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第15章 想世のルーグ・ルー
第373話:変則的同盟加入の理由
しおりを挟む真なる世界の全貌は未だ謎に包まれている。
ツバサたちが降り立った地は、地球の陸地の総面積を何十倍にしても追いつかないサイズの大陸であり、前人未踏の大地がいくらでもある。
それでも踏破の光は照らされていた。
ダインやジンが打ち上げた人工衛星、スプリガン族の偵察任務。そしてこの世界の生き字引ともいうべきノラシンハやヌンといった長老格の神族から情報を得ることで、ゆっくりとだが全景が見えてきた。
この超巨大な大陸は、真なる世界の中央を占めているらしい。
ここまでは予想通りである。しかし、デカすぎるあまり国土全体への調査がなかなか及ばず、秘境と呼びたくなる地域がそこかしこにある。
どこかに蕃神が潜むように巣食っているかと思うと枕を高くして寝られないが、現状は手と眼が届く範囲を守ることに精一杯だ。
ノラシンハやヌン曰く、他にも大陸と呼べるサイズの土地や大きな島はいくつもあるそうだが、どれもこの大陸の3分の1にも及ばないという。
気が遠くなるほど海を越えれば、こことは別の超巨大大陸がある。
そんな噂はまことしやかに囁かれているらしい。
しかし、あまりにも遠すぎるので前人未踏の世界だという。
追い追い、それらの大陸や島にも足を運びたいものだ。
まずは足場を固めるのが先決である。
真なる世界の中央に坐する超巨大な中央大陸。
その地に舞い降りたツバサたちは、徐々に文明を再興しつつあった。
東の果ての国――イシュタルランド。
大陸の東端に位置する国家。主な住民はエルフ、ドワーフ、オーク、マーメイドといった、幻想世界を代表する種族が集まっている。
治めるのは四神同盟の代表でも最年少ミサキ・イシュタル。
まだ遊びたい盛りの高校生のはずだが、少年から戦女神に生まれ変わっても動揺することなく、しっかり国政に取り組んでいるという。
ほとんど愛弟子バカの証言なので褒め言葉が多分に含まれているが、ツバサもイシュタルランドの繁栄っぷりを目の当たりにしている。
師匠の贔屓目ばかりというわけでもない。
ツバサもミサキの持つ天賦の才能に惚れ込んでおり、生徒の一人として溺愛にしている。まだまだ途上にある彼の成長ぶりから目を離せなかった。
――黒曜石の森。
かつて大規模かつ異常な溶岩活動があったのか、数え切れない大きな黒曜石が柱状になって、見渡す限りの荒野を覆う奇景を作り上げていた。
林立する黒曜石の柱を樹に見立て、誰ともなく森と呼ぶようになった。
ここがルーグ陣営と出会った場所だ。
この黒曜石の森から最も近い四神同盟の拠点がイシュタルランドだったので、話し合いの場を設けるためジェイクたちを連れて行くことになった。
飛行母艦で先導し、超巨大列車に追走してもらう。
イシュタルランドではルーグ陣営歓迎の準備が整えてもらうとともに、彼らを四神同盟へ迎え入れるための会議が行われる手筈も進んでいる。
レオナルドが艦橋の通信でその手配をしていた。
『はいはーい! 会議室のセッティングは俺ちゃんにオ・マ・カ・セ♪』
艦橋のメインモニターにいっぱいに映る顔。
それはアメコミヒーローを意識したマスクマンだった。アップに寄りすぎてカメラに頬がくっついている。圧迫しすぎるあまり顔面が歪んでしまっていて、今にもレンズがひび割れそうな密着度だった。
言わずと知れた変態――ジン・グランドラックだ。
ミサキとは幼馴染みにして腐れ縁。ゲーマー仲間で無二の親友だが、ジンに対するミサキの扱いは割とぞんざいである。
ジンは筋金入りのマゾヒストなのでご褒美らしい。
通信で呼び出されたジンは、仕事を与えられた喜びを艦橋のメインモニターという舞台で、縦横無尽のダンスを披露することで表現した。
『もー待ちくたびれちゃいましたよ出番! 俺ちゃんってば戦闘要員じゃないから、出撃の旅とか出番ナッシングだし、みんなの会議にミサキちゃんの付き添いでアイルーやガルクよろしく付いていこうとすると「おまえ引っかき回すから駄目」ってマブダチのミサキちゃんから邪険にされてお留守番という放置プレイだし……ずっとスタンバってたんですからねー!?』
「その喧しさが敬遠される理由だと気付きなさい」
ツバサが冷たい視線で言い捨てると「厳シィーッ!」と歓喜の絶叫を迸らせながら全身を仰け反らせ、ビクンビクンと痙攣に見舞われていた。
レオナルドはコメントに困っていた。
「ひ、ひとまず会議室の準備をしておいてほしいんだが……」
用件を伝えるとジンは大げさに敬礼した。
『はい喜んでーッ! 新しい会議室を建てておきますんで!』
「建て増ししなくていい! 既存の部屋を整えるだけでいいんだ!」
レオナルドは両手を振って訂正した。
物作り大好き系の工作者は、隙あらば拠点を建て増しする。
ツバサのとこの長男もそうだがジンも同類であり、おかげでハトホル国とイシュタルランドの拠点は宮殿のような巨大建造物になっていた。
子供たちなど迷子になるレベルである。
これ以上の部屋はいらない! とレオナルドは言ってるわけだ。
とにかく――会議室の準備はしてもらう。
四神同盟の会議といえばハトホル国で開催されるのがメインだが、これまでにも何回か各陣営の拠点で開かれている。
ただ、あくまでも簡易的なものだった。
四代表で集まって「最近どう?」と会食をしたり、ドンカイやバリーにセイメイといった各陣営の副将が話し合いと称した宴会を開いたり、爆乳特戦隊がマヤムを出汁にしてアハウとの新婚生活を聞き出したり……。
……あれ? 会議と銘打った飲み会が多くないか?
それはさておき、今回の会議は急遽決定したとはいえ、ジェイクとその仲間たちを初めて迎え入れる会議。礼節を忘れず歓迎したい。
そこで工作者であるジンに「いつもの会議室をしっかり掃除しておいてほしい」とレオナルドは頼んだのだが……。
『えー? もう改築に着手しちゃったんですけどー?』
マスクに捻り鉢巻きをした大工ファッションのジンは、「てやんでぇ!」と言いたげに手首を持ち上げるように鼻をこすっていた。
これにはレオナルドも怒鳴り声を上げる。
「豪華な部屋を一から造る必要はない! 綺麗に掃除してくれて、歓迎の意を表する飾り付けを派手にならない程度にしておいてくれればいいんだ!」
『はいはいお任せあれ、俺ちゃん、心得てますれば♪』
ふざけた敬礼をするジンだが、仕事の手を抜くことはない。
改築云々はツッコミを入れてもらうための前振りだ。依頼された工作関係の仕事は一分の隙もなくやり遂げる男である。
一流の工作者という自負は認めてやらねばなるまい。
『これで評判良かったら、またご褒美とかほしいわけですよ俺ちゃん』
ジンは揉み手で擦り寄ってくる。
ご褒美を欲しがる相手はツバサだった。
「ほう? また地獄がマシと思えるトレーニングがお望みか?」
『いえ、それはノーセンキューで』
真性マゾのジンですら「地獄の方がまだ遊ぶ余裕があります」と絶賛する猛特訓はお断りらしい。拷問を通り越して、殺傷能力すらある訓練器具を取り出そうとしたツバサは舌打ちして残念がった。
「じゃあなんだ? また俺の尻で顔面に座ってほしいとかか?」
『座ってくれるんですか!?』
「やるかバカ! そういうこと言うと尻マニアが反応するからやめろ!」
オヤカタことドンカイは顔を背けた。
ツバサ君の巨尻で顔を押し潰されるのか……と期待するように思い描きながらゴクリと唾を飲んでいる。要求しないのは大人の体面があるからだ。
「ツバサさんの超安産型のお尻で顔面に座られる、か……」
それってご褒美じゃね? とミロは呟いた。
これに変態と尻マニアは最高の笑顔で同意する。
『「――ですよね!」』
「ですよね、じゃない!? 普通に拷問だって自覚しなさい!」
変態と尻マニアが親指を立てていい笑顔でグッドサインを送りながら、異口同音に同意してきた。当たり前だがツバサは一蹴する。
そして、メインモニターのジンに指差しして命じる、
「いいからジン! おまえは会議室の準備を進めておきなさい!」
『イエス、ビッグマム!』
「やかましい! 誰がビッグマムだ!?」
またも敬礼するジンを叱りつけながらツバサは通信を切った。
あのままジンを好き放題に喋らせておくと、あいつのおしゃべりだけで独断ワンマントークショーが始まりかねないので強制的に打ち切らった。
ジンとの通信を切り、新たな連絡回線を繋げる。
呼び出すのは四神同盟の代表、同盟に属する組織のトップたち。
これから始まる会議に出席してもらうためだ。
大陸のどこにいても連絡が取れるほど通信網を強化しておいて良かった、とこういう時に実感させられる。
連絡を入れると、良好な反応を得られた。
ツバサやドンカイの推薦であり、ミサキもアシュラストリート時代の戦友。最初から信頼度が高くなるのも道理だろう。
さっきまでジンが独占していた、艦橋のメインモニターを六分割する。
通信が画面に繋がると、戦女神、獣王神、冥府神、穂村組組長、日之出工務店社長、水聖国家国王の顔が六枠にそれぞれ投影された。
通信を介してだが、ジェイクと各代表に顔合わせをさせる算段だ。
そのためジェイクと付き添いでマルミだけ、ハトホルフリートの艦橋へお越しいただいた。ラザフォード号はソージたちに任せている。
メインモニターの前に立つジェイク。
愛用の煌めくホワイトロングコートの襟元を正して身嗜みを整えると、髪型も気にして手櫛でいじるが、マルミが櫛を取り出して簡単に梳いてやる。
「どうも初めまして――十九谷琉生といいます」
咳払いをしたジェイクは一礼して名乗った。
これにツバサやレオナルドは目を丸くして振り向いた。特にドンカイやバリーはギョッとした顔をしている。知っているから尚更なのだろう。
「おい待て、それ現実の本名だろ?」
ツバサが指摘するとジェイクは頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げるが、少し間を置いて「あッ!」と手を打って得心した。
頭を掻きながらジェイクは言い直す。
「すいません、現実での癖が出たみたいで……つい仕事の打ち合わせみたいな感覚で名乗っちゃいました……改めまして、ジェイク・ルーグ・ルーと申します」
よろしくお願いします、と社会人の礼儀を修めた挨拶をする。
ちょっとしたトラブルだが大したことではない。
今さら現実での本名をバラしたところで、然したる問題もあるまい。ツバサたちも飲み会や雑談で話のタネに明かしているくらいだ。
ただ、この発言である懸念が生じる。
無意識に癖が出るほど疲れているジェイクの体調が心配になった。
この世界で暮らし始めてもう一年半近い。誰もが現実の名前ではなくハンドルネームを名乗ることが定着しつつある。
なのに――ジェイクは現実での本名を名乗った。
仕事時代の癖という言い訳はもっともらしいが、それは条件反射のように無意識に口をついてしまったのだろう。
挨拶で無意識になるほど疲れている――ということに他ならない。
ツバサはさりげなくレオナルドに近付いて囁く。
「……同盟入りが確定したら数日間は死んだように眠らせてやるべきだな」
「ああ、できれば回復系魔法を点滴代わりに投与した方がいい」
「わたしからもお願いできるかしら? あの子、無茶ばっかりして……」
ツバサとレオナルドがジェイクの慰労について相談していると、マルミもこっそり耳打ちしてくる。彼女もジェイクの身を案じているのだろう。
オカンが息子の健康を気に掛けるようなものだ。
こちらの不安を余所に、ジェイクは代表たちと歓談を続けている。
「獣王に骸骨紳士、ヤクザの親分に工作者の社長、それに蛙の王様かぁ……バラエティに富んでていいね! さすが真なる世界だ! 各代表の方々もウィングやレオナルドに負けず劣らずのいい人ばかりで安心したよ!」
ややオーバーリアクションだが、ジェイクはご機嫌だった。
「君の笑顔を見れば納得だよ――ミサキ君」
戦女神となった元少年は照れ臭そうに微笑んだ。
『お久しぶりです、ガンゴッドさん』
画面の向こうでミサキが丁寧に挨拶すると、ジェイクは嬉しそうに「うんうん」と頷いている。彼の表情が曇っていたら訝しんでいたはずだ。
ジェイクは細い顎に手を当てて軽く考え込む。
「しかし……女顔を気にしていたウィングが女体化してたのはドッキリサプライズだったけど、正直ミサキちゃんはアシュラ時代とあんまり違和感ないね」
『オレはずっと女性キャラで通しましたからね』
双方とも現実での面識がないため、ジェイクもミサキのことは女の子の外見でしか見たことがないから尚更なのだろう。
「ま、オレも実は女の子なのを黙ってたし、お互い様ってことで」
『そっちの方がドッキリサプライズなんですけど……』
ミサキは困った顔で苦笑していた。
「でもまあ。現実で会っても男と勘違いされた可能性が高いと思うよ? なにせバリーだけじゃなく、オヤカタだって初対面ではオレを男だと思ってたし」
「正直ようわからんでな。一人称が“オレ”だったのでつい……」
オヤカタは詫びるように言うと、人差し指で頬をかいて誤魔化した。
「現実と言えば、君とソージ君たちはその頃からの付き合いみたいじゃが?」
「ええ、彼らとはオヤカタ同様、リアルからの縁です」
ついでとばかりに、ジェイクは自らの陣営について説明する。
元々、ジェイクは多人数パーティーだったらしい。
「勘のいいウィングや獅子翁なら察しているかも知れないけど……ソージ君たちはとある高校でeスポーツの部活動をやっていてね。オレはそこの顧問とか監督みたいなことをやっていたんだ」
うにゅ? とミロは可愛く疑問符を浮かる。
「ジェイクのお兄ちゃん。元ライターとか言ってなかった?」
「そういや君はゲーム系雑誌や動画のフリーライターじゃったのぅ」
ミロの疑問を解消するように、ドンカイが差し障りのない程度でジェイクの素性を明かしてくれた。これに白衣の拳銃師は照れ臭そうにはにかむ。
「ああ、そこら辺は事情が複雑でね……」
ソージたちの通っていた高校は体質的に古かったらしい。
野球部やサッカー部を初めとしたリアルな運動部が強くて、文化系の部活は弱くてeスポーツ部の設立など夢のまた夢だったそうだ。
それがソージたちの代でようやく実現した。
世はVR時代となり、どんなに古い体質を守ってきた高等学校であろうと「さすがに時代遅れか」と折れたことが要因だったようだ。
しかし――受け持ちの教師がいない。
eスポーツともなればPC機器の設置は元より、昨今は普通に搭載されているVRシステムを理解できなければ顧問にはなれないが、この高校の教師陣と来たら揃いも揃って頭の中までアナクロだったらしい。
「――そこで白羽の矢が立ったのがオレってわけ」
ジェイクはこの高校の卒業生、OBではなくOGである。
担任教師と公私で仲が良かったジェイクは「顧問になりそうな人材おらへん?」と相談された際、「オレがやったるわ」と立候補したという。
ソージ、レン、アンズ、はeスポーツ部の生徒というわけだ。
「他にも三人ほどいたんだけど……こっちの世界に飛ばされてきた時、一緒にいたのはマルミちゃんと彼らだけだったんだ」
無事でいてほしいんだけど……ジェイクは嘆息する。
GMであるマルミは内在異性具現化者であるジェイクの監視役として、付かず離れずにいたため異世界転移時も近くにいられたそうだ。
この五人がルーグ陣営の全員である。
五人で協力して真なる世界を旅していると、とある隠棲した創世神が作り上げた安全地帯へ辿り着き、そこへ身を寄せることになった。
ノッカー族、リザードマン族、ドラゴノート族。
この三種族は元々、その創世神の保護下で暮らしていた種族だった。
しばらく安全地帯で過ごしていたジェイクたちは、三種族を守りつつ文化的な技術を教えたり、地中に埋没していたスプリガン族を発掘して復活させたりと、穏やかな日々を送ってきたという。
この辺りの話は、ラザフォードの身の上話と合致する。
四神同盟に属する者は他人事ではない。
どの陣営も保護した種族に安心と安全が約束された生活を送ってほしくて、四苦八苦してきた敬意があるのだ。ジェイクの話に共感できないわけがない。
その後――安全地帯は没してしまう。
この原因がバッドデッドエンズなのは間違いない。
先ほど、ジェイク自身が口にしたことだ。
恐らくはバッドデッドエンズの襲撃を受け、三種族も少なからず殺され、亜神族として強い力を持つドラゴノート族の大人たちは抵抗したものの、その多くが殺されてしまったのだろう。
ドラゴノート族が子供ばかりなのは、そうした理由があるようだ。
ジェイクも大切な人を殺されてしまったらしい。
だからこそ誰よりも心優しき青年だったはずの彼が、バッドデッドエンズの関係者を前にすると怒りと憎しみに駆られた復讐者と化すのだ。
ジェイクは言葉巧みに言及するのを避け、話を結末へと持って行く。
「……というわけで、彼らのためにも旅を続ける生活を脱却したいんです。どこかに人々が安全に暮らせる場所があるなら、オレたちもそこに加えていただきたい。無論、その地を守るため協力も惜しみません」
この訴えを否定する者は四神同盟にいなかった。
まったく縁のない新参者なら検証期間を要したかも知れないが、ジェイクに関しては四神同盟に友人がいるのが幸いした。
ツバサ、レオナルド、ミサキの証言もあるが、何よりドンカイが身元請負人としてジェイクの人品を保証したのが大きい。
冥府神クロウと獣王神アハウ――2人の代表。
彼らはVRMMORPG時代にドンカイとパーティーを組んだ経験があるため、ドンカイの人柄をよく知っているからこそ信頼してくれるのだ。
このため「ドンカイさんの友人なら信に足る」と全面的に認めてくれた。
穂村組、日之出工務店、水聖国家――。
これらの代表も「ツバサやドンカイの信用が得られている人物なら問題なし」ということで、異論を挟まなかった。特にバンダユウやヒデヨシは横綱時代のドンカイのファンでもあったため、信頼度はマシマシである。
各代表からは口々に「ドンカイさんが推すなら問題ないな」という答えが返ってくるので、ミロは親方の大きな背中にしがみついた。
大きな肩に顔を乗せると、ドンカイの横顔を見つめて感心する。
「やっぱり横綱って人気スゴいね。これが役得ってやつ?」
「いやいやこれは人徳? みたいなもんじゃよ」
ドンカイ自身も「?」を付けているので、人徳だと思うんだけど威張るものでもないし謙遜しておこうか、と言いたげに惚けていた。
同盟の首脳陣という立場からすれば大いに助かっている。
本来、他の陣営やパーティーと同盟は組む際、大なり小なり問題が起きるものだ。相手の為人がわからないから、躊躇もするし二の足も踏む。
決してすんなり進むものではない。
しかし、各方面に信頼性のあるドンカイが仲介してくれるなら話は別だ。
双方の人品を確認済みの保証人みたいなものである。
かつてドンカイは現実世界でeスポーツ振興委員会の会長を務めていた。
そのためVRMMORPGでも多くのプレイヤーと交流し、未来のeスポーツプレイヤーを育成しようと活動していた経験が、このような形で活かされるとはドンカイ本人でさえ思いも寄らなかっただろう。
だが、おかげで大きなトラブルが起きないのは幸いだ。
本人は主張しないが、四神同盟発足を促した陰の立て役者である。
通信でのやり取りは簡素なものに留めておき、イシュタルランドで行われる会議で本格な内容を詰めていこう、という流れになった。
通信を切る寸前、マルミにお願いされる。
「あの……差し支えなければ、ウチの四馬鹿……あ、いえ、爆乳特戦隊って呼ばれてる元GMたちと話させてくれませんか?」
イシュタルランド到着まで、まだいくらか時間もある。
マルミの申し出を断る理由もなかった。
ジェイクと入れ替わりで艦橋メインモニターの前にふくよかなメイド姿のマルミが立つと、画面が六分割から三分割に変わった。
ミサキは情報官アキを、クロウは女騎士カンナを――。
最後にツバサが女中頭クロコを呼びつけた。
モニターに現れた爆乳特戦隊たちの表情をツバサは一生忘れまい。
「や、みんな元気ー?」
『『『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ! 出たァァァーッ!?』』』
開口一番、バケモノと遭遇したような絶叫が轟いた。
マルミが笑顔で気さくに挨拶したのに、クロコもアキもカンナも腰を抜かさんばかりに慌てふためくと、ヒロインにあるまじき顔で驚愕した。
そう、たとえるなら……。
「自分の持ってる能力が絶対最強と信じて疑わないボスキャラが、突然現れた主人公の体質にはまったく効かなくて打っ魂消る……みたいな顔だね」
「具体的で元ネタがすぐバレそうだな」
したり顔で呟くレオナルドにツバサは素っ気なくツッコんだ。
しかし、本当にそんな顔で驚いていた。
余程のことがなければ鉄面皮の澄まし顔を貫き通すクロコですら、この時ばかりはそんな顔で固まっているのだから面白い。
所謂ヒロインがしちゃいけない顔なのだが、どいつもこいつも取り繕う余裕さえないのか、キャラ崩壊したまま腰が抜けていた。
許されるのなら今すぐにでも脱兎よろしく逃げたいに違いない。
だが――マルミの笑顔がそれを許さない。
どう見ても愛想のいい笑顔を浮かべているだけなのだが、得体の知れない圧力が三馬鹿トリオを束縛しているようだった。
やがて三人はどうにかこうにか表情だけは取り戻す。
それでも驚愕、焦燥、絶望は計り知れないのか、半狂乱とも言うべき乱れっぷりを画面越しでも伝わってきていた。
というか各人、行動は混乱の様相を呈している。
『ひぁーっ! きゃーっ! 悪霊退散悪霊退散すぐに来て来て陰陽師!』
アキは半べそになりながら陰陽師に助けを求めていた。神職が振るうような御幣をバサバサ振り回している。
『反省文はもうやだ、反省室はもうやだ、反省文はもうやだ、反省室は……』
カンナは女性にしては大柄な図体を縮こめると、頭に座布団を被ってガタガタ震えている。頭隠して大きな尻を隠せていない。
『…………ワタシ、オ掃除アンドロイド。クロコジャアリマセン』
「下手な芝居で逃げようとするなおまえは!?」
人造アンドロイドの振りをして現実逃避しようとしたクロコを、ツバサはおもいっきり叱りつける。さしものクロコもビクンと震え上がった。
逃げたら――もっと酷い目に遭わされる。
それを本能的にわかっているのか、クロコもカンナもアキも泣き喚いて拒絶反応こそ示すものの、決してモニターの前から逃げようとはしない。
これもマルミによる教育の一環らしい。
うんうん、と満足げに頷いたマルミは爆乳特戦隊を落ち着かせる。
「そう脅えなくてもいいわよ、今日は挨拶だけだからね」
自分の属するルーグ陣営も四神同盟に加わること、ジェイクの補佐を務めることを説明したマルミは「今後ともよろしく」とクロコたちに挨拶する。
『『『ええぇ…………っ』』』
彼女たちのうんざり顔は何度か見てきたが、ここまで絶望の淵に叩き込まれた、夢も希望もありゃしないという顔は初めてだった。
マルミは笑顔こそ崩さないが、一瞬だけ鬼女の気迫を差し込んでくる。
「あら~、何か言いたいことがあるのかしら?」
『『『いいえ、滅相もない!!』』』
三人とも頬がちぎれるほど顔を左右に振って否定した。
本当にマルミが怖いらしい。そこには教育係の先輩と後輩という間柄以上に、獣と調教師の上下関係にも似たものを見出してしまう。
背筋を正す三馬鹿どもに、マルミはため息交じりで言い付ける。
「みんなのために頑張っているっていう褒め言葉と一緒に、どうしょもない悪癖で迷惑かけているとも聞いてるから……是非とも正さないといけないわね」
落ち着いたら――個別訪問するから。
マルミは得物を睨む鬼女の如き鬼気迫る双眸でほくそ笑んだ。
「それまでちゃんといい子でいるのよ~♪」
一転、マルミは底抜けに明るくて人当たりの良い笑顔で手を振った。
クロコたちにしてみれば死刑宣告に等しいようだ。
駄目だもうお終いだと叫びたいけど、当人の前なので口が裂けても言えないので、えぐえぐ泣きながら「はい……」と承るしかない。
これで多少はマシになってくれればいいのだが……。
アキなら自堕落極まりない怠け癖、カンナなら後先考えずに行動する猪突猛進、クロコならこちらの迷惑を顧みない過度のセクハラだろう。
「……ん、やっぱり俺が貧乏くじじゃないかな?」
首を傾げるツバサに、ミロは「なんてこと言うの!」と抗議してくる。
「万能メイドなクロコさんは大当たりじゃん!」
「それを補って余りあるセクハラド変態を問題視してんだよ」
そりゃあ一緒になってツバサの爆乳巨尻にイタズラしてくるミロにしてみれば、最高の遊び友達みたいなもの。大当たりに違いない。
しかし、ツバサにしてみれば貧乏くじ以外の何物でもなかった。
「いやいや、五十歩百歩だよ。うん、爆乳特戦隊は問題児しかいないから。クロコが貧乏くじなんてことはない。決してツバサ君に押し付けたりしてないよ」
うんうん、レオナルドは早口で捲し立ててきた。
「おまえ、言い訳……っていうか本音ダダ漏れじゃねーか!」
今すぐ引き取れ! とツバサはレオナルドに詰め寄ったが、三馬鹿どもに引導を渡して通信を切ったマルミに執り成されてしまう。
「まあまあ……教育係として真っ当になるようもう一度チャレンジさせてもらうから、ここは大目に見て上げてちょうだいよ」
ね? とオカンに可愛くウインクされたら勝てない。
クロコのセクハラが改善されると信じて矛を収めるしかなかった。
「…………可憐じゃ」
「親方ッ!?」
そして、ドンカイはマルミのウィンクにメロメロだった。
~~~~~~~~~~~~
ハトホルフリートは最高速度でイシュタルランドへと向かう。
前述した通り、この大陸は巨大だ。うかうかしているとイシュタルランドへ到着する前に日が暮れてしまう。
近くにあるといっても、駅から徒歩10分とは訳が違う。
ちんたら飛んでいたら明日になるような距離だ。同じ北海道の都市だからといって、函館から稚内まで車で移動すれば10時間以上かかるようなもの。
同じ道内だからと甘く見てはいけない。
他県の人は「同じ北海道なんだから行けるっしょ」と思いがちだが、行くとなれば車であろうと飲まず食わず休まずの強行軍でも、片道12時間はかかる本当の意味での半日がかりなのだ。
間違っても「ちょっと寄ってお土産買ってきて」なんて頼んではいけない。
このため――全速力に近い速さで航行中である。
いつもより低空を飛んでいるハトホルフリート。それを追うように超巨大列車ラザフォード号が豪速で大地を駆けていた。
線路もないのに、どんな悪路であろうと乗り越えていく。
従来の列車とは車輪の出来が違う。重量級の戦車が備えるキャタピラ以上の走破性能を誇りつつ、リニアモーターカーを越える高速を出せるようだ。
飛行母艦はイシュタルランドまでの道案内を務めている。
ハトホルフリートが先行しているのだが、ラザフォード号は汽笛を鳴らして煙突から煙を噴き上げると、スピードを上げて追い抜こうとする。
追い抜かれたハトホルフリートが先導するために速度を上げて先に出れば、超巨大列車は負けじと抜き返す。
いつしか追いつけ追い越せのデッドヒートになっていた。
「やるのぉソージ! いいチューンナップぜよ!」
『まだまだ、僕がチューニングしたラザフォード号はこんなもんじゃないよ』
ハトホルフリート艦橋で操縦桿を握る長男ダイン。
出会った頃は蛮カラ番長サイボーグな風貌の少年だったが、幾多の戦歴を重ねてサイボーグ艦長と呼べる風格を備えてきた感がある。
だが、中身はまだ少年のままらしい。
――どちらが先にイシュタルランドへ到着するか?
そんな競争を親友であるソージと始めてしまったのだ。
ダインの手元には小型スクリーンが浮かんでおり、そのモニターにはソージが映し出されている。車掌服を着込んだ凜々しいお姉様系の美少女だ。
彼は元々、ダインの幼馴染みで線の細い美少年だった。
しかし、VRMMORPG時代に美少女アバターで小遣い稼ぎをしようとした結果、異世界転移で完全に女性化してしまったらしい。
外見こそ変わったが、彼もまた少年の心を忘れていない。
ラザフォードの“巨鎧甲殻”を大好きだという列車系巨大ロボに改造して、半ば私物化してるようだった。モニターに映るソージは列車の操縦桿を握り締めて、フルスロットルへ押し込んでいく。
二人とも工作者としては神、神族である。
エンジンや動力炉の回転数を上げすぎてぶっ壊す……みたいな下手は打たないと思うが、デッドヒートになってきていた。
ソージの背後ではラザフォードがオロオロしている。
その過去ゆえただでさえお疲れモードな面相を青ざめさせており、気のせいでなければダラダラと汗を流して疲労困憊のようだ。
『あの、ソージ様……このトップスピードを維持するのは難しいかと……というか、本音を打ち明けさせてもらえば、自分そろそろ限界が……』
超巨大列車を牽引するのはラザフォードの“巨鎧甲殻”。
外骨格として装着すれば稼働した分だけ疲労するのは当然だが、未装着で列車として使う分にはそこまで消耗しないそうだ。
それゆえにラザフォード号は長距離走行に耐えられる。
しかし、全速力を越えたスピードを出し続ければ話は別だ。
いくらソージが操縦することでテコ入れしたとしても、走っているのはラザフォード自身なので目に見えて疲労が溜まってきていた。
それと――弊害がもうひとつ。
ダインとソージの通信に、スプリガンたちの訴えが割り込んでくる。
『ソージ様もダイン様も待って待って待ってーッ!?』
『そんなスピード叩き出されたら追いつけないっすよーッ!』
『アタシたちのエンジン燃えちゃうーッ!?』
『ペースダウンを要求しまーす!』
『イシュタルランドへ着く前にボディ爆発しちまいますよーッ!?』
併走するスプリガン軍団の車両が悲鳴を上げていた。
彼らの“巨鎧甲殻”も保たないらしい。
最高速度を叩き出す飛行母艦と超巨大列車を追いかけるのが精一杯で、操縦している当人たちも“巨鎧甲殻”に負けず劣らずの絶叫を上げている。
新たに通信が割って入ってきた。
スプリガン族の若き総司令官であるダグだった。
『みんな無理せず方舟に乗ればいいのに……』
ダグは突撃部隊に呼び掛けるが「それはできない」と固辞される。
『お許しを得られたとはいえ俺たちは懲罰者ですから!』
『ガンさんが仰る通り、武功を上げるまで方舟の敷居は跨げやせん!』
『そうそう! 失敗帳消しになる手柄を上げるまでね!』
律儀な突撃隊の面々にダグは苦笑する。
『まったく、変なところ融通が利かないんだから……』
現在――方舟はハトホルフリートに随伴していた。
転移魔法でハトホル国へ帰すこともできたが、ラザフォードたちと積もる話もあるだろう。ツバサたちの護衛という名目で付いてきてもらい、同盟会議が終わるまで待機がてら旧交を温めてもらうことにした。
ラザフォードと仲間たちは、今後の身の振り方も考えねばならない。
ダグたちの許に戻って突撃部隊として復帰するか?
このままルーグ陣営の護衛として任務を全うするか?
ツバサとジェイクもその点は同盟会議で協議する予定だが、ダグやラザフォード、延いてはスプリガン族全体の意思も尊重したいところだ。
そのために一同――イシュタルランドへ向かう。
~~~~~~~~~~~~
「お待ちしておりました皆様方――ご来賓の方々もどうぞどうぞ」
イシュタルランドに到着すると、ジンが出迎えてくれた。
アメコミヒーローを意識したマスクやボディースーツは普段通りだが、今日はその上に折り目正しい執事服を着込んでいた。
あくまでも執事ですから、なんて台詞が似合いそうな佇まい。
この男、終始ふざけているがなりきる時は徹底的になりきるのだ。本日は初めてのお客様に合わせて、礼儀を心得た執事を演じきっている。
「……その割には捻り鉢巻きを外すの忘れてるぞ」
「おっと、これはミステイク」
ツバサが指差すとお茶目にペシンと額を叩くが、鉢巻きを取るつもりはない。アンバランスな格好のまま来客たちを案内してくれた。
イシュタルランドの拠点はミサキたちの“家”でもある。
ツバサたちの拠点である“我が家”もダインが気の向くままに増築&改築を繰り返したせいでお城のような御殿になってしまったが、こちらの拠点もジンが好き勝手に建て増ししたせいでパルテノン神殿もかくやという有様だった。
迂闊に道を外れると迷子になりそうだ。
ジンの誘導がなければ会議室へ辿り着けなかっただろう。
案内された会議室は――綺麗に整えられていた。
誇りひとつない新築のような清潔感、程良くもセンスのある調度品、派手すぎないものの歓迎の意が伝わる飾り付けが施された円卓。
「――パーフェクトだ、工作者」
「お褒めにあずかり感謝の極み……からの裸締めでご褒美びびびッ!?」
ツバサはジンの仕事ぶりを褒めながら彼の背後に回ると、超爆乳を押しつけるご褒美を与えつつ、ヘッドロックで締め上げてやった。
おっぱいの感触と――首を絞められる苦痛。
ジンは真性マゾゆえ「ご褒美です!」と喚きながら悶絶した。
代表だけで会食を兼ねた簡単な会議を済ますいつもの会議室ではなく、予めジンが用意してくれた大人数用の会議室。そこに新顔のルーグ陣営のため歓迎ムードを漂わせた装飾が施されていた。
会議室には既に四神同盟の代表が集まっていた。
急な呼び出しにも関わらず、全員駆けつけてくれたのが嬉しい。
ただし、急ぎだったので各代表のみである。これがいつもなら補佐や副官、或いは副将を連れているのだが、今回はほぼ留守を任されていた。
副官たちは各陣営のまとめ役でもある。
代表不在でもある程度までは、保護下にある国を運営したり守ったりする能力を持っている。それゆえに副官という地位にあるのだ。
ハトホル国ならば、ツバサとミロの代表者コンビが不在の際には長男と次女であるダインとフミカが引き受け、この二人も出張るとなれば誰もが認める“大人”なドンカイが取り仕切ることになっている。
今回――ハトホル国は副官が全員同行しているのだ。
これはちょっと異例なのだが、それでも成り立つのがハトホル国。
妖人衆をまとめる乙将――オリベ・ソウオク。
かつては古田織部という数寄武将だったと専らな評判の彼が、LVを上げてツバサの眷族として神族化していた。彼は元大名だけあって統治能力が高い。
そのため安心して留守を任せられるのだ。
任せすぎると「国がひょうげになる」との心配する声もあるが、数日くらいならば問題なく国政を仕切ってくれるので問題ない。
会議室に居並ぶ四神同盟の代表陣。
イシュタルランド代表――ミサキ・イシュタル。
ククルカンの森代表――アハウ・ククルカン。
タイザン平原代表――クロウ・タイザンフクン。
(※先日、クロウ・タイザンから正式に改名してこの名になった)
穂村組組長(代行)――バンダユウ・モモチ。
日之出工務店社長――ヒデヨシ・ライジングサン。
水聖国家国王――ヌン・ヘケト。
集まってくれた面子は以上である。
ハトホル国からはツバサとミロ、ジェイクの身元を保証する人物としてドンカイが参加する。レオナルドやバリーもジェイクの人柄に太鼓判を押せる友人なので、それぞれ所属する陣営の補佐ということで同席してもらった。
レオナルドに関してはマルミの紹介と、彼女の人間性が信頼できるものだという証明もできるため、2人分の証人という立場でもある。
マルミについては爆乳特戦隊も「マルミさんは素敵な先輩なので信用できます」と証言したのだが……どいつもこいつも死んだ眼をしていた。
だが――これが逆に功を奏した。
カンナの猪武者な暴走に、一日中惰眠を貪るアキの堕落。
これに悩まされていたクロウとミサキは――。
『あのカンナ君を大人しくさせるとは……教育係として優秀ですね。同じ教職に携わった者として、意見交換などしてみたいものです』
『アキさんが自分で部屋を掃除したんですよ!? あのお姉さんスゴいですね! え、レオさんの指導もしたって……師匠の師匠じゃないですか!?』
骸骨紳士と巨乳姫若子は手放しで絶賛した。
おかげでマルミの評価が急上昇したのは言うまでもない。
ルーグ陣営からはジェイクやマルミだけではなくソージやアンズにレン、つまり全員に参加してもらった。顔見せみたいなものである。
会議は驚くほどスムーズに進行した。
事前に通信を介して軽い打ち合わせをしておいて正解だった。
――ルーグ陣営の同盟入り。
これは満場一致で賛成されたので可決、大歓迎で受け入れられた。
起立したジェイクはお辞儀をして感謝の意を述べる。
「まずは同盟加入を認めていただけいたこと感謝いたします……オレたちの所在はさておくとしても、何よりに先に相談したいのは彼らについてで……」
他でもない――ルーグ陣営が保護する現地種族だ。
ジェイクはとある古き創世神から任された三種族(リザードマン、ノッカー、ドラゴノート)のためにも安住の地を探していたと打ち明ける。
しかし、彼らの暮らしていた土地は滅ぼされてしまった。
それはバッドデッドエンズが原因らしいのだが、詳しい話はまた後でとマルミに流されてしまう。ジェイクの様子も明らかに殺気立ってきたので、まだ思い返すのが辛い出来事があったと推察できる。
四回同盟の代表たちは、空気を読む技能もLV999だ。
詳しい話を聞くのはジェイク自身が語りたくなったときがいい、と詳細については後回しにすることを暗黙の内に察した。
「すいません、気を遣わせてしまって……」
場の気遣いに礼を述べると、ジェイクは問題点を切り出した。
「ご相談したいのは、彼らの住むところについてです」
居住区のようなものを案じているらしい。
四神同盟はそれぞれ固有の領土を守り、そこに現地種族を国民として住まわせている。四つの国々は国土を開拓しつつ文明を発展させていた。
しかし、ルーグ陣営は領土を持っていない。
失った安全地帯を取り戻すことはできず、新天地を探し求めてラザフォード号で旅を続けていたのだ。そこを不安視しているらしい。
「そこで、どこかの陣営に間借りさせていただきたいのですが……」
申し訳なさそうにジェイクは頭を下げる。
すると、クロウが骨をカタカタ鳴らしながら片手を上げた。
「間借りなどと言わず、我々の陣営に腰を下ろしてみるのはいかがでしょう?」
クロウの発言にジェイクは顔を跳ね上げた。
その瞳は希望の光を見つけようと、まん丸になるまで見開いている。
「私が守護させていただいている“還らずの都”周辺は現在、多くの種族が集まって急ピッチで開発が進められております」
真なる世界を守る最重要施設のひとつ――“還らずの都”。
クロウが後見人と務める灰色の巫女ククリによって管理され、クロウ率いるタイザンフクン陣営が守護する巨大な死者の都でもあった。
その都を取り巻くように亜神族のキサラギ族を筆頭に、ケンタウロス族、サテュロス族が村や町を建てつつ防衛ラインを築き、その内側に田畑や植林を広げていくことで一大生活圏を造ろうとしていた。
「ルーグ陣営の皆さんには現地種族とともに、タイザン平原に定住していただき、共に都の防衛や村落群の開発に協力していただきたいのです」
これがクロウの提案、その内容だった。
とてつもない巨大さを誇る――“還らずの都”。
その大きさは天を衝く峻険な山脈にもたとえられ、麓を一周するだけでも休まずに挑んで徒歩なら数十日はかかってしまうだろう。
都の東西南北とその間に計八カ所の起点となる町を建てているが、それぞれの行き来には瞬足なケンタウロスの脚力を以てしても半日はかかる。
なんにせよ――防衛するには大きすぎる。
「有事の際には神族である我々が飛んでいけば済むことですが……如何せん人数が限られていますからね。事故が続発した時のことを考えると頭が痛いです」
対抗策は現在進行形で取り組んでいる。
穂村組の用心棒が交代制で見廻りをしてくれたり、日之出工務店の工作者が都周辺の現地種族の町や村の建築指導のため入れ替わりで常駐してくれている。
それでも都の規模を考えると、神族が多いことに越したことはない。
「おっ、閃いた!」
そこへヒデヨシも指を鳴らして賛意を示す。
名前からして猿のあだ名で親しまれた天下人だが、風貌もそれを連想させる男前な猿ともいうべき青年は名案を口にする。
「そんなら、あのデッカい列車に環状線になってもらうのもアリだな」
「ラザフォードくんを環状線に……ですか?」
目をパチクリさせるジェイクに、ヒデヨシは簡単に説明する。
「都を傷つけようとする不埒者を警戒しながら麓をグルリと走ってもらい、客車のついでに貨物車両も積んでもらえりゃ最高だぜ。村々のみんなの足にもなれば、資材や食料を運ぶ手助けにもなる」
人員も物資も、定期的に“還らずの都”を一回りするわけだ。
「あの大型車両を運転しているスプリガンの兄ちゃんたちは護衛車両だな」
ラザフォード号とスプリガン軍団に、都を定期巡回してもらう
このアイデアにクロウも感嘆の吐息を漏らす。現状、村から村への移動もそうだが、様々なものを運ぶ物流もネックになっていたからだ。
「それが叶うのならば神族の仲間が増えるのみならず、国造りに励んでいる人々も大いに助けられますが……引き受けていただけるでしょうか?」
ジェイクは気のいい笑顔で請け負った。
「願ってもないお誘いですよ。食う寝るところに住むところを提供してもらえて、お仕事までお世話してもらえるなら文句なしです。ラザフォードくんたちも贖罪の仕事がしたいって言ってたし、きっと引き受けてくれますよ」
ここでちょっとツバサも口を挟む。
「“還らずの都”ならハトホル国と行き来できるしな」
スプリガン族ならば方舟などの飛行艦を使えば半日足らずで往来できる。ラザフォードがダグたちと会えるのは勿論、スプリガン族の男女も出会う機会が増えれば恋に落ちる可能性だって少なくはない。
円卓に顔を乗せてだらけるミロもニヤニヤ顔だ。
「ダグくんが一人で『産めよ増やせよ』って頑張るかと思いきや、スプリガンも一気に男が増えたからね。頻繁に会う機会を作ってあげないと」
恋の花咲くこともある、とミロはまとめた。
「では、その線でお話を進めてもらっていいですか?」
みんなもいいよね? とジェイクは仲間たちに了解を求める。
マルミとソージは笑顔で頷いた。
「わたしはOKよ。どこに居を構えても立ち回れるわ」
「僕も異存ありません。あのどこからでも見えた巨大建造物には興味があったし、話に出てきた環状線や町造りにも興味がありますからね」
アンズとレンの女子高生コンビも同意した。
「衣食住が保証されてみんなが平和に暮らせるよう頑張るよ!」
「……うん、いいと思う。安全が確保されるのなら文句はないよね」
こうして――概ね話はまとめられた。
ルーグ陣営はタイザン平原へ身を寄せることに決定。
タイザンフクン陣営と協力し、“還らずの都”防衛に参加しつつ、都を守るように建設中の環状都市計画に協力することとなった。
「私たちタイザンフクン陣営は、都の南側にある開発の進んだ街に居を構えていますが、ジェイクさんたちは次に開発の進んだ東の街はいかがでしょう?」
そこに拠点を構えてみては? とクロウは勧める。
ジェイクは考えなしに即答せず、思案を交えて話に応じた。
「ウチにいる子たちなんですが、ドラゴニュートはすべての地形に適応できる順応性を持ってるんですけど、ノッカーは鉱脈の豊富な山間を好み、リザードマンは湿地帯のような水辺での活動が得意なんですよね」
「なるほど、それぞれの種族に適した環境がいいと……それは道理ですな。ではそれぞれの周辺地理について資料を取り寄せましょう」
拠点の場所を検討するのはそれから、ということになった。
「――ちょっと脱線してもいいかのぅ」
トントン拍子で話が進む中、ヌンが手を挙げて発言する。
蛙の王様が発した渋い声に「ヤダ、渋いイケオジボイス……」などと乙女な一面をぶり返すジェイクだが、ヌンの雰囲気は生真面目なものだった。
ヌンはジェイクに向き直ると、教え諭すように告げる。
「ジェイク君、君は5番目の同盟代表になるべきじゃ」
四神同盟改め――五神同盟となる時が来た。
「君こそ5番目の神を名乗るべき……とヌンは思っとるんじゃが」
どないよ? と締めはフレンドリィに尋ねるヌン。
同盟入りこそ早々と決めたものの、まさか自分が5番目の神として同盟の名前を改める立場に推薦されるとは夢にも思わなかったのだろう。
ジェイクは椅子に座ったまま及び腰になっている。
両手を前に突き出して、プルプルプルと子供みたいに振るわせた。
「オ、オレはそんなタマじゃないですよ!」
そんなことはない、とヌンは買いかぶりではないと言い募る。
「わしが五神同盟を辞退したのは、神族としてもう老いぼれとるからじゃ。古き神がこの世界で幅を利かせる時代は、とっくに終わったと思っておる……これからは地球より参った新たな神々の時代。その中でも……」
内在異性具現化者こそが――この世界を導くに相応しい。
ヌンはこの場にいる者たちを見渡していく。
「ツバサ君、ミサキ君、アハウ君、クロウ君……そしてジェイク君。君たちと出会えたことで確信が持てた。君たちこそ新たな神王となるべき存在じゃ」
その理由のひとつが、世界を改める能力にあった。
内在異性具現化者は複数の過大能力に覚醒する。
そのひとつは、必ず世界に働きかける効果を持っていた。
世界を創り変えるほどの……。
ミロやミサキのように世界よりも高次元に関与することで常識さえ創り直す過大能力もあるが、内在異性具現化者もまた世界を創り変える能力を持つ。
これは並の神族には得がたい能力だとヌンは言う。
「わしの祖先たる創世獣や、ジョカ様のような起源龍……そういった創世神たちをも凌ぐ創造の力こそが神王たる証じゃ。ジョカ様の兄君、ムイスラーショカ様のいった『想世を成すべし!』という言葉に肖り、君たちをこう讃えたい」
想うがままに世を創る――想世の神々と。
「ゆえにわしは、ジェイク君を5番目の神に推すんじゃ」
そして五神同盟に名を改めよう、とヌンは話を進めていく。
ジェイクは戸惑うが、ヌンの賛同者が現れた。
「はいはーい、このジジイもヌンの爺様に賛成しまーす」
「オレもヌンのお爺殿に清き一票を入れるぜ」
穂村組のバンダユウと、日之出工務店のヒデヨシである。
それぞれの組織は四神同盟に所属する者の、その代表ある彼らは同盟を代表する神にはならず、グループもあくまで下部組織という位置に甘んじていた。
「おれたちも五神同盟を辞退した理由は似たり寄ったりよ」
内在異性具現化者のように、過大能力をいくつも持っているわけでもなく、世界をより良い方向へ持っていく能力ではないからだ。
「ツバサ君に限らず、代表者の面々は2つ以上の過大能力持ちでそのひとつは世界を変える……同格に肩を並べるなんて烏滸がましい、と思ってな」
自嘲なのか自重なのか、あるいは両方なのか。
バンダユウは出しゃばる性格ではないし、幻術師として状況把握に長けた眼を養っているので、四神同盟の在り方を見抜いたのだろう。
「あー、なんとなくわかるわ。おれらとは基礎から違うからなぁ」
これにヒデヨシも賛同する。
「おれは元から、この世界の王とか神とか興味なくてね。今の立場でも偉すぎるって思ってるくらいだからよ。だから五神同盟も辞退させてもらったんだけど……モモチの旦那の言うことが腑に落ちたわ」
俺たちには世界の整備ができねぇ、とヒデヨシは断言した。
「ヌンの爺さまもモモチの旦那も、それにおれだって一瞬で地形を変えちまう力は持ってるが、それはあくまでも破壊行為だ。創るも壊すも自由自在ってのは難しい。それを持ってるのは内在異性具現化者だけだ」
ジェイクくん――君が5番目だ。
ヒデヨシの言葉にバンダユウも大きく頷いた。
「え~と、いや、ははは……参ったな」
困惑を拭いきれないジェイクは、愛想笑いにもならない半笑いで表情を揺れ動かしていた。だが、その目つきが次第に固まってくる。
引き受けてもいい、という覚悟ができた眼だ。
マルミたちの祝福を込めた眼差しも後押ししたと見られる。
だが、ツバサはある危惧を抱いていた。
覚悟の裏に――憎悪と激怒を薪とする炎が燃えていたからだ。
「皆さんがオレなんかを買ってくれるのは正直、嬉しさよりも気恥ずかしさが先に立つんですが……頼まれたら引き受けたくなるのが信条なんですよね」
「じゃあ、五神同盟決定だな」
バンダユウは掌を打ってパァン! と景気よく鳴らそうとしたのだが、ジェイクは片手で制すると、その手打ちを差し止めた。
「待ってください! 五神同盟になる前に条件……いえ」
――変則的な同盟入りを許していただきたい。
重苦しい声で話すジェイクに、誰もが眉を顰めざるを得なかった。
ジェイクは俯き加減になると苦しそうに深呼吸をしてから、長い髪で顔や目線を隠すようにますます項垂れていく。
それから、ゆっくり変則的な部分を打ち明けてきた。
「マルミちゃんやソージくんたち、それにスプリガン族を初めとした種族のみんなを、同盟の仲間として……迎え入れてやってください。そしてオレは……まだ同盟入りを認めないでほしい。一個人として、別扱いにしてもらいたいんです」
ジェイクの申し出に、会議室がざわめいた。
「仲間を一足先に同盟入りさせて……自分は除外してほしいというのか?」
その理由は? と獣王神アハウは問い掛ける。
字面こそきつめに感じられるが、アハウの口調はジェイクへの思いやりにあふれた優しいものだった。恐らく、同じ匂いを感じ取っているのだろう。
復讐に駆られたことのある経験者として……。
本当に申し訳ない! とジェイクは泣きそうな声で謝ってくる。
腰を直角90度にまで曲げたお辞儀を何遍となく繰り返す。当人もこちらの気持ちを害しているとわかっており、同情を誘うほどの泣き顔だった。
それでも――譲れないものがあるのだろう。
「事が終わったら……すべて終わったら、必ず同盟に入りますから! みんなを守るため、五神同盟の代表として頑張りますから……だからッッッ!!」
「――独りでバッドデッドエンズを討ちに行くつもりね」
マルミが呟いた一言に、ジェイクは凍り付いた。
すぐさま身を翻して会議室から飛び出そうとしたジェイクだが、マルミは座ったまま彼の爪先を踏んで動きを制した。ナイス判断である。
虚を突かれて、そのまま逃げ切られるところだ。
「マルミちゃん……邪魔しないでくれ!」
親の敵のように睨むジェイクだが、マルミは無表情で言い放つ。
「四神同盟はバッドデッドエンズに宣戦布告され、全面戦争が始まるまで不戦の契約を交わしている……同盟入りすると、あなたもその契約に縛られる」
もしも先走って戦えば――四神同盟に迷惑がかかる。
「……だからジェイクだけ除いてもらい、全面戦争が始まる前にバッドデッドエンズの一人だという仇を討ちに行こうというのね」
「ぐっ……丁寧な解説、どうもありがとう」
そこまでわかってるなら行かせて! とジェイクは懇願する。
駄目よ、とマルミはにべもない。
半ば立ち上がったジェイクは拘束されていないので、逃げようと思えばそのまま駆け出せそうだが、マルミに爪先を踏まれただけで動けない。
ツバサも似たことができるがマルミのは流儀が違う。
すかさずソージ、レン、アンズも立ち上がり、無謀な戦いに出掛けようとするジェイクを取り囲んだ。嫌がらせではない、彼のためを思うからこそだ。
「ジェイク、君がバッドデッドエンズに因縁があるのはわかる」
もう少し待て、とレオナルドが諭した。
軍服の腹黒軍師も立ち上がると、ソージたちに加勢するが如くジェイクの行く手に立ち塞がった。ここまですればおいそれと逃亡できまい。
レオナルドの説得は続けられる。
「バッドデッドエンズと全面戦争となる以上、LV999の戦力は一人でも欠くことはできない……敵陣に単身で特攻を仕掛けるような無鉄砲を見過ごせるわけもないのは聡明な君ならわかるだろう?」
もうすぐだ、とレオナルドは強調する。
「恐らく一ヶ月と待たずに戦争が始まる。それまで辛いだろうが、グッと我慢してくれ……戦争になったら君の好きにするといい」
殺したい仇の元へ――馳せ参じればいい。
これを受けてジェイクは、鬼の形相で歯を食いしばったまま笑う。
中性的な美青年の面影はどこにもない。
「わかってる、わかってるよそんなこと……でも、辛抱できないんだッ!」
――奴が生きてることが許せない。
「アイツを殺さなくちゃ……オレはどうにかなってしまいそうなんだよ!」
今すぐにでも息の根を止めねば気が済まない、と言い張る。
理解はできても納得はできないというやつだ。理性的に考えることはできるのだけど、激しい感情に突き動かされる身体を抑えられないのだろう。
駄々をこねるジェイクにバンダユウはため息をついた。
「気持ちはわかるぜ、拳銃使い……だが無駄撃ちはするべきじゃねえ」
命の無駄撃ちは特にな、とバンダユウも説得に回った。
「おまえさん、心身ともにズタボロだろ?」
強敵との連戦を重ねて疲弊しているジェイクの体調を見抜いた上で、バンダユウは「そのコンディションじゃ無理だ」と力説する。
「今までおまえさんが倒してきたのは、ロンドに下駄を履かされた中途半端なLV999。そいつらを敵に回しただけでボロボロになってんだ。おれみたいに本物のLV999が混じった徒党に出会したら……おまえさん、おっ死ぬぞ」
褞袍を羽織った老ヤクザからの助言。
身に沁みるものがあったのか、ジェイクは息が詰まったように呻いた。
「ぐっ……た、確かにあいつらは偽物……中途半端でした」
「だろ? 本物のLV999とは比べるべくもない。だが、連中にも骨の髄まで鍛え上げた本物が混じってる。それを複数相手にしたら負け確定よ」
「そ、それは……努力と気合いと根性でなんとか……」
ギロリ、とバンダユウの力強い眼光が瞬く。
「できる――とか思ってるほどお目出度ぇ頭はしてねぇよな?」
今度こそ言葉に詰まったようだ。
「でもっ! オレは……奴を殺すために……殺さないとッッッ!」
怒りに頼った語彙力のない喚き声では、この場にいる者たちの理解を得られないと悟ったらしい。とうとうジェイクは何も言い返せなくなった。
「まずは――身体を癒やせ」
ジェイクが押し黙ったのを見計らい、ツバサも立ち上がる。
レオナルドやソージたちのように、ジェイクが逃げ出さないよう進路を抑えられる場所まで歩いて行くと、命令に近い口調で言い付けた。
「バッドデッドエンズと戦う時、おまえが果たしたいという仇討ちの相手と相対した時……全力を出せるように身体を治すんだ」
ジェイクの全身から力が抜けていく。
諦めてくれたか、と思いたいのだがまだ気を抜くことはできない。
なにせ――殺気の高ぶりが収まっていないのだ。
LV999の神族が放つ殺気ともなれば、嵐を引き起こす威力となる。会議室に吹き荒れるそれは、人間なら浴びただけで消し飛んでしまうだろう。
ジェイクは力が抜けるとともに俯いていく。
「……それでも、行く」
不意に顔を持ち上げると、凶悪な面構えで言い切った。
その凶相から窺い知れるのは、たとえこの場にいるツバサたち全員と戦う羽目になろうとも、一人で旅立つ決意をした不退転の覚悟だった。
――まさかの内ゲバ勃発か!?
一触即発のピリピリした事態に、誰しもが緊張感を漲らせる。
のほほんとしているのはアホの子くらいのものだった。
今にも拳銃を抜いて暴れ出しそうなジェイクには見向きもせず、明後日の方向をジィーッと眺めていた。虚空を見上げる猫を思い出させる。
そんなミロが唐突に眉をつり上げた。
明後日の方向を見据えたまま、裂帛の気合いの如く叫ぶ。
「――ダグくん、打ち返してーッ!」
どういう意味だ? と首を傾げる暇もない。
次の瞬間――イシュタルランドが激震に見舞われたからだ。
応援ありがとうございます!
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