【完結】溺愛ヤンデレαと孤独のΩの逃れられない番契約

たるとタタン

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3話 飼育の始まり

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彼が部屋を出て行ってから、どれくらいの時間が経っただろう。

私はただ、ドアの前で動けずにいた。

外から鍵をかけられたという事実が、重い鎖のように私の心に絡みついている。

(帰らなきゃ……でも、どうやって……?)

思考が空回りする。

窓は開かない。

ドアはロックされている。

ここは見たところ高層マンションの最上階。物理的に、逃げ出す術はない。

ふと、部屋の隅に置かれたテーブルに目が向く。

温かい湯気を立てる食事。

空腹が、ごくりと喉を鳴らした。昨日から何も口にしていない。

でも、これを食べたら、彼の支配を認めてしまうことになる。

そんな気がした。

「……っ」

だが、体は正直だった。

ふらつきながらテーブルに近づき、椅子に腰掛ける。

丁寧に盛り付けられた温野菜と、柔らかく煮込まれたチキンスープ。

一口、また一口と、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

(おいしい……)

温かいスープが、冷え切った体に染み渡っていく。

その優しさに、思わず涙がこぼれた。

誰かに、こんなに心のこもった食事を用意してもらったのは、いつ以来だろう。

孤独な食事が当たり前だった私にとって、それはあまりにも……甘い毒だった。

食事を終えた頃、再びドアが開く音がした。

蒼真だった。

彼は私が空にした皿を見ると、満足そうに目を細めた。

「お気に召したようで何よりだ」

「……別に。お腹が空いていただけ」

そっぽを向いて答える。

素直に礼など言いたくなかった。

そんな私を、彼は意に介さない。

「メイドに命じて、君の服を用意させた。そこのクローゼットに入っている。好きなものを選ぶといい」

「いらない!自分の服があるから!」

「あんな安物、もう着る必要はない。君には、もっと上質なものが相応しい」

彼の言葉に、カッとなる。

私の服を、私の生活を、馬鹿にされた気がした。

「大きなお世話よ!あなたに私の何がわかるっていうの!」

「わかるさ。君が今まで、どれだけみすぼらしい生活を送ってきたか」

彼は私の隣に立つと、私の髪にそっと触れた。

「だが、それも今日で終わりだ。これからは、俺が君に最高のものを与える。君はただ、それを受け取って、美しく着飾っていればいい」

「私は、あなたのお人形じゃない……!」

振り払おうとするが、彼は私の腕を掴んで離さない。

「人形か。それもいいな。俺だけを見て、俺だけのために存在する人形。……悪くない」

その瞳には、狂気的なまでの独占欲が浮かんでいた。怖い。でも、逃げられない。

「やめて……」

「何をやめるんだ?君を愛することをか?」

彼は私の耳元で囁いた。彼の吐息がかかるたびに、体が甘く痺れる。

「君は愛されることに慣れていないだけだ、柚羽。すぐに、この生活が当たり前になる。俺がいないと、生きていけなくなるんだ」

「そんなこと、ない……!」

必死の抵抗も虚しく、彼は私の古いスマートフォンをポケットから取り上げると、いとも簡単に片手で握り潰した。

バキリ、と嫌な音がして、画面が粉々に砕け散る。

「あ……!」

「過去との繋がりは、もう必要ないだろう?君の友人も、バイト先も、俺がうまく処理しておいた。『一身上の都合で辞める』と伝えてある。もう誰も、君を探したりはしない」

絶望が、心を黒く塗り潰していく。唯一の友人との繋がりも、社会との接点も、全て断ち切られてしまった。

「ひどい……どうして、そんなこと……」

「言ったはずだ。君を、全てから守ると」

彼は私の涙を指で優しく拭うと、新しいスマートフォンを差し出した。

「これを使え。連絡先は、俺の番号しか入っていないが」

「……」

「寂しくなったら、いつでも俺を呼べ。すぐに来てやる」

それは、究極の束縛。でも、彼の声は不思議なほど優しかった。

その日から、私の「飼育」が始まった。

朝になると、メイドが極上の食事を運んでくる。

クローゼットは、私が一生かかっても着られないほどの高級なドレスやワンピースで埋め尽くされた。

最初は頑なに拒否していた私も、着るものが他にないと知ると、諦めて袖を通すしかなかった。

蒼真は、多忙なはずなのに、毎日必ず顔を見せた。

彼は私に何も強要しない。

ただ、そばにいて、本を読んだり、仕事をしたりしているだけ。でも、その存在そのものが、私をこの檻に縛り付けていた。

「どうだ?少しは慣れたか?」

ある日の午後、ソファで膝を抱えていた私に、彼が話しかけてきた。

「……別に」

「そうか。まあ、別に焦る必要はない。時間は無限にある」

彼は私の隣に座ると、テーブルに置かれた雑誌を手に取った。

その横顔を、盗み見る。

完璧な造形。時折見せる、ふとした瞬間の寂しげな表情。

この人も、孤独なのだろうか。全てを手に入れたはずの、この人も。

「何か、してほしいことはあるか?映画でも見るか?音楽は?」

「……外に出たい」

ぽつりと、本音がこぼれた。彼は一瞬動きを止め、そして静かに言った。

「ダメだ」

「どうして!?少しでいいの!散歩するだけでいいから!」

衝動的に、彼に詰め寄る。

「お願い!ずっとここにいたら、息が詰まって死んじゃう……!」

「死なせないよ。俺がいる限り」

彼は私の肩を強く抱き寄せ、頭をなでた。

「柚羽、外は危険だ。君のヒートが近い。フェロモンが漏れ始めている。一歩外に出れば、どんなことになるか……」

「それでも……!」

「俺を、信じられないかい?」

彼の声は、少しだけ傷ついたように聞こえた。その響きに、胸がちくりと痛む。

「君のためを思って言っているんだ。俺は、君に傷ついてほしくない。ただ、それだけなんだ」

彼の腕の中で、私は何も言えなくなった。

彼の言うことは、全て正しいのかもしれない。

彼は私の安全を思って、私をここに閉じ込めている。

これは監禁なんかじゃない。保護なんだ。

(そう……これは、保護なんだ……)

自分に言い聞かせる。そう思わなければ、心が壊れてしまいそうだった。

その夜、私は初めて、彼が用意したシルクの美しい模様の入ったネグリジェを身に纏った。

鏡に映った自分は、まるで知らない誰かのようだった。

青白い顔は変わらないけれど、着ているものだけで、こんなにも印象が変わるのか。

(私は、どうなってしまうの……?)

自問自答していると、背後からそっと抱きしめられた。蒼真だった。鏡越しに、彼と目が合う。

「……綺麗だ、柚羽」

彼は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

抵抗しようと思えばできたはずなのに、体は金縛りにあったように動かない。

「ああ……いい香りだ。君は、俺だけの愛しいΩ。君は俺のものだ」

彼の囁きが、じわりと心に染みていく。怖い。

でも、それと同じくらい、彼の腕の中にいると安心する。一人じゃないという事実に、どうしようもなく安堵してしまう。これがΩとしての本能なのだろうか?

この甘い監獄で、私は少しずつ、彼の色に染められていく。

恐怖と安堵の間で揺れ動きながら、私はもう、この檻から出る方法を考えられなくなっていた。
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