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第11章 大開拓時代の幕開け

第275話:限定指定暴力団 穂村組

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「要注意指定人物──というのは?」

 字面じづらからして問題ありな雰囲気だが、ツバサはレオナルドに詳細を求めた。アキに聞いても良いが、彼女の説明はアバウトなのだ。

 レオナルドの喉の奥で小さく唸ると、詳細について語り出す。

「読んで字の如く──要注意に指定された人物のことだ」

 こうした人物のアバターは、アルマゲドン内での行動を運営の息がかかった諜報役の協力者によって密かに監視されており、目に余る行為に及べば即刻アカウントを停止させられたという。

「俺たち内在異性具現化者アニマ・アニムスを見張るという名目で、おまえらゲームマスターが張り付いていたのとは違うのか?」

 嫌味のつもりはないが、それっぽい言い方になってしまった。

 内在異性具現化者アニマ・アニムス──それは特別な存在。

 男なのに女性の肉体になったり、人性を保ったまま野獣と化したり、生きたまま骸骨となったり……相反するさがを発露した者だ。

 自らの魂(アストラル体)をアバターとして具現化するアルマゲドンにおいて、こうした変化を起こしたプレイヤーは、他のプレイヤーを遙かに凌駕する潜在能力を秘めているとして、運営から特別視されていた。

 レオナルドを初めとした何人かのGMは、運営からの指示で内在異性具現化者へ親しげに近付いて様子を伺っていた。

 ツバサ・ハトホルには──クロコ・バックマウンド。
 アハウ・ククルカンには──マヤム・トルティカナ。
 クロウ・タイザンには──カンナ・ブラダマンテ。

 そしてミサキ・イシュタルには──レオナルド・ワイズマン。

 真なる世界ファンタジアへ飛ばされてきた現在、お目付役だったGMはそれぞれの陣営の副官的な立場についている。レオナルドはその代表格だった。

「……なあ、俺だけ大凶じゃないか?」

 それぞれの内在異性具現化者に付いたGMを並べてみたが、ツバサには隣の芝生青く見えて仕方ない。正直、マヤムなんて大人しいから羨ましい。

「私としては大当たりでございましたけどね」

 大凶たるクロコは、胸に手を当てて満ち足りた様子である。

 百合夫婦になったツバサとミロに仕えてイチャイチャ振りを眺めて鼻血を噴き、可愛らしい娘たちの世話を楽しみながら涎をあふれさせ、NLカップルなダインとフミカの熱々振りを愛でては涙を流して、ドンカイやセイメイの筋肉が汗を流せば鼻息を荒くして…………。

 あらゆる性癖に精通するクロコにしてみれば、どこを見ても「尊い……」と悦に浸ることができる環境なのだから当然だった。

 クロコが有能なのは認めよう。

 しかし、その有能さを帳消しにするどころかマイナスに落とし込むレベルで変態なのが頂けなかった。神仏でもさじを投げるレベルである。

 ツバサが渋い顔で眉間を押さえると、レオナルドもため息をついた。

 自分にも責任の一端があると反省しているらしい。

「クロコが大凶なのはさておき……今になってわかることだが、複数の過大能力オーバードゥーイングを覚醒させる内在異性具現化者は真なる世界に必要不可欠な存在だ」

 荒廃した真なる世界ファンタジアを再興する能力を持ち──。
 数多の神族や魔族を束ねる実力を有し──。
 別次元からの侵略者を撃退する戦力ともなる──。

 このため、ゲームマスターを見張りに付けたことは想像に難くない。

 万が一現実に置いてきたりしたら、真なる世界ファンタジアを救うための戦力が著しく削られるのだ。それはもう必死だったと思われる。

「……なので、ツバサ君たち内在異性具現化者は監視対象ではあるものの、要注意という意味合いではなく、貴重な人材として目を付けていたというのが正しいんじゃないかな? いずれは協力を仰ぐべきなのだから……」

 弁解めいたレオナルドの言い分に、ツバサも賛同の意を示す。

「さすが、ミサキ君のストーカーがいうと説得力あるな」
「その発言は撤回してもらいたいんだが!?」

 氏素性を偽って愛弟子ミサキを影から見守っていたとでも言いたいのか?

 愛情があるのは認めるが……ちょっといびつだった。

 何度も咳払いをしてからレオナルドは話の筋を戻す。

「ゴホンッ! だから……内在異性具現化者にGMがついていたのは、この世界への転移を先読みした配慮に過ぎないんだよ。そこにやましい理由が介在する余地はない。あくまでも協力者になるのを見越してのお目付役だったんだ」

 女々しい言い訳が含まれているし、そのほとんどが「愛弟子に嫌われたくない」というワガママだが、言い分は間違ってない。

「だが──要注意指定人物は違う」

 仮想世界と現実世界。

 どちらの世界において“危険”だとアルマゲドン運営から判定を降された者が、この要注意人物に指定されるとのことだ。

「たとえば……君たちが倒したナアクという男は最たる例だ」

 ナアク、と聞いてツバサは壮絶に嫌な顔をした。

 無表情がデフォルトなクロコでさえ、眉間に皺を寄せて苦々しい表情を浮かべている。誰にでも気安い彼女に嫌われるなんて余程よっぽどだ。

 驚異博士──ナアク・ミラビリス。

 自ら『開闢かいびゃく使徒しと』と称する狂的マッド科学者サイエンティスト。「魂の自由と解放のために」と謳ってプレイヤーや現地種族で悪夢のような人体実験を繰り返した男だ。

 彼はアルマゲドン時代から問題行動をしていたらしく、どのような手段を用いたか謎のままだが、他プレイヤーのアバターに違法改造を施していたらしい。これにより廃人となった被害者が相当いるそうだ。

(※アルマゲドンのアバターは従来のVRMMOと異なり、プレイヤー本人の魂であるため外部から手を加えることはできない。これは真なる世界ファンタジアへの転移を前提としていたことに起因する。なので自前のソウルポイントでしか変えられない。自分の魂の有り様を変えたければ、自力で何とかするしかないというわけだ)

「あのアルカイックスマイル、現実リアルでも悪さをしてたのか?」

 ツバサの質問にレオナルドは目配せすると、それを受けたアキが「ハイハーイ」と言いながら大型モニターにいくつかの情報を上げた。

 新聞記事やネットニュースが映し出される。

「検査に引っ掛からない新型ドーピング剤の流行。その副作用により選手生命を縮めたプロスポーツ選手も……陽性反応の出ない新種の覚醒剤が発見される。中毒になると脳神経系が再起不能になる恐れも…………これは?」

「これらすべて──現実でナアクがやった仕事だという噂だ」

「大犯罪者じゃねーか!? 逮捕しろよ警察!?」

 腰を浮かせかけて怒鳴るツバサをレオナルドは片手で制した。

 あくまでも噂なんだ、とレオナルドは強調する。

「警察がどれだけ調べても、ナアクが犯人という証拠は40%ぐらいしか集められなかったらしい。礼状を取って強引に調べるという計画もあったそうだが、ナアクは各方面に顔の利く研究者でな……」

 良くも悪くも科学者として優秀だったのは事実らしい。

 それゆえに手が出しづらい状況だったという。

官憲かんけんの上層部が尻込みした……ってところか?」

 ありそうな話だ、とツバサは嘆息してソファに腰を戻した。

 しかし、ナアクという例はわかりやすい。

「つまり要注意指定人物というのは、現実世界でも仮想世界でも厄介事を起こしかねない危険人物っていうレッテルを貼られた連中なわけだな?」

「その解釈で間違ってないな」

 レオナルドが認めたところで、ツバサは本題へ立ち返る。

 大型モニターの三悪トリオを親指で示した。

「それで──この3馬鹿は何をやらかしたんだ?」

 極悪人のナアクと比べればこの三人は、それこそタ○ムボカンやヤッタ○マンに登場する、間抜けな三悪トリオにしか見えない。

 はっきりいって小悪党だ。

 要注意人物と危険視するには物足りなかった。

 レオナルドは顎を摘まむような仕種でちょっと考え込む。目線をわずかに下へ逸らしたので、説明の仕方に悩んでいるらしい。



「──穂村ほむらぐみ



 一字一句、聞き間違えようのないはっきりした言葉で告げられた。

 レオナルドの口にした名前に、ツバサは片眉を動かす。

「ツバサ君なら知っていると踏んだが……やはりか」

 それを答えと受け取ったレオナルドは、ゆっくり語り出した。

   ~~~~~~~~~~~~

 ヤクザやマフィアといった反社会集団。

 その成り立ちは双方ともに古く、歩んだ歴史に差はあれども、地域を基盤とした暴力による階層組織という似通った共通点がいくつもある。

 ヤクザの場合、江戸時代の火消しや博徒ばくとの集団を原型とする説や、戦後の混乱期に力を持て余した労働者たちが地元の労働環境を守るために結成した自警団的な面があったという説がある。マフィアの場合、地元や地域を自分たちの力で守ろうとする互助ごじょ組織そしきが発祥だという説が強い。

 自分たちが根を下ろした地域を縄張りとし、縄張りである地域内の治安をよそ者から守るという名目でみかじめ料を徴収、あらゆる手段を尽くして金銭を稼ぐことを第一義とする。法に反することなど屁とも思わない。

 それがヤクザであり、マフィアというもの。

 だからこそ、反社会集団というレッテルを貼られてしまうのだ。

 近年ヤクザやマフィアへの風当たりは強い。

 日本では“暴力団”という名称で危険団体に指定し、暴力団対策法などを強めることで彼らの力を削ごうと躍起やっきになっていた。

 組織の力で威圧的に資金を調達している。
 所属する構成員に前科持ちがそれなりにいる。
 アップダウンな階層的組織として構成されている。

 これら3つの要件を備えた組織は“指定暴力団”とされ、特に凶暴かつ危険と判断されれば“特定指定暴力団”と見なされる。

 穂村組も暴力団なのだが、ちょっと特殊な分類をされていた。

限定・・指定暴力団 穂村組……だったか?」

 レオナルドの睨んだ通り、ツバサには心当たりがある。

 人相書きという仕事を終えたトモエは、いつの間にかツバサに甘えてくると膝の上に座り、会議室にいる面々の似顔絵を描いて遊んでいた。

 身体だけならそろそろ一人前なのに、まだまだお子様である。

 そんなトモエの頭を撫でながら、ツバサは師匠の言葉を思い出した。

 インチキ仙人を自称した、無敗を誇る武道家だ。

 彼の人知を越えた鍛錬によってツバサが武道家として成長途中にあった頃。戒めのように教えられた訓戒くんかいがいくつかある。

 そのひとつに──穂村組の名前があった。

『いいかツバサ、どれだけ強くなっても穂村組にはケンカを売るなよ』
『買うのもやめとけ。あいつらにゃ関わらない方がいい』
『別におっかなくはねえさ。今のおまえなら大半の奴には楽勝だろう』
『ただな……あいつらはしつけえんだ』
『1人負かすと、仇討ちだー、復讐だー、リベンジマッチだー、ってな具合よ』
『あいつらは仲間の敗北を決して認めねえ』
『勝つまでやる、を地で行くような馬鹿共よ』
『一度だけ、連中と揉めてな……いやー、面倒臭かったぜ』

「……という具合に師匠から聞かされたな」

 その後、もっと大変なことになったのだが――。

 ツバサが思い出を交えながら師匠の訓戒めいた話をすると、レオナルドは興味深そうに耳を傾けたが、アキは呆れかえっていた。

「なんスか、その武闘派すぎるヤクザは……」
「でも、ヤクザってそういうところがあるでしょう?」

 どんなに三下であろうとも、仲間のメンツを虚仮こけにされたら親分や兄貴分が黙っていない。片が付くまで次から次へと仕返しにやってくる。

 ──落とし前を付けるまで終わらない。

 ただし、穂村組の構成員は例外なく何らかの武道をたしなんでおり、1人1人の戦闘能力が普通のヤクザの比ではないと聞いた。

 生半可な腕では太刀打ちできず、続々と押し寄せる猛者もさにはどんな格闘家だろうと根を上げ、再起不能になるまで叩き潰されるという。

 だから師匠は「面倒臭い」と言っていた。

「武闘派か……言い得て妙だな」

 レオナルドはアキの言葉を拾い、その線から説明していく。

「穂村組は暴力団というよりも、武道家の集団と見なすべきかも知れないな。その特殊性ゆえに“限定”指定暴力団なんて、後にも先にも穂村組だけしか指定されていない呼称を付けられたのだからね」

「武道家……の集まりだと?」

 師匠からは「関わるな」としか聞いていないツバサは、穂村組がどのような組織なのかイマイチよく知らない。ヤクザと関わることもなかったので興味も湧かず、レオナルドが口にするまですっかり忘れていた。

 ほんの少し例外はあったが――。

 しかし、この蘊蓄うんちくたれはよくご存知のようである。

 頼まなくてもベラベラ喋ってくれると期待して、ツバサはソファに背を預けると長話を聞く姿勢を取った。それを合図にレオナルドも語り出す。

「ヤクザの起源についてはいくつもの説があるが、その最古たるものは室町時代の傾き者かぶきものだとされている。武士としての力を持っているが、政治に携わる権限はない無頼者ぶらいものたち……そうした集団が変遷へんせんの果てにヤクザとなったらしい」

 穂村組も祖先を辿れば、そうした傾き者の1人だった。

「だが──穂村組の初代は強すぎた」

 剣を取らせれば百人斬り殺し、槍を握らせれば千人突き殺し、弓を持たせれば万人射殺し……あらゆる武芸に通じた強者つわものだったと伝えられている。

「当時からして“みなもと為朝ためともの再来”との呼び声が高かったそうだ」
源氏げんじ最強の豪傑ごうけつか……強さが推し量れるな」

 弓矢一発で大船をも鎮める、と恐れられたチート級の荒武者である。

 力が強すぎる乱暴者で手に負えないからと一族から追放されて南の果てや朝廷から追い出されて東の果てに流刑されるも、その地を圧倒的武力(しかもほぼ為朝個人の力)で制圧し、支配者に成り上がるほどの豪傑だ。

 平安末期から鎌倉初期に掛けて、この手の武人は何人かいた・・・・・

 新皇しんのうを名乗った平将門たいらのまさかど然り、百足退治の俵藤太たわらとうたこと藤原ふじわら秀郷ひでさと然り、牛若丸こと源九郎みなもとのくろう判官ほうがん義経よしつね然り……個人に凄まじい戦闘能力と絶大なカリスマがあるゆえに駆け上がるも、影響力があるため中央政権から疎まれるタイプだ。

(※平将門討伐で有名な藤原秀郷だが、実は反乱に加担したり乱暴狼藉を働いて追討令を出されている……が、「強すぎて無理です」と放置されていた)

 源為朝はその先駆けとも言える。

 源為朝に例えられた力は戦国の世において何よりの魅力だったが、強すぎる力は時として忌避きひされるものだ。

 あまりにも強すぎた穂村組の祖先は、各国の大名にうとまれた。

 いつか此奴こいつに殺される──反逆の相があったらしい。

 仕方なく彼は流浪の武芸者として流離さすらい、戦があれば口利きで雇われ、傭兵稼業で糊口ここうを凌ぐようになっていく。そして、一度戦場に出れば悪鬼羅刹のように敵兵を血祭りに上げるため、仲間の兵すら脅えさせた。

 一方──尋常ならざる強さに憧れる者も現れた。

 彼らもまた人並み以上に腕が立つものの、粗暴すぎる性分から嫌われたり、奇異な外見のため蔑まれたり、妖しい武器を使うため敬遠されたり……次第に彼の回りには、そういったならず者たちの群れができあがっていった。

 やがて彼らは徒党を組み、穂村衆と名乗り始める。

 戦のある土地に赴いては大名に雇われて戦い、くみした大名に必ず勝利をもたらすと、次の戦場を求めて旅立っていき、新しい戦場で暴れ回る。

 そうした連戦を繰り返している内に、どこにも属さない武闘派組織として名を馳せ、穂村衆の名は知れ渡るようになった。

「どこにも属さない……って、まずくないスかそれ?」

 話の腰を折ると知りながらアキは口を挟んできた。

 ツバサもレオナルドも気になったので、彼女の意見を聞いてみる。

「そういった戦闘が得意な集団っていうのは、大概においてもっと大きな組織の目の敵にされるッスよ。ほら、戦国時代の雑賀衆さいがしゅうなんかいい例ッス」

 鉄砲使いで有名な雑賀衆。

 独立自治を貫いてきた彼らも織田信長に目の敵とされ、豊臣秀吉によって組織的な解体の憂き目に遭っていた。

「どこにも属さない独立愚連隊を気取るのはカッコいいッスけど、洋の東西を問わず成功した例しがないッス。圧倒的な武力と知名度を得た頃には権力者を敵に回して潰されるのがオチッスよ」

 アキは潰された集団を指折り数えていく。

「新撰組然り、十字軍然り、源氏バンザイと戦った源義経の郎党とか、ジャンヌ・ダルクが先陣切ってブンブン旗を振り回してたフランス軍も似たようなもんッスよ……あと、七人隊とか逸刀流とか幻影旅団とか」

「……途中からフィクション混じってない?」

 思わずツバサは小首を傾げた。

 フィクションかノンフィクションかはさておいて、力と知名度を得た集団というものは世間から熱狂的な憧れを抱かれる反面、為政者からすれば目の上のたんこぶでしかない。

 アキの言う通り──いずれ排除される。

 普通はな、と前置きしてからレオナルドは続けた。

「意のままにならない戦闘集団なぞ、体制からすれば飼い慣らせない狼の群れだ。八方手を尽くしてでも始末するに決まっている。だが……彼らは狼としては賢かったんだ。いずれの時代も生き延びているんだよ」

 だからこそ──穂村組の名前は歴史に現れていない。

 決して表舞台に立たず、名を隠してじつを求めず、裏方に徹してきたのだ。

 彼らが望んだのは──血湧き肉躍る戦い。

 それだけを求めた、好戦的な戦闘原理集団なのである。

「戦国乱世では各地で連戦連勝を繰り返すも、あくまでも傭兵として戦って報酬を得ただけ。領土的野心も功名心もなかったため、自軍の兵を犠牲にしてまで彼らを葬り去ろうとする大名もいなかったようだな」

 その暴力性と戦闘力の高さから危険視はされたが、彼らを殲滅せんめつする労力と見返りが釣り合わないため、半ば放置する形で見逃されてきたらしい。

 また、穂村組には代々有能な参謀がいたと思われる。

「この参謀が世渡り上手らしくてな。あの手この手で穂村組が存続するように立ち回り、いつしか裏方専門の荒事を請け負う集団になっていったそうだ」

 安土桃山時代を迎えた頃、彼らは鳴りを潜めた。

「この頃には、現在の穂村組に近い組織になっていたらしい」
「今の穂村組に近い……ヤクザ者の集まりってことか?」

 ちょっと違うな、とレオナルドは訂正する。

「彼らは反社会集団であることに間違いはないが、業種的には人員斡旋あっせん……とでも言えばいいのかな。平たく言えば、用心棒の派遣がメインなんだ」

 組の構成員、そのほとんどが一騎当千の猛者もさ揃い。

 そうした腕自慢たちを各地に派遣して、金持ちや権力者の用心棒をやらせたり、抗争を鎮めるための戦力として投入したり、場合によっては暗殺者の仕事をさせたり……武力で片付けられる仕事を任せるのだという。

「世の趨勢すうせいが徳川に傾く頃には、まだ都市として機能していない江戸へ早々と拠点を移し、表向きは普通の人員斡旋をする口利き屋として、裏では腕の立つ構成員を各地へ派遣する非合法の武力集団として暗躍したという」

 決して表舞台には立たず、裏社会を武術の腕前だけで渡り歩く集団。

 一説には、あの必殺仕事人のモデルと囁かれているそうな。

「……それが連綿と続けられてきたわけか」

 穂村組は、他のヤクザのような悪徳的な金儲けに走らない。

 他のヤクザと付き合いはあるものの、ヤクの売買も手伝わなければ銃器の密売もしない。オレオレ詐欺の片棒さえ担ごうとしない。表向きは真っ当な人員斡旋業の仕事だけをやっている。

 しかし、各地で組同士の抗争が起きたり、ただならぬ荒事が起きれば、腕利きの構成員を派遣して用心棒を務め、頼まれれば要人暗殺もする。

 表沙汰にはならないが、公安が調べれば必ず穂村組の関与が疑われていた。

 暴力団には違いないが、その反社会行為が限定されているのだ。

 一に実力、二に武力、三、四が腕力、五に暴力。

 戦いにのみ先鋭化された武闘派集団──それが穂村組だった。

「だから“限定”指定暴力団なのか……納得した」

 そして、インチキ仙人が「面倒臭い」と敬遠した理由もわかった。下手に喧嘩を売ろうものなら、コンスタントに刺客が送られてくるだろう。

「穂村組については大体わかった」

 概要がいようを知った上で、ツバサは再び親指で大型モニターを指した。

 そこに映るのは──三悪によく似た3馬鹿トリオ。

「じゃあ、こいつらはその穂村組……の関係者なのか?」

 レオナルドに代わってアキが答える。

現実リアルの情報を調べたところ、構成員ッスね。幹部ではないけど下っ端のペーペーでもない……中級くらいのチンピラッス」

 現実でも3人で行動しており、その界隈では“三悪トリオ”などというあだ名でちょっとは知れたグループだったそうだ。やっぱり誰の目から見てもタイムボ○ンかヤッ○ーマンの彼らを思い出すらしい。

 そこでふと──妙な疑問が頭をぎる。

「穂村組ってのは、その……用心棒とか殺し屋とか武道家とか、荒事専門の派遣業やってる連中だろ? そんな奴等が何してるんだ?」

 VRMMORPGの中で──。

 三悪トリオも下っ端ではなく、一端いっぱしの武闘家だという。

 怒りに任せた一撃で倒したから実力の程はよくわからないが……。

 そもそも穂村組の「血の滾る戦いしか求めない」という信条からして、アルマゲドンという仮想空間でバトルを楽しむことはあっても、ナアクのような違法行為に走るところが想像できない。

 しかし、彼らは要注意指定人物。

 現実世界でも仮想世界でもお尋ね者になっていた。

「穂村組の構成員なら、プレイヤーキラーでもして楽しみそうなものだが、アルマゲドンではプレイヤー同士のバトルが推奨されていただろう? この世界への転移を鑑みれば、どんな過酷か環境であろうと生き抜くバイタリティを身に付けさせるためと思えるが……いったい、奴らはどんな悪さをしたんだ?」

「言ってしまえば──リアルマネートレードだな」

 レオナルドは前置きなしで結論から明かした。

 隣に寄り添うアキが、キーボードを鳴らして補足説明を加える。

 彼らの罪状が大型モニターに映し出された。

「現実世界で多額の金銭を払ったプレイヤーに、アルマゲドン内で様々な形で協力するという取引をするんスよ。ゲーム内の通貨が欲しけりゃ都合するし、用心棒として戦闘のお手伝いなんか穂村組かれらにゃ十八番おはこッスからね」

 特定のプレイヤーを引退に追い込むまで徹底的にキルすることもあれば、ゲーム内で利用価値の高いの土地を巻き上げる地上げ屋もやる。

 金さえ積まれれば何でもやる──悪事だろうといとわない。

 そこはしっかり暴力団ヤクザである。

 おまけに構成員のほとんどがアルマゲドンプレイヤーとなっていたので、かなり組織的に活動していたことが窺えるそうだ。

「あの3馬鹿だけじゃないのか?」

 ツバサが少しばかり驚くと、レオナルドも困ったように頷いた。

「噂によれば幹部とされる若頭やその代行……果ては組長までアカウントを持っていると囁かれていた。その実体は調査中だったんだがな」

「なんにせよ、組ぐるみでアルマゲドンに関わってたみたいッスね」

 レオナルドたちは穂村組の対策担当ではなかったため、GMの定例会議に出された情報ぐらいしか聞き及んでいないという。

 それでも──最低限の情報は伝え聞いていた。

「現実世界での金銭授受の見返りとして、仮想空間内での協力を約束する。たとえそれがどんなにえげつないことでも……RMT自体、合法非合法の境界線上でフラフラしている事案だが、彼らのそれは目に余る」

 暴力沙汰ともなれば一般プレイヤーが恐怖するレベルに及ぶこともあって、度々トラブルを引き起こしているのだが……。

「先に述べた通り、穂村組は裏方仕事に長けている」

 目撃情報はあれども、彼らがやったという証拠を残さない。

 現実世界でも非合法な殺人を手掛けたと思われるが、やはり証拠はない。

 仮想空間内であればその隠蔽いんぺいはもっと容易だっただろう。

「そういう技能スキルもあるしな……GMの目まであざむくのか」

「その点はプロだな。君が3馬鹿トリオを呼んでいる彼らでさえ、悪さをしているという報告は数あれど、決定的な証拠を掴ませていない」

 明らかに怪しいのだが、巧みに尾っぽを隠しているらしい。

「この三悪トリオがやってるのは、主にアルマゲドン内での資金調達だったみたいッスね。契約したプレイヤーにゲーム内通貨を都合してたみたいッス。ただ、その稼ぎ方が荒っぽいんで要注意指定人物にされたッス」

「どうせ強盗まがいだろ。あの乱暴な手口を見ればわかる」

 組長の命令などと言っていたが、とにかく種族をかき集めて奴隷にするとか労働力にするとか喚いていた。あの戦艦も人員輸送のためのものだろう。

 あれは──奴隷船でもあったわけだ。

「ツバサ君……この一件、預からせてくれないか?」

 思い出すのも忌々しい、そんなツバサの顔色を読んだレオナルドが慎重な態度で申し出てきた。預かるとはどういう意味でだろう?

「奴らの組長が現れたら一緒に対処する、ということか?」

「それもやぶさかではないが……急いては事を仕損じるというだろう? ちょっと気になることがあってな。アキに調べさせたいんだ」

「へ? ウチがってことは……サイバー系ッスか?」

 まさか自分に白羽の矢が立つとは夢にも思わなかったのか、アキはキョトンとした自分の顔を生白い指でいぶかしげに差した。

 そうだ、レオナルドは念を押して仕事内容を伝える。

「確か、穂村組のRMTについて調査を任されたGMがいただろ」
「ああっと、あれは……そう、ゼニヤさんッスね」

 №17──ゼニヤ・ドルマルクエン。

 小銭集めと貯金が趣味、守銭奴しゅせんどの権化みたいな人物だという。

 アルマゲドンでは課金しても意味がないというのに、定例会議ではあの手この手で課金アイテム案を提出、どうにかお金を稼ごうとしたらしい。

 クロウの目が燃える課金エフェクトは彼の発案だった。
(※第214話参照)

「ゼニヤ君のクラウドサーバーのデータを見つけるんだ。重箱のすみまで突くようにさらえ。彼が穂村組について調べた資料が残されているはずだ」

 あるいは……とレオナルドは言いかけて口を閉ざした。

 懸念けねんがあるようだが、それをこの場で公表するのを控えたのだ。

 ツバサよりも慎重派なレオナルドらしい。

 その仮説を裏付けるのが、ゼニヤというGMの持つ情報なのだろう。

 たっぷり間を置いてから、レオナルドはさとしてくる。

「もしも穂村組が組織的にアルマゲドンへ関与しており、あの三悪トリオを初めとした構成員が真なる世界ファンタジアに来ているとしたら……お祭りの裏で起きた一件を皮切りに彼らとの抗争が始まるかも知れん」

 その時のためにも、情報があるに越したことはない。

「穂村組に関する情報はみつにしておこう。もしも事が起きたり、こちらから仕掛ける事態になった時は一報を入れてくれ。場合によっては……」



 一騎当千な傾き者かぶきもの軍団との──全面戦争になる。



 レオナルドの抱く危惧きぐは、ツバサとしても避けたい未来予想図だった。


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