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6話 眠れない夜の告白
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あの夜、私が泣き止むまで蒼真さんはずっとそばにいてくれた。
彼が約束通り隣で眠っているという事実が、不思議な安心感と、同時に得体の知れない恐怖を私に与えていた。
眠れない。体の奥が、じりじりと熱い。
ヒートが近いことを、本能が告げている。
その事実が怖くてたまらない。
でも、彼の腕の中にいると、その恐怖が少しだけ和らぐ。
矛盾した感情に、心が引き裂かれそうだった。
彼の規則正しい心臓の音を聞いていると、ふと、疑問が湧いた。
「……蒼真さん」
暗闇に向かって、囁くように呟く。
眠っていると思っていた彼は、すぐに低い声で答えた。
「なんだ」
「どうして……そんなに『運命』にこだわるんですか?」
自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からなかった。
ただ、知りたかった。
この完璧に見える男の、その執着の理由を。
彼はしばらく黙っていた。
部屋の明かり取りの窓から差し込む月明かりが、彼の彫刻のような横顔を静かに照らしている。
「……俺の人生は、退屈だった」
やがて、彼はぽつりと呟いた。
「生まれた時から、全てが決められていた。一条家の跡継ぎとして、αとして、常に頂点に立つこと。欲しいものは何でも手に入ったし、逆らう者はいなかった。だが、そこには何の色もなかった。モノクロの世界を、ただ生きているだけだった」
その声には、私が知る彼の尊大さとは違う、深い孤独の色が滲んでいた。
「周りには、俺の地位と金に群がる人間しかいない。誰も、本当の俺自身など見ていない。そんな空虚な毎日の中で、俺も、自分の心が死んでいくのを感じていた」
彼は、ゆっくりと体を起こし、私のほうに向き直った。暗闇の中でも、彼の瞳が真っ直ぐに私を射抜いているのが分かる。
「あの日、君の香りに出会うまでは」
その声は、熱を帯びていた。
「君の香りを嗅いだ瞬間、俺のモノクロの世界に、初めて色が生まれたんだ。衝撃だった。魂が、雷に打たれたようだった。ああ、これだ、と。俺が生まれてきた理由は、この香りの主に出会うためだったんだと、本能で理解した」
それは、ただのαの本能的な独占欲だけではなかった。もっと切実で、魂からの叫びのような、渇望。
「君は、俺の救いなんだ、柚羽」
彼の告白に、私は息を呑んだ。この人も、苦しんでいた。私とは違う種類の、あまりにも大きすぎる孤独という名の檻の中で。
「君は、俺が自分の欲望のために君を攫った、ただの怪物だと思っているんだろう?」
図星だった。
でも、もう、それだけとは思えなかった。
彼の瞳の奥に見えるのは、私と同じ、孤独の影。
「そうかもしれない」と彼は自嘲するように笑った。
「だが、君が俺をそうさせたんだ。君がいなければ、俺はまたあの灰色の世界に戻ってしまう。それだけは、もう耐えられない」
その悲痛な叫びは、私の心の最も柔らかい場所を締め付けた。
ずっと、自分は誰からも必要とされない存在だと思って生きてきた。
厄介者で、出来損ないで、いるだけで人を不快にさせる存在だと。
なのに、この人は。
この、全てを手に入れた男が、私がいなければ生きていけないと言う。
それは、あまりにも歪で、危険な共依存。でも、その言葉が、私の乾ききった心に甘く染み渡っていくのを、止められなかった。
私の手が、まるで自分の意志とは関係なく、すっと持ち上がる。
そして、ためらいがちに、彼の頬に触れた。
「……っ!」
彼は、びくりと体を震わせた。驚いたように目を見開き、私を見つめている。
私が、自分から彼に触れたのは、これが初めてだった。
言葉は、何も出なかった。
ただ、震える指先で、彼の肌の温かさを確かめる。
彼はゆっくりと目を閉じると、私の手に自分の頬をすり寄せた。
まるで、長い旅路の果てに、ようやく安住の地を見つけた巡礼者のように。
その瞬間、私と彼の間にあった、見えない境界線が、また一つ溶けてなくなった気がした。
支配する者と、される者。
捕らえた者と、捕らわれた者。
その関係が、ほんの少しだけ、変わった夜だった。
私たちは、互いの孤独を埋め合うように、ただ静かに寄り添っていた。
「ひとりは嫌だもんね」
思わず呟いた。来るべきヒートの恐怖は、まだ消えない。
この檻から出られる未来も見えない。
それでも、この腕の中でなら、安心して朝を迎えられるかもしれない。
そう思ってしまったことが、何よりも恐ろしかった。
彼が約束通り隣で眠っているという事実が、不思議な安心感と、同時に得体の知れない恐怖を私に与えていた。
眠れない。体の奥が、じりじりと熱い。
ヒートが近いことを、本能が告げている。
その事実が怖くてたまらない。
でも、彼の腕の中にいると、その恐怖が少しだけ和らぐ。
矛盾した感情に、心が引き裂かれそうだった。
彼の規則正しい心臓の音を聞いていると、ふと、疑問が湧いた。
「……蒼真さん」
暗闇に向かって、囁くように呟く。
眠っていると思っていた彼は、すぐに低い声で答えた。
「なんだ」
「どうして……そんなに『運命』にこだわるんですか?」
自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からなかった。
ただ、知りたかった。
この完璧に見える男の、その執着の理由を。
彼はしばらく黙っていた。
部屋の明かり取りの窓から差し込む月明かりが、彼の彫刻のような横顔を静かに照らしている。
「……俺の人生は、退屈だった」
やがて、彼はぽつりと呟いた。
「生まれた時から、全てが決められていた。一条家の跡継ぎとして、αとして、常に頂点に立つこと。欲しいものは何でも手に入ったし、逆らう者はいなかった。だが、そこには何の色もなかった。モノクロの世界を、ただ生きているだけだった」
その声には、私が知る彼の尊大さとは違う、深い孤独の色が滲んでいた。
「周りには、俺の地位と金に群がる人間しかいない。誰も、本当の俺自身など見ていない。そんな空虚な毎日の中で、俺も、自分の心が死んでいくのを感じていた」
彼は、ゆっくりと体を起こし、私のほうに向き直った。暗闇の中でも、彼の瞳が真っ直ぐに私を射抜いているのが分かる。
「あの日、君の香りに出会うまでは」
その声は、熱を帯びていた。
「君の香りを嗅いだ瞬間、俺のモノクロの世界に、初めて色が生まれたんだ。衝撃だった。魂が、雷に打たれたようだった。ああ、これだ、と。俺が生まれてきた理由は、この香りの主に出会うためだったんだと、本能で理解した」
それは、ただのαの本能的な独占欲だけではなかった。もっと切実で、魂からの叫びのような、渇望。
「君は、俺の救いなんだ、柚羽」
彼の告白に、私は息を呑んだ。この人も、苦しんでいた。私とは違う種類の、あまりにも大きすぎる孤独という名の檻の中で。
「君は、俺が自分の欲望のために君を攫った、ただの怪物だと思っているんだろう?」
図星だった。
でも、もう、それだけとは思えなかった。
彼の瞳の奥に見えるのは、私と同じ、孤独の影。
「そうかもしれない」と彼は自嘲するように笑った。
「だが、君が俺をそうさせたんだ。君がいなければ、俺はまたあの灰色の世界に戻ってしまう。それだけは、もう耐えられない」
その悲痛な叫びは、私の心の最も柔らかい場所を締め付けた。
ずっと、自分は誰からも必要とされない存在だと思って生きてきた。
厄介者で、出来損ないで、いるだけで人を不快にさせる存在だと。
なのに、この人は。
この、全てを手に入れた男が、私がいなければ生きていけないと言う。
それは、あまりにも歪で、危険な共依存。でも、その言葉が、私の乾ききった心に甘く染み渡っていくのを、止められなかった。
私の手が、まるで自分の意志とは関係なく、すっと持ち上がる。
そして、ためらいがちに、彼の頬に触れた。
「……っ!」
彼は、びくりと体を震わせた。驚いたように目を見開き、私を見つめている。
私が、自分から彼に触れたのは、これが初めてだった。
言葉は、何も出なかった。
ただ、震える指先で、彼の肌の温かさを確かめる。
彼はゆっくりと目を閉じると、私の手に自分の頬をすり寄せた。
まるで、長い旅路の果てに、ようやく安住の地を見つけた巡礼者のように。
その瞬間、私と彼の間にあった、見えない境界線が、また一つ溶けてなくなった気がした。
支配する者と、される者。
捕らえた者と、捕らわれた者。
その関係が、ほんの少しだけ、変わった夜だった。
私たちは、互いの孤独を埋め合うように、ただ静かに寄り添っていた。
「ひとりは嫌だもんね」
思わず呟いた。来るべきヒートの恐怖は、まだ消えない。
この檻から出られる未来も見えない。
それでも、この腕の中でなら、安心して朝を迎えられるかもしれない。
そう思ってしまったことが、何よりも恐ろしかった。
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