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第6話 Twist: 俳優の苦悩
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アリス(ミナミ)の投入で、現場のテンションは少し上がった。
マンネリが解消され、物語が動き出したからだ。
だが、その副作用として、現場には重苦しい空気が漂い始めていた。
「嘘をつき続けること」への道徳的な疲労。
それが、末端のキャストから蝕み始めていた。
放課後、屋上の階段踊り場。
ここは数少ないカメラの死角エリアだ。
私は一人の男子生徒に呼び止められた。
佐藤くん(役名)。クラスメイトAとして、湊の友人を演じているバイトの大学生だ。
真面目で、演技もそこそこ上手い彼だが、今日は顔色が土気色だ。
「……姫宮さん、相談があるんだけど」
佐藤くんが震える声で言う。
「何? ギャラの交渉なら事務所通してよ。私に言われても困る」
「違う。……俺、降りたいんだ」
「は?」
佐藤くんがその場にしゃがみ込む。頭を抱えている。
「もう無理だよ。湊、あいつ本当にいい奴でさ……」
彼はポツリポツリと語り始めた。
「昨日、俺がアドリブで『財布忘れた、昼飯食えねぇ』って言ったら、あいつ、自分の昼飯代削って俺にパン買ってきてくれたんだよ。『友達だろ』って笑って……」
……あー、やりそう。湊なら。
あいつはそういう奴だ。
自分の利益より他人の笑顔を優先する、天然記念物みたいな善人。
「俺、自分が最低な人間に思えてきて。騙してるのが辛いんだよ。あいつの真っ直ぐな目を見るたびに、胸が押し潰されそうで……」
佐藤くんの声が湿り帯びる。
純粋培養された「善意」は、時に周囲の良心を蝕む猛毒になる。
演技で固められた私たちには、彼の輝きは眩しすぎて、影を濃くするのだ。
「甘いこと言ってんじゃないわよ」
私は冷たく突き放した。
同情したら負けだ。ここで私が崩れたら、全てが終わる。
「契約書読んだ? 途中降板は違約金発生するわよ。あんた、奨学金と妹の学費返すためにこのバイト始めたんでしょ?」
佐藤くんの肩がビクッと跳ねる。
「うっ……でも……」
「辛い? カイジみたいに地下帝国行きになりたい? ……当たり前でしょ。それだけの金貰ってんだから。魂売ってんだよ、私たちは」
私は彼を見下ろす。
鬼のような形相で。
「プロなら感情殺して演じ切りなさい。罪悪感なんて、家に帰ってからトイレに流せばいいのよ」
佐藤くんはしばらく黙り込み、やがてフラフラと立ち上がった。
「……わかったよ。やるよ」
彼は死んだ目で、逃げるように去っていった。
……言い過ぎたか。
でも、ここで誰かが欠けたら、世界観(セット)が崩れる。
湊が違和感を抱くきっかけになる。
私は壁に頭をゴンと打ち付けた。
『プロなら感情を殺せ』。
偉そうなこと言ってるけど、それは自分自身への言葉でもあった。
最近、湊と目が合うと、胸がざわつく。
彼がいじめられている私(という定型イベント)を庇うたびに、申し訳なさと、妙な熱さが込み上げてくる。
私の演技は、湊のためのもの。
でも、湊の感情は、誰のためのもの?
私に向けられたその優しさは、偽物の私(姫宮麗華)に対するものなのか、それとも……。
「……考えるだけ無駄」
私は自分の頬をパンと叩いた。
私は姫宮麗華。
嫌われ者の悪役令嬢。
それ以外になっちゃいけないんだ。
ポケットのスマホが震える。
監督(祖父)からだ。
『来週のイベント変更。もっとインパクトが必要だ。湊をプールに突き落とせ。派手にやれ。濡れ鼠になる哀れな主人公を撮りたい』
……マジかよ。
季節、まだ秋だぞ。
水温何度だと思ってるんだ。風邪引くって。
こいつは孫を殺す気か?
でも、拒否権はない。
私はスマホを握りしめ、とびきり無慈悲な笑顔の練習をしてから、セット(教室)へ戻った。
(つづく)
マンネリが解消され、物語が動き出したからだ。
だが、その副作用として、現場には重苦しい空気が漂い始めていた。
「嘘をつき続けること」への道徳的な疲労。
それが、末端のキャストから蝕み始めていた。
放課後、屋上の階段踊り場。
ここは数少ないカメラの死角エリアだ。
私は一人の男子生徒に呼び止められた。
佐藤くん(役名)。クラスメイトAとして、湊の友人を演じているバイトの大学生だ。
真面目で、演技もそこそこ上手い彼だが、今日は顔色が土気色だ。
「……姫宮さん、相談があるんだけど」
佐藤くんが震える声で言う。
「何? ギャラの交渉なら事務所通してよ。私に言われても困る」
「違う。……俺、降りたいんだ」
「は?」
佐藤くんがその場にしゃがみ込む。頭を抱えている。
「もう無理だよ。湊、あいつ本当にいい奴でさ……」
彼はポツリポツリと語り始めた。
「昨日、俺がアドリブで『財布忘れた、昼飯食えねぇ』って言ったら、あいつ、自分の昼飯代削って俺にパン買ってきてくれたんだよ。『友達だろ』って笑って……」
……あー、やりそう。湊なら。
あいつはそういう奴だ。
自分の利益より他人の笑顔を優先する、天然記念物みたいな善人。
「俺、自分が最低な人間に思えてきて。騙してるのが辛いんだよ。あいつの真っ直ぐな目を見るたびに、胸が押し潰されそうで……」
佐藤くんの声が湿り帯びる。
純粋培養された「善意」は、時に周囲の良心を蝕む猛毒になる。
演技で固められた私たちには、彼の輝きは眩しすぎて、影を濃くするのだ。
「甘いこと言ってんじゃないわよ」
私は冷たく突き放した。
同情したら負けだ。ここで私が崩れたら、全てが終わる。
「契約書読んだ? 途中降板は違約金発生するわよ。あんた、奨学金と妹の学費返すためにこのバイト始めたんでしょ?」
佐藤くんの肩がビクッと跳ねる。
「うっ……でも……」
「辛い? カイジみたいに地下帝国行きになりたい? ……当たり前でしょ。それだけの金貰ってんだから。魂売ってんだよ、私たちは」
私は彼を見下ろす。
鬼のような形相で。
「プロなら感情殺して演じ切りなさい。罪悪感なんて、家に帰ってからトイレに流せばいいのよ」
佐藤くんはしばらく黙り込み、やがてフラフラと立ち上がった。
「……わかったよ。やるよ」
彼は死んだ目で、逃げるように去っていった。
……言い過ぎたか。
でも、ここで誰かが欠けたら、世界観(セット)が崩れる。
湊が違和感を抱くきっかけになる。
私は壁に頭をゴンと打ち付けた。
『プロなら感情を殺せ』。
偉そうなこと言ってるけど、それは自分自身への言葉でもあった。
最近、湊と目が合うと、胸がざわつく。
彼がいじめられている私(という定型イベント)を庇うたびに、申し訳なさと、妙な熱さが込み上げてくる。
私の演技は、湊のためのもの。
でも、湊の感情は、誰のためのもの?
私に向けられたその優しさは、偽物の私(姫宮麗華)に対するものなのか、それとも……。
「……考えるだけ無駄」
私は自分の頬をパンと叩いた。
私は姫宮麗華。
嫌われ者の悪役令嬢。
それ以外になっちゃいけないんだ。
ポケットのスマホが震える。
監督(祖父)からだ。
『来週のイベント変更。もっとインパクトが必要だ。湊をプールに突き落とせ。派手にやれ。濡れ鼠になる哀れな主人公を撮りたい』
……マジかよ。
季節、まだ秋だぞ。
水温何度だと思ってるんだ。風邪引くって。
こいつは孫を殺す気か?
でも、拒否権はない。
私はスマホを握りしめ、とびきり無慈悲な笑顔の練習をしてから、セット(教室)へ戻った。
(つづく)
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