外見も相俟あいまってとても可愛らしい。

 ……まあ、中身は一国の女王も務めた年上の女性なのだが。

 ツバサは質問を踏まえて説明する。

「ええ、確かに……ですが、俺たちが教えているのは初歩の初歩です。当初は色々考えてまして、できれば彼ら自身で文明を開いていくよう促していましたので……」

手解てほどきこそしたものの、それらを応用して発展させる技までは教えず、そこから先は独学どくがくで磨かせていた……といったところですかな?」

 こちらの気持ちをオリベは推量すいりょうで当ててくれた。

「ご明察です。しかし、事態は思っていたより深刻でした……」

 現地種族の自力による成長を待っている余裕はない。

 そんな悠長ゆうちょうな真似をしていたら、蕃神に根刮ねこそさらわれてしまう。

「彼らやあなた方に『蕃神と戦え!』と無茶を言うつもりはありません。ただ……もしもの時に立ち向かえる力を持ってもらいたいだけなんです」

「なるほど……そのために技術躍進を行いたいと……」

 オリベはフォークを巧みに操り、一口サイズのガトーショコラを半分にして丁寧に口へと運んだ。こういう品のある所作しょさは茶道に由来するものだろう。

 目を閉じて賞味しつつ、オリベは所感しょかんべていく。

「……こちらに身を寄せてより数日、彼らと交流してみましたが、あれこれつたないところが目立ちましたな。ツバサ殿たちの庇護に与っていると聞いたので、我らより優れた文化を築いていると思えばさにあらず……言葉が過ぎるやも知れませんが、それがしの生きた時代より遅れておりました」

 オリベの言葉は現地種族を卑下するものでも、ツバサを非難するものでもない。彼らが文明が遅れていることに得心したものだった。

 それを認めた上でツバサは話を進める。

「俺たちが助ける以前、彼らは未開の原始人のような生活を強いられていました。そこから彼らなりの発展を遂げてもらいたかったんですが……」

「それだけのいとまがない……蕃神とやらのせいですな」

 オリベたちも世界樹跡地の穴蔵で暮らしていた頃、蕃神の眷族とは幾度か遭遇しているので、その恐ろしさの片鱗へんりんを味わっていた。

「正直、ツバサ殿たちが用いられる“てくのろじい”というものは、我らの数世代先を行っておられる。オサフネのような手練れの職人でも、到底追いつけるものではない……いわんや、この地に暮らす者たちならば尚更でござろう」

「だが、今の彼らならばオリベあなたたちの技術を習得できる」

 ネコ族、ヒレ族、ハルピュイア族──。

 彼らは文明の力を失っただけで、原始人というわけではない。

 物の作り方を教えれば理解もするし、道具の使い方も覚えるのが早い。

 ツバサたちがオーバーテクノロジーを教える前段階として、オリベ率いる職人衆から学ぶべきことが多いはずだ。それだけの素養は身に付いている。

 テコ入れはする──だからといって段階をおろそかにはできない。

 踏み越えるべき順番を抜かせば、その分だけ理解が及ばなくなる。

 理解できないものは身に付かないのが道理だ。

 そこをつまびらかにしてツバサは協力を求める。

「お話しした通り、我々はもうこの世界で生きていくしかない。しかし、この世界は蕃神というタチの悪い魔物に狙われている……矢面には俺たちが立ちますが、彼らにも危機が及ばないとも限らない……その時のためにも……」

「──承知仕しょうちつかまつった」

 真摯しんしに言い募るツバサの言葉を遮り、オリベは承諾しょうだくの言葉を述べた。

 ニヤリ、と笑いながら口元のひげつまんででる。

「文物交流──大いに結構! ネコ殿、アザラシ殿、トリ殿……彼らが我らの知識と術を学んでくれれば、この地は大いに賑わうこと間違いなし。さすればそれがしの志す“皆が健やかに笑える国”も近いというものでござる」

 断る理由がありませぬ、とオリベは快哉かいさいうたう。

「でも、オリベ様……そんな安請け合いしてよろしいのですか?」

 イヨは少し不安げだった。

「例えばオサフネ様のように、自らの刀剣を作る技術を秘している方もおられますし、自分だけの特技を人に教えたくない方もいるのでは……」

 イヨの心配はもっともだった。

 卓越した技術ほど“門外不出”や“一子相伝”とされたものは多い。それを開示することをいとうだけではなく、手掛かりさえ知られたくはないだろう。

 しかし、オリベは「心配ご無用」と豪語する。

「秘伝を守りたい者には『秘伝を明かさずとも良い』と申し渡しておけばよろしいのです。皆に教えるのは無難なもので十分……例えばオサフネならば、鋼の作り方や剣の鍛え方……その基本だけで良いのです」

 備前びぜん長船おさふねの如き名刀を打つための秘伝──そこは秘したままで構わない。

「そうでござろう、ツバサ殿?」

「その通りです。あくまでも伝授するのは基本で基礎、そこから工夫するのは教えを受けた者次第です。その努力を見て、助言を与えるのも自由です」

「うむうむ、そういうこともありましょうな」

 互いに切磋琢磨せっさたくまして技量を磨いていく職人たちの姿を想像するツバサに、オリベも共感してくれたのかご機嫌だった。

「我ら日の本の民とて、その技術の源流を辿れば大陸経由で学んだものや、遠くイスパニアやオランダから得たものも少なくない……そうして文化とは世に広まっていくものでござるよ」

 知りたい、学びたい、作りたい──人の創作意欲は止まらない。

「ひとつだけ、ワガママを言わせていただければ……」

 オリベはこちらの顔色を窺う目を向けてくる。

 どこか胡散臭うさんくさくて何かを企んでいるような狡賢ずるがしこい笑みながら、その表面に滲み出てくるのはオリベが有する独特の“徳”とくだった。

 有り体ありていに言えば──人の良さである。

「我らの技術を教える見返りというわけではござらぬが……我らにはツバサ殿たちの神懸かり的な“てくにっく”を伝授していただきたいですな」

 建築、農業、医療、衣服、鍛鉄、工業……。

 ツバサたちの持つ最先端の技術を学びたいと申し出てくる。

「それがしとしましては、作陶さくとうに関わる優れた粘土の精製法や、作庭に役立ちそうな土木技術……それと織部オリベの名に相応しい未来の織物などを……」

(※古田ふるた織部おりべの織部とは、朝廷にて織物生産を任された織部司おりべのつかさに由来する)

 求めるものが趣味に走っていた。

 武将ならいくさに役立ちそうなものを強請ねだりそうなものだ。ましてや、これから蕃神との終わりない戦いが待っていると説明したばかりである。

 なのにオリベときたら、欲しがる技術の大半が平和的かつ芸術の発展に役立ちそうなものしかない。本当、根っからの数寄者すきものだ。

 恐らく、彼を従えた信長や秀吉も呆れたに違いない。

 それと同じくらい、この“へうげもの”を愛でたことだろう。

 この御仁――どうしても憎めないのだ。

 ツバサは礼儀も忘れて大きな声で笑ってしまった。

「ハハハ……元より、皆さんにも地力をつけてもらわなければなりませんからね。教えられる範囲での技術提供は惜しみませんよ」

 ツバサたち神族は“魔法”などを元にした、人知を超越した技能スキルで作り出すものもあるので、そういった知識や技術は教えられないかも知れない。

 だが彼らが学べるものならば、どんどん伝えていくつもりだった。

「まず、これから共に暮らすことになるスプリガン族。彼らから機械……カラクリの技術を教わるといいでしょう」

 スプリガン族も技術者が戦死し、文明的には衰退を余儀なくされている。

 それでも今日まで方舟を維持してきたという実績もあり、機械工学の知識を持つ者が多かった。ダグ、ガンザブロン、ディアなどが優秀である。

 ブリカ? 彼女は戦闘一辺倒だから……。

「それはかたじけない。感謝いたしますぞ、ツバサ殿」

 オリベは両手を太ももの付け根に据えて深々と頭を下げてきた。

 その表情は「叶ったり」と満面の笑みを浮かべている。

 オリベの笑みがスッと消え、老獪ろうかいに引き締まった面持ちとなる。

「さすれば……此処ここからは年の功を経たハゲジジイの忠言としてお聞き願いたい」

 何かしらの提案があるらしい。

 ツバサも気を引き締めると、オリベの言葉に耳を傾ける。

「ツバサ殿──税を取り立てなされ」

「税……税金ですか? それは……この地に暮らす者から?」

 左様さよう、とオリベは神妙に頷いた。

 そこから立て板に水を流すように説いていく。

「ツバサ殿はこの地を治める神々の盟主。今後、蕃神とのいつ終わるとも知れぬ戦が延々と続けられる以上、この地の民との関係性を断つことは難しいでしょう……さすれば、あなた方の危惧きぐする『神と人との差違』はみぞとなり、そこを弱味として蕃神たちに突かれるとも限られぬ……なればこそ」

 我らより税を取り立てなされ──オリベは重ねて進言する。

「そっか──王様になれってことだね」

 自分のケーキを食べ尽くしたミロが、オリベの言わんとしていることを直感だけで理解した。こういうところはアホだけどアホじゃない娘なのだ。

 左様、とオリベは繰り返し頷いた。

「さすが信長様と見紛みまごうほどの覇気はきを有するミロ殿ですな……そうです、あなた方が特別な存在であることを人々に意識させればよろしい」

 神にして王となり、民から税を取り立て、この地を治めればいい。

「ツバサ殿とその御一族おいちぞくは既にこの地を管理しており、我らが住みやすいようにと土地はおろか気候にまで手を加えていらっしゃる……それを万民に知らしめて神王しんおうという地位を確立し、民との溝ができる前に身分の差をわからせるのです」

 この提言ていげんは──採用すべき良案だ。

 神様だ王様だと持ち上げられるのは性に合わないので敬遠していたが、四の五の言っていられる状況ではない。

 神として王として、現地種族を導いてきたのは事実なのだから──。

 民から避けられる前に、こちらから階級を振り分けていく。

 だからといって偉そうにする必要もない。

 今まで通り、現地種族とはフランクに付き合えばいいのだ。

「もうひとつ、私見を申し上げますれば……ツバサ殿は税の取り立てを心苦しく思っておられるのでは? また、その使い道も思いつかぬのではありませぬか?」

 見透かされている──まるで読心術だ。

「……イヨさんよりよっぽど千里眼じゃないですか」

 ツバサは目を細めて苦笑した。

「イヨ様の能力おちからは“万里眼”ばんりがんにござるよ」

 イジワルな笑みを返してきたオリベは続ける。

「神族であるあなた方は飲食などにあまり頼らない、とフミカ殿に聞いたことがありますでな。なので、こちらの民が狩りや漁で得た食物を奉納ほうのうしても、極々少量で済ませているとも……」

 神としての威厳を保つため、そういうことはさせている。

 ヒレ族を保護した際、「無償でお世話になるわけにはいかない」という彼らの族長の意見を採用して、ネコ族やハルピュイア族にも適用したのだ。

 奉納の件をこの2種族に説明したが反論はなかった。

 むしろ「その言葉を待ってました!」とばかりに納めてきたくらいだ。

 これまでの負債をまとめて払うように大量の供物を捧げてきたのを見ると、無償でお世話になっていたことに心苦しさを感じていたのかも知れない。

 しかし──神族は飲食不要。

 人間だった頃の精神を安定させるべく、ツバサは家族に三食おやつ付きの食事をさせているが、現地種族からの奉納に頼ったことはない。

 彼らが捧げてくれた食材も使うが、基本的には神族固有の技能スキルで自給自足できるのだ。ある救世主がパンやワインを精製するように、穀物や野菜を瞬時に育成することもできれば、望みの飲食物を“気”マナから精製できる。

 なので、現地種族たちが頑張って採取してきた食材を奉納してもらうのは、どこか心苦しいところもあったのだが……それさえもお見通しか。

 痩せても枯れても戦国武将──オリベ、侮れない。

 だが、オリベは非常に温和で、人々の笑顔を尊び、争いごとよりも芸術的なことを好む平和的な性格。そのため信用に値するのだ。

「今後、その奉納されし品々を税とするのです」

 ツバサが現地種族から税金を取るのを「カツアゲみたいで嫌だ」と顔に出すと、オリベは目を丸くして口を尖らせて窘めてきた。

「これこれ、そんな顔をしなさるな。凜々りりしい姫君の美貌びぼうが台無しですぞ」
「誰が凜々しい姫君ですか」

 オリベに決め台詞で返したのは初かも知れない。

 難色を示すツバサに、オリベは具体策を上げていく。

「後ろめたいことなどありますまい。あなた方はこの地を守り、そこに暮らす民の安全を約束されている。その見返りとして受け取ればよろしい。そうですな、本来ならば六公四民ろっこうよんみん……6割を税として徴収するものですが、それは人間だけで国を収める話ですから……北条家のように四公六民よんこうろくみん……いやさ、ツバサ殿の心情を慮れば3割でよろしいかと存じますが?」

「2割だ──それ以上は取らん」

 場合によっては1.5割や1割にしたい。
(※蕃神との戦いで被害を受けたりした場合は免除とする)

 税と銘打めいうっても、あくまでも奉納という形にする。

 そのむねを告げると、オリベは満足げに「うんうん」と頷いた。

「そのように寛大な御心をお持ちになられるツバサ殿だからこそ、それがしもこのように前例のない・・・・・提案ができるのです。ツバサ殿、集めた税を──」

「──貯めとく・・・・んだね、わかります」

 クロコに追加のケーキ(食い過ぎだ!)を配膳させたミロは、それを頬張りながらオリベが言わんとしたことを先回りして発言してしまった。

「御名答! さすがですなミロ殿、よくわかっていらっしゃる!」

 発言を奪われたオリベは大喜びだった。

「そうか……税として取り立てた食糧は手をつけず備蓄びちくする。それは俺たちのためじゃない。もしもの時には現地種族みんなに与えれば……」

 左様、とオリベは本日三度目の首肯しゅこうをした。

「腹が減っては戦ができぬ。思わぬ飢饉ききんに見舞われることもある。ましてや蕃神との戦にて食糧調達がままならぬこともありましょう……そうした時のために兵糧を備蓄しておくのです。ツバサ殿たちの“てくのろじい”ならば、食物を長期間保存できると聞き及びましたからな」

 税として取り立て──民の非常食とする。

 これならば神王として面目も立つし、ツバサの罪悪感も痛まない。フミカやダインの能力を借りれば半永久的に保存することも可能だ。

 ツバサが感心して言葉を失っていると、オリベはニヤリと笑う。

「“はとほる”の谷の繁栄──これにて一役買えますかな?」

 胡散臭うさんくさいチョイワル親父なのに、とても頼もしく目に映った。



 その夜――ツバサとオリベは夜遅くまで話し込んだ。



 ハトホルの谷における富国強兵、そのアドバイスをオリベに請うたのだ。


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