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第26話:告白は、相手の指輪で、始まった
しおりを挟む彼女のアパートで、洗濯物を片付けていた時のことだ。
ベッドの下から、小さなボックスが出てきた。
ジュエリーボックス。
中身は、ダイアモンドの指輪。
新しい。上質な。間違いなく、エンゲージメントリング。
その瞬間、心臓が止まった。
(何だこれは)
彼女の名前は由梨。二年付き合っている。
だが、彼女からプロポーズされた覚えはない。
むしろ、「結婚は、もう少し先がいい」と言っていたはずだ。
その指輪は、誰からもらったんだ。
その晩。
彼女を問い詰めた。
「由梨。ベッドの下に、指輪があった」
彼女の顔が、青くなった。
「あ……それは……」
「誰からもらったんだ?」
「えーと。その……」
言葉を濁す。それが、全てを物語っていた。
「他の男からもらったのか?」
「違う。そういうわけじゃ」
「じゃあ何だ?」
由梨は、椅子に座った。
そして、深く息を吐いた。
「実は」
「実は?」
「前の彼氏から、もらったんです」
その言葉で、僕の中で何かが砕け散った。
「前の彼氏?」
「はい」
「プロポーズされたのか?」
「はい。三年付き合ってた人です」
「そんなことは聞いてない」
僕は声を荒げた。
「なぜ、そんなもの、持ってるんだ?」
「それは……」
「答えてくれ」
由梨は、僕を見つめた。
そして、言った。
「別れた理由が、その指輪だからです」
その言葉で、僕は黙った。
「前の彼氏は、プロポーズしてくれたんです。素敵な場所で。素敵な言葉で」
由梨の声が、かすかに震えていた。
「でも、その指輪を見た時。何か、違う気がしたんです」
「違う?」
「はい。彼は、『僕とこの人生を歩まない?』って言ったんです」
「それの何がおかしい」
「その後、彼は言ったんです。『この指輪なら、周りの友達は羨ましがるだろう。高級宝石だし、ブランドも一流だし』」
由梨の目に、涙が溜まっていた。
「私は……その言葉で、気づいちゃったんです」
「気づいた?」
「彼が愛してたのは、私じゃなくて、『この指輪を誰かに見せられる喜び』だったんです」
由梨は、その指輪を握った。
「その日、別れました。その指輪も、返さずに、ずっと持ってたんです」
「なぜ?」
「理由がよくわかりませんでした。でも、その指輪を見るたびに『こんなことをしてはいけない』って思ったんです」
その後、二人で黙っていた。
僕は、その指輪を手に取った。
確かに、美しい。上質な。
だが、由梨の話を聞いた後では、その指輪は「愛のしるし」ではなく「虚栄のしるし」に見えた。
「由梨」
「何ですか?」
「その指輪、何で持ってたんだ。真実を聞きたい」
由梨は、僕の目を見つめた。
「あなたの存在を確認したかったんです」
「何?」
「あの指輪は、私に『本当の愛って何か』を問わせ続けてくれてた。そして、あなたと付き合ってみて、初めて、わかったんです」
「わかった?」
「本当の愛は、指輪じゃなくて。相手を見つめ続けることなんだって」
由梨が、僕を見つめた。
その目には、深い想いが詰まっていた。
「そんな指輪なんかより。あなたが『何を考えてるのか』『何に悩んでるのか』『何が好きなのか』そういうことの方が、遥かに大切なんです」
その後、僕は何か言うべき言葉を探していた。
だが、見つからなかった。
代わりに、僕は彼女に聞いた。
「由梨。これからはどうする?その指輪」
「捨てるか。売るか。考えてました」
僕は、その指輪を彼女に返した。
「与えてくれ」
「え?」
「その指輪を、俺に与えてくれ」
由梨は、首をかしげた。
その晩。
僕は、ジュエリーストアに行った。
そして、その前の彼氏のプロポーズの指輪を、溶かしてもらうことにした。
そして、その金属を使って、新しい指輪を作ってもらった。
シンプルな。だが、確かな。
愛のしるしとしての指輪。
一週間後。
僕は由梨にプロポーズした。
指輪を用意して。
「由梨。結婚しよう」
「え?」
由梨の目に、涙が溜まった。
「この指輪は。前の彼氏からの虚栄から、僕たちの愛へと、変わった指輪だ」
その指輪を、彼女の薬指に嵌めた。
「これからは、この指輪は。僕たちの『本当の愛』のしるしになる」
由梨は、泣いた。
その後、何度もこう言った。
「本当ですか?本当ですか?」
「本当だ。俺は、君の指輪じゃなくて。君を愛してる」
由梨は、僕に抱きついた。
その瞬間。
虚栄から生まれた指輪は。
本当の愛へと、生まれ変わった。
今、彼女の薬指に輝く指輪。
その指輪は、もはや「周りに見せるための指輪」ではない。
二人だけで知っている、愛のしるしだ。
指輪の金属は変わっても。
その中に詰まっているのは、本当の愛だけだ。
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