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第7話 Romance: メソッド演技の弊害
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ブール落としイベント(第6話後日談)は最悪の結果に終わった。
台本では、私がプールサイドで湊を突き飛ばし、彼だけが落ちて、私が高笑いするはずだった。
だが、現実は違った。
私が突き飛ばそうとした瞬間、湊が足元のデッキブラシにつまずき、一人でバランスを崩して落ちた。
そして、とっさに助けようと手を伸ばした私も巻き込まれ、二人仲良くザブン。
おまけに季節外れの冷水で二人揃って風邪を引き、保健室行きとなった。
一番寒い、ドジっ子パターンだ。監督からは「コメディとしては悪くない」とメールが来たが、死ねと思った。
放課後の保健室。
夕日が差し込むベッドで、私は湊と並んで寝ていた。
カーテンで仕切られた隣のベッドから、湊の寝息が聞こえる。
静かだ。
ここにはカメラはない(と信じたいが、多分隠しカメラがある)。
……寝たふりをしよう。
そう思った矢先だった。
「……姫宮」
湊の声。起きてたのかよ。
「……何よ。寝てなさいよ」
私はカーテン越しにぶっきらぼうに答える。
「悪かったな。俺のせいで」
「……自業自得よ。運動神経悪いんじゃないの?」
「はは、面目ない」
湊が笑う気配がする。
私は布団を頭までかぶる。
心拍数がうるさい。
仕事だ。これは仕事だ。
私の役は「嫌々付き合わされている悪役令嬢」。
でも、メソッド演技(役の感情を自分の過去の記憶から呼び起こす技法)のやりすぎか、最近、境界が曖昧になっている。
シャッ。
カーテンが開く音がした。
ビクッとして布団から顔を出すと、湊が起き上がり、私のベッドを覗き込んでいた。
濡れた髪がまだ乾ききっていない。夕日に照らされた横顔が、やけに大人びて見える。
「おでこ、冷やした方がいいぞ」
彼の手が伸びてくる。
冷えたペットボトル。それを私の額に当てる。
「……冷たい」
「だろ? 自販機で買ってきた。俺の飲みかけだけど、気にすんな」
ニカっと笑う湊。
あー、もう。
その無防備な笑顔、反則だって台本に書いてあったでしょうが。
なんでこの状況で「お前のために買ってきた」オーラを出さないんだ。
ナチュラルすぎる。
私が大人しくしていると、湊の手が、ふと私の前髪を払った。
そのまま、ポンと頭を撫でられる。
子供扱いのような、でも、すごく大切に触れるような手つき。
「お前、意外と熱心に俺のこと助けようとしてくれたよな。……プール落ちる時、俺の手掴んでくれたろ?」
「……反射神経よ。勘違いしないで」
「優しいとこ、あるじゃん」
ドクン。
心臓が跳ねた。
今のはマズい。
熱のせいじゃない。
演技プランでもない。
私自身(田中花子)の、素の反応。
顔が一気に熱くなるのがわかる。
耳まで赤いのが自分でもわかる。
これ、カメラに映ってる? ズームされてる?
完全にキャラ崩壊だ。「顔を赤らめる悪役令嬢」なんて需要ないんだよ!
「……触らないでっ!」
私は湊の手を振り払った。
勢い余って、ペットボトルが床に落ちて転がる。
ゴロゴロという音が、気まずさを増幅させる。
「……ごめん。嫌だったか?」
湊がシュンとして手を引っ込める。
捨てられた子犬のような目。
やめろ、そんな顔するな。
私が悪いみたいじゃないか。……いや、私が悪いんだけど。
「……そうよ。馴れ馴れしいのよ、庶民のくせに」
私は布団に潜り込み、彼に背中を向けた。
震えが止まらない。
シーツを握りしめる手が白くなる。
嫌じゃない。
全然、嫌じゃなかった。
むしろ、もっと触れてほしかった。
それが一番、怖かった。
役が、私を侵食している。
このままじゃ、私は私に戻れなくなる。
(つづく)
台本では、私がプールサイドで湊を突き飛ばし、彼だけが落ちて、私が高笑いするはずだった。
だが、現実は違った。
私が突き飛ばそうとした瞬間、湊が足元のデッキブラシにつまずき、一人でバランスを崩して落ちた。
そして、とっさに助けようと手を伸ばした私も巻き込まれ、二人仲良くザブン。
おまけに季節外れの冷水で二人揃って風邪を引き、保健室行きとなった。
一番寒い、ドジっ子パターンだ。監督からは「コメディとしては悪くない」とメールが来たが、死ねと思った。
放課後の保健室。
夕日が差し込むベッドで、私は湊と並んで寝ていた。
カーテンで仕切られた隣のベッドから、湊の寝息が聞こえる。
静かだ。
ここにはカメラはない(と信じたいが、多分隠しカメラがある)。
……寝たふりをしよう。
そう思った矢先だった。
「……姫宮」
湊の声。起きてたのかよ。
「……何よ。寝てなさいよ」
私はカーテン越しにぶっきらぼうに答える。
「悪かったな。俺のせいで」
「……自業自得よ。運動神経悪いんじゃないの?」
「はは、面目ない」
湊が笑う気配がする。
私は布団を頭までかぶる。
心拍数がうるさい。
仕事だ。これは仕事だ。
私の役は「嫌々付き合わされている悪役令嬢」。
でも、メソッド演技(役の感情を自分の過去の記憶から呼び起こす技法)のやりすぎか、最近、境界が曖昧になっている。
シャッ。
カーテンが開く音がした。
ビクッとして布団から顔を出すと、湊が起き上がり、私のベッドを覗き込んでいた。
濡れた髪がまだ乾ききっていない。夕日に照らされた横顔が、やけに大人びて見える。
「おでこ、冷やした方がいいぞ」
彼の手が伸びてくる。
冷えたペットボトル。それを私の額に当てる。
「……冷たい」
「だろ? 自販機で買ってきた。俺の飲みかけだけど、気にすんな」
ニカっと笑う湊。
あー、もう。
その無防備な笑顔、反則だって台本に書いてあったでしょうが。
なんでこの状況で「お前のために買ってきた」オーラを出さないんだ。
ナチュラルすぎる。
私が大人しくしていると、湊の手が、ふと私の前髪を払った。
そのまま、ポンと頭を撫でられる。
子供扱いのような、でも、すごく大切に触れるような手つき。
「お前、意外と熱心に俺のこと助けようとしてくれたよな。……プール落ちる時、俺の手掴んでくれたろ?」
「……反射神経よ。勘違いしないで」
「優しいとこ、あるじゃん」
ドクン。
心臓が跳ねた。
今のはマズい。
熱のせいじゃない。
演技プランでもない。
私自身(田中花子)の、素の反応。
顔が一気に熱くなるのがわかる。
耳まで赤いのが自分でもわかる。
これ、カメラに映ってる? ズームされてる?
完全にキャラ崩壊だ。「顔を赤らめる悪役令嬢」なんて需要ないんだよ!
「……触らないでっ!」
私は湊の手を振り払った。
勢い余って、ペットボトルが床に落ちて転がる。
ゴロゴロという音が、気まずさを増幅させる。
「……ごめん。嫌だったか?」
湊がシュンとして手を引っ込める。
捨てられた子犬のような目。
やめろ、そんな顔するな。
私が悪いみたいじゃないか。……いや、私が悪いんだけど。
「……そうよ。馴れ馴れしいのよ、庶民のくせに」
私は布団に潜り込み、彼に背中を向けた。
震えが止まらない。
シーツを握りしめる手が白くなる。
嫌じゃない。
全然、嫌じゃなかった。
むしろ、もっと触れてほしかった。
それが一番、怖かった。
役が、私を侵食している。
このままじゃ、私は私に戻れなくなる。
(つづく)
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