【告白短編集】~どこにでもある日常の中に、最高の愛が隠れている~

月下花音

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第5話:職場のエレベーターで、君の香りを覚えた

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私、麻衣にとって月曜日の朝はいつも憂鬱だった。

満員電車に揺られ、笑顔を貼り付け、数字に追われる毎日。

でも一つだけ、朝の憂鬱を和らげる密かな楽しみがあった。

それは、必ず同じエレベーターに乗り合わせる、あの人。

隼人さん。たぶん、企画部の人。

私たちは一度も話したことがなかったけれど、その数十秒の時間が、私にとっては一日で一番心が落ち着く瞬間だった。

その日も、エレベーターは満員だった。

人々の吐息が、私たち二人の距離を嘲笑うように空気を重くする。

奥へ奥へと押され、気づけば彼は、私のすぐ目の前にいた。

息が詰まるほどの距離。

彼のスーツの生地、ネクタイのわずかな歪み、そして、微かな柑橘系の香り。

この香りが、私の心を静かに湿らせていく。

《好きだ》

その言葉が、口からこぼれ落ちそうになった。

《ダメ。言ったら終わり》

必死に堪えた。

エレベーターが私の階に到着した。

扉が開く。

《今しかない。このチャンスは二度と来ない》

その時、私の口から溢れ落ちたのは。

「好きです」

《あ、言ってしまった》

その瞬間、彼の肩がびくりと震えた。

扉が閉まろうとしている。

逃げろ。そう思った。

その時だった。

彼の手が、閉まりかけた扉を強く押さえた。

扉が開く。

「……俺も」

彼がそう言った。

「えっ……?」

「ずっと、あなたの香りを……覚えてました」

彼の声が、震えていた。

《嘘ですよね》

でも、彼の目は、本気だった。

「実は、毎日あなたを見てました。会ったことはなかったけど。この朝のエレベーター、あなたを見るためだけに、毎朝乗ってました」

彼のその言葉に、私の心臓が、ぐっと掴まれた。

「麻衣さん」

彼が、私の名前を呼んだ。

《どうして、名前を知ってるんですか?》

「えっ、あ、ID……」

彼は照れたように笑った。

「社内システムで」

「あ…」

「今度、ちゃんと話しませんか? 麻衣さんのこと、もっと知りたいんです」

その言葉に、昨日までの毎日が、全部変わった気がした。

月曜日の朝が、初めて、憂鬱じゃなくなった。
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