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第8話:散歩道の桜で、君の花びらを払った
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春という季節が、私は苦手だった。
周囲は、新年度、新しい出会い、新しい恋愛で浮足立っている。だが、私は何もない。アラサーの独身女性。仕事は忙しく、出会いはなく、恋愛経験は少なく。
毎年、春になるたびに、私は痛感する。「自分だけ取り残されている」という感覚。
だから、春は好きではなかった。
---
ただ、一つだけ、春を好きになれる場所があった。
自分の家から徒歩15分。川沿いの小さな道。そこに、一本の古い桜の木が立っていた。
その木は、公園の一部ではなく、誰のものでもない。ただ、そこに立っているだけ。
春になると、その桜は、薄紅色の花を咲かせた。その花を見に、私は毎年、この道を歩いた。
誰にも会わない。ただ、桜と、私だけ。
---
その日も、土曜日の朝。私は、その道を歩いていた。
桜は、既に満開。花びらが、少しずつ、風に舞い落ちていた。
「綺麗ですね」
その声に、私は、思わず身体が硬直した。
ここは、誰も来ない場所だ。なのに……
振り向くと、若い男性が立っていた。20代後半。渋谷系ではなく、落ち着いた印象。眼鏡をかけ、手には文庫本。
「あ、ごめんなさい。独り言みたいなことを……」
彼は、そう言った。
「いえ、大丈夫です」
私は、答えた。
だが、内心は、複雑だった。自分の「秘密の場所」に、他人が来たことが、少し、悔しかった。
---
彼は、私の横に立った。
そして、黙って、桜を見ていた。
時間が経つ。1分。2分。3分。
お互い、何も話さない。ただ、桜を見ている。
その沈黙が、不思議と、心地よかった。
---
「ここ、好きですか?」
彼が、話しかけてきた。
「はい。毎年、春になると来ます」
「僕も。この桜が、一番好きで」
彼は、そう言った。
「去年も来ましたか?」
「来ました」
「去年も、ここで、あなたを見かけた気がします」
その瞬間、私の心が、跳ねた。
つまり、彼も、この「秘密の場所」に来ていた。そして、私に、気づいていた。
---
風が吹いた。
桜の花びらが、舞い散った。
その一枚が、彼の肩に落ちた。
私は、思わず、その花びらを取ろうと、手を伸ばしていた。
「この花びら、払いたくて」
言ってから、私は、後悔した。(何を言ってるんだ。変な女だと思われる)
だが、彼は、笑った。
「実は、僕も。去年、君が来るたびに、君の髪に落ちた花びらを払ってあげたくて……ここに来続けてたんだ」
---
私は、理解するのに、数秒かかった。
つまり、彼は、1年間、私に恋をしていた。そして、この春、やっと話しかけてくれた。
---
「だから、君が払ってくれるなら……その手、握らせてもらってもいいですか?」
彼の手が、私の手に触れた。
その温もりは、桜の花びらのような、儚く、そして確かだった。
---
その後、私たちは、毎日、その桜の木の下で会った。
春から初夏へ。やがて秋へ。冬へ。
四季が回った。
そして、翌年の春。
再び、その桜の木の下で、彼は私に、正式なプロポーズをした。
---
春は、もう苦手ではなくなった。
それは、新しい恋の季節ではなく、「続く恋の季節」に変わったから。
古い桜の木は、その証人として、毎年、同じ花を咲かせるだろう。
周囲は、新年度、新しい出会い、新しい恋愛で浮足立っている。だが、私は何もない。アラサーの独身女性。仕事は忙しく、出会いはなく、恋愛経験は少なく。
毎年、春になるたびに、私は痛感する。「自分だけ取り残されている」という感覚。
だから、春は好きではなかった。
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ただ、一つだけ、春を好きになれる場所があった。
自分の家から徒歩15分。川沿いの小さな道。そこに、一本の古い桜の木が立っていた。
その木は、公園の一部ではなく、誰のものでもない。ただ、そこに立っているだけ。
春になると、その桜は、薄紅色の花を咲かせた。その花を見に、私は毎年、この道を歩いた。
誰にも会わない。ただ、桜と、私だけ。
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その日も、土曜日の朝。私は、その道を歩いていた。
桜は、既に満開。花びらが、少しずつ、風に舞い落ちていた。
「綺麗ですね」
その声に、私は、思わず身体が硬直した。
ここは、誰も来ない場所だ。なのに……
振り向くと、若い男性が立っていた。20代後半。渋谷系ではなく、落ち着いた印象。眼鏡をかけ、手には文庫本。
「あ、ごめんなさい。独り言みたいなことを……」
彼は、そう言った。
「いえ、大丈夫です」
私は、答えた。
だが、内心は、複雑だった。自分の「秘密の場所」に、他人が来たことが、少し、悔しかった。
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彼は、私の横に立った。
そして、黙って、桜を見ていた。
時間が経つ。1分。2分。3分。
お互い、何も話さない。ただ、桜を見ている。
その沈黙が、不思議と、心地よかった。
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「ここ、好きですか?」
彼が、話しかけてきた。
「はい。毎年、春になると来ます」
「僕も。この桜が、一番好きで」
彼は、そう言った。
「去年も来ましたか?」
「来ました」
「去年も、ここで、あなたを見かけた気がします」
その瞬間、私の心が、跳ねた。
つまり、彼も、この「秘密の場所」に来ていた。そして、私に、気づいていた。
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風が吹いた。
桜の花びらが、舞い散った。
その一枚が、彼の肩に落ちた。
私は、思わず、その花びらを取ろうと、手を伸ばしていた。
「この花びら、払いたくて」
言ってから、私は、後悔した。(何を言ってるんだ。変な女だと思われる)
だが、彼は、笑った。
「実は、僕も。去年、君が来るたびに、君の髪に落ちた花びらを払ってあげたくて……ここに来続けてたんだ」
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私は、理解するのに、数秒かかった。
つまり、彼は、1年間、私に恋をしていた。そして、この春、やっと話しかけてくれた。
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「だから、君が払ってくれるなら……その手、握らせてもらってもいいですか?」
彼の手が、私の手に触れた。
その温もりは、桜の花びらのような、儚く、そして確かだった。
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その後、私たちは、毎日、その桜の木の下で会った。
春から初夏へ。やがて秋へ。冬へ。
四季が回った。
そして、翌年の春。
再び、その桜の木の下で、彼は私に、正式なプロポーズをした。
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春は、もう苦手ではなくなった。
それは、新しい恋の季節ではなく、「続く恋の季節」に変わったから。
古い桜の木は、その証人として、毎年、同じ花を咲かせるだろう。
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