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第13章 終わりで始まりの卵
第308話:会議は決する、されど終わらず
しおりを挟むそもそも――穂村組ではいつから奴隷制度を敷いていたのか?
これが具体的にわからない。
誰も正しく把握できず、気付いたらそうなっていた。
ただし、時系列を追うことはできた。
LV960を超える穂村組精鋭の1人――爆肉のセイコ。
彼は物資調達のために出張る遠征組の筆頭である。
戦闘力もさることながら、サバイバル能力に優れているからだ。
気は優しくて力持ちを地で行く彼が、路頭に迷っていた現地種族(エルフやドワーフを初めとした複数の種族)を保護したのが始まりだった。
その後も遠征組は現地種族を何人も連れ帰ってきた。
特に精鋭たちの発見率が高く、彼らは口々に「放っておけなかった」と持ち前の義侠心を発揮して、彼らを助けるため万魔殿へと連れてきた。
やがて現地種族の数は1000人を超える。
それまでは難民を保護するように万魔殿の一区画で養われているだけの現地種族だったが、ある日「助けてもらった恩を返したい」と申し出てきた。
なんとも殊勝な心掛けである。
折しも万魔殿は増築に次ぐ増築の建築ラッシュ真っ最中。
趣味でDIY系の技能を持っていた工作者の組員たちでは手が足らなかったのもあって、現地種族の何人かに手伝いをさせてみた。
エルフ族は手先が器用で物を覚えるのが早く、ドワーフ族は力が強くてちょっと教えただけで鉄や石の加工を学び……その他の種族も自分の持ち味を生かして貢献してくれたため、作業は見る見るうちに進んだ。
そこで増築に携わる組員たちは作業を分担させた。
集めてきた物資を加工する工場係、それらを建築現場へ運ぶ運搬係、建築現場で働く現場係……すると、ますます万魔殿の増築が捗った。
この辺りから――きな臭さくなったらしい。
現地種族に対する労働量が徐々にエスカレートしていったようだ。
いつしか組員たちは現地種族を奴隷と蔑み、1日10時間以上も働かせるというブラック企業と恐れられるに見合った労働時間を強いていた。
当初、組長や四大幹部はこれに気付けなかった。
彼らは目が回るほど忙しかったのだ。
万魔殿の安全を確保するため、強敵モンスターを倒し、神出鬼没で襲ってくる外来者たちを追い払い、来る日も来る日も戦いに明け暮れていた。
組長、若頭、若頭補佐、顧問――。
異世界転移して間もない頃、この4人は組の精鋭を率いて最前線で戦っていたのもあり、芽生えはじめた奴隷制度に関してまったく知らなかった。
幹部の落ち度と言われても仕方ない。
奴隷について最初に知ったのは――番頭と金庫番だった。
内政と財政のツートップ、気付かないわけがない。
しかし、2人はこれに目を瞑ってしまった。
連日連夜戦い続けるホムラや組員の安全を確保するためには、万魔殿をより強大に造り上げるしかない。現地種族には悪いと思ったが、「衣食住もままならぬ難民生活よりはマシなはず」と割り切ったらしい。
食事や睡眠に休憩で10時間を与え、残る14時間はみっちり働かせる。
こうして――奴隷制度は構築されてしまった。
『ホンマモンのブラック企業やマジモンの奴隷と比べたら全然マシやろ。ちゃんとお給金も渡しとるし睡眠時間も確保しとるんやから』
ゼニヤは奴隷制度の管理まで始めていた。
万魔殿が海の魔王クラーケンの如き偉容を誇るまでに増築されると、周辺の敵も静かになってきた。おかげで組長や四大幹部は落ち着くことができた。
そして、若頭補佐が奴隷という異常事態を知る。
最初は番頭に文句を突きつけたそうだが、番頭は「致し方ないことです。彼らにはもうしばらく辛抱してもらいます」と梨のつぶてだったという。
そこで若頭補佐は大叔父貴である顧問に相談した。
『オジさまから言ってやってちょうだい! あれじゃ現地の子たちが可哀想よ!』
そこで顧問の知るところとなり、番頭を呼び出して説教をかました。
(※第290話参照)
番頭は「苦渋の決断でした……」と顔色に滲ませ、このままではいけないと反省も窺えたことから、これで改善するだろうと思っていた。
その矢先――ツバサ君にバレたのだ。
原因は三悪が仕掛けたちょっかいのせいだが、そこからは芋づる式だった。
バンダユウは「これで良かったのかも知れない」と考える。
穂村組だけでは改善までに時間を要したはずだ。
組織の腐敗とは、すべてが腐り果てても顧みられないし直らない。第三者からの指摘や糾弾があって初めて明るみに晒され、腐敗を撤去する作業が始まるのだ。
ここでようやく自浄作用を取り戻せる。
今の穂村組はその自浄作用を見直しているところだ。
奴隷に安心感を覚える組員のこともあるが、万魔殿の増築はまだ止められない。そのため奴隷を酷使するべきだと主張する組員もいるだろう。
実際、レイジやゼニヤなどはその手合いである。
なにせ奴隷にまつわる一切を見て見ぬふりしたのだから……。
後ろめたさがあってもそれはそれ、これはこれだ。
穂村組の繁栄ためとあれば、部外者を平気で切り捨てる番頭の冷酷さ。儲けのためならば他人を平然と使い潰す金庫番の強欲さ。
良くも悪くも――人間らしいコンビである。
バンダユウは人間くさい俗っぽさを愛している。しかし、この俗というのは適量であれば個性の味付けになるのだが、度を超せば糞野郎に成り下がる。
何事も匙加減が肝要なのだ
レイジとゼニヤは、少々躾が必要になってきたかも知れない。
しかし、四神同盟という外圧に屈した形であろうとも、組長であるホムラが陣頭指揮を執って「奴隷を止める!」と宣言すれば話が変わってくる。
レイジの組長への忠誠心は本物だし、ゼニヤも雇用主には逆らわない。
これで奴隷問題はスパッと解決できるのだ。
下手に尾を引かなくて良かったぜ、とバンダユウは安堵していた。
~~~~~~~~~~~~
「そういや──さっきからレイジが心配してることだがな」
バンダユウは墨染めの着物の懐に左手を突っ込んだ。
そこから道具箱を探り、ある物を取り出そうとガサゴソ漁る。
「私の心配事……奴隷に執着する組員のことでしょうか?」
異世界転移というぶっちぎりにイカレた体験したことで、精神的に不安定になってしまった組員が結構いるという話だ。
こういった連中は自分よりも弱い現地種族を“奴隷”と蔑むことで、自分たちは強いからまだ大丈夫だと、知らず知らずのうちに精神安定させているらしい。
強さを旨とする穂村組としては恥ずべき意識である。
特に“チンピラ”と呼びたくなる──まだ未熟な構成員たち。
この手の連中に多いと報告を受けていた。
「……しかし、私は“致し方なし”と考えております」
諦めを帯びた口調でレイジは付け加えた。
「どんなに頭の悪い三下であろうとも、現実世界で積み重ねてきた常識というものがあります。その常識を一撃で木っ端微塵にする出来事が、今回の異世界転移でした……事実、ゼニヤ君から事前に情報をもらっていた我々ですら半信半疑であり、転移した直後はかなり気が動転したのですから……」
「ああ……確かにありゃあ驚いたな」
まさかモノホンの異世界転移を実体験するとは夢にも思わなかった。
幸いにも穂村組に所属する者は全員、ゼニヤから座標を組長に固定した指南針を支給されていたため、一日両日中には集結できた。
長く生きていれば、不思議なことにも二度か三度は巡り会う。
斗来坊を初めとした奇々怪々な出来事に幾度となく出会してきたバンダユウでさえも、この世界に飛ばされた直後は動揺を隠せなかった。
お約束だが、自分の頬をつねらずにはいられなかったくらいだ。
幸か不幸はホムラの近くにはマリとレイジがいたため、この3人は助け合い励まし合うことで、すぐに落ち着くことができたらしい。
一方、ゲンジロウは──。
『若ぁあああああーッッッ!? 若は何処ぉぉぉぉぉおおおーッ!!』
不運なことにかなり遠くへ転移させられたらしく、ホムラを探して野獣のように吠えながら、一刻も早く馳せ参じるため走り回ったそうだ。
少しでも時間短縮しようと、山や谷や川が邪魔だと焼き払い、行く手を阻むエンシェントドラゴンなどの強敵を瞬殺しつつ、真なる世界をひたすら全速力で駆けずり回ったらしい。灼熱の台風が通り過ぎたようなものだ。
指南針を思い出すまで半日かかり──集まったのは一番最後。
「本当、おまえはホムラのことになると見境なくすな!」
「……面目次第もありません」
この為体は未だに語り草で、バンダユウたちにイジられていた。
そこを踏まえた上でレイジは続ける。
「我々ですら転移直後は醜態をさらしたのです。他の組員たちとて言わずもがなでしょう。未熟な者たちならば尚更です。現地種族を下に見ることで精神を安定させられるというのならば、と大目に見てきたのですが……」
「ウィングさんに怒られたんじゃ。しょうがあるまい」
奴隷はなしじゃ、とホムラは子供のような掌返しで反省した。
コイツも現地種族を奴隷呼ばわりした口だが、周りが言い始めたのでよくわからずに便乗していただけ。まだ餓鬼という証拠でもある。
単純に──よくわかってなかったのだ。
「おまえ、ツバサ君のいうことならホイホイ聞きそうだな……」
そこに一抹の不安を覚えるが、ツバサ君が無理難題を振ってくる可能性はほとんどあるまい。恐れるとすればホムラの恋心の暴走だ。
――恋は人を盲目にする。
下手な真似をしなきゃいいいがと今から心配だった。
「でだレイジよ、おまえが案じとるのは、その奴隷がやめられないハンパ連中がギャーギャー騒いで、組織の和を乱すのではないかってんだろ?」
「──御慧眼です、顧問」
案ずるところを汲み取られたレイジは、謝意を兼ねて頭を下げた。
ふむ、とバンダユウはあぐらを崩して片膝を立てる。
「そいつぁさっきもマリやゲンジロウが言った通りだ。幹部クラスの判断で奴隷はやめると決めたんだから、反論の余地はやらねぇし許さねぇよ。どうしてもっていうんなら、おれたちを打ち負かしてみろって怒鳴りつけりゃいいさ」
力こそが正義の穂村組ならば罷り通る理屈だ。
もっとも──三下が一致団結してもマリにさえ敵わないが。
「それにな……おっと、これだこれ」
ようやくシッチャカメッチャカの道具箱から目当てものを探り当てたバンダユウは、懐から出したものを風に乗せてレイジに飛ばす。
それは一枚の紙切れだが、目を通したレイジは感嘆の声を上げた。
「これは……血判状ですか?」
「そこまで覚悟を決めたもんじゃねえ。ただの連判状よ」
紙片には見知った名前が連なっており、その下に親指に朱肉を付けた拇印が押されている。目を引くのは組員たちの名前だろう。
「LV900越えの精鋭勢がほとんど……他にも高LVな者ばかり」
レイジの反応が気になったのか、マリも立ち上がる。
マリはレイジの後ろに回り込み、彼の細い左肩に両手をちょこんと添えるとレイジの頬へ顔を寄せるようにして連判状を覗き込む。妹の馴れ馴れしさもさることながら、わざと押し付けられる乳房に辟易しているようだ。
サービス精神旺盛なマリらしい。バンダユウならウェルカムである。
あらまあ、とマリはのんびり驚いて口元に手を当てた。
「ホントだ。セイコくんにガンちゃんにダテマルくん……ウチの腕自慢ばっかりじゃないの。しかもこの連判状ってば……」
連判状とは──志を同じくする者たちが誓約を交わすもの。
これは穂村組組長へのある誓願だった。
バンダユウは込み上げる嬉しさに口角が上がってしまう。
「LV900を超えられるような奴らはな、心身ともに出来上がってるのよ。心・技・体を偏ることなく伸ばしてきてんのさ。そんな奴らにしてみりゃ、現地の人々を虐げるなぁ心苦しかったんだろうな」
この連判状をバンダユウに預けたのはセイコだった。
図体こそ山のようにデカくなったのに、未だに童顔というアンバランスがチャームポイントになっている好漢だ。LVは960を超えている。
ボサボサ頭を掻きながら照れ臭そうにセイコは言った。
『今度の集会でオレたちゃ若様にこれを頼み込もうと思ってんだ。だから叔父貴よ、そん時まで連判状を預かっててくれねえかな?』
勿論、バンダユウは快諾した。
何より、叔父貴が小言をいう前に動いてくれた心意気が嬉しかった。
「奴隷の撤廃……あの子たちも同じこと考えてたのね」
現地種族の奴隷に異を唱えていたマリは、同じことを考えていた仲間がたくさんいることを知って感動に瞳を潤ませた。化粧を崩さぬように目元を拭う。
レイジは感情には左右されず、事務的に対応する。
「この連判状が意味するところは……顧問」
多くを語らずともレイジは理解しているはずだ。
それでも江戸っ子なバンダユウは心地よさそうに頷くと、べらんめえな伝法口調でベラベラと言葉を紡がずにはいられなかった。
「そういうこった。組長と四大幹部、それに組の精鋭たちも『奴隷はやめよう!』と口を揃えてんだぜ? 下っ端どもの騒ぎなぞ取るに足らん」
うんうん、と若頭も同意の頷きを繰り返す。
「──決まりじゃな」
ホムラは会心の笑みを浮かべると声高らかに宣言する。
「組長ホムラの名において命ずる! 今後、現地の人々を奴隷扱いすること、並びに不当に虐げること、無闇な殺生をすること、これらを一切禁ずる! これからは保護対象として丁重に扱い、働かせるにしても一個人として敬意を払い、労働者として正式に雇い入れること!」
ゼニヤの兄ちゃん! とホムラは金庫番を呼んだ。
ゼニヤはレイジの高校時代からの友人。穂村組にもしょっちゅう遊びに来ていたため顔見知りなので、ホムラはこのように呼んでいた。
「ほ、ほい! なんでっか組長はん?」
さっきのレイジとの内緒話をバンダユウに聞かれたのもあってか、やや挙動不審なゼニヤはおっかなびっくり返事をしてホムラに向き直る。
「今後は現地の人々の生活を充実させる必要がでてきた。彼らに与える賃金をアップする前提で見直し、休憩時間や自由時間に賃金で買えるもの……嗜好品でいいのか? そういった娯楽をもっと増やすのじゃ」
「あ、そうでんな……ほい、承りましょう」
てっきり怒られるかと思いきや、まともな指示なのでゼニヤは安堵する。
バンダユウはまだゼニヤの裏切り(未遂)を報告していない。
こっちはこっちで使い道がありそうなので黙っている。もうちょっと後でレイジとの内緒話をダシにしてビビらせてやるつもりだ。
そして三悪トリオ! とホムラはマーナ一味も大声で呼んだ。
「「「ハァハハハーーーーーーーッッッ!!」」」
バンダユウの時よりも芝居がかった返事と土下座で応じる。
もはや神仏を崇拝するレベルの土下座だった。
「叔父貴が言った通りじゃ。現地の人々の働き方改革を任せる。ホワイト企業もびっくりするくらい真っ白な就業規則を作ってこい」
わかったな? とホムラは念を押す。
「「「ハァハーーーッッッ!! 仰せのままにホムラ組長さまッッッ!!」」」
畳を突き破る勢いで額ずく三馬鹿トリオ。
こうして――穂村組における奴隷制度は短い歴史の幕を閉じた。
実質的に半年ちょいぐらいではなかろうか?
~~~~~~~~~~~~
「ひとつ……気掛かりなことがあります」
ゲンジロウが敬語を使うのは組長と顧問の2人のみ。
主語がないところを聞くに、その2人に当てた言葉らしい。
ゲンジロウはわずかに目を伏せる。
「四神同盟に対して……若は降伏宣言をされました。決して責めているのではありません……あの場では仕方なきこと。しかし、穂村組が四神同盟へ頭を下げたのは……紛れもない事実。双方ともに……認めることでしょう」
「ゲン兄ぃ、もしや穂村組が下に見られることを心配しとるのか?」
ホムラが進言の意図を読めば、「然り」とゲンジロウは返す。
「穂村組には……LV900を超える猛者が何人もおります。組員の数も……四神同盟のプレイヤー数を上回っています。しかし……LV999を超える者が1人もいない……これも厳然たる事実です」
我々には――四神同盟に比する手札がない。
「この2点を鑑みれば……四神同盟が穂村組を下に見るのは道理です」
「国同士の外交でも力関係で左右されがちになりますからね」
ゲンジロウの懸念にレイジも合わせてきた。
「安心せい。ウィングさんはそんな器の小さい男ではないぞ!」
「今じゃ爆乳ケツデカムチムチドスケベ娘だけどね」
ホムラがツバサ君の肩を持てば、マリが茶々を入れて遊ぶ。ホムラは「それは言わないお約束じゃ!」と声を荒げていた。やっぱり爆乳は苦手なのか?
しかし、ゲンジロウは食い下がらない。
「若の御親友たるツバサ……殿がそうだとしてもです。四神同盟は四つの陣営の集まり……他陣営の首領が何を言い出すか読めません」
ゲンジロウの視野を広く、四神同盟全体を注視していた。
彼らも一枚岩ではないはず──そこに不安の芽を見つけたようだ。
ツバサ君が代表者ということで動いていたが、実際には彼を含めて4人のトップがいることは聞いている。例のミサキ君もその1人だ。
「話を聞くにイシュタル陣営のミサキ君も、若のお友達とのことなので細かいことは水に流してくれそうですが、他の二つの陣営の情報が少ないですね」
「確か――ククルカン陣営とタイザフクン陣営だったっけ?」
レイジがミサキ君を引き合いに出せば、マリが聞いた名前を思い出す。
アハウ・ククルカンという獣王のような青年が率いる陣営。
クロウ・タイザンというスケルトンめいた紳士がまとめる陣営。
これにツバサ君のハトホル国とミサキ君のイシュタルランドが加わり、四柱の神が結んだ同盟ということで“四神同盟”と称しているらしい。
一昨日の大乱戦でバンダユウも見掛けている。
ツバサ君と簡単な話し合いをしている時にも参加してこなかったが、神族の聴力ならばバンダユウとの会話も筒抜けのはずだ。もしも異論があったならば、あの場で口を出してきたに違いない。
「……それがなかったってことは、あんまうるさくねぇんじゃねえかな?」
ゲンジロウの心配について、バンダユウは楽観的だった。
バンダユウも裏社会で生きてきた玄人。
人を見て直感的にどんな奴かわかるぐらい感性を磨いてきたという自負があり、その感性が「彼らもツバサ君みたいなお人好しだ」と見抜いていた。
穏やかに同盟を組めている時点で、お人好しの同類に違いない。
だからこそ――怒らせたら手に負えない。
善良で心優しい性格ほど、キレさせたら恐ろしいものだ。
恐らく、ツバサ君の「不始末を水に流す」との意見にアハウとククルカンも賛成しているはずだ。また、これを恩に着せることもないと考えていい。
狭量な輩なら──あの場でしゃしゃり出てくる。
こちらが謝ったのとこれ幸いに「この落とし前はどうつけてくれるんだい? ああぁ~ん?」と勿体ぶったマウントを吹っ掛けてくるものだ。
小物のヤクザほどこれをやりたがる。
彼らもツバサ君に負けず劣らない度量の持ち主、とお見受けしておこう。
……単なる“お人好し同盟”なのかも知れないが。
「それにな、切り札がないからって引け目を感じるこたぁないぞ」
格下に見られるのを嫌がるゲンジロウに、バンダユウは「秘策ならある」と安心材料があることを匂わせた。
「LV999がいないことを……負い目に感じる必要はないと?」
「ああ、鍵は話に出たククルカン陣営とタイザンフクン陣営だ。その2つの陣営にゃあLV999が1人ずつしかいない。陣営の名前を取っている、それぞれの代表者だけがLV999なんだと」
LV999最多はハトホル陣営――6人(暫定で7人)。
次いで多いのがイシュタル陣営――3人(内1人は非戦闘員)。
「だが、四神同盟は上下関係なく付き合っているそうだ。まあ、他の陣営は最多のハトホル陣営に気を遣ってるかも知れねぇが……」
少なくとも、ツバサ君は権力を笠に着るタイプではない。
バンダユウは口の端にキセルをくわえて笑う。
「わかるか? おれたちもLV999に匹敵する手札が1枚ありゃあ十分に対等と見なされるんだよ。まあ、それ以前にだ。あの連中はそんなこと言い出さないだろうと踏んでる。なんせそれどころじゃねえんだからな」
手札は任せとけ、とバンダユウは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「四神同盟は――“対等”に交渉してくれるはずだ」
ツバサ君たちは協力者を求めている、とバンダユウは断じた。
「それも力と強さを兼ね備えたプレイヤー集団をな……そんな彼らにしてみりゃ、LV999こそいないものの、LV700を超えた手練れがゾロゾロいる穂村組は格好のグループだろうよ。上客扱いしてくれるはずさ」
降伏宣言に付け入って下に見ることもない。
LV999がいない現状にかこつけて格下扱いすることもない。
「穂村組も陣営のひとつとして、同盟に組み込みたくて仕方ねぇはずだ」
そうバンダユウに確信させるものがあった。
ゼニヤがレオナルドより譲り受けた――外来者に関する情報だ。
「おうレイジ、みんなに見せてやりな」
バンダユウは目配せすると、レイジは神妙な面持ちで頷いた。
レイジが例の画像を用意する間、バンダユウはちょいと脅しておいた。
「これから見せるもんはな、ゼニヤ君が四神同盟の……ほれ、あれだ、ナポレオンだかレオパルドンだかってゲームマスターから貰ったもんだ」
「オジさま、それを言うならレオナルドじゃなかったかしら?」
のほほんとしているようでマリは物覚えが良い。
フルネームはレオナルド・ワイズマン──だった気がする。
曲者だらけのGMの中でもズバ抜けて優秀で、同僚だったゼニヤが度々言及する男だ。現在、イシュタルランドでミサキ君の補佐を務めているらしい。
そんな油断ならない男と──金庫番が接触していた。
これを聞いたゲンジロウは深読みする。
四神同盟とは、まだ交渉の約束を取り付けたばかりだ。
だというのに、穂村組の財政担当である金庫番が、四神同盟でも知恵者で通っている男と接触していた。即ち、内通していたのではないか?
ゲンジロウは眉間の皺を寄せ、名刀の如き眼光をギラつかせた。
「ゼニヤ……よもや貴様……ッ!」
懐から取り出した短刀は鞘から解き放たれていた。
バンダユウたちよりも少し後ろに座っていたゼニヤは、振り返るゲンジロウの剣幕に腰を抜かすと、足腰も立たぬままみっともなく後退った。
「ひっ! ひぃぃぃッ! ちちちち、ちがちが違いまっせ若頭はん! ワイ、別に内通とか裏取引とかしてまへんから! あっちから勝手に……ッ!?」
しかし、ゼニヤははっきり否定できない。
レオナルドから「穂村組が四神同盟へ参加しやすいように内部工作しろ」と取引を持ち掛けられて、半ば合意したのは事実である。それ以前に、穂村組が敗戦濃厚と見るや宝物庫から財宝を持ち出して逃げようとした罪がある。
これらをすべて──バンダユウに把握されていた。
レイジは「こういう男です」と割り切った付き合いをしているのか、親友なので見逃すかも知れないが、バンダユウにそんな義理はない。
ここでバンダユウがぶちまければ、ゼニヤはケジメを取らされる。
そのケジメを仕切るのは若頭たるゲンジロウ。彼のことだから指を詰めるどころでは済ますまい。組長の信任を裏切ったゼニヤは消されるはずだ。
レイジも庇いたそうだが、怒れるゲンジロウは手に負えない。
何よりゼニヤの所業を知っているから弁護もしづらい。
「勘違いすんなよ、ゲンジロウ」
なので──バンダユウが制した。
「レオパルドンだかって野郎がゼニヤ君に接触してきたのは間違いないが、あくまでも『穂村組が四神同盟へ合流するよう説得してくれないか?』と持ち掛けてきただけと報告を受けている。裏切りとか内通じゃねぇんだよ」
今後はレオナルドを通じて、両組織の橋渡し役を任せたい。
要領のいいゼニヤなら上手いこと立ち回るだろう。
だから──ここで恩に着せておく。
「おまけにだ、ゼニヤ君はそん時にレオパルドンからとんでもないお宝情報を引っ張り出すことに成功しててな。そいつをこれからお目にかけるわけよ」
短気は損気だぜ、とバンダユウは窘める。
「…………承知」
訝しげなゲンジロウだが、叔父貴の言葉には従ってくれた。短刀を鞘に収めて懐に戻すと、もう興味がないとばかりにゼニヤに背を向ける。
ガタガタ震えていたゼニヤだが命拾いしたことを知ると、長いため息をいつまでも吐き出した。そして、バンダユウに小声で「おおきに……」と感謝の意を伝えてくると、マーナ一味に負けない勢いで額ずいた。
レイジも目礼していた。なんだかんだで親友思いな男である。
これを機にゼニヤの忠誠心が育つことを祈ろう。
レオナルドからも『信用を培うべきだ』と諭されて身に染みたようだし、ゼニヤには精神的な成長を期待する(戦力? そこは当てにしてない)。
ゼニヤの件で揉めている内に、レイジの準備が整ったらしい。
「準備が整いました。どうか皆さん、こちらを御覧ください」
心して──レイジは意味深長に付け加えた。
会議に関する情報を記していたホワイトボード代わりのスクリーンを閉じると、大広間のどこにいても見えるほどの劇場型スクリーンを展開させる。
そこに――巨大な外来者が投影された。
ホムラやマリからは悲鳴が上がり、ゲンジロウも歯噛みして喉を鳴らす。
マーナ一味など絶叫して転げ回っていた。たかが映像データだというのに、こちらの正気をゴリゴリ削って狂気に陥れる恐怖を秘めている。
空間の裂け目から這い出してくる――巨大な眼球を滾らせる触手の王。
大地の奥底から這い上がる――鋼殻をまとった蜘蛛の女王。
犬とも竜ともつかぬ異形の群れを呼び込む――自らの尾を噛む邪龍。
そして――片手で大陸を握り潰しかねない超巨大な蕃神。
「なっ……なんじゃ、この規格外のバケモノどもは!?」
ホムラは瞳がこぼれ落ちそうなくらい瞠目する。
「これ……外来者なの!? ウソ、今までのとは段違いじゃない!」
「……………………ぬぅ!」
マリは率直な脅威を述べ、ゲンジロウは唸り声で肩を震わせる。
リアクション芸人なマーナ一味は、言葉も忘れるほど驚愕していた。
「…………おれたちが倒してきたのは雑兵に過ぎん」
場にいる者たちの精神が落ち着いてきたところで、バンダユウは状況を見つめ直すように言い聞かせた。これは自身を鼓舞するためでもある。
「ツバサ君たちは少数精鋭ながら強かった。偏にそれは、こういった絶望の化身と相対しながらも、決して諦めずに立ち向かい続けた成果だとおれは実感したぜ……わかるか、おまえら?」
ボヤボヤしてたら――この世界は食い潰される。
「ツバサ君たちも必死で抗っちゃいるが、多勢に無勢ってのは覆すにも一筋縄じゃいかねぇ……あの子たちも仲間が欲しくてたまらねぇんだよ」
「だから……俺たちを同盟に?」
ゲンジロウは四神同盟への評価を改めたらしい。
降伏宣言をした自分たちが下に見られることを危ぶんでいたが、こんなものを見せられては彼らの苦労を察してあまりあるはずだ。
「そういうこった。おまえさんの心配する勝ち負けから来る上下関係とか、格上とか格下とか、そんなしみったれた体面にこだわってる余裕なんざあちらさんにゃあねぇんだよ……いや、これを知ったらおれたちもだ」
もしも蕃神の王に襲われたら――万魔殿など一溜まりもない。
自らの過大能力で万魔殿の性能を誰よりも把握しているホムラは、大陸をも掴みかねない蕃神の王に視線が釘付けだった。
その巨大な手を見ていてホムラは思い知ったらしい。
「そうか! ウィングさんはワシらとの交渉を急いでたのは……」
外来者がいつ襲ってくるかわからぬからか!? とホムラは推察する。
アタリだ、とバンダユウは首肯した。
「おれたちが外来者の動きを掴めねぇように、あちらさんも動向を把握できねぇんだろ。果たして1年後か、1週間後か、明日か……」
それとも──1秒後に襲ってくるか?
そういう危機的状況に幾度となく出会したからこそ、彼らは緊張感を持って同盟関係を維持し、話し合えそうな相手を見つけては協力体制を結んできたことは想像に難くない。ゆえに現地種族への自立も促しているのだ。
「本当なら1分1秒だって惜しいだろうさ。だが、おれたちが話し合ってまとまるまでの時間をくれた……2週間なんて長すぎる時間をな」
異次元から押し寄せる怪物の大群――戦力はいくらあっても足りない。
先日の大戦争も、このための予行練習に過ぎなかった。
「ツバサ君たちも生き残るのに必死なのさ。そんで、あのお人好しの化身みてぇな斗来さんの弟子だ。目についた奴は助けてぇんだろうよ」
穂村組を四神同盟へ合流させるのも、彼なりの優しさに違いない。
過酷すぎる異世界で――共に生き抜くために。
もはや会議をするまでもない。
組長ホムラと四大幹部の総意は統一されていた。
四神同盟に参加――協力体制を整えていく。
上納集会でこの映像を見せれば、異を唱える者などいないだろう。
こうして穂村組の幹部会議は決した。
されど外来者の脅威は終わらず、いや増すばかりだった。
応援ありがとうございます!
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