No.1レンタル彼女の「中の人」は、廃課金で金欠の喪女でした

月下花音

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第10話:営業スマイルの限界と鼻水混じりの抱擁

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 限界だった。
 すべてが。
 
 実家の親から連絡があった。「借金取りが来てる。金送れ」。
 あのクソ親父。またギャンブルか。
 送らなきゃ実家が燃やされるかもしれない。
 私はなけなしの貯金(来月の生活費)を振り込んだ。
 残高、三百円。
 次の給料日まであと十日。
 死ぬ。これは物理的に死ぬ。

 メンタルもボロボロだった。
 大学の単位もヤバい。
 バイトのシフト入れすぎて、レポート書く時間がない。
 「セナ」としての笑顔も、最近ひきつっているのが自分でもわかる。
 鏡を見るのが怖い。
 そこに映っているのは、笑顔の仮面を貼り付けた、中身空っぽの幽霊だ。

 そんな状態での、智也くんとのデート。
 場所は、いつもの公園。
 金がないから、どこにも入れない。ベンチに座って話すだけ。
 智也くんは文句ひとつ言わず、コンビニで買ってきたホットコーヒー(私の分も)を渡してくれる。

「……ありがと」
 声が震えた。
 温かい缶コーヒーの熱が、冷え切った手に染みる。

「セナちゃん? 大丈夫?」
 智也くんが顔を覗き込む。
 心配そうな顔。
 私のライフライン。私のパトロン。私の……唯一の理解者。

 ダメだ。
 彼の顔を見たら、糸が切れた。

「……う、うぅ……」
 涙が溢れてきた。
 営業スマイルを作ろうとした筋肉が崩壊し、顔がくしゃくしゃに歪む。
 一度出たら止まらない。
 ダムの決壊だ。

「えっ、ええっ!? セナちゃん!?」
 智也くんが慌てる。
 私は缶コーヒーを握りしめたまま、子供みたいに泣きじゃくった。

「もう……ムリ……」
 言葉が漏れる。
「笑えない……もう、笑えないよぉ……」
「つ、月島さん?」
「金ない……親父クズだし……単位落とすし……お腹空いたし……」

 最悪だ。
 デート中に、自分の不幸自慢を垂れ流して泣く女。
 地雷すぎる。
 こんなの、キャスト失格だ。
 契約解除だ。クレームだ。返金だ。

 でも、止まらない。
 誰かに聞いてほしかった。
 「セナ」じゃない、どうしようもない私の叫びを。

 その時。
 ふわっと、温かいものに包まれた。

 智也くんが、私を抱きしめていた。

「……え」
 思考停止。
 彼の匂い。スーパーの安売りの洗剤と、少しの汗の匂い。
 でも、すごく落ち着く匂い。

「大丈夫。大丈夫だから」
 彼の手が、私の背中を優しく叩く。
 一定のリズム。
 赤ちゃんをあやすような。

「無理して笑わなくていいよ。……泣いていいよ、雫ちゃん」

 雫ちゃん。
 初めて、下の名前で呼ばれた。
 「セナ」でも「月島さん」でもなく。
 素の私を、肯定された気がした。

 その瞬間、私は完全に崩れ落ちた。
 彼の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。
 鼻水が出る。涙で化粧が落ちる。
 彼のパーカーが汚れる。
 「汚い」って思われるかな。
 「金返せ」って言われるかな。

 でも、彼は離れなかった。
 私が泣き止むまで、ずっと背中を叩き続けてくれた。
 時間は料金に含まれるのだろうか。
 延長料金は発生するのだろうか。
 そんな計算すら、今はどうでもよかった。

 ひとしきり泣いて、私は顔を上げた。
 彼の胸元には、黒いマスカラの跡と、鼻水のシミがついていた。
 ……最悪だ。クリーニング代請求される。

「……ごめん。汚した」
 鼻声で謝る。
「ううん。……勲章だよ」
 智也くんが笑う。
 困ったような、でもすごく優しい顔で。

「……バカ。変なの」
 私も少しだけ笑った。
 鏡を見なくてもわかる。今の私の顔は、世界で一番不細工で、でも、一番「私」らしい顔をしているはずだ。

 この日、私は初めて「仕事」を放棄した。
 でも、得たものは、時給一万円よりもずっと価値のあるものだった気がする。
 それが何なのか、計算高い私の脳みそでも、まだ答えは出せなかったけれど。

(つづく)
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