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7話 庭園と真実
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あの夜、互いの孤独の深淵に触れてから、私と蒼真さんの間には奇妙な凪の時間が流れていた。
彼は私を支配する捕食者であり、私はその捕食者に守られる子兎のようなものだ。
その事実は変わらない。
けれど、彼が時折見せる、世界の全てに絶望したような寂しげな瞳は、私の心の壁を静かに、だが確実に侵食していった。
「柚羽、少し庭に出てみないか」
ある晴れた日の午後、蒼真さんがそう提案した。
「え……?外に出て良いんですか?」
「ああ。ここの屋上はプライベートガーデンになっている。お前以外の誰も入ってこない。ここなら安全だろう」
外に出られる。その言葉だけで、私の心臓は期待に跳ねた。
すぐに頷くと、彼は満足そうに私の手を取った。
その手が、以前よりも優しく感じられることに、私は気づかないふりをした。
屋上庭園は、東京の空に浮かぶ小さな楽園だった。
色とりどりの花が咲き誇り、ガラスの壁に囲まれてはいるが、久しぶりに浴びる太陽の光と、頬を撫でる風が、忘れかけていた「生きている」という感覚を思い出させた。
「すごい……綺麗……」
思わず漏れた声に、隣の蒼真さんが愛おしげな眼差しを向ける。
「気に入ったか」
「はい……!嬉しいです」
素直な感情が、笑顔となってこぼれる。
このマンションの中で、初めて心から笑ったかもしれない。
その無防備な笑顔が、彼の独占欲の導火線に火をつけたことを、この時の私は知る由もなかった。
穏やかな時間が流れる。それはまるで、普通の恋人同士のような、甘い幻想。
その幻想を打ち砕いたのは、一本の無機質な着信音だった。
蒼真さんは少しだけ眉をひそめると、私の髪を優しく撫でた。
「すまない、仕事の電話だ。すぐに戻る。ここで待っていてくれ」
「はい。わかりました」
彼が少し離れた場所で通話を始める。
その背中を眺めながら、私は足元に光るものを見つけた。
彼が席を立つときに滑り落ちたのだろう。
それは、見覚えのある、黒いスマートフォンだった。
(なんで2つももってるの?)
他人の携帯など見てはいけない。本能が警鐘を鳴らす。
それでも、私の指は、まるで自分の意志ではないかのように、その端末を拾い上げ、画面を滑らせていた。
その時、一件のメッセージアプリの新着の通知がきていた。相手は『秘書』と登録されていた。
気になって確認してみると衝撃の事実が発覚した。
『宮下柚羽の友人には手切れ金とバイト先には口止め料を払い、彼女を探すものは排除しました。彼女の存在は、社会的に『抹消』済みです』
『結構。引き続き、彼女の過去の交友関係を徹底的に洗え。少しでも関わりのあった男は、全てリストアップしろ。塵一つ残さず、だ』
「…………え?どういうこと?社会的に抹消……そんなことできるの?」
血の気が、引いていく。指が震え、呼吸が止まる。
社会的に、抹消?男を、リストアップ?
「何を、している?」
地を這うような低い声が、すぐ背後から聞こえた。
心臓が、鷲掴みにされたように痛む。
いつの間にか、蒼真さんが通話を終え、氷のような瞳で私を見下ろしていた。
彼は私を支配する捕食者であり、私はその捕食者に守られる子兎のようなものだ。
その事実は変わらない。
けれど、彼が時折見せる、世界の全てに絶望したような寂しげな瞳は、私の心の壁を静かに、だが確実に侵食していった。
「柚羽、少し庭に出てみないか」
ある晴れた日の午後、蒼真さんがそう提案した。
「え……?外に出て良いんですか?」
「ああ。ここの屋上はプライベートガーデンになっている。お前以外の誰も入ってこない。ここなら安全だろう」
外に出られる。その言葉だけで、私の心臓は期待に跳ねた。
すぐに頷くと、彼は満足そうに私の手を取った。
その手が、以前よりも優しく感じられることに、私は気づかないふりをした。
屋上庭園は、東京の空に浮かぶ小さな楽園だった。
色とりどりの花が咲き誇り、ガラスの壁に囲まれてはいるが、久しぶりに浴びる太陽の光と、頬を撫でる風が、忘れかけていた「生きている」という感覚を思い出させた。
「すごい……綺麗……」
思わず漏れた声に、隣の蒼真さんが愛おしげな眼差しを向ける。
「気に入ったか」
「はい……!嬉しいです」
素直な感情が、笑顔となってこぼれる。
このマンションの中で、初めて心から笑ったかもしれない。
その無防備な笑顔が、彼の独占欲の導火線に火をつけたことを、この時の私は知る由もなかった。
穏やかな時間が流れる。それはまるで、普通の恋人同士のような、甘い幻想。
その幻想を打ち砕いたのは、一本の無機質な着信音だった。
蒼真さんは少しだけ眉をひそめると、私の髪を優しく撫でた。
「すまない、仕事の電話だ。すぐに戻る。ここで待っていてくれ」
「はい。わかりました」
彼が少し離れた場所で通話を始める。
その背中を眺めながら、私は足元に光るものを見つけた。
彼が席を立つときに滑り落ちたのだろう。
それは、見覚えのある、黒いスマートフォンだった。
(なんで2つももってるの?)
他人の携帯など見てはいけない。本能が警鐘を鳴らす。
それでも、私の指は、まるで自分の意志ではないかのように、その端末を拾い上げ、画面を滑らせていた。
その時、一件のメッセージアプリの新着の通知がきていた。相手は『秘書』と登録されていた。
気になって確認してみると衝撃の事実が発覚した。
『宮下柚羽の友人には手切れ金とバイト先には口止め料を払い、彼女を探すものは排除しました。彼女の存在は、社会的に『抹消』済みです』
『結構。引き続き、彼女の過去の交友関係を徹底的に洗え。少しでも関わりのあった男は、全てリストアップしろ。塵一つ残さず、だ』
「…………え?どういうこと?社会的に抹消……そんなことできるの?」
血の気が、引いていく。指が震え、呼吸が止まる。
社会的に、抹消?男を、リストアップ?
「何を、している?」
地を這うような低い声が、すぐ背後から聞こえた。
心臓が、鷲掴みにされたように痛む。
いつの間にか、蒼真さんが通話を終え、氷のような瞳で私を見下ろしていた。
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