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1 後宮を去る日

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 セレナは落ち込んでいた。国王の三人の側妃のうち、セレナだけが、未だに下賜される先が決まらないのだ。



 セレナは20歳になっている。彼女は3年前、17歳でこの国の国王の側妃として後宮に入った。
 国王エドガルドは8年前、まだ彼が王太子であった時に正妃を迎えていた。しかし結婚後5年経っても子供に恵まれず、エドガルドは世継ぎのいないまま国王に即位することとなった。エドガルドは真に正妃を愛していたが、さすがに周囲が痺れを切らし側妃を娶るよう彼を説得し始めた。かくして国王エドガルドは、即位後しばらくして側妃三人を同時に後宮に迎えることになった。伯爵家出身のセレナは、その三人の側妃のうちの一人である。

 そしてそれから3年の時が流れた。その間、三人の側妃は誰も懐妊しなかった。正妃もである。若く健康な女性が4人。誰一人、一度も妊娠しない。それが何を意味するか、国王エドガルド自身、認めざるを得なかった。
 エドガルドは自分の弟の長男、つまり甥を次期王位継承者に指名することを発表した。そして後宮を廃し、側妃三人をそれぞれ臣下に下賜することを決めた。彼は正妃を愛していた。これから先は正妃と二人で共に暮らすと決めたのだ。自身に原因があって子が出来ないと分かった以上、三人の側妃を後宮に縛り付ける理由はない。エドガルドは、まだ若く美しい側妃たちが幸せになれるよう、心を砕き熟慮の上に下賜する先を選んだ。
 そうして二人の側妃はそれぞれ名の通った貴族に嫁いで行った。ところが、セレナだけがいつまで経っても行く先が決まらない。



「ここまで引き受け手が決まらないなんて……私って、そんなに魅力がないかしら?」
 侍女を相手に愚痴をこぼすセレナ。
「セレナ様が素晴らし過ぎて、殿方が腰が引けてしまわれているのでしょう」
 もちろん侍女は慰めてくれる。けれどセレナの心は晴れない。
「はぁ~……辛い」
 国王の側妃に選ばれる程なのだ。セレナは美貌と教養を兼ね備えた、落ち着きのある淑女である。後宮で3年過ごしたとは言え、まだ20歳。ほっそりした腰も豊かな胸も男性を惹きつけるはずだ。由緒ある伯爵家の出身で血筋も良い。
「なのに、どうして私だけ……」
 もしかして、とんでもなく性格が悪いという噂でも立っているのだろうか? 自分では特段我が儘までも意地悪でもないつもりなのだが――セレナは深く溜息をついた。 

 セレナは国王エドガルドを愛していた。彼が真に愛しているのは正妃のみ。それはセレナもよく分かっている。けれど彼女は、正妃に対するそういう真摯な姿勢も含めて、エドガルドのことが好きだった。彼は正妃を愛しながらも、セレナたち側妃のことを決して蔑ろにせず、大切にしてくれた。守るべき対象として、常にセレナに優しく接してくれるエドガルドのことを、セレナは本当に慕っていたのだ。
 セレナはエドガルドの子を授かりたいと心から望んでいた。それは決して権力欲からではなく”愛する男性の子供を産みたい”という女性としての純粋な望みだった。けれど後宮に入って3年間、ついにその望みは叶わぬまま消えた。正妃も他の側妃も子を授からなかったのだから、原因は間違いなくエドガルドの側にあるのだろう。
「仕方のないことよね……」
 セレナは独り呟く。後宮を出されると知った時はショックだった。だが、全ては仕方のない事だ……セレナはそう、自分に言い聞かせた。



 ある日、国王エドガルドに呼び出されたセレナ。
 ついに自分の嫁ぎ先が決まったのだと思い、安堵と寂寥と少しの不安を胸にエドガルドの元に向かった。ところが、セレナが最上級の礼を取った後、許されて顔を上げると、エドガルドが何とも言えない実に微妙な表情をしているではないか。イヤな予感がする――セレナは身構えた。

 エドガルドが口を開く。
「セレナ、すまぬ。そなたの嫁ぎ先がいまだに決まらぬのだ。調整にもう暫くかかる故、後宮を廃する期日を当初の予定より1ヵ月延期することとする。それまでには必ず決めるから、もう少し待ってくれぬか?」
 セレナは驚いた。他の二人の側妃がそれぞれ下賜されてから、とうに2ヵ月は経っているのだ。
「御恐れながら、陛下。何故、私の嫁ぎ先の選定がこうも難航しているのでございましょう? 私は陛下の選んで下さった先なら、どこへでも参ります。選り好みなど致すつもりはございません」
 セレナの言葉に、エドガルドが言いにくそうに答える。
「……候補に挙がっている臣下達が揉めているのだ。有無を言わさず王命で決定できぬこともないが、私とて臣下それぞれの気持ちはなるべく汲んでやりたくてな。皆、なかなか己の意思を曲げぬ故、調整が難航しておる」
 揉めている? 気持ちを汲む? 調整が難航? セレナは愕然とした。自分を娶ることを厭う候補者男性たちが、互いにその役目を押し付け合っているという意味にしか取れない。
「そんな……」
 自分の何がそんなに嫌がられるのだろう……セレナは途方に暮れた。





 
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